事実を整える

Nathan(ねーさん) 法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。

譲位(退位)の見解の対立と問題点

光格天皇以来200年ぶりの譲位

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天皇陛下の譲位を巡り、着々と準備が進められていますね。

こうした動きは、大学教授などの私人を含めた「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」における議論と、立法府である衆参両院の与野党協議がほぼ並行して行われてきました。

天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議

本日は、天皇の譲位についての議論と見解の対立をまとめてみます。

問題の概要

この問題は

  1. 将来的に天皇以外の者による恣意的退位を防ぐこと
  2. 法体系的問題を克服すること

この2点に収斂されます。

まず検討されるべきは1番目です。

しかし、我が国は適正手続に基づいて運営されるべき国家であるため、この目的を達成する手段として、現行法体系において抵触しない方法でなければならないという問題をクリアする必要があります。そのため、理想論としては上記に示したような順番で考えるべきなのですが、2番目も考慮せざるを得ないため、本当に大切なものが見えにくくなっていると思います。

そして、これら2つの問題は必然的に相互に絡み合ってきます。そのせいもあって、著名人もあまり詳細に自説の論理構造を示していないなという印象です。

なにしろ法体系的問題というのは難解ですから、一般国民が理解できるものではありません。よって、ここでは最初に法体系的問題を捨象した上で、恣意的退位を防ぐ方法にかんする見解について整理していきます。 

問題点1:将来的に天皇以外の者による恣意的退位を防ぐために

対立点の把握:中身の問題は捨象して

安倍総理や有識者会議の見解は、今回限りの特例法を制定して譲位ができるようにするというものです。

これに対して反対説は、皇室典範の改正によって、将来的にも適用できる制度として譲位を制定しようというものです。

混乱してしまうことですが、両方の説とも、天皇以外の者による恣意的な退位を防ぐため、という理由で自説を採用し、相手の説を批判しています。

それぞれの説、特に反対説の見解がどのような論理で恣意的な譲位を避けることに繋がると考えているのかは、論者も様々ですが、いずれも詳細な言及を行っておらず、不明です。なぜなら、特例法の中身、皇室典範の改正の中身が現時点で不明だからです。

しかし、中身の問題をいったん捨象して、仮にそれぞれの見解が採用された場合の譲位のプロセスを考えれば、おのずと話が見えてくるのではないかと、私は思いました。

以下、仮定的状況を設定して考察していきます。

両説に立った場合の譲位までのプロセス

この議論で問題視されているのは、天皇以外の者による恣意的譲位なのですから、ここでは仮に

天皇の意思が何者かに操作され、傀儡のような状態になっている

という前提を念頭に考えていきます。

なんとも不敬な話であり、だからこそ公の場で議論されることはないでしょうが、この観点からの考察は不可避的だと思います。なお、ここでは言葉遣いを厳密にすることなく一般的用語も含んで記述することをお許しください。抽象的な天皇と実在する今上天皇陛下との関連で用いられるべき用語もできるだけ分けて記述しますが、曖昧な場合はご容赦ください。

今回限りの特例法を制定した場合の譲位までのプロセスは、今まさに直面している状況と同じですから、想像しやすいかと思います。

①何者かが天皇に譲位の進言をする⇒②天皇の「お言葉」⇒③特例法の制定⇒④???⇒⑤譲位

これに対して、皇室典範の改正を選択した場合のプロセスは

①恒久法に定められた譲位の要件を充たす状況になる⇒②何者かが天皇が譲位の宣言をするよう進言する⇒③天皇が譲位を宣言する⇒④???⇒⑤譲位

このようになります。皇室典範改正の場合、①と②は順番が逆の場合も在り得ると思います。

また、いずれの場合も「④???」としたのは、正式に譲位となる日まで、他に手続きを設けたり、日にちを空けることも考えられるためです。

皇室典範改正側の懸念

  1. 特例法は譲位を可能にするためだけに制定されるから、天皇が操られた場合、たとえ時の権力者=議会の多数派が天皇を操る側でなかったとしても、「お言葉」を否定することはできないから、天皇の譲位の意向に沿うように議会で承認される。今回の件で特例法を作れば、まさにその前例を作ってしまう。「お言葉」があっても政権が特例法を制定しないという行動は、とれないと思われるから、これは良くない。
    (なお、「時の権力者が天皇を操る」と言う人もいますが、そのような場合に限らず、操る者と時の権力者が異なっても、上記のような問題があります)
  2. 天皇を操らずとも、「お言葉」もなく、いきなり時の政権が特例法を作ることも、今回の特例法を根拠として可能になってしまう。これは法律の改正という簡単な手続きで強制退位が可能になることを意味する。

この論者は、現在の安倍内閣が天皇を操っているとは思っていません。将来的にそのような事態が起きたときに、今回の特例法が、恣意的退位をする側にとっての先例としての根拠の役割を果たしてしまうということを懸念しています。

