事実を整える

Nathan(ねーさん) 法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。

野田洋次郎が優生思想?「大谷翔平・藤井聡太・芦田愛菜みたいなお化け遺伝子の配偶者は国家プロジェクトで選定すべき」

野田洋次郎が優性思想?大谷翔平・藤井聡太・芦田愛菜みたいなお化け遺伝子は国家プロジェクトで選定すべき

RADWIMPSの野田洋次郎が優生思想ではないか?と言われています。

「大谷翔平・藤井聡太・芦田愛菜みたいなお化け遺伝子の配偶者は国家プロジェクトで選定すべき」

魚拓

野田洋次郎氏が「大谷翔平・藤井聡太・芦田愛菜みたいなお化け遺伝子の配偶者は国家プロジェクトで選定すべき」とツイートしていました。

「前に話」をしていたかは調べてもそのようなツイートは見つけられませんでした。

野田洋次郎が優生思想?

野田洋次郎氏のツイートに対して「それは優生思想だからダメだ」というリプライが多く付けられていましたが、本人としては冗談であるとのことですが、反応が見たかったのでしょうか?

ところで、「優生思想」って何でしょうか?野田氏の言ってることは本当に優生思想なのでしょうか?

優生思想とは

優生思想とは「何らかの秀でた特質を有する者の遺伝子を保護し、逆に劣った特質を有する者の遺伝子を排除して、優秀な人類を後世に遺そうという思想」などと言われたりします。

学問的な定義があるわけでもなく、そんなような考え方が昔からあったものについて、1883年にフランシス・ゴルトンが定義した「優生学」という造語に由来した言葉です。*1

仮に「生殖プロセスへの介入によって生まれてくる子孫の質を人為的に制御しようとする思想」と言うならば、優秀遺伝子保護・劣等遺伝子排除のいずれか一つの要素でもあれば優生思想と表現することになるでしょうが、両者はかなり質の異なるものでしょうから一緒くたにして良いものなのか。

野田洋次郎氏のツイートに表れているのは、上記の内前者の方だけで、「劣った遺伝子を排除する」という意味であるとは読み取れません。

リプライをしている者の中には「お化け遺伝子保護」⇒優生思想⇒「劣った遺伝子排除だ」と理解する人もいるのですが、これは、

  1. 野田はAと言っている
  2. 野田の言っていることはA+Bに違いない
  3. よって、野田はBと言っている

という思考過程なので、2の時点で推論が含まれているため、野田氏の言っていることを優生思想だと評価していいのか、或いは優生思想だとしても悪いことであると言っていいのかは慎重になった方がいいでしょう。

優生思想はなぜダメと言われているのか

歴史を紐解けば古代ギリシャのプラトンが「最も優れた男性は、意図して最も優れた女を妻に娶ったに違いない」と言っていました。

また、ナチスドイツが優生学に基づいてアルコール依存症患者、性犯罪者、精神障害者、そして子孫に遺伝する治療不能の疾病に苦しむ患者に対する強制断種を可能とする法律を立法しています。また、それに留まらず、劣悪だからといって生きている者を本人の同意なく安楽死させるようなことをやっていました。

実は、世界の他の国も強制断種についてはやっていました。

日本でも優生保護法に基づくらい予防法でハンセン病患者の強制断種が行われています。その後、らい予防法は廃止されましたが、1960年にはハンセン病の治療法が確立しており、患者の隔離収容が必要ないのに強制不妊手術を受けた被害者が提起した訴訟で、違憲判決が出て国が敗訴、謝罪をしています。

そういうわけで、優生思想がダメだという意識が形成されたのは、ここ数十年の話なのです。ただ、たとえば競走馬を見ると分かるように、「良い遺伝子を継承させる」ようなものについては、優生思想だとしてバッシングを受けることはほぼありません。

