事実を整える

Nathan(ねーさん) 法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。

吉村大阪市長の震災時の「休校ツイート」は違法なのか?:災害対策本部設置時の権限の所在

吉村市長の休校ツイート

大阪の震度6弱の震災では大阪市の吉村市長が迅速な対応をしていることで注目されていますが、吉村市長の「休校ツイート」に対してこのような指摘があります。

魚拓:http://archive.is/nVNZQ

果たして吉村市長の当該ツイートは「違法」なのでしょうか?

原則から順を追ってみていきましょう。

執行機関の多元性

普通地方公共団体には「執行機関の多元性」の体制が敷かれています。

「長」「委員会」「委員」の3種類があります(地方自治法138条の4第一項)

委員会・委員は、長から独立して職務権限を行使する執行機関として位置づけられます。委員会と委員の違いは、デフォルメして言えば人が複数かどうかです。

地方自治法は、選挙によって直接住民に対する責任を負っている長に権限を集中させています。他方で、長への行き過ぎた権限集中を排除するために委員会・委員の制度が設けられているのです。これが執行機関の多元性の機能です。

つまり、基本的には長と委員会は互いの判断に干渉しない制度設計になっているのです。したがって、休校判断は通常、教育委員会の事務であり、それが通常は学校長に委任されていることになります。

学校教育法施行規則の非常変災時の権限

震災時の休校判断については定めがあります。

学校教育法施行規則

第六十三条 非常変災その他急迫の事情があるときは、校長は、臨時に
授業を行わないことができる。この場合において、公立小学校について
はこの旨を当該学校を設置する地方公共団体の教育委員会(公立大学法
人の設置する小学校にあつては、当該公立大学法人の理事長)に報告し
なければならない。 

非常変災とは自然災害をはじめとする緊急事態全般を指す用語です。

ここでは「校長」が臨時休校の権限を持つとされています。

これが平時の通常の扱いです。

大阪市地域防災計画の「原則」

大阪市地域防災計画臨時休業

大阪市地域防災計画 <震災対策編>(平成29年11月)第2部 災害予防・応急対策の6章(143頁以下)でも、非常変災時の臨時休業=休校措置の判断は校園長にあるとしています。臨時休業とは、俗にいう学級閉鎖・学年閉鎖・学校閉鎖を指します。

非常変災時の措置基準」とは、各自治体の教育委員会が定めている基準のことであり、自治体によって異なります。例えば枚方市の措置基準はこちらです。大阪市の措置基準は現時点ではネットで公開していません。ただ、各学校が独自の基準をWEB上に公開しているところもあります。たとえばこちらです。

原則的に、このような判断基準に従って臨時休業=休校措置の決定判断がなされることになっています。しかし、「原則」ということは「例外」があるのであり、それがまさに今回の吉村市長のツイートの件でした。

ツイート時、吉村市長は災害対策本部長の立場

大阪市地域防災計画 <震災対策編>(平成29年11月)第2部 災害予防・応急対策の1章、組織体制について見ていきましょう。

教育委員会は災害対策本部長=大阪市長の指揮監督下

まず、気象庁発表で震度5弱以上で「災害対策本部」が設置されることになっています(34ページ)。市の本部長は市長が担います。市本部長の職務は、市本部の事務を総括し、市本部の職員を指揮監督するということがわかります(35ページ)。市本部の職員は、市本部長の命を受け、市本部の事務に従事するとあります。

市本部長が指揮監督する市本部の職員の中には「教育長」が含まれています。教育長とは、教育委員会の構成員であり、教育委員会の事務執行責任者です。現実にも吉村市長が「休校ツイート」をしたときには災害対策本部が設置されており、既に教育委員会に指示済みでした。

勤務時間外であっても、今回は震度6弱の地震のため、市本部の職員が全員動員されます(53ページ)。

 

市本部の分掌事務として教育部(教育長)が行う事務は以下の図(49ページ)にあります。

大阪市地域防災計画 <震災対策編>

休校措置は明示されていませんが、児童生徒の避難や安全確保のために必要な行為の一つであると考えられることから、この中に入っていないとは考えにくいです。「本部長の特命事項に関すること」として扱うことも可能でしょう。

実は、この大阪市地域防災計画は災害対策基本法に根拠があります。

災害対策基本法の規定

災害対策基本法

第二十三条の二 市町村の地域について災害が発生し、又は災害が発生するおそれがある場合において、防災の推進を図るため必要があると認めるときは、市町村長は、市町村地域防災計画の定めるところにより、市町村災害対策本部を設置することができる

ー中略ー

6 市町村災害対策本部長は、当該市町村の教育委員会に対し、当該市町村の地域に係る災害予防又は災害応急対策を実施するため必要な限度において、必要な指示をすることができる。

23条の2第6項においても、災害対策本部長は教育委員会に対して「必要な指示」をすることができるとあります。 

では、この必要な指示に休校措置は含まれるのでしょうか?

一義的には決まらないと言えますが、休校措置が敢えて除外される合理的な理由はないと考えられるので、災害対策基本法のいう「必要な指示」には休校措置が含まれるとするのが筋でしょう。

※追記:「必要な限度において」を超えるか

最初に執行機関の多元性の話をし、長への行き過ぎた権限集中を排除するために委員会があるということを指摘しました。その観点から、災害対策本部設置時といえども、分掌事務として列挙されている事柄があるということは、委員会が完全に市長の指揮系統下にあるのではなく、分掌事務の範囲内において市長の指揮系統下にあると考えるのが妥当です。基本的に権限の干渉になることは慎むべき、抑制的であるべきという要請が働いていることは確かです。

災害対策基本法の23条の2第6項の「必要な限度において」も、このような関係を反映していると予想します。ただし、これが「必要最低限度」を意味するものかは不明です。法令沿革の審議経過を見てもこの点が問題になったことはなく、判例も災害対策基本法の当該部分について論じているものは見つけられませんでした。

関係するとすればこのあたりでしょうか。

第190回国会 東日本大震災復興特別委員会 第5号 平成二十八年五月二十七日(金曜日)

河野国務大臣 災害対策基本法においては、緊急災害対策本部長また
は非常災害対策本部長は、災害応急対策を的確かつ迅速に実施するため
特に必要があると認めるときは、その必要な限度において、地方公共団
体の長などに対して必要な指示をすることができるとされております。
 これは、国として総合的な災害応急対策を効果的に実施するために必
要な措置であり、例えば地方公共団体相互間での広域応援の実施の指示
や、指定地方行政機関等に対する物資の供給の指示などを想定して設け
られたものでございますので、災害のときに何が適切か、ケース・バイ
・ケースだと思います。

地方自治体レベルではなく国レベルの話なのでこの例が完全に適切であるとはいえないですが、これだけをみると各部局の行為は必要だが単独では為し得ない職務について指示できるということを規定したと読み取ることができます。

ただ、「必要な限度」の話と「必要な指示」の話が混然一体として述べられていることにも注意すべきでしょう。そもそも「必要な限度」と「必要な指示」の関係がどうなのかは解釈問題として手が付けられないものになりますが、素朴に考えれば「必要な限度」は必要な指示を行うにあたっての行為態様について規制したものと考えられないでしょうか?

そうすると、教育委員会と協議した上で指示を出したことが必要な限度を超えたと評価することにはならないと思います。

さらに、当該規定は「必要な」についての本部長の判断に自由裁量が認められていると考えられるので、問題視するにしても違法性ではなく、不当行為性しか争えないのではないでしょうか。このような古典的な理解でなくとも、裁量の範囲を逸脱・濫用していると言えるかはかなり疑問です。

「平時たる非常変災時」と「災害対策本部設置時」の区別

  1. 非常変災時の休校措置の判断は学校長が原則
  2. 災害対策本部設置時には災害対策本部長が休校を教育委員会に指揮できる。

この2つの関係はどうなるでしょうか?吉村市長は、災害対策本部設置時の休校の判断権者は災害対策本部長=市長であると言いますが、それでは大阪市地域防災計画のマニュアルが意味をなさなくなるのではないか?というのが毎日新聞の指摘です。

魚拓:http://archive.is/QGUAx

しかし、「非常変災時」と「災害対策本部が設置される事態」はイコールではないということが重要です。先に、非常変災時としてどのような基準で休校の判断がされるかは各自治体によって異なるということを指摘しました。ここで、休校に関する大阪市教育委員会の非常変災時の措置基準を見ていきます(関係者への聞き取りに基づく)。
※学校毎に基準を公表している場合は学校の方を参照してください

  1. 朝7時の時点で大阪市に暴風警報・暴風雪警報・特別警報が発令している
  2. 朝7時の時点でJR大阪環状線と市営地下鉄の両方が運行停止している
  3. 地震に係る警戒宣言が発令している
  4. 警報等がなくても気象状況や通学路の状況等を鑑みて学校長が判断する 

災害対策本部の設置基準は以下です。

大阪市災害対策本部設置基準


たとえば暴風警報・暴風雪警報であっても直ちに災害対策本部が設置されるとは限りません。このようにして、そもそも規定の対象にズレがあるのであって、災害対策本部設置下において災害対策本部長たる吉村市長が休校の指示を出したからといって、大阪市地域防災計画の内容が無駄になっただとか、越権行為であるなどということにはなりません。