いいかえると、今回の特例法が、事前のルールを定めていなくても譲位できてしまうということについて、先例としての根拠の役割を果たしてしまうという批判なのです。

なお、国会では民進党と共産党が皇室典範改正論として議論をしていますが、その旗振り役として活動しているのは高森明勅先生です。

高森先生の見解を知りたければこちらへホーム|高森明勅 公式サイト

特例法制定の側の懸念

・ 譲位可能であることを前提とする制度にすることになり良くない。

①皇室典範によって譲位できることが規定されてしまうと、天皇の自由意思によって譲位できるということにならないか。それがひいては、自由意思によって即位しないということにもつながってしまうため、良くない。
これは、天皇制廃止論者に都合の良いように使われるおそれがある。

②皇室典範で譲位の要件を定めると、 その要件を充たす状況になれば、天皇が操られたり、強制退位の危険が出てくる。

①の場合については、そのようなことがないようにと祈るしかない。

②の場合は、「皇室典範の要件」が何かが重要であり、この要件が厳格であればさほど問題はないように思えます。

ここで、捨象していた「中身」について考えます。

高森先生の提唱する要件だと 

  1. 天皇陛下のご意志に基づく
  2. 皇嗣が青年に達している
  3. 皇室会議の議決を経る

このようになっていますが、操られた天皇が意思を表明したとして、その意思に反する議決を皇室会議で出せるかというとかなり微妙だと思います。ただ、専ら国会の議決によるよりは、比較的制限をかけられる余地があると思われます。

有識者会議では、さらに「天皇の高齢」などの要件が検討されましたが、不確定概念であるとして、要件の具体化は避けられています。

https://warp.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/12251721/www.kantei.go.jp/jp/singi/koumu_keigen/dai7/gijigaiyou.pdf

また、天皇陛下の意志を要件とするのは、やはり操る者が出現するおそれがありますから、このような要件を組み込むことには慎重になるべきです。

世界各国の王室の退位の要件は客観的要件が定められており、「意志」という主観的要件は定められていないとう指摘がなされています。

一応の小括

以上みてきたように、いずれの見解も、将来的に天皇以外の者による恣意的退位を防ぐことについては共通しています。

そして、いずれの見解にたったとしても、好ましからざる天皇の退位の懸念は完全にはぬぐいきれないということがわかったと思います。

そこで次に問題になるのが、法体系的問題点であり、難しい議論がされてきましたが、この度、進展がありました。 

問題点2:法体系的問題点 

与野党協議では 

今の陛下の退位を特例法で認め、その根拠を、皇室典範の付則で明確にすること

という結論に落ち着いたようです。

つまり、これまで特例法制定と皇室典範改正の2極で議論されていましたが、その折衷説ともいえる見解が採用されたということです。
問題だったのは次の点です
  1. 皇位継承については憲法2条に、皇室典範の定めによるとある
  2. 皇室典範に譲位は規定されていない

よって、法体系的問題点にかんしては、皇室典範改正側に分があったのであり、特例法側が歩み寄った形ですね。その上で、恣意的退位を防ぐことについては特例法の側に立っています。

今回の件とはあまり関係しないが重要だと思う点

天皇が譲位の意思を表明するということは政治的発言(憲法4条:「国政に関する権能」)ではない、という意見があります。

しかし、この意見の是非は別にして、今上天皇陛下があのようなお言葉を出したということは、天皇自らが譲位を宣言することは現時点の法体系上好ましくないとお考えなさったと推測され、上記のような意見に基づくことは少なくとも現状、陛下のご意思に反すると思われます。

さらに、そもそも天皇陛下を憲法に縛り付けるということはおかしいという見解もあり、私もこのような法体系にすべきだと思いますが、これは憲法改正と同等以上の問題意識であるため、ここでは論じるべきではないでしょう。
(明治憲法と旧皇室典範は同等の規範とされていた)

今後の課題

①何者かが天皇に譲位の進言をする⇒②天皇の「お言葉」⇒③特例法の制定⇒④???⇒⑤譲位 ※またはいきなり時の政権が③を制定する。

このプロセスのうち、重要になるのは④に何が入るのか?です。

それは特例法の中身がどうなるのかという点にかかっています。

ここで、これまで捨象してきた特例法の中身について考えます。
ここでは天皇が操られているという前提は外します。

譲位までの間に、つまり④の段階で皇室会議を設け、そこで譲位の承認と譲位のタイミング決定すべきということになるのではないでしょうか。

そうすれば、強制退位が可能となる前例の要素は薄まるでしょう。

そして、正式な譲位のタイミングを皇室会議が握ることで、天皇の譲位が政治利用されるリスクをいくらか軽減することになるのではないでしょうか。

両説の議論は、とても建設的なものであったと感じます。
皇室典範改正側の指摘は、今後も参考にされるべきでしょう。

以上

*1:※本記事は平成27年=2017年に書かれたものが初稿です。リンク切れになっていたものについてアーカイブリンクを貼るなどのリライトをしています