事実を整える

Nathan(ねーさん) 法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します

天皇の譲位(退位)の呼称問題:皇室典範特例法との関係

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天皇の「譲位」と「退位」とで、どちらの呼び方をするかの論争がありますが、重要な視点が欠けたままの論評が多いため、私の意見を整理していきます。また、その他の問題点についても考え方を整理していきます。

儀式名は「譲位」、法的名称は「退位」であるべき

天皇の譲位について、法的名称(法的議論における名称)としては「退位」の語を用いるのもやむなしであるが、事実として行われる儀式名を指す呼称としては「譲位」であるべきである。

政府は平成29年12月8日、皇室典範特例法(退位特例法)施行日を平成31年4月30日とする政令を閣議決定したが、譲位式の日付が5月1日を予定していると菅官房長官の発言がある。日付が変わるのはおかしいため、譲位と即位の日付を一致させることを明言すべき。

これが私の結論です。

皇室典範特例法の規定では「退位」

現状では『「退位」は不敬であり安倍は売国奴である』などという誤解に基づく意見が散見されます。それは本来的には正しいですが、皇室典範特例法の規定では「退位」となっています。

これは、退位と言う側にも一定の理があります。この点について次項以降で説明していきます。

天皇の譲位と退位の呼称問題の基本的理解

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譲位と退位の呼称がブレてるのは『皇統の継承の正統性』の問題と『現行法体系との齟齬』の問題との調整があるからです。前者からは譲位しかあり得ませんが後者は憲法と皇室典範の縛りがあります。なので【法的名称は退位だが事実としての儀式名は譲位であるべき】これが私の立場です。

現行法体系との齟齬の問題について。周知のとおり、天皇は自由意志で譲位する事ができる法体系になってません。憲法2条で皇位継承については皇室典範によるとある一方、皇室典範では譲位について規定がありません。また、憲法4条との抵触の問題も絡みます。だからこそ退位特例法が制定され、皇室典範の付則に特例法による旨が追加されました。ではなぜ「退位」なのか。「退位」は天皇の意思/意志が含まれないニュアンス。これは将来的に天皇を傀儡にしようとする勢力が生じないようにという配慮があります。この認識は有識者会議と与野党協議でも示されていました。

しかし、これでは「断絶」のニュアンスが残る。そこで皇位継承の正当性の視点から事実行為としては『譲位』と呼ぶべきである。法的名称と事実行為の名称が異なっていたとしても、それは後世から見ても「断絶」や「天皇の自発的意思」という事実的、法的問題を生じさせない正当な方法である。

皇室典範の条文はこちら

 
譲位の儀式の準備段階における発信

以上述べてきたとおり、法的名称としての「退位」と皇位継承の事実を指す呼称としての「譲位」を使い分けるべきであり、また、そのようにしても何ら問題がないことを示しました。現状、産経新聞等、少数のメディアが「譲位」の呼称を使い始めています。これが多くのメディアが使用するように、政府の発信も改めて頂きたいと考えています。平成29年12月20日に天皇陛下の記者会見が行われた際、宮内記者会代表質問において「退位」の呼称が用いられたにも関わらず、陛下のご発言では「譲位」という呼称が用いられている点は非常に重く受け止めるべきです。

これまで用いてきた呼称と齟齬が生じる点について。退位特例法に関する議論が行われていた時期においては、政府としても「退位」という呼称を用いていたことは非難されるべきではないと思います。しかし、法的問題をクリアし、譲位の儀式に向かって準備をする段階になった現在は、「譲位」という呼称を用いるのが正当です。このような呼称の変遷があったとしても、上記に示した理解からは、何ら問題がないと理解できるはずです。 

譲位と即位の日付を分けることについて

現在、退位式は平成31年4月30日に行い、即位式は平成31年5月1日に行うという情報があり、その方向で準備が進んでいるということですが、この問題について述べます。


参考:竹田恒泰チャンネル

空位が生じる懸念

皇室典範特例法では「天皇は、この法律の施行の日限り、退位し、皇嗣が、直ちに即位するものとする(第2条)」とあり、平成29年12月1日の皇室会議議事概要では、退位は平成31年4月30日であるとする旨のみ記載があります。にもかかわらず、菅官房長官は即位は5月1日であると発言しました。12月8日の閣議でも、議事録からは皇室典範特例法の施行日が4月30日に決まったというだけで、閣僚懇談会において初めて安倍総理が5月1日の即位と発言しています。これは「断絶」の疑義を生じさせるものであり、後世から見ても疑念の対象となりかねないものです。天皇の御存在の根幹に関わる儀式において、このような疑念を生じかねない日程で行うことは許されないと考えます。

皇室会議議事概要:http://www.kunaicho.go.jp/news/pdf/koshitsukaigi.pdf

閣議及び閣僚懇談会議事録:https://www.kantei.go.jp/jp/content/291208gijiroku.pdf

仮に譲位と即位の日付をこのまま分けるのであれば、政府が譲位と即位の日付を分けるのは如何なる理由からか、断絶の疑義を生じさせないという根拠はあるのか。この点について国民の理解を得るための相当の説明をするべきであり、漫然と疑念を放置してはならないと思います。

ちなみに、昭和天皇がお隠れになったときは、崩御から1,2時間後に三種の神器を引き継ぐ儀式が行われている。このことから、譲位の日付が分かっている段階で日にちを敢えて変える意味はまったく不明である。

断絶が生じると言っていいのか?

ただし、上記は理想であって、絶対にあってはならない事とまでは私は考えていません。なぜか?例えば、ある日の23時30分に時の天皇が崩御された後、翌日の早い時期に即位がされるということは十分あり得るからです。この間に断絶があったと言うだろうか?また、太古の昔は天皇と皇太子が遠隔地に居る間に崩御されるという事はあったと思われ、タイムラグが相当あった場合もあったはずである(この点は調べてません)。もちろん、「空位」が生じることは恥ずかしいことであるという感覚はあるようなので、可能な限り避けるべき事態であることは変わりありません。

なお、法的には天皇がお隠れになった瞬間に皇太子殿下が即位なさることになっているのは、現在も過去も変わらない。

したがって、現在の4月30日に退位、5月1日に即位という方針であっても、「断絶が起こってしまった」と考えるべきではないと考える。あくまでも好ましくない事態であるという認識で良いだろう。 

結論


天皇の譲位の儀式名としては譲位の語を用いるべきこと、譲位と即位の日付を同じにすべきことを提案し、また、譲位と即位の日付が異なるという現在の方針には疑義があることを指摘します。

皇統の問題、特に国体が変わったのか?についてはこの入門書、竹田恒泰さんの著書「天皇は本当にただの象徴に墜ちたのか」を見れば、しっかりとした考え方が身に付きます。


以上