したがって、今回、吉村市長が指示を出すまで大阪市教育委員会が臨時休業=休校措置をしていなかったとしても、それは違法でもなんでもないということになります。逆に学校が休校判断をしていたらどうかはわかりません。

ただ、私は災害対策基本法23条の2第6項で「災害対策本部長は教育委員会に対して「必要な指示」をすることができる」という規定ぶりと、原則として休校判断は学校長にあるということから、災害対策本部設置時においても一次的な判断権者としては校長が存在し、最終的・最上級の判断権者として市長が居るということになるのではないかと疑問に思っています。

※追記:災害対策基本法にいう「指示」の意味

逐条解説 災害対策基本法 第三次改訂版において、28条に関する記述のところで以下のような説明があります。

本法における「指示」は「指揮監督」とは異なる。「指揮監督」が上級の機関から下級の機関に行われ、相手方を法的に拘束するものであるのに対して、ここにいう「指示」は、上下の関係にない機関相互の間の横断的な調整手法である。したがって、「指揮監督のような法的拘束力を有するものではなく、相手方の自発的な遵守を期待するというもの」(平成7年11月10日参議院災害対策特別委員会・政府答弁)である。

しかしながら、災害応急対策の一体性の確保が強く要請される災害対策を実施している時期においては、災害応急対策推進の中心となる非常災害対策本部長の指示については、関係指定地方行政機関の長や地方公共団体の長においても当然に認識しているところであり、各機関一体となった災害応急対策の実施のために本部長の指示が遵守されることが通常の姿であろうと考えられる。

したがって、この「指示」については、災害対策実施の時期においては、事実上の遵守義務を伴うこととなることが想定される(前掲政府答弁参照)。

各機関の権限はそのまま残ってはいるが、市長は指示権によって自己の判断を各機関に実施するよう調整できるということです。

このような意味になっているのは、災害対策実施時という緊急時において総合的な調整を行う強力な権限を市長に持たせる一方、現場判断は尊重されるべきであると考えられているからだと、解説を通覧して感じます。

災害時に「上からの指示」におもねっていては適切な判断はできませんから、たとえ権限を有する各機関が市長の指示に反しても、それはおそらく余ほどのことが無い限り違法にはならないように表現を工夫しているのでしょう。各所にそのような痕跡がみられます。 

なお、他の法律では「指示」に法的拘束力を持たせている例もあります。

現場の混乱はなぜ生じるのか?

これは法体系の複雑さと現場の認識の不備という側面があると思います。

法体系の複雑さ

大阪市立学校管理規則はこちらにあります。

また、学校保健安全法については出席停止の権限者は校長にあり、臨時休業の権限者は「学校の設置者」が規定されています。

これを受けて、学校保健安全法施行規則の21条では校長は感染症による出席停止が可能とされ、18条に感染症の種類の列挙がなされています。

「学校の設置者」とは国や地方自治体、学校法人など様々ですが、地方自治体周りで言えば大学は首長、それ以外は教育委員会が管理を行うこととなっています。教育委員会から学校長に判断が委任されている例がほとんどです。

とはいえ、校長や教育委員会のみならず、都道府県の保健部局等の外部から休校等の要請が来ることもあります。それを受けて校長等が休校を決定判断しても、越権行為などとはなりません。

平時、災害時、疾病、有事。これらの場合について別々の法律が定められており、さらに規則や例規のレベルでも規定されていることから、種々の混乱が起きていると思われます。これはもうちょっと上手くできないものか。

この辺りは足立康史さんが書くのでしょうか?

現場の認識の不備

今回、「ツイートなんて見てられるか」という声が出てきています。後に正式ルートで情報が伝わりますが、保護者の方が学校現場よりも先に内容を認識して電話してくるということがあり、問題視されています。

これは登校途中や登校を迷っている児童生徒やその親にとってはありがたいものだったと思います。しかし、既に投稿している児童生徒の親にとっては送り迎えがある方などは気をもんだと思います。SNSを使った情報発信の功罪があると思うので、今後の肥やしにすればいいと思います。

災害対策本部が設置されているという前提認識があれば、吉村市長がツイートした内容は災害対策本部長としての命令指示なんだろうという推測が強く働きます。その命令指示は教育長に対するものなので、後に教育長から各校園長に伝えられることになります。

今回は震度6弱なので、災害対策本部は必ず設置されることになります。そのため、現場が市長の発信を目にしたなら、それは災害対策本部長としての指示だろうと思えばよい。このような心の準備があれば、教育現場の混乱はあまりないはずです。

なお、家庭レベルでの混乱の要因として「非常変災時の措置基準が分かりにくい」というものがあります。これについては別稿を書きます。

※書きました。「大阪市の判断は遅いのでは?」「大阪市の基準はおかしいのでは?」という疑問についても、一定の考え方を示しています。

まとめ:「吉村市長は違法」は違うのでは

結局のところ、吉村市長の判断は違法ではないどころか災害対策基本法に則った正当な手続きであったということが明らかになりました濃厚でしょう。報道では『市長が「超法規的措置」と言っている』とありますが(この言葉が本当だとしてその意味するところは必ずしも明らかではないが)、それでも休校措置が違法性を帯びていると言うことは厳しいでしょう。

毎日新聞も災害対策本部が設置されたことでの休校判断権限者の変化を無視しており(気づいていないだけ?)、いたづらに批判の矛先を向けているだけになっています。

行動した者を非難し、行動していない者は非難しないという風潮ではいけないと思うのです。

御礼
..izawa ..yuki@kosaizenji 様
木星3@tetsulovebird 様
金桜のイージス@TakahiroGoi1 様
バレット@Barrettm95sp 様

以上

野党議員による速記録妨害等は公務執行妨害罪や業務妨害罪なのか?

野党議員による速記原本強奪妨害

2018年6月19日、衆議院内閣委員会でのIR法案の採決において野党議員が速記を妨害しました。具体的には、速記原本を奪おうとしたり、委員長が使うマイクのコードを抜いたりしたとのことです。

これは公務執行妨害や業務妨害ではないか?国会議員が告発すれば検察も受理するはずです。

では、暴行脅迫や威力はあったのか?国会の自律権との関係はどうなるのか?について整理していきます。

公務執行妨害の暴行とは

公務執行妨害罪(刑法95条1項)にいう「暴行」は、暴行罪(刑法208条)とは異なります。「間接暴行」でも成立します。直接人の身体に対して暴行が加えられる必要はなく、有形力が物に対して加えられる場合でも、間接的に公務員の職務執行を妨害するに足りる程度の暴行といえればよいのです。

ただし、公務員の面前で行われ、間接的とはいえ公務員の身体に物理的な影響を与えるものでなければならないという見解が有力に言われています。判例がこのような説をとっているかは定かではありませんが、本罪の趣旨からはこう解すべきではないかといわれています。

国会乱闘事件を扱った東京地方裁判所昭和31年(刑わ)第3221号 公務執行妨害、傷害等 昭和41年1月21日も、このような見解に立っています。これは一地方裁判所の判断なので全国的な規範性を有しているかはわかりませんが、重要であると言えます。国会は東京地裁の管轄にあるので、これが先例として作用すると思われます。

元来、公務執行妨害罪の構成要件たる暴行は、公務員の職務執行の妨害となるべきものであることを要しー中略ー、従つてこれが積極的な攻撃としての性質を帯びることは勿論(最判昭和二六年七月一八日集五巻八号一四九一頁参照)、公務員の身体に何らかの危険の及ぶべきことを感知せしめ、その行動の自由を阻害するに足る程度のものでなければならないと解するのが相当である。けだし、公務員が、その職務執行にあたり、身体に何らかの危険の及ぶべきことを感知する底の直接あるいは間接の攻撃を受ければ、これが回避もしくは遅疑、逡巡など、その職務遂行の意思に外部的な影響を受け、それがため、その行動の自由が阻害されて、職務執行の停滞ないし中絶を招くであろうことは当然予想されるところであり、一方、その攻撃にして、身体に何らの危険をも感知せしめず、公務員において全く意に介しないような性質のものであるかぎり、これによつて職務の適正な執行の害されるおそれはない、というべきだからである。しかし、右説示したごとき性質の有形力の行使である以上、それが一回的、瞬間的に加えられると、はたまた継続的、反覆的に行なわれるとを問わないことはいうまでもなく、むしろ、公務員の身体に対する攻撃であればその職務遂行の意思に何らかの影響を及ぼし、適正な職務執行を害するのが通常であるともいえよう。

「暴行」はあったのか

現時点で報道に表れている事実で「暴行」に当たり得るのは「速記原本を奪おうとした」でしょうか。

「委員長のマイクのコードを抜いたりした」は、公務員の身体に物理的な影響を与えるものでなければならないとする見解によれば、公務執行妨害の構成要件には該当しにくいと思います。ただし、それでも威力業務妨害罪の構成要件には該当する可能性が極めて高いです。

