事実を整える

Nathan(ねーさん) 法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します

聖徳太子と厩戸皇子と厩戸王

新学習指導要領案

 

http://www.nikkei.com/article/DGXLZO12920600U7A210C1CR8000/

変わる歴史用語、聖徳太子厩戸王 学習指導要領案

社会科では歴史研究の進展に合わせ、小中学校で計7つの用語の表記を変える。「聖徳太子」は小学校で「聖徳太子厩戸王)」、中学校は「厩戸王聖徳太子)」に変更。小学校では人物に親しみ、中学校では史実を重視する観点から表記を入れ替えている。聖徳太子は死後につけられた称号で、近年の研究では厩戸 王に当たる可能性が高いとされている。

 

なるほどなぁ、時代も変わったもんだねえ

 

と思うでしょう。私自身、一瞬そう思っていた時期もありました。

しかし、この記事全体を読むと、私は何やら香ばしいモノを感じ取ってしまいます

 

大和朝廷」は、当時まだ「朝廷」の概念がなかったのではないかとの研究から「大和政権(大和朝廷)」に変更。「日華事変」はより一般的に使われている「日中戦争」に表記を変えた。中学社会の「元寇(げんこう)」は、世界史の内容を充実する観点から、当時のモンゴル帝国をイメージできるよう「モンゴルの襲来(元寇)」と変えた。

 

「だから何だよ?」って思うかもしれませんが、違和感を説明します。

 

特定の傾向のある変更内容

記事の冒頭で社会科では『歴史研究の進展に合わせ』と言っていますね。つまり、正式な歴史的事実の教育に資するための表記変更という目的がベースとしてあるわけです。

しかし、『「日華事変」はより一般的に使われている「日中戦争」に表記を変えた。』という部分は、それとは異なって、なぜか一般的な名称に合わせることになっています。これはどういうことか?

 

誰かの都合のいいように歴史用語が変更されている

 

こう思ってしまうのです。

いや、考えすぎだろ、という声が聞こえてきますが、実は今回の歴史用語の変更には共通点があるのです。それが「厩戸王」「日中戦争」「モンゴルの襲来」です。

もったいぶらずに言うと、これ全部

 

支那(China)の望む世界観と一致

 

しているんですよね。

厩戸王」推進派が根拠にしているのは、「隋書」という当時の支那の帝国側から見た日本の評価ですし、「日中戦争」っていうとなんだか今の中華人民共和国と日本が大規模な軍事衝突したかのようですが、そんなことありませんからね。「モンゴルの襲来」も、まるで今のモンゴル(とモンゴル民族)だけが日本を侵略しようとしてきたという印象を与えますが、そんなことはないのです。

 

ここでは詳しく述べませんが、大枠だけを示します。

なお、学習指導要領案については、パブリックコメントという意見公募の仕組みがありまして、そこで私は意見メールを送っています。2000字と長いので、別日記にUPしております。

 

その後の調査について書いた記事がありますのでよろしければどうぞ

nathannate.hatenablog.com