事実を整える

Nathan(ねーさん) 法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。

日本人はヘイトスピーチ規制法の対象か?法務省人権擁護局のおすすめ。

ヘイトスピーチ禁止法の「被害者」として日本人は該当するのか?

この疑問を先日の日記において提起し、一定の推測をしました。

本日は、その後に見つけた世の中に出回っている情報があったので、その整理をしていきます。

有田芳生議員の見解

ヘイト禁止法の立法に関与した国会議員の一人として、前回は西田昌司議員の見解を取りあげました。今回は、有田芳生(ありたよしふ)議員の見解を参考にするとともに、ヘイト禁止法の附帯決議を見ていきます。

有田芳生[参議院議員]が語るヘイトスピーチ:法律の効力はすでに証明されている
BY JOE YOKOMIZO 2016/08月号 P82〜0 | 2016/07/30 17:00

有田議員によれば、本法の対象は、与党案において本邦外出身者に限定されていたとのことで、これを何とかしたかったとしています。その上で以下の話があります。

僕らは与党案を飲む代わりに附帯決議を行った。

法案成立後、川崎市の在日三世の女性からメールをいただいて、在日の方々が泣いて喜んでくれていると知らされましたよ。

ー省略ー

この法律では被差別部落は対象になっていませんが、附帯決議の中の3つ目に、インターネット上の不当な差別的言動〝等(など)〟と入れた。理由はネット上の部落に対する攻撃も意識したためです。

つまり、有田議員の考え方としては、本法の「被害者」として、日本で生まれ育った在日外国人、あるいは祖先が海外にルーツを持つ日本人をも含まれると念頭に置いているということです。

純日本人が対象となるかという点ではかなり怪しい展開が予想されますね。

そして、地方自治体の条例で具体的なヘイト規制がなされるということについては、上掲の日記内で指摘した通りのことを有田議員も指摘していますね。

附帯決議の中身とは?

附帯決議とは、法律案を審議した際に議論された事項について、その法律の運用や将来の立法による法律の改善についての希望等を表明するものです。

これは、法的な拘束力を有するものではありませんが、政府はこれを尊重すべきとされており、事実上の法規範となり得るものです。

http://www.sangiin.go.jp/japanese/gianjoho/ketsugi/190/f065_051201.pdf

平成28年5月12日 参議院法務委員会

 国及び地方公共団体は、本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消が喫緊の課題であることに鑑み、本法の施行に当たり、次の事項について特段の配慮をすべきである。

1 第2条が規定する「本邦外出身者に対する不当な差別的言動」以外のものであれば、いかなる差別的言動であっても許されるとの理解は誤りであり、本法の趣旨、日本国憲法及びあらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約の精神に鑑み、適切に対処すること。

2 本邦外出身者に対する不当な差別的言動の内容や頻度は地域によって差があるものの、これが地域社会に深刻な亀裂を生じさせている地方公共団体においては、国と同様に、その解消に向けた取組に関する施策を着実に実施すること。

3 インターネットを通じて行われる本邦外出身者等に対する不当な差別的言動を助長し、又は誘発する行為の解消に向けた取組に関する施策を実施すること。

附帯決議3項:「等」が加えられていることの意味 

附帯決議の3項をみると、本邦外出身者「等」とあります。

  • 本邦外出身者=専ら本邦の域外にある国若しくは地域の出身である者又はその子孫であって適法に居住する者
  • 本邦外出身者等=上記の者に限られない者(具体的に誰かは不明)

これにより、インターネットによる発信においてという限定つきではありますが、本邦外出身者等の中に純日本人も含まれる余地が出てきます。有田議員は、上記記事の中で以下のように発言しています。

この法律では被差別部落は対象になっていませんが、附帯決議の中の3つ目に、インターネット上の不当な差別的言動〝等(など)〟と入れた。理由はネット上の部落に対する攻撃も意識したためです。警察庁に続き、法務省もネット上のひどい言動を削除させる対応を今準備しています。そうなると、部落への差別がネットにアップされた場合、法務省に訴えれば削除されます。

有田議員の発言から推測するに、部落出身者などを想定しているものであり、日本人もヘイトの被害者としての対象になるという西田議員の説明と整合性のある話となります。

したがって、日本人が被害者となるのか?という疑問は、一応はこれで解消されました。

なお、ここでは部落差別問題については立ち入りません。

※追記:法文上は「日本属性者」たる者が被害者の対象から外れることに。たとえば在日朝鮮人社会で在日朝鮮人が「このチョッパリ(日本人の蔑称)が!出ていけ!」と言われても、それはいわゆるヘイト規制法上の「本邦外出身者」に対するものではありません。これは、附帯決議が在っても変わりありません。そうすると、有田議員の弁によれば「部落民ではない日本属性者」は救済対象にはならないが、「部落民たる日本属性者」は救済対象になるということになり、更なる「差別」が生まれたことになります。

附帯決議1項の意味 :インターネット発信ではない日本人への不当な差別的言動等は?