こちらの記事では「速記者の業務を妨害したことを認めた」とあります。

この行為の態様によっては公務執行妨害罪上の「暴行」に当たり得るのですが、例えば速記担当者が速記原本を手に持っており、野党議員が速記担当者を羽交い絞めにしたり腕を引っ張ったりするなどの方法でもって速記原本を奪おうとしたというのならば、公務執行妨害罪の暴行に当たると思われます。

しかし、例えば野党議員が卓上の速記原本を掴んだところ、速記担当者が速記原本を押さえて奪われないようにしたなどの場合には、速記担当者の身体に何らかの危険を感知させて行動の自由を阻害することにはならないので、公務執行妨害罪の暴行には当たらないということになります。

先述の東京地方裁判所昭和31年(刑わ)第3221号 公務執行妨害、傷害等 昭和41年1月21日の引用の続きは以下のようにあります。

しかるに、本件は、事務総長席の机上にあつた書類を両手でかき廻してこれを散乱させた、というものであり、直接には物に加えられた有形力の行使である。かような物に対する有形力の行使であつても、それが公務員の身体に直接感応されるがごとき態様のものであれば、結局は公務員に向けられた有形力の行使ということができ、これが講学上、いわゆる間接暴行なる概念で論ぜられていることは、いまここにあらためて指摘する要をみないであろう。しかしながら、ここで問題となるのは、帰するところ、この有形力の行使が、公務員の職務執行に対する反抗、あるいは、単なるいやがらせというに止まらず、公務員の身体に何らかの危険の及ぶべきことを感知させ、その行動の自由を阻害するに足るものであるかどうかということである。何故なら、物に対する有形力の行使が、その性質上、とりも直さず、公務員の身体に対する積極的な攻撃として目され、かつ、それがため公務員がその行動の自由を阻害されるに足る程度のものでなければ、公務員に対して職務執行の妨害となるべき暴行を加えたものということはできず、そうでない場合にまで間接暴行の概念を拡張することは、およそ公務員の職務執行に対する反抗ないし侮蔑的な意思の発現であるかぎり、これを公務執行妨害罪の構成要件たる暴行として把握されるおそれなしとせず、現行法文上の文意にも反し、ひいては罪刑法定主義の要請にも悖ることとならざるをえないからである。

このように言及して、この事案では公務執行妨害罪の成立は認めませんでした。

結局のところ、今回の野党の速記妨害も、具体的にどのような行為態様だったのかが明らかにならなければ分からない、ということになると思われます。

業務妨害罪にはなるのか?

偽計業務妨害罪(刑法233条後段)・威力業務妨害罪(刑法234条)の可能性はあるのでしょうか?

これも具体的な行為態様によるのですが、例えば速記官の不知を利用して速記原本を奪おうとして失敗したのなら偽計業務妨害罪の未遂ではありません。なぜなら、本罪には未遂犯の規定が無いから、そもそも未遂犯を検討することができないからです(刑法44条参照)。

速記官や委員長の意思を制圧するに足りる勢力を用いたと認められた場合には威力業務妨害罪になるでしょう。威力業務妨害罪の判例として最高裁判所第1小法廷 平成20年(あ)第1132号 威力業務妨害被告事件 平成23年7月7日があります。

卒業式の開式直前という時期に,式典会場である体育館において,主催者に無断で,着席していた保護者らに対して大声で呼び掛けを行い,これを制止した教頭に対して怒号し,被告人に退場を求めた校長に対しても怒鳴り声を上げるなどし,粗野な言動でその場を喧噪状態に陥れるなどした

蛇足ですが、呼び掛けの内容は「大声で,本件卒業式は異常な卒業式であって国歌斉唱のときに立って歌わなければ教職員は処分される,国歌斉唱のときにはできたら着席してほしいなどと保護者らに呼び掛け」というものでした。

こうしてみると、国会の採決に際して議長を取り囲んで怒鳴り声を上げる行為はそれだけで威力業務妨害の構成要件に該当するように思われます。そこからさらに速記原本を奪おうとする行為があったなら、なおさら「威力」が肯定できると考えられます。

国会の自律権と国会議員の免責特権について

実は、国会内で行われた行為の違法判断については、特別の扱いがなされています。

国会には自律権(憲法58条)があるからです。

東京地方裁判所昭和30年(刑わ)第3143号 公務執行妨害被告事件 昭和37年1月22日

国会は国権の最高機関として、円滑な議事の運営と進行を図るため高度の自主性と自律性を与えられ、内部の問題については法的規制の加えられている場合にもその責任において終局的に処理しうると考えるのが憲法の妥当な解釈であると思われる。これらの内部的自律権に属する行為は国会の内部の諸勢力の対立の過程において政治的決定としてなされることに特色を有するが、憲法は国会の自主性を尊重する見地からそれらの行為に対する裁判的統制をみとめていないと解すべきである。もちろん国会内部のあらゆる問題、各院およびその機関のあらゆる行為が司法的審査の対象から除外されるのではない。その範囲は議事機関たる各議院の組織と議事の運営に関する行為に限られるべきであり、たとえば国会職員の懲戒処分などは法治主義の見地から一般公務員のそれに準じて取り扱われるべきである。そこで次のような行為が議会行為として司法的審査の対象から除外されると考える。 

まず、内部的自律権に属する行為の場合には司法的審査の対象から除外されるとしています。速記原本を奪おうとする行為が「内部的自律権」に属しないことは明らかなので、司法審査の対象にはなるでしょう。

では国会議員の免責特権(憲法51条)の対象となるのか?については

本条の免責特権が前述のような立法の目的および趣旨によつて国会議員に付与されたものであることに鑑みるときは、その特権の対象たる行為は同条に列挙された演説、討論または表決等の本来の行為そのものに限定せらるべきものではなく、議員の国会における意見の表明とみられる行為にまで拡大されるべき

そして、免責特権の対象行為も議員の国会における意見の表明とみられる行為に拡大しています。ただ、速記原本を奪おうとする行為が「意見の表明」を超えたものであることは明らかなので、今回はこの点は関係ないでしょう。

さらに、司法審査の対象であったとしても、国会乱闘事件では国会特有の事態を考慮して(採決に至る手続に不備があった)超法規的違法性阻却がなされています。 

東京地方裁判所昭和31年(刑わ)第3221号 公務執行妨害、傷害等 昭和
41年1月21日

行為の違法性とは、ひっきよう行為の社会的評価に関するものであつて、これを実質的にみると、その行為が法律秩序全体の精神に背馳したか否かの価値判断であり、従つて、その判断は、構成要件該当性のそれが定型的な評価であるのに対し、あくまでも具体的、非定型的であり、その本質において、元来超法規的ですらある

それ故、かように違法性を実質的に理解するかぎり、もし、行為が、健全な社会通念に照らし、法律秩序全体の精神に背かないものと評価せられるにおいては、これが形式的に構成要件を充足し、かつ、刑法が違法阻却事由として類型化した正当防衛、緊急避難などの要件を具備しない場合であつても、超法規的に行為の形式的違法の推定を覆えし、犯罪の成立を阻却するものと解すべきは、当然の事理に属し、このことは、近時・刑法第三五条にその窮極の手がかりを求めて、学説、判例上、つとに承認せられてきたところである(なお、最高裁判所の判例も、社会通念上許容される限度の行為については、実質的に、その違法性の阻却されることを否定しない趣旨と解される。)ー中略ー
 尤も、この場合、超法規的違法阻却事由は、ー中略ー その判断にあたつては、行為の動機、目的の正当性、手段、方法の相当性、必要性、事情の相当性、行為の法益権衡性などが充分考慮せられるべきであろう。

そして、議事進行に特段の不備が見当たらない本件では、超法規的違法性阻却事由も認められないのだろうと予測します。

議院警察権について

国会内の行為の特別扱いはもう一つ別の観点があります。

国会法114条では議長に議院警察権が認められていることから、議長が何ら警察権を行使していないのに起訴することは許されないとする主張がありますが、それも否定されています。

東京地方裁判所昭和30年(刑わ)第3143号 公務執行妨害被告事件 昭和37年1月22日

この告発は政府与党ならびに自由党側議員から為されたもので社会党議員はその告発者中に包含されていないから決して参議院自身の告発ということはできないが、斯の如き多数の国会議員によつてその告発の意思表示が為された以上、検察庁がこれに基き捜査を遂げた結果起訴するに至つたのはむしろ当然であつて、その間なんらの手続上の違法はないものといわなければならない。

議院の告発である必要はなく、多数の国会議員によって告発の意思表示がなされたため起訴するのは「当然」とあります。

したがって、議長の意思とは無関係に、国会議員が多数、告発の意思表示をすれば確実に検察は受理するということです。国会議員1人や数人程度で議院警察権との競合をクリアするかは不明ですが、必ず排除されるとも言えないということがわかります。

自民党国会対策委員は論外ですが、国会議員はぜひとも告発して頂きたいものです。

犯人は誰か?