国家プロジェクトで配偶者を選定している例

ところで、結果的に遺伝子が「特殊」であることに関連して、その方々の配偶者を国家プロジェクトで選定している例は、実は既に存在しています。

天皇皇族」と言うんですが。

もちろん、皇族・皇室というのは遺伝子が優秀だから存在しているのではなく、父方の系統を辿れば必ず初代の神武天皇に連なる者で皇位継承をしてきた血族であり、2680年の歴史を有するという事実自体の正統性に由来しているものです。

一定の皇位継承ルールのもと、2680年も続いてきた系統というのは、それだけで「お化け」(比喩的表現)と言ってよいでしょう。

天皇・皇族はなにも優生思想に基づいているわけではないというのは、大正天皇が病弱で学校にすら通えなかったという事からも明らかでしょう。

(あ~あ、なんだかここの記述がストローマン論法で批判されそうだなぁ)

野田洋次郎の言っていることは許されない優生思想なのか

ということで、野田洋次郎氏の言っていることが優生思想なのか、優生思想としても、それは許されないものなのか、優生思想じゃなくても良い・悪いことなのか、という点については議論の余地がある、という話でした。

ま、この発言が注目されたのは医師がALS患者を安楽死させた事件に関連して、当該医師が「高齢者への医療は社会資源の無駄、寝たきり高齢者はどこかに棄てるべき」などと主張していたため、優生思想の持ち主だった、みたいな報じ方がされたからですが、ここにきて「優生思想」という言葉の中身を少し整理した方がいいんじゃないでしょうかね?

逮捕された医師は元厚労省官僚 「高齢者は社会の負担」優生思想 京都ALS安楽死事件 | 京都新聞

以上

*1:優生学から見た子ども、教育(学)から見た子ども :藤川信夫(編著)『教育学における優生思想の展開』(勉誠出版2008年)の総括として 藤川, 信夫

「ヒューストンの中国総領事館職員がアメリカに亡命」という情報のソースについて

ヒューストン中国領事館職員がアメリカに亡命

「ヒューストンの中国総領事館職員がアメリカに亡命」という情報について、出所を見つけました。

ジェニファー・ツェン氏のTwitterから広がる「ヒューストンの中国総領事館職員がアメリカに亡命」

Twitterにおいて「ヒューストンの中国総領事館職員がアメリカに亡命」という情報が拡散されたのは、ジェニファー・ツェンというライターのツイートが発端です。

其二人向美國政府申請政治庇護

しかし、"It was said" とあるように、伝聞です。

彼女はどこの情報を参照したのでしょうか?

彼女のアカウントのBioにあるYouTubeチャンネルやブログには当該情報はありませんでした。

ただ、調べると同様の内容の記事が見つかりました。

大紀元≒新唐人電視台での中国領事館員亡命?記事

【新唐人北京時間2020年07月23日訊】中共駐休斯敦總領館被指是共諜「司令部」,早已受到美國情報部門特別關注。香港著名實業家袁弓夷22日向《看中國》獨家爆料,他收到內幕消息,中共駐休斯敦總領館內有人想留在美國,已向美國投誠

北京時間:2020-07-23 03:21にUPされた大紀元≒新唐人電視台の記事では、香港の著名な実業家である「袁弓夷」氏の22日の発言で、【中共駐休斯敦總領館內有人想留在美國,已向美國投誠】=ヒューストン中国領事館の職員がアメリカに留まりたいと考え、アメリカに「投誠」した、と伝えています。

已向美國投誠

つまり、これも別のメディアがソースだということです。

「看中國」における香港の実業家「袁弓夷」の発言が亡命の元ネタ・ソースか

 

袁弓夷:休斯頓中領館内有人向美國投誠(圖)|袁弓夷 | 休斯頓中領館 | 投誠 | 美國 | 時事 | 看中國网

袁弓夷爆内幕消息

7月22日,香港著名實業家袁弓夷在《看中國》「名家論談」節目中向《看中國》獨家爆料說,他收到內幕消息稱,休斯頓總領館內有人因想留在美國,已向美國投誠。但目前尚不清楚領館人員投誠的具體時間,預計在未來幾天内,將有更多相關消息陸續流出。