附帯決議3項でこうやってわざわざ項目をわけているということは、かなり限定された局面のみを規制対象にする趣旨と考えられます。すると、デモ活動で純日本人が攻撃される場合については、附帯決議3項は対象にしていないことになります。

そこで、附帯決議1項が重要です。ただ、1項は「客体=被害者」ではなく「行為」について言及しているとも読めますから、依然として客体に純日本人が含まれるかは不明です。したがって、デモ活動等によるヘイトの被害者に純日本人が含まれるかは依然として解釈にゆだねられているということになります。

残された疑問

全くのマジョリティである日本人が、外国人居住者から不当な差別的言動を受けたような場合にはどうなるのか?という疑問があります。

これは現時点ではそのような事態が発生する可能性は低く、気にする必要はないのかもしれません。

ただし、ドイツのように一部の地域が難民によって占められるような場所が、今後日本においても出てこないとも限りません。

北朝鮮が崩壊した場合、難民が何百万人日本に流れ着くのかわかりませんからね。

そのような場合に本法が悪法となる可能性もあり、やはり行政の側、各自治体がどのような条例を敷くのか、そしてどのような運用を行うのかが重要です。その業務執行にあたっては、日本国を護る、日本人を護るという高い倫理観が前提として必要であるということは、変わりありません。

想定される事態:お隣さんのトラブル

例えば、ある地域に外国人や在日2世が多数居住している区域があり、同じ区域に居住している日本人が日本人であることを理由に排斥的言動を受けるといったような場合、特に同じマンションやアパートに住んでいるような場合に、本法の対象となるのかが問題となると思われます。

このような状況は現時点でも存在する地域がありますが、私は日本人が日本人であることを理由に排斥を受けたという事例をを知りません。どなたか知ってますかね?

仮に、そのような事態に遭遇したということであれば、法務省の人権擁護局に相談することをお勧めします。 そうした事例の蓄積をまって、各機関が動くということもあり得ます。

おそらく現時点では、このような事例は例外中の例外なのであり、ヘイト禁止法としては、問題となる可能性が高い事象を拾えるようにしたということでしょう。

(そこにはある種の政治的妥協も見え隠れしますが。だったら「本邦外出身者」などと限定しなければよいのだから。)

ただ、附帯決議1項で、「本法の趣旨、日本国憲法及びあらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約の精神に鑑み、適切に対処すること。」とあることから、やはり、「運用」する側の倫理観によって左右されるところがあります。

まとめ:理想と現実のはざまで

  • 西田議員がヘイト規制法の対象(被害者)に日本人も含まれるというのは事実と確定
  • ただし、その「日本人」というのは、在日2世や3世等、或いはそのような者ではないマイノリティ集団(少数派)を第一義的に指すものである
  • マイノリティ属性を持たない日本人が、外国人から日本人であることを理由にデモ活動等によって侮辱・排斥・脅迫的言動を受けた場合に本法の被害者として対象とされるかは、未だ解釈にゆだねられている
  • もし外国人等から日本人であることを理由として排斥的言動等を受けた場合には、法務省人権擁護局へ相談すること

編集後記:ヘイト禁止法の情報を追ってみた雑感

それにしても、有田議員の発言を追うと、こういう法律は政治的なかけひきの末、いずれの立場の者にとっても、完璧なものが出来上がらないものなのだということが伺えました。

法律が完璧ではない事を非難するのではなく、各人の努力に一定の評価をすること、その上で法律を改正する動きを作るのか、現在の法体系のもとでできる必要な努力を行うのか、そこに労力を割いた方が建設的だと思います。

やっかいなことに、この問題は国際社会とのお付き合いの問題も絡んでいます。
国連の人権差別撤廃委員会です。

この機関は、人種差別撤廃条約についての日本への最終見解として、ヘイトスピーチを規制するための措置が、抗議する権利を奪う口実になってはならないと指摘するとともに、「弱者がヘイトスピーチやヘイトクライムから身を守る権利」を再認識するよう指摘し、人種及び社会的マイノリティーへの差別的な表明や差別的暴力に断固として取り組むことや、メディアのヘイトスピーチと闘うため適切な手段をとること、そうした行為に責任のある個人・団体を訴追したり、ヘイトスピーチをする政治家・公人に制裁を科すことなどを、政府に勧告していました。

これを受けて東京都国立市議会などが、日本政府に人種差別撤廃委員会の31 項目の勧告を誠実に受けとめ、ヘイトスピーチを含む人種及び社会的マイノリティーへの差別を禁止する新たな法整備がなされることを求めていました。

(国立市はとある製品が多かったり、とある大学など、いろいろアレな自治体ですが)

今回の法律は不十分ではありますが、こうした対外的な干渉の動きに対して一応の牽制の働きもあり、一定の評価をされるべきでしょう。

そして、やはり本法が悪法となるかどうかは、私達日本人、特に行政の側に立つ者の高い倫理観が重要になってくるということは、依然として変わりないと思うのです。

※2017年11月18日追記

大阪市の条例に続き、川崎市もガイドラインが策定されました。

川崎市:「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律に基づく「公の施設」利用許可に関するガイドライン(案)」に関する意見募集

本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進
に関する法律に基づく「公の施設」利用許可に関するガイドラインhttp://www.city.kawasaki.jp/templates/pubcom/cmsfiles/contents/0000088/88441/gaidorainn.pdf

このガイドラインにおいても、ヘイト規制法の附帯決議が参照されています。

再掲

1 第2条が規定する「本邦外出身者に対する不当な差別的言動」以外のものであれば、いかなる差別的言動であっても許されるとの理解は誤りであり、本法の趣旨、日本国憲法及びあらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約の精神に鑑み、適切に対処すること。

みだりな規制に走らず、日本人への憎悪表現も対象にする解釈運用がなされることを、大阪市や川崎市の職員、規制にかかわる全ての者に期待したいと思います。