ここまで司法審査該当性、免責特権の適用の有無、議院警察権との抵触、構成要件該当性を全てクリアできる余地は十分にあることを検討してきましたが、結局「犯人」は誰でしょうか?

報道では映像を見ても具体的に誰が犯行に及んだかわからないが、野党議員によるものであることは確かだとしています。

しかし、指紋を取るなどすれば誰が行為をしたかが明らかになるはずです。

懲罰動議は?

魚拓:http://archive.is/IcAYK

魚拓:http://archive.is/KhUZ8

違法のおそれが極めて高い野党の妨害行為が懲罰動議にもかけられないにもかかわらず、足立議員は質問の際に不適切だったというだけで懲罰動議にかけられています(懲罰委員会に付する決定はされていないという中途半端な状態が取下げられていない)

こういった国会対応はおかしいですよね。自民党の野党にやさしい対応は法を守る国民をもバカにしているとしか思えません。

懲罰の可能性についてはこちらに過去の例を含めてまとめてあります。

まとめ

  1. 公務執行妨害罪となるには速記官等の身体に危険を生じさせたかが重要
  2. 少なくとも威力業務妨害罪の構成要件には該当しそう
  3. 国会の自律権との抵触はなく、司法審査の対象になる
  4. 国会議員の免責特権は適用されない事案
  5. 議院警察権との抵触は国会議員多数が告発すればクリア可能、単独での告発が排除されるかは不明
  6. 超法規的違法性阻却事由があるかは現時点では厳しい
  7. よって、告発すれば何らかの罪には問えるのではないか?
  8. 少なくとも懲罰に付さなければおかしい

以上 

「加計学園理事長の記者会見のタイミングがゲス過ぎる」という人へ

f:id:Nathannate:20180619180810j:plain

加計学園理事長の加計孝太郎氏が6月19日午前11時に記者会見を開きました。

発言の要旨は以下です。

  1. 「渡辺事務局長が誤った情報を愛媛県と今治市に与えた」として謝罪
  2. 誤った情報とは、獣医学部新設に関連して安倍総理と会ったかのような発言があったこと
  3. 加計氏は「事を前に進めるためにそのような発言をした」という報告を受けた
  4. 本日の加計学園の理事会で渡辺氏が減給1割を半年間、加計氏が監督責任として減給1割を1年間とする処分を決定した
  5. 加計氏は「安倍総理と獣医学部について話したことはない」「昨年2月25日に会ったということはない」と発言。安倍総理とは仕事の話はやめようというスタンスで会っている。
  6. 「加計ありき」について、国家戦略特区法3条に「自治体と民間事業者がお互いに密な関係を持ちながらやりなさい」という趣旨の規定があるので、加計学園と愛媛県・今治市との間ではそのようになる。安倍総理との関係ではそのようなことはない。構造改革特区も同様。

さて、これについて非難する人が居ますのでテレビ朝日の記者会見との比較も含めて内容を見ていきましょう。

「加計学園理事長の記者会見のタイミングがゲス過ぎる」

魚拓:http://archive.is/UKbCS

「加計学園理事長の記者会見のタイミングがゲス過ぎる」と言う人が居ます。理由は以下です。

  1. 大阪の震災やワールドカップ日本代表の初戦に合わせて記者が動けないタイミングだ
  2. 地元の記者だけに通知をしている
  3. 午前9時に地元メディアに通知をして11時に会見するのは時間が短すぎる

さて、ではテレビ朝日の記者会見はどのようなものでしたでしょうか?

テレビ朝日のセクハラ問題についての記者会見のタイミング

魚拓:http://archive.is/xqExx

他の証言:http://archive.is/pwzjYhttp://archive.is/xRRpw

テレビ朝日は4月19日0時からの記者会見の予定について、4月18日の夜11時前になって初めて記者会見を開くことを決めています。

おそらくメディアに対してはこれよりも 早い時間帯に知らせていたと思いますが、それでも夜10時に知らせていたなら報道ステーションの番組開始時に伝えていたでしょうから、少なくとも夜10時以降に記者会見の予定を伝えていたと推測できます。

記者会見の発表から2時間もないというのですが、これが悪いことなのかはよくわかりません。

ひとつだけ言えるのは、このときに加計学園を非難しているような人物はほとんどテレビ朝日の対応を批判していなかったということです。

テレビ朝日の記者会見の開きかたがゲス過ぎる?

魚拓:http://archive.is/ew6kf

魚拓:http://archive.is/7bz2T

テレビ朝日はオーナー企業である朝日新聞の傘下であるハフィントンポストすら記者会見場から排除していたというのです。

こちらは2週間の限定見逃し配信ですが、加計学園の場合は朝日新聞の記者も来ています。

震災を批判のダシに使う愚かさ

そもそも「震災に合わせた」というのならば、昨日のうちに会見をしたでしょうし、「ワールドカップ日本代表の初戦に合わせた」のならば、今日のキックオフ時間の夜9時に会見をしたでしょう。

このような論理破綻は、震災を批判のダシに使っているだけであるということが明らかです。

加計理事長は記者の質疑で会見を今日このタイミングで開いたのは、「本日の理事会で処分を決定したためその報告のためである」としています。

タイミングとして何かおかしいでしょうか?私はそうは思いません。

以上

余命大量懲戒請求:個人情報保護法、公益通報者保護法の精神と弁護士自治

余命懲戒請求と個人情報保護法

余命大量不当懲戒請求の事案で弁護士会に提供した個人情報が懲戒請求の対象たる弁護士に伝わる手続をしているのは「個人情報保護法や公益通報者保護法に違反している」 という言説がネットでは呟かれています。

法クラの人ではない者がイメージで語っているだけの場合が多いですが、規定上明確に否定できるものではなさそうです。現に、この視点から弁護士会に照会した小坪慎也氏の元には中間返答として「検討に一定の時間を要する」旨が帰ってきています。

したがって、明明白白に違法ではないと言い切るには微妙な話であるということであり、単位弁護士会の運用や法律の解釈によって結論が分かれ得る類の問題だということです。

更に、「違法ではないとしても、個人情報保護法や公益通報者保護法の理念に照らして妥当なのか?」 という視点からの議論ができる余地はあるのかどうかも検討していきます。

個人情報保護法の関連規定と問題となる解釈

今回の事案で問題になる個人情報保護法の規定は、「第三者提供の制限」と「目的外利用」です。そして、それぞれ弁護士会の行為と弁護士個人の行為が問題になります。

本法の名宛人(法律を守らなければいけない人)は「個人情報取扱事業者」であり、これに該当するか?という話もありますが、裁判例などを見ても弁護士会はこれに当たる前提のようです。まずは第三者提供の制限に引っかかるかの論点をみていきましょう。

第三者提供の制限にあたるか

第三者提供の制限が規定されている23条は「個人データ」の提供が制限されています。個人データです。実は、この法律の中では一口に「個人情報」といってもいろいろな種類があるのです。

こういう法律の場合、定義規定が2条あたりにあるので確認しましょう。

個人情報保護法にいう個人データとは

まず、「個人情報」の定義は2条1項にありますが、長ったらしいですし、今回問題となっている懲戒請求者の氏名・生年月日・住所の情報の総体が「個人情報」であることは間違いないので引用しません。

「個人データ」は2条6項にあります。

6 この法律において「個人データ」とは、個人情報データベース等を構成する個人情報をいう。

個人情報データベース等」とは何か?は2条4項にあります。

4 この法律において「個人情報データベース等」とは、個人情報を含む情報の集合物であって、次に掲げるもの(利用方法からみて個人の権利利益を害するおそれが少ないものとして政令で定めるものを除く。)をいう。
一 特定の個人情報を電子計算機を用いて検索することができるように体系的に構成したもの
二 前号に掲げるもののほか、特定の個人情報を容易に検索することができるように体系的に構成したものとして政令で定めるもの

本件では懲戒請求書の写しが「個人情報データベース等」にあたるかが事実認定と解釈問題です。実際にどういう状態で弁護士の元に送られてくるのか、その情報はどう扱われているのかは、弁護士のツイートが参考になります。

懲戒請求書の写しは「個人情報データベース等」か?

このように、懲戒申立書の写しが紙で弁護士の元に送られてくるとのことです。ファイリングされた状態のものが送られてくることもあるようです。

個人情報保護法〔第3版〕岡村久道著を見ると、2条4項の個人情報データベース等にあたるかは以下のような手順で判断されるとあります。クリックで拡大。

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個人情報保護法 第3版 岡村久道 商事法務 参照

名刺1枚程度では「個人情報の集合物」とは言えませんが、960通の個人情報が書いてある紙は個人情報の集合物と言えます。

「電子計算機で検索」できるというのは年賀状ソフトも該当しますが、要はコンピューターで検索可能な状態にあるということです。今回はそのような処理がされているということはないので、1号要件に該当せず、図の右ラインの2号要件該当性の話になります。要するにマニュアル処理情報の場合の話です。

個人情報保護法〔第3版〕岡村久道著では、人材派遣会社が登録カードを指名の五十音順に整理し、五十音順のインデックスを付してファイルしているような場合をいうとされています。

「一定の規則で整理して」は、五十音順による整理がこれに該当します。

「目次、索引その他検索を容易にするためのものを有するもの」は、上記の例で言えばインデックスを付けていない場合にはこれにはあたらないことになりそうです。

通則ガイドライン2-4では、「従業者が、自己の名刺入れについて他人が自由に閲覧できる状況に置いていても、他人には容易に検索できない独自の分類方法により名刺を分類した状態である場合」や「市販の電話帳」を「個人情報データベース等に該当しない事例」としています。

それでは今回の場合はどうでしょうか?