 「已向美國投誠

「投誠」の訳語として「降伏」が出てくるのですが、投誠 - 维基百科,自由的百科全书や、アメリカに留まる意思を示しているという文を考えると、これは「亡命」と訳してもよいのではないかと思われます。

つまり、香港の著名な実業家である「袁弓夷」氏が、7月22日に「看中國」というメディアで語った内容が、今現在広がっている「ヒューストンの中国総領事館職員がアメリカに亡命」という情報の出どころということになります。

日本やアメリカのメディアで亡命を報じている所は見つからず、公式発表も無し

「ヒューストンの中国総領事館」に関する情報は日米のメディアは大々的に報じていますが、その中で「職員がアメリカに亡命」という内容を報じている所は、7月25日午前現在はどこも見当たりません。

公式発表もなされていません。

裏どりをしている最中か、知っていても話さないのかもしれません。

しかし、新唐人電視台や看中國のツイートがほとんど拡散されていないのを見ると、現時点であまり騒ぐのはやめた方がいいのではないかと思います。

以上

「事実を整える デマ」で検索したらストローマン論法のお手本記事が見つかった

ストローマン論法、藁人形論法

試しに「事実を整える デマ」で検索したら見事なまでにストローマン論法のお手本記事が見つかったので紹介します。

桜を見る会メディア報道検証についてのストローマン論法

事実を整える デマ で検索したストローマン論法

http://archive.is/J34v0

このnoteの記事が批判対象(笑)としているのはNHKの桜を見る会の記事が印象操作のお手本過ぎるので読んで欲しい - 事実を整えるという私の記事です。

私の元記事の内容は、NHKの当該記事による報道が「ホテルがHPで公開しているプランでは1人あたり1万1000円が下限なのに桜を見る会では1人あたり5000円という低額で提供しているのは利益供与ではないか」と仄めかしているのは、調べれば簡単に分かる内容を敢えて省いているため印象操作だ、という事を指摘しているものです。

で、私に対する批判者の論理は、上記画像のように『料理の部分は人数に比例して価格が増加しているから、ケータリングプランの料金表を根拠に「1人当たりの単価が5000円というのは有り得る」というのは無理がある』、ということでした。

画像中の表で「お料理」の代金の所だけを映しているのが分かりますが、もちろんこれは全体の一部しか見せていないストローマン(藁人形)論法が絡んでいます。

料金表の一部だけ見せて総額を隠す藁人形論法

私の記事の中で「50名と100名とでは一人当たりの価格が1000円も異なります」とあるのは以下の料金表の事を指します。

桜を見る会ホテルニューオータニ

https://web.archive.org/web/20191117003302/https://www.newotani.co.jp/tokyo/banquet/plan/catering/

とまぁ、一目瞭然ですが、見積もりの内容は「お料理」項目だけではないのですよね。

総合計を見れば当然、客単価の通りになっているわけですし。

そもそも料理代金だけでプランが成り立っているというわけでは無いのですから、なぜお料理代金だけ比較したのか、最初から意味不明な事を言っていたということなのですが。

さらには、私の記事ではその後に他の報道で既にホテルニューオータニ側から「5000円でできるかについては宴会の形式による」「お客様の要望を伺って判断している」という証言を紹介しているので、NHKの当該記事が情報不足だということも裏付けています。

結局、この件は850人という大人数での宴会であることから、形式についても個別対応していたということで、世の中でまともに仕事をしたことがある人であれば(特に営業)、パーティーの金額が5000円であったことは何ら問題視されるような事ではないと分かる話でした。

「事実を整える デマ」で検索したらストローマン論法のお手本記事だった

ということで、「事実を整える デマ」で検索してみたら、ストローマン論法(+αで意味不明な論理展開も加わりますが)のお手本のような記事を見つけてしまったので、ここに記録しておきます。

結局、何がしたかったんだろう?

情弱だけ釣れればそれで良いや、と思っていたんでしょうけど、はてブ民じゃあるまいし、note民でそういうのにひっかかる人って居るのだろうか?