ファイリングされているものもあるとしても、索引がついているような話は聞きませんから、個人情報データベース等にはあたらないと思われます(単位弁護士会によって運用が異なるのでここは断定できない)。

なので、この場合はこれ以降の検討は不要、ということになります。 

仮に、政令に定めるものに当たらず、懲戒請求者の情報を「個人情報データベース等」にあたるものとして構築していた場合には弁護士会と弁護士は「第三者」の関係なのかという問題があります。

弁護士は弁護士会から見た第三者にあたるか

「第三者」は提供元となる個人情報取扱事業者および本人以外の者をいい、個人か団体を問わない。通則ガイドライン3-4-1によると、 同一法人格内(同一事業者内の他部門など)で個人データを提供する場合は第三者に該当しないので2条4項は適用されません。
ただし、事業部門ごとの取扱い内容によって利用目的も異なることになる場合には、目的外利用に関する本人の事前同意の取得を要する(個人情報保護委員会QA5-2)。

弁護士は単位弁護士会の構成員であり、綱紀委員会も単位弁護士会に所属する弁護士で構成される組織ですから、個人情報保護法23条の「第三者」には該当しないことになります。

小括1:第三者の利用制限は適用されない

補助的に、弁護士会と弁護士の間に守秘義務や個人情報管理規則は存在しないとのことです。 よって 

  1. 懲戒請求書の写しは「個人情報データベース等」にはあたらない
  2. 仮にあたるとしても弁護士会と弁護士は第三者ではない
  3. よって、23条の第三者の利用制限にはかからない

次に目的外利用にあたるかを検討します。

目的外利用にあたるか

第十六条 個人情報取扱事業者は、あらかじめ本人の同意を得ないで、前条の規定により特定された利用目的の達成に必要な範囲を超えて、個人情報を取り扱ってはならない。

  1. 弁護士会が弁護士に懲戒請求者の情報を渡すこと
  2. 弁護士が受け取った懲戒請求者の情報を自己の民事訴訟のために利用すること

この二つが問題になります。

弁護士会が弁護士に懲戒請求書の写しを渡すことは目的外利用か

綱紀委員会が弁護士に懲戒請求書の写しを交付することは、弁護士が懲戒請求に対する反論の目的のため、答弁書を作成するのに必要な行為として一般的に行われています。

ただ、通常は弁護士が受任した事件の依頼者なり相手方当事者なりから懲戒請求が行われ、その事案処理において問題がなかったかどうかを問う制度であるためこのような手続きになってるが、今回のように全く面識の無い者からの懲戒請求の場合には懲戒請求者の情報を弁護士に交付するのは不要ではないか?と言われることがあります。

しかし、私的領域での弁護士の行為も懲戒事由となり得るという裁判例がある下では、弁護士が問題とされた自身の言動に心当たりをつけることが困難になる運用は反論の機会が確保できないことになり不均衡だと思います。

それに、弁護士会としては懲戒請求書の記載内容から弁護士と懲戒請求者との接点があるのかないのかは判断がつかないので、その写しを弁護士に送らざるを得ないということも妥当な運用だと思います。

仮に事前に接点があるかどうかの判断を弁護士会に求めるなら、弁護士が過去に受任した事案を全て弁護士会にデータベースとして提供しなければならないことになり煩瑣です。更に、そうすると事件がなくとも接点がある相手方なのに接点がないとして扱ってしまう可能性が発生してしまいます。これでは弁護士の反論を著しく困難にさせることになります。

過去の裁判例でも全く面識のない者からの懲戒請求に対する不法行為訴訟が行われていることからも、裁判所はこの点は問題視しないようですから、このような手続は正当なものであると是認されていると言えるでしょう。

したがって、弁護士会から弁護士に懲戒請求書の写しを交付する行為は目的外利用に該当しないということになります。

弁護士は「個人情報取扱事業者」にあたるか

では、弁護士が請求者情報を自己の民事訴訟で利用することは目的外利用でしょうか?

まず、弁護士個人が「個人情報取扱事業者」にあたるかが問題になります。

「個人情報取扱事業者」とは「個人情報データベース等を事業の用に供している者」をいいます。小規模事業者の適用除外規定が平成27年改正によって廃止されたため、民間事業者全般が対象になり得ます。

「事業の用に供する」には見解の違いがあり得ますが、専ら家庭生活で取扱う親族情報のようなもの、年賀状ソフトを利用している者は含まれないとするのが通説のようです。

「事業」とは単に社会生活上の地位に基づき一定の目的で反復継続的に同種行為を行うものであるだけでは足りず、社会通念上それが事業とみられる程度の社会性があることを要すると解されています(参院特別委会議録平成15年5月13日(第3号))。営利性は問いません。

世の中の弁護士が個人情報データベース等を構築して業務を行っているのかどうかはよくわかりません。電子計算機での検索ができるもの(1号要件)を用意していなくとも、事件記録などはファイリングされて顧客名(事件名)の五十音順で棚に保管している場所もあるので、2号要件を充たす場合がありそうです。既に検討したようにインデックスをつけているなどの「検索の容易性」判断によるのではないかと思います。

弁護士が請求者情報を自己の民事訴訟で利用することは目的外利用か

仮に弁護士が個人情報取扱事業者だとすると、目的外利用にあたるでしょうか。

懲戒請求に対する反論のために懲戒請求書の写しにある懲戒請求者の情報を利用することについては、当該情報は懲戒請求の反論のために送付されたということが取得の状況からみて利用目的が明らかなので許されるでしょう。

では、弁護士が自己の訴訟のために利用することはどうか。

ここで、「目的外利用ではない」とする主張にはいくつかパターンがあります。

目的の変更が行われたとする主張

第十五条 個人情報取扱事業者は、個人情報を取り扱うに当たっては、その利用の目的(以下「利用目的」という。)をできる限り特定しなければならない。
2 個人情報取扱事業者は、利用目的を変更する場合には、変更前の利用目的と関連性を有すると合理的に認められる範囲を超えて行ってはならない。

15条2項には利用目的の変更の限界が規定されています。

懲戒請求に対する反論と不法行為訴訟のための利用が「関連性を有すると合理的に認められる範囲」に収まるでしょうか。

通則ガイドライン3-1-2は「変更後の利用目的が変更前の利用目的からみて、社会通念上、本人が通常予期し得る限度と客観的に認められる範囲内」であることを言うとしています。つまり、事業者や本人の恣意的な判断は排するということです。

平成27年改正では「相当の」関連性という文言が削除されており、その趣旨は事業者が変更可能な範囲を本人が予期し得る限度で拡大するためであると説明されています。ただ、これは新事業等に使えるかどうかの判断に企業が迷っていたことからの要請であり、それと無関係な今回の場合に削除の経緯が考慮されるのかはわかりません。

個人情報保護委員会QA2-9では変更否定例として、当初の利用目的を「会員カード等の盗難・不正利用発覚時の連絡のため」としてメールアドレス等を取得していた場合に、新たに「当社が提供する商品・サービスに関する情報のお知らせ」を行う場合をあげています(「個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン」及び「個人データの漏えい等の事案が発生した場合等の対応について」に関するQ&A

これを見ると、かなり判断は分かれると思われます。

さて、関連性が合理的に認められるとしても、本人に変更された利用目的の通知又は公表が必要であり、適用除外規定もあります。

18条 -省略-

3 個人情報取扱事業者は、利用目的を変更した場合は、変更された利用目的について、本人に通知し、又は公表しなければならない
4 前三項の規定は、次に掲げる場合については、適用しない。
一 利用目的を本人に通知し、又は公表することにより本人又は第三者の生命、身体、財産その他の権利利益を害するおそれがある場合
二 利用目的を本人に通知し、又は公表することにより当該個人情報取扱事業者の権利又は正当な利益を害するおそれがある場合
ー中略ー
四 取得の状況からみて利用目的が明らかであると認められる場合

訴訟予告をした場合、それによって訴訟のために利用することにしたという「公表」の要件はみたされると言え、18条3項に該当して許されると言えます。

18条4項2号に該当する可能性について、本号の「おそれ」とは、一般的・客観的な蓋然性が要求されるとありますので、通知や公表をすることでの弁護士の一般的・客観的不利益を考えることになります。

小倉弁護士の見解では、一般的に「請求として概ね成立しうると言うことに確信を抱く前に特定の人について訴訟を提起する旨公言すると逆に名誉毀損等に問われるリスクが生じ」ると主張されており、このような理由づけがあり得るのかもしれません。

目的外利用の例外にあたるとする主張

16条 -省略-

3 前二項の規定は、次に掲げる場合については、適用しない。
一 法令に基づく場合
二 人の生命、身体又は財産の保護のために必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき。
以下略

法令に基づく場合として訴訟提起のためには請求の特定が必要であると定められているため(民事訴訟法・民事訴訟規則参照)、取得した個人情報を利用するのは許されるという見解があり得るとの予想もあります。

しかし、この見解を許せば何でも訴訟提起目的であればどんな個人情報であっても利用できるということになるため、私はこの理由づけは賛同できません。

法令に基づく場合として想定されているのは通則ガイドライン3-1-5によれば警察の捜査関係事項照会に対応する場合や裁判官の発する令状に基づく捜査に対応する場合など、「他人から強制される」類の話であって、自己の気分一つで提起可能な民事訴訟で訴状に求められる要件だからといって本法16条3項1号の法令に基づく場合には当たらないと考えられます。

では、16条3項2号の場合はどうでしょう?

違法な懲戒請求がなされた時点で(実体法上は)慰謝料相当額の賠償を求める金銭債権が発生しており、それは、中断事由がない限り一定期間が経過すると時効消滅してしまうので、対象弁護士が訴訟外で賠償要求をしまたは損害賠償請求訴訟を提起することは「人の…財産の保護のために必要がある場合」にあたることになるという指摘は正当だと思います(慰謝料請求権は金銭債権であり、債権は財産である)。

そして、訴訟提起のために氏名・住所等を利用することについて本人の同意を得るということは一般的に困難だと認められるので、目的外利用の適用除外にあたると言えます。

小括2:少なくとも目的外利用の適用除外にあたる

  1. 弁護士が個人情報取扱事業者だとしても
  2. 懲戒請求者情報を訴訟のために利用することは弁護士の財産(金銭債権たる慰謝料請求権)の保護のために必要であり本人の同意を得ることは困難であると認められる
  3. よって、弁護士が自己の訴訟のために懲戒請求者の情報を利用することは許される
  4. その他のパターンでも許される可能性は残っている

結局、この素朴な感覚と見立ては正しいということになります。

ただし、違法ではないとしても、社会正義を目的として活動する弁護士である者が自己の権利行使のために懲戒請求者の情報を利用して訴訟提起することは、一般的な話として妥当な行為なのかどうか、という点は議論があってしかるべきだと思います。

公益通報者保護法? 

公益通報者保護法は2条でこの法律の適用場面が規定されています。

弁護士に対する面識の無い者からの懲戒請求がこれにあたらないことは明らかです。

ただし、通報者の秘密保持の徹底はガイドラインによって明確化されており、この法律に違反しないからといっても、その精神は大切にするべきであり、この精神は弁護士に対する懲戒請求の事案においても尊重されるべきではないか?という議論はあり得ると思います。

現に、弁護士以外の士業は懲戒請求者の情報が懲戒請求の対象者には行かないという運用を取っています。それは形式的には審査庁などの第三者機関に対して懲戒申立をし、第三者が審査を行うとする制度設計であることが理由です。

しかし、実質的には「通報者の情報を通報対象者が知ることになれば報復措置を恐れて萎縮する結果、通報制度が機能しなくなり、士業の公正性が保たれないことになる。それによって国民の権利利益の保護が不十分になり国民生活の安全が害されることになる」という問題意識と、そのような状況を作らせてはいけないと言う一般的な要請があるように思われます。

この要請は個人情報保護法にも通ずるものがあると考えられます。このような観点から、今一度弁護士会の制度を見直すということは決して悪いことではないはずです。

私も、懲戒請求と題する書面を全て綱紀委員会の手続に載せることには疑問があり、一筆書いています。

弁護士自治は「違法でなければ良い」ではいけない

弁護士への余命懲戒請求事案の思考枠組み

これまで懲戒請求者の個人情報を弁護士会が第三者に渡すことと、弁護士が自己の訴訟に利用することの「違法か適法か」の話をしてきました。

しかし、途中で何度も指摘しているように、「弁護士倫理的に良いのか」「当不当」の話としてはどうなのか?については議論があってもいいと思います。これは弁護士の懲戒請求事案の他の論点についても同様に言えますし、弁護士倫理の話を抜きにすれば一般的に妥当する思考枠組みです。

「当不当」の問いかけをしているのが小坪慎也氏であると言えます。

彼は議論をするだけでなく実際に各士業会に照会し、国会マターの可能性も視野に入れています。橋下徹氏が弁護士の立場から自律を説き、小坪氏が「立法側」の視点から弁護士会の制度を問いかけている中で、一般国民として行うべきは事実の確認と正しい理解の仕方の共有です。いいかげんな知識を振り回しても、決して国民のため(ひいては自分たちのため)にはなりません。

既にこの事案の事実の大枠は示してあります。中にはよろしくない弁護士がいることも確かです。

弁護士は国民の側に立っています。国民は弁護士を何か別の世界の存在のように見てルサンチマンに陥るのではなく、自分たちのこととしてこの問題を論じてほしいと思います。 

以上

東京都がヘイトスピーチ規制条例案のパブリックコメント募集:大阪市との違いからみる問題点

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東京都がヘイトスピーチ禁止条例案(正確ではないですが、さしあたりこの表現を使います。)を今年成立予定としており、現在パブリックコメント募集中です。東京都の総務局人権部企画課にも電話相談したところ、この件では以下の問題があると思います。

  1. 日本人がヘイトの被害者にならない規定になりそうであること
  2. 手続が情報公開を謳っているわりには大阪市に比べて不透明であること
  3. 罰則を付けるよう働きかけが予想されること
  4. そもそもオリンピック憲章が上位にくるような条例で良いのか?

先行してヘイト規制条例を制定した大阪市については憲法違反の疑いがあることを含め、運用面でも問題があることを指摘しています。

このブログでは何度も書いてますが、まずは「ヘイトスピーチ規制法上のヘイトスピーチ」の定義を確認しましょう。

「そんなの分かってるよ」という方は「東京都のヘイト規制法案」の中身へどうぞ。

ヘイト規制法上のヘイトスピーチとは?

特定の国の出身者に対し、「叩き出せ」「帰れ」など、帰国や排除をうながすような文言は、ヘイトスピーチに当たる。これは、2016年のヘイトスピーチ対策法施行後、法務省も明言している。

よく、このような言及のされ方がありますが、これは全くの間違いです。

確かに、法務省は「祖国に帰れ」などの文言がヘイトスピーチにあたると言っていますが、それはあくまでも「典型例」であって、そのような文言を使ったからと言って直ちにヘイトスピーチ規制法の禁止しているヘイトスピーチに当たるなどとは一言も言ってません。

ヘイト規制法にいうヘイトスピーチとは、「本邦外出身者に対する不当な差別的言動」です。

本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律

「本邦外出身者に対する不当な差別的言動」とは、【専ら】本邦の域外にある国若しくは地域の出身である者又はその子孫であって適法に居住するものに対して差別的意識を助長し又は誘発する目的で公然とその生命、身体、自由、名誉若しくは財産に危害を加える旨を告知し又は本邦外出身者を著しく侮蔑するなど、本邦の域外にある国又は地域の出身であることを理由として、本邦外出身者を地域社会から排除することを煽動する不当な差別的言動をいう 

要するに、単に「外国人だから」「外国出身者だから」「外国人の血を引いてるから」という理由に基づいて「帰れ」と言うならそれはヘイトスピーチです。

しかし、例えば違法な行為をした外国人や、迷惑な行為をしている外国人に対してそうした行為を理由に「出ていけ」「帰れ」と言うことは至極当然の表現であるということです。

司法はそこまで杓子定規な判断をしません。

もっとも、外国人が違法或いは迷惑な行為をしているからといって、軽軽に「祖国に帰れ」などと言うことは私も与しませんし、安易にそのような文言を使っているとなると、ヘイトスピーチと認定される可能性は高いと考えられるので注意しましょう。

ヘイトスピーチ解消法の附帯決議の中身とは?