以上

リツイートだけでなくいいねだけで著作者人格権侵害になり得る事が判明:自動トリミング最高裁判決

 

Twitterでいいねだけで著作者人格権侵害

リツイートだけで著作者人格権侵害になり得る最高裁判決が出てしまいましたが、その仕組みが分かると、実は【いいねだけで著作者人格権侵害になり得る】という事に気づいてしまいました。 

リツイートだけでだけで著作者人格権侵害の最高裁判例の事案の概要まとめ

リツイートしただけで著作者人格権侵害になり得る最高裁判決はネット当たり屋やスパムを生み出す|Nathan(ねーさん)|note

上記でも事案の概要のまとめを整理していますが、最高裁の判決文から事案の概要を書くと以下になります。参考:知財高裁

  1. 画像の権利者が鈴蘭の花の画像を自己のウェブサイトにUP
  2. 画像上部と下部には権利者の名前と転載禁止の文字
  3. ツイート者が無断で当該画像をツイートに添付(画像自体を編集はしていない)
  4. リツイート者がツイート者のツイートをリツイート(画像自体を編集はしていない)
  5. それにより、リツイート者のタイムライン(プロフィール画面)では画像の上部と下部が自動「トリミング」されて表示(画像自体が編集されたのではなく、表示が一部だけという意味)
  6. 自動トリミング表示はリツイート者のアカウントページにおいて行われているので、表示主体はツイート者やツイッター社ではなくリツイート者と判断
  7. パクツイをしたツイート者は当然、画像の「著作権」侵害
  8. トリミング表示は著作権侵害ではないが著作者人格権(氏名表示権)の侵害とされた(知財高裁では同一性保持権も侵害しているとしたが最高裁では言及無し)
  9. そのため、ツイート者のみならずTwitter社に対するリツイート者の発信者情報開示請求も認容された

単に「パクツイをリツイートしたから」権利侵害とされたわけではないという点は要注意です。そして、この理屈だとパクツイのリツイートじゃなくても権利侵害の主体になり得ることになります。

インラインリンクの仕組みが原因

 

インラインリンクの仕組みとは

Twitter社の仕様による自動トリミングなのに、なぜリツイートをした人が権利侵害の主体となるのか?

これは、インラインリンク(乱暴に言えば画像とか説明文付きのリンク)の仕組みの法的評価が原因です。

細かい話は以下小文字で載せておきますが、リツイートしたツイートがそのアカウントのプロフィール画面で表示されている状態は、元ツイートへのインラインリンクであると技術的に説明されます。

そして、そのような表示はTwitter社のサービスの仕様によるものではあるものの、そのアカウントのページから情報送信の指令が出されているから、表示の責任がそのアカウントの開設者にある、というのが知財高裁と最高裁の理屈です。

「インラインリンク」とは、「ユーザーの操作を介することなく、リンク元のウェブページが立ち上がった時に、自動的にリンク先のウェブサイトの画面又はこれを構成するファイルが当該ユーザーの端末に送信されて、リンク先のウェブサイトがユーザーの端末上に自動表示されるように設定されたリンクをいうものとする。参照:電子商取引及び情報財取引等に関する準則 平成29年6月 経済産業省140ページ以下

リツイートでも「いいね」でも自動トリミング

リツイートでもいいねでも著作者人格権侵害

リツイートによる自動トリミングとはどういうものか?

試しに自分のアカウントでやってみると、こういう感じです。

twitter.com/Nathankirinoa⇒これがアカウントページです。

見ての通り、リツイートしていなくてもこの表示なわけですが、これは私自身のツイートを私自身のプロフィール画面で見ているからです。リツイートしてもこの表示です。

最高裁判決の事案は、画像の上端と下端が見切れるようになり中央部分だけが表示されたというものだったのですが、ここで例示したものは下端部分は全部映り込んで、上側のはみ出る部分が見切れるような表示になっています。