附帯決議とは、法律案を審議した際に議論された事項について、その法律の運用や将来の立法による法律の改善についての希望等を表明するものです。

これは、法的な拘束力を有するものではありませんが、政府はこれを尊重すべきとされており、事実上の法規範となり得るものです。

平成28年5月12日 参議院法務委員会

 国及び地方公共団体は、本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消が喫緊の課題であることに鑑み、本法の施行に当たり、次の事項について特段の配慮をすべきである。

1 第2条が規定する「本邦外出身者に対する不当な差別的言動」以外のものであれば、いかなる差別的言動であっても許されるとの理解は誤りであり、本法の趣旨、日本国憲法及びあらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約の精神に鑑み、適切に対処すること。

2 本邦外出身者に対する不当な差別的言動の内容や頻度は地域によって差があるものの、これが地域社会に深刻な亀裂を生じさせている地方公共団体においては、国と同様に、その解消に向けた取組に関する施策を着実に実施すること。

3 インターネットを通じて行われる本邦外出身者等に対する不当な差別的言動を助長し、又は誘発する行為の解消に向けた取組に関する施策を実施すること。

衆議院の付帯決議も同様の記述があります。

1項の指摘はなんかいい事を言ってそうですが、ヘイトスピーチの外縁が曖昧になってしまい、どんな行為がヘイト規制法で規制されるべき行為なのかがわからなくなってしまうものです。

むしろ最近は「いかなる批評的言動であってもヘイトであるとの理解」が広まっているので、拡大解釈の危険の方が大きいと言えます。

附帯決議3項:「等」が加えられていることの意味

附帯決議の3項をみると、本邦外出身者「等」とあります。

  • 本邦外出身者=専ら本邦の域外にある国若しくは地域の出身である者又はその子孫であって適法に居住する者
  • 本邦外出身者等=上記の者に限られない者(具体的に誰かは不明)

「等」の意味合いは不明ですが、以下のような解釈の可能性があります。

  1. 純日本人(尊属が日本人で日本生まれの者)も保護対象となる
  2. 不法に滞在する者も保護対象となる
  3. 滞在していない者も保護対象となる

1の可能性を期待したいですが、2は「不法」というとアノ人たちのことでしょうね。3はインターネットによる不当な差別的言動の場合に限って「等」がつけられていることから可能性を考えてしまいますが、あってはならない運用だと思います。

現実的には日本人は被害者になりにくいが…

ヘイト規制法はマイノリティ保護のための法律です。

マジョリティたる日本人が、外国人居住者から「この地域から出ていけ」と言われることは現在の日本ではあまり想定できないため、このような規定であっても運用上の妥当性があるのかもしれません。

しかし、ドイツのように一部の地域が難民によって占められるような場所が、今後日本においても出てこないとも限りません。

北朝鮮が崩壊した場合、難民が何百万人日本に流れ着くのかわかりませんからね。

そのような場合に「純日本人」も本法の対象となるかどうか?この事態が到来したときに本法が悪法となる可能性もあります。

そこで、行政の側、つまり各自治体がどのような条例を敷くのか、そしてどのような運用を行うのかが重要です。最近は「日本」が嫌いな人たちが攻撃をしている例が目立つので、日本国を護る、日本人を護るという高い倫理観が必要なんじゃないですかね。

東京都オリンピック憲章にうたわれる人権尊重の理念実現のための条例(仮称)

東京都ヘイトスピーチ規制条例のパブリックコメント

東京都オリンピック憲章にうたわれる人権尊重の理念実現のための条例(仮称)

東京都が予定している規制対象となるヘイトスピーチは、国のヘイトスピーチ規制法の定義と同じであることがわかります。よって、これまで言及してきた問題点が全て東京都に当てはまるということになります。

パブリックコメントの締切は2018年6月30日です。

こちらのページでは条例のポイントとロードマップ意見聴取者一覧と主な意見が掲載されています。

さて、東京都の手続はこれでよいのでしょうか?

東京都のヘイトスピーチ規制条例の手続について

冒頭で大阪市と比べて東京都は透明性がないと言いました。

大阪市等の法制定・改正審議の手続

大阪市のヘイト規制条例の検討は人権施策推進審議会によって進められ、議事録は公開されていました。

これは審議会が条例で設置根拠のあるものであり、審議会は公開とすると定められていたからです。そのおかげで、個々の委員がどういう発言をしていたのかがよくわかります。

例えば刑法で司法取引の規定が導入されましたし、民法の債権法が改正されて施行待ちですが、これらの場合は法務省の刑法部会民法債権法部会などが設置されて議事録が公開されていました。大阪市の場合はこのような場合と同様の仕組みだったということです。

東京都の情報公開はどこにいったのか?

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東京都の総務局人権部企画課の職員に確認したら「今回のヘイト規制条例については審議会や部会の議事録を公開する予定はない」とのことでした。

都民ファーストでつくる「新しい東京」~2020年に向けた実行プラン~ 冊子・計画内容のページでは政策企画局が運営しており、情報公開を推進するかのようですが、それにしては大阪市よりも条例制定の経緯が分かりにくいものになっていると言えないでしょうか?

もちろん、議事録を公開するべき義務はないですし、全ての場合にそうすることが果たして良いことなのかということは議論があると思います。

時間をかければいいわけではないですが、パブリックコメントを受け付けてから意見を精査・整理して審議会で検討し、条例案を最終的に報告しなければなりませんから、このスケジュールでいいのか。

パブリックコメントの手続そのものの問題

さらにはパブリックコメントの段階で条例案の「概要」だけが示されており、あまり具体的に決まっていない規定をどう評価すればいいのかよくわかりません。

条例案の条文そのものは見れないようになっているのは、多くのパブリックコメントの場合とは異なる状況です。なぜ条文案を隠すのでしょうか?総務局人権部企画課に問い合わせたら、条例案の条文はパブリックコメントを受けてから作成する方針とのことでした。

しかも、パブリックコメントのページへのアクセスが悪く、HP上のナビゲーションも最悪レベルです。私はGoogleからいろんなワードを試してやっとたどり着きました。

どうも東京都は拙速な感が否めません。

総務局人権部企画課によれば、例えば「この段階でのパブリックコメント募集はいかがなものか?」とか「条例案が出来たら再度パブリックコメントをしてほしい」といったような、不随的・手続的な側面についても意見は読んでもらえるとのことでしたので、そういった部分も含めて意見するのもありだと思います。

上記で示したロードマップも案の段階なので、そこについて注文をつけることで変化させることも可能だと思います。

東京都のヘイト禁止条例は都議会議員によるチェックを 

現状のままですと、都民からのコメントは非常に漠然かつ曖昧なものにならざるを得ません。 したがって、実のある議論が審議会で行われず、ほとんど都民のチェックが入っているとは言い難いものが都議会に提出される可能性があります。

都議会議員の方にはこの条例案について厳しくチェックしていただきたいと思います。

大阪市の場合は議会でのチェックが全く行われていないので、これまで指摘してきた行政の手続の不備の分を覆すような働きをしてほしいと思います。

反差別界隈やLGBTから罰則をつけるよう都に働きかけがなされる可能性

東亜日報の6月13日の記事では以下のような文があります。

しかし、ヘイトスピーチ対策法には処罰条項がなく、限界が指摘されている。大阪市の条例にも罰則条項なく、川崎市も問題になる場合、集会を事前に規制できるガイドライン程度の状態だ。東京都も現在、施設利用制限規制といった程度のことを構想している。特に在日韓国人を狙った嫌韓デモが社会問題になっており、確実に根絶するには強力な罰則が必要だという声が出ている。

「反差別」「アンチレイシズム」を標ぼうしている輩がどういうことをしているか、少し調べればわかります。こうした勢力からもパブリックコメントは送られるということを考慮して、予め反対意見をする必要があります。

このような動きを見てかどうかはわかりませんが、保守派が主導権を持ってLGBT施策を積極的に進めることで、「利権屋」に利用されないようにしようという動きもあります。

オリンピック憲章が上位に来るような条例で良いのか?

条例案の仮称や条例の目的を見ると、オリンピックにかこつけるためにヘイト規制とLGBT施策を混ぜている条例案のようです。しかし、なぜ私的団体に過ぎないIOCのオリンピック憲章の「下」にヘイト規制というスポーツに留まらない広範囲な内容の東京都の条例が作られるという議論になっているのか?この点からして既に疑問です。

オリンピックが廃止されたら、IOCが解体されたら、ヘイト規制やLGBT施策は無くなるということですか?東京都はIOCの傘下なのでしょうか?

ここは思想の左右関係なく、法体系の歪さを生じさせるものとして非難されるべきだと思います。

まとめ

  1. オリンピック憲章が上位法という構造はおかしい
  2. ヘイト規制法の問題がそのまま東京都ヘイト規制条例の問題になる
  3. いわゆる「純日本人」が保護対象となるかが問題
  4. 条例制定過程にある審議会の議事録が公開されないのは妥当か
  5. パブリックコメントのための参考情報として十分ではないのではないか
  6. 東京都のWEBページのナビゲーションが雑
  7. 反差別・LGBTを利用しようとする者からの罰則規定追加の要請を考慮するべき

大阪市の施行後の運用面の問題も併せて検討してもらいたいと思います。

以上

新潟県知事選:森裕子議員の花角氏に関する森友発言は公職選挙法等に当たるのか?

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新潟県知事選挙における森裕子氏の演説内容について、以下の記事があります。

以下略ちゃんの書いたこの記事で疑問が呈された内容について検討します。

記事の趣旨は「大阪航空局が違法の疑いがある土地見積りを行った当時、花角氏が大阪航空局長であったかのように言及する森ゆうこ氏の言動は公職選挙法違反の可能性はないのか?」というものです。

裁判例があったのでみていきましょう。

公職選挙法235条2項の「事実をゆがめる」の意味

東京高等裁判所の裁判例が裁判所HPの裁判例情報にも載っているので、規範性は広く認められていると思います。

東京高等裁判所 昭和51年(う)第50号 公職選挙法違反被告事件 昭和51年8月6日

公職選挙法第二三五条第二項は、当選妨害罪の構成要件として、虚偽の事項を公にした罪と事実をゆがめて公にした罪の二類型を規定しているところ、原判示第一の事実、更に遡つて、その訴因は、前者の虚偽の事項を公にした罪ではなく、後者の事実をゆがめて公にした罪を記載したものである。そして、この事実をゆがめるとは、未必的であるにしろ、故意の必要であることはいうまでもないが、これを別とすれば、客観的にみて、虚偽の事実にまでは至らないけれども、或る事実について、その一部をかくしたり、逆に虚偽の事実を付加したり、あるいは、粉飾、誇張、潤色したりなどして、選挙民の公正な判断を誤らせる程度に、全体として、真実といえない事実を表現することをいうと解するのが相当であるからー省略ー

整理すると以下です。

  1. 客観的にみて
  2. 選挙民の公正な判断を誤らせる程度に全体として真実と言えない事実を表現すること(手段として、ある事実についてその一部を隠したり、虚偽の事項を付加したり、粉飾、誇張、潤色したりなどが例示されている)

このように「全体として」判断される場合は個々の指摘する内容が事実であったかどうかが最終的な違法認定を決定するのではないということがわかります。

「表現する」も文脈の前後を考慮するとともに、口調、抑揚などから感ぜられる印象も考慮するということです。

さらに「客観的に」とありますから、本人がどう思っていたかは関係ありません。多くの場合、ある表現について一般通常人の理解においてそう思えるか、という判断になります。

そして重要なのは「虚偽の事実が付加されている必要はない」ということです。

では、具体的な発言から検討していきましょう。

森裕子氏の花角氏に関する演説内容

最初にこの件を検証した以下略ちゃんは上記動画をあげてましたが、実は、森氏は全く同じような内容の演説を別の場所でも行っていました。

元URL

花角氏が大阪航空局長だったことを連呼・強調

書きおこしました。

私はですね、問題点を見つけるのが得意なんですね。

一言だけ言わせて頂きたいのは。今、※※※聞き取りできず※※※秘書官ですよ。秘書官ですよ。秘書官っていうのは、素晴らしい頭のいい人がなるんですけれども、優秀な官僚であればあるほど、記憶喪失になるということがよくわかりました。もう国会最終盤で私も週2回委員会で質問してるんですけれども毎回新たな記憶喪失者が生まれるんですよ。ホントなんですよ。これホントなんですよ。

そして昨日ね、実は驚いたのは、NHKの政見放送、朝新潟の※※※聞き取りできず※※※から十日町に行く最中に早朝のラジオで初めて花角さんの政見放送を聞きました。そしたらNHKのアナウンサーがまず経歴を述べる。そこに……大阪航空局長、大阪航空局長ですよ。大阪航空局長です。わかります?森友問題ですよ。去年の特別国会で私がようやく役所から出させた1枚のペーパー。そこにはもともと森友学園のゴミの値段が8000万円だったと。これ一応NHKのニュースになったんですよ。ところが、それを10倍の8億円に見積もった。これが、大阪航空局なんです。そこの局長さんしてたんですって。あらら…ということで、皆さん、本当に大変な戦いです。どうか、どうか勝たせていただきたい。

動画で見るとわかりますが「これは問題だ」というニュアンスが継続した状態での発言だということがわかります。「問題だ」というのは「何か悪いことが起こっている」という意味を含みますが、国会でも質問で追及したような話である上、財務省の文書書き換えの話と絡めていることから「違法の疑いがある」というニュアンスが含まれていると言えます。※「違法である」というニュアンスであるかは疑問を差し挟む余地があると思われます。

大阪航空局が森友学園の土地を見積もったことと結びつけている

「花角氏が大阪航空局長だった」「大阪航空局が森友学園のゴミの値段を見積もった」

これらは事実です。しかし、花角氏が在籍していた時期はゴミの撤去費用の値段の見積もり時期と異なり、その前の時期です。

森氏の表現では少なくとも「大阪航空局が違法の疑いがある行為をした当時に花角氏は大阪航空局の局長であった」という認識を一般人の通常の理解ではするでしょう。

この程度の違いが「選挙民の公正な判断を誤らせる程度」と言えるのかはグレーだと思います。

違法の疑いがあるという故意はなかったのか

ちょっと検討順序としては前後しますが、補足的に、森裕子議員は国会でこのような発言をしています。 

第196回参議院農林水産委員会 7号 平成30年03月29日

安倍昭恵総理夫人が名誉校長を務めていた森友学園に国有地がただ同然で払い下げられた森友事件、アッキード事件によって、とうとう歴史的公文書が改ざんされ、痛ましい犠牲者まで出してしまったにもかかわらず、安倍総理は地位に恋々として責任を取ろうとしておりません。

国有地の売却について「アッキード事件」という名称を使用しており、かの有名な刑事事件たる「ロッキード事件」を引き合いに出していることが明らかです。このことからは、森裕子議員は森友問題の土地売却については「違法の疑いがある」 という認識で言及していると言えます。よって、土地売却に大きく関連するゴミ撤去費用の鑑定評価についても違法の疑いがあるという認識があったといえます。したがって、大阪航空局の土地見積りは違法の疑いがあるという趣旨で発言したことの故意に欠けないと言えます。

また、森裕子議員は国会で何度も森友問題に関して土地売買について質問していること、少なくとも2度、花角氏にかんする同じ演説をしていることから、花角氏が大阪航空局に在籍していた時期を勘違いしていたということはできず、時系列を混同させる故意が認められます。

公職選挙法235条2項にいう「事実をゆがめた」と言えるのか?

森氏の表現から一般人が通常認識する内容を示しましたが、これが更に進んで「大阪航空局長たる花角氏が違法の疑いのある森友のゴミの見積もりに帰責性のある形で関与した」という表現として受け止めるのかどうか。

これは疑問を差し挟む余地があると思われます。判断は分かれるのではと思います。

更に、そう認定できたとして「選挙民の公正な判断を誤らせる程度」と言えるか。これはそう言えるだろうと予測します。ただ、やはりその前の段階が問題になるということは変わりません。

小括:グレーゾーンか

魚拓:http://archive.is/Qa1tD

確かに、確実にデマであると言い切れるほどの事案ではないと思います。

しかし、これまで検討してきたことからは『「デマを飛ばした」というデマ』と言い切ることもまたできないと思います。

この件は公職選挙法上の視点から検討してきました。

では、名誉毀損の事案の場合、言及された「事実」はどのように判断されるのでしょうか?

名誉毀損表現の事案の場合の「事実の適示」

名誉毀損の「事実の適示」にあたるためには、明示的に指摘された内容にとどまらず、いわば「印象操作」によって認識される事実も該当し得るという裁判例があります。

東京地方裁判所 平成26年(ワ)第21669号 謝罪広告等請求事件 平成28年9月29日

オ 本件記載⑤について
(ア)事実摘示の有無
 前提事実によれば,本件記載⑤は,被告は「米国や日本の権威を利用して騙す」と題する項目の中で,X1集団は退役した日米の軍関係者,元防衛庁長官などに会った写真を見せて,安全保障に関して対話をしたように宣伝するなどを記載した上で,「ちなみに,米国のある政府機関では,すでに『X1集団と接触を避けるように』と職員に注意喚起がなされたという。」などと記載したもので,一般の読者の普通の注意と読み方を基準に判断すると,原告において組織している□□政府が,米国政府機関から接触を避けるべき悪質な集団であると認定されているとの印象を与えるもので,前後の文脈も加味すると,X1集団が米国の行政機関も警戒するような詐欺的な行為を行っているという証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項を主張するものであり,事実を摘示しているというべきである。
 被告は,かかる記載は,諸般の事実を指摘した上で,□□政府は他人の権威を利用するという評価をしたものであり,米国において原告及び□□政府が詐欺集団との認定を受けているという事実を明確に摘示したものではなく,公正な論評をしたものである旨主張する。しかしながら,前記のように,本件記事の前後の文脈も考慮すれば,X1集団が米国の行政機関も警戒するような詐欺的な行為を行っているという事実を摘示しているというべきであり,その判断を覆すに足りる事情はない。

このようにみると、森裕子氏の演説は少なくとも 「大阪航空局が違法の疑いがある行為をした当時に花角氏は大阪航空局の局長であった」という事実の適示をしたということになります。

ただ、名誉を毀損したと言えるには、更に進んで「大阪航空局長たる花角氏が違法の疑いのある森友のゴミの見積もりに帰責性のある形で関与した」と表現したと言えない限り無理です。

結局はあの演説でここまでの事実を通常の一般人が認識したと言えるかどうかに尽きると言えます。

結論:「事実しか言ってないから違法じゃない」は違う

森ゆうこ氏は「私は事実しか言ってません」と言いますが、「文言だけ見れば事実」であっても、そこに「誇張や潤色の表現」や「文脈や印象」によって違法となり得るというのが裁判例です。

森ゆうこ氏自身が違法かどうかはともかく、事実を言うだけなら何をやってもいいという理解は明確に誤りです。

このブログの読者はそのような手法でもって印象操作をすることに注意して頂きたいと思います。

以上