今回、いろいろ調べてみたのですが、中央部分だけ表示されるものもあり、挙動がよくわかりませんでした。

そして、これは「いいね」でも同じ表示です。

いいねのインラインリンクで著作者人格権侵害

このように、プロフィール場面で「いいね」タブを押せば、いいねを押したツイートも表示されますが、リツイートしたツイートと同様「自動トリミング」が行われているのが分かります。

「いいね」もリツイートほどではありませんが、ユーザーのホーム画面上に流れてくるツイートとして選別されるような、拡散性を一定程度有しています。

いいねの場合もインラインリンクですよね?なので、理屈上はリツイートと同様に考えることになります。

………どうすんでしょ?これ?

いいねだけで著作者人格権侵害、回避方法は

リツイートもいいねも画像付きのものは避ける、パクツイっぽいツイートは放置する、ということにするしかなさそうです。

Twitter社が日本の判例だけで仕様変更するとは思えないですし、全部表示ということなら縦長画像のスパムが横行しそうですし。

最高裁の発信者情報開示を認めた判例が、「転載禁止」と書かれているツイートに関するもの、という理論的限定が付けられればいいのですが、今のままだとTwitterの機能と利用実態を無視したユーザーの萎縮にしかならないと思います。

以上

愛知県共産党、大村知事のリコールに反対「表現の自由を否定」と誤解

愛知県共産党、大村知事のリコールに反対する声明を出しましたが、相変わらず表現の自由、検閲、などと吹聴しているので改めてその主張の誤りを指摘します。

過去に語りつくした話ですので、深く知りたい方は以下を読んで頂ければと思います。

あいちトリエンナーレ・表現の不自由展 カテゴリーの記事一覧 - 事実を整える

愛知県共産党、大村知事のリコールに反対

愛知県共産党、大村知事のリコールに反対する声明を出しました。

誤解があるので指摘します。

高須院長や河村市長は「表現の自由を否定」と誤解

共産党愛知県委員会

共産党の声明は相変わらず「表現の自由を否定」「検閲」などと言ってますが、本件は以下のように整理できます。

  1. 表現の自由は政府に表現の場を求める権利ではなく、邪魔するなと言う権利に過ぎない
  2. トリエンナーレは公的機関運営に民間が乗っかってるだけ
  3. 民間活動に公金支出するような事案とは異なる
  4. よって憲法上の表現の自由の話ではない
  5. したがって検閲の話になり得ない

上記の内、2番の「トリエンナーレは公的機関運営に民間が乗っかってるだけ」という認識をすっとばしてるからおかしな話になります。

公金支出の問題」なのは確かですが、それは上記の前提を踏まえた上でないと、「表現の自由は尊重されるべきだから補助金出せ」みたいな「反論」が可能だと勘違いする輩が出てきます。

あいちトリエンナーレ問題・展示前と展示後の問題は別

また、展示前と展示後の問題は別に考えることになります。

「一度展示の場を提供しておきながら一方的に撤回した問題」は、トリエンナーレ実行委員会≒ほぼ愛知県と表現の不自由展実行委員会や参加クリエイターらとの契約関係や不法行為の問題です。

それは事後処理の問題であって、昭和天皇の御尊影を燃やし、残り灰を踏みつける映像の展示を許した問題は、展示前の話です(撤回後に再度展示許可した点も糾弾されるべき)。

「憲法上の表現の自由・検閲」は愛知県の検証委員会も否定

あいちトリエンナーレ表現の不自由展の問題を「憲法上の表現の自由・検閲」と捉えることは、愛知県の検証委員会の法律論を担当した曽我部教授も否定しています。

あいちトリエンナーレのあり方検証委員会 第2回会議 議事録

(曽我部委員) 省略

まず一点目、本件は公金を使って県立美術館で表現の場を提供する、しない、というケースですので、憲法上の表現の自由がストレートに問題となる事案ではないということで、これが今回の大前提となるものです。「憲法上の表現の自由がストレートに」と書いていますけれども、今回その表現の自由、あるいは、芸術の自由が問題に、もちろんなるわけですけれども、「法的な意味での表現の自由」ということでいうと、ストレートに問題となるということではないということになります。もちろん、表現の自由というのは非常に重要でありまして、最大限尊重が必要なわけですけれども、法的な議論をする場面でいうと、今のようなことになるということです。法的に言うと、基本的には、契約ですとか、あるいは、その不法行為ですとか、民法上の話がメインになるかな、ということでございます。

したがって、表現の自由のフィールドの話である「検閲」においても以下指摘しています。大村知事の事を言ってますね。

第3回会議議事録

(曽我部委員) 省略

最後に 1 点だけ、法律的なことでいうと、今回非常に印象に残ったのは、検閲という言葉が非常に様々な意味で用いられて、混乱を招いたということです。何か自分の気に入らないことに検閲というレッテルを張って批判するということ、そういう局面も見られたわけですが、そういう意味では検閲という言葉が、極めて多義的に用いられて混乱を呼んだというのは大変残念なことだったと思います。以上です。

法律関係の図などは議事概要(あいちトリエンナーレのあり方検証委員会 第3回会議) - 愛知県 の資料に掲載されています。

トリエンナーレ表現の不自由展問題は、公的機関の裁量・自律的態度を放棄した大村知事の問題

公的機関の裁量としてどの作品を展示するかは選択可能なのに、その自律的態度を放棄した大村知事の主体性を欠いた無責任な行政運営の問題

あいちトリエンナーレ表現の不自由展問題は、このように言えます。

誰でも自分の裁量の範囲であれば、自分に決定権があり、他人がその者の意思に反する事柄を強制することはできない。

この当たり前の、普遍的な価値観の話であると言えます。

文化芸術基本法違反だとする主張も誤り

これもあいちトリエンナーレ大村知事、自ら「検閲」していたと暴露する - 事実を整えるで既に指摘していることですが簡単に。

共産党は文化芸術基本法の第二条 「文化芸術に関する施策の推進に当たっては,文化芸術活動を行う者の自主性が十分に尊重されなければならない。」を持ち出しています。

「自主性」と書いていますが、既述の通り、あいちトリエンナーレは公的機関が運営主体の場であり、表現の不自由展がそこに乗っかっているだけですから、それだけで行政の介入を全否定するような効力はありません。

  1. 文化芸術基本法は行政不介入の原則を示しているに過ぎず、絶対的に介入を禁止しているわけではない⇒トリエンナーレの他の展示領域の要件には「政治的主張を目的とする表現でないこと」という項目がある(なぜか表現の不自由展が属する国際現代美術展にはこの項目が存在しない)
  2. 文化芸術基本法があるからといって表現の自由に給付請求権は無い
  3. 文化芸術基本法2条9項には「文化芸術に関する施策の推進に当たっては,文化芸術活動を行う者その他広く国民の意見が反映されるよう十分配慮されなければならない」とある⇒今回問題視された作品に関しては国民の意見が反映されるようになっていたか?
  4. 誰が文化芸術であると決めるのか?⇒文化芸術だと言ってしまえば展示が強制されるのか?それは「特権」ではないのか?

行政は何が文化芸術であるかは判断する能力がありませんが、何が政治的であるかを判断する能力はあります。芸術であるからといって政治的表現が「治癒」されるという特権を与えるのは憲法14条違反ですので、それこそ公的機関としては許されるものではありません。

大村知事のリコール問題と表現の不自由展の問題

大村知事のリコール問題と表現の不自由展の問題についてはあいちトリエンナーレの問題点・争点をわかりやすくまとめ - 事実を整えるでまとめています。

事案の中心から外れた、外縁に属する付随的な問題が取り上げられる傾向にありますが、中心的な問題は昭和天皇の御尊影を燃やして残り灰を踏みつける映像の展示を大村知事が容認したことにあります。これは判断ミスの問題。

そして、それに関する発言が法的主体としての自律性を放棄したものであり、誤解を拡散した点が、行政の長としての資質の問題として関連してくるでしょう。

以上