※本稿は2017年5月時点の情報をもとに解釈論を展開しています。
※改正後の判例などにより現行の実務と異なる予測となっている可能性が出てくるものですが、記録として残しています。
- 民法改正案が可決
- 結論:実際は契約でカバーされるので問題なし
- 実際の契約:消費者金融機関の基本契約の例
- 民法の「解釈」は?返済期限前の返済は満期利息を返還
- 改正後の民法⇒期限前返還で損害発生時は賠償請求可能
- 「利息」の性質との関係:民法学説上の2つの理解
- まとめ
民法改正案が可決
今更感がありますが、民法改正案が可決されましたね。
その中で、このような疑問を持っている?方がいます。
あすの委員会を前に記者会見。
— 真山勇一 参議院議員 (@MayamaMia) 2017年5月24日
市民生活のための民法のとんでもない改正が明らかに。
「繰り上げ返済 」で借金はいつでも返せるはずなのに、早く返された分の利息を払えと損害賠償を求められる恐れ。第591条の信じられない、おかしな新ルール… pic.twitter.com/KY8WQ2mUNI
この疑問は要するに
借金をした場合に返還期日を定めたとき、期間前に早めに借金を返しても返還期日までの利息(つまり満期利息)を払わなければならないのか?
というものです。
例えば、〇〇フルとか、ア〇ムとか、プ〇ミ〇とかなどの消費者金融機関からの借り入れの場面を想定した疑問ですね。
今回はこの点について簡単に解説します
これは法務省債権法部会での検討事項でした*1
が、民法の解釈の前に、実際の運用がどうなるかについて述べます。
結論:実際は契約でカバーされるので問題なし
はい、最初に結論から言うと
民法の解釈がどうなろうとも
何も問題はない(だろう)
ということです。
民法は単なるデフォルトルールなのですが、現実の取引は契約条項に従ってなされることが多いです。
なので、民法の規定でカバーしきれない部分も、契約で「手当て」がなされるということになります。
実際の契約:消費者金融機関の基本契約の例
例えば消費者金融機関からお金を借りる際、基本契約書というものが作成されます。
その例がこちらです。
2つ目の写真の15条の下線部には、約定支払日前であっても、元金の一部又は全部を支払うことができるとあります。
充当規定は8条であり、利息に関する規定は3条にあります。
なお、これらの契約書の規定は、一般的に貸金業法16条、17条等に基づいて規定されています*2
したがいまして、、実際にはこうした契約文言によって、消費者にとって不都合な結果となることは回避されているということです。
民法の「解釈」は?返済期限前の返済は満期利息を返還
民法の規定上、返済期限前のお金を返すときに満期までの利息を払わなければならないのか?ということについては、はっきりと書いていません。
はい、ここからは興味のある方だけ見ていただければいいと思います。
法律の解釈のお話になりますので。
ただ、私自身の整理のためにも書いていきますね。
現行民法591条
第一項
当事者が返還の時期を定めなかったときは、貸主は、相当の期間を定めて返還の催告をすることができる。第二項
借主は、いつでも返還をすることができる
あれ?
第二項で「いつでも返還できる」ってあるよ?
期限前に返済しても大丈夫なんじゃない?
と思った方がいると思います。
これは民法の解釈が絡んできます。
136条2項の存在があるからです。
民法136条
第2項
期限の利益は放棄することができる。ただし、これによって相手方の利益を害することはできない。
「期限の利益」って何よ?という方。
消費者金融で借りている人にとっては、「返済猶予がある」、というのが典型例です。
これに対して
「相手方の利益」というのは、お金を貸している人にとっては
「利息が貰えること」
というのが典型例です。
したがって、返済期限前にお金を返してしまうと、貸している人が利息を得る、という利益を害することになってしまうため、返済期限前の返済の場合には、満期までの利息を返還するというのが民法のデフォルトルールだ。
改正後の民法⇒期限前返還で損害発生時は賠償請求可能
改正後民法591条は、これに第3項が加わり、2項も修正が入ります。
第二項
借主は、返還の時期の定めの有無にかかわらず、いつでも返還をすることができる。第三項
当事者が返還の時期を定めた場合において、貸主は、借主がその時期の前に返還をしたことによって損害を受けたときは、借主に対し、その賠償を請求することができる。
今国会提出議案はこちらですwww.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kousei/gian/193/pdf/t031890631890.pdf*6
なお、平成27年にこの法案は提出され、継続審査となっていましたので、現時点ではこちらのページから新旧対照条文などが参照できます*7
さて、民法改正について議論してきた、法務省の債権法部会ではどのように説明されてきたのでしょうか*8
「6 期限前弁済」は,借主の期限前弁済を明文化するもので中間試案から変更はありま せん。*9
中間試案では以下のように説明されています。
民法第136条第2項の規定について,その適用が最も問題となる消費貸借 の場面に即した規律を設けることによって,消費貸借のルールの明確化を図るものである。同項の規律の内容を変更する趣旨のものではない。
要するに、「玉虫色」で、今後も解釈の余地を残しておく、ということですね。
国会質疑においても、参議院法務委員会 第13号平成29年5月23日などで、個別事案における「解釈に委ねる」という答弁がありました。
「利息」の性質との関係:民法学説上の2つの理解
さて、ここで疑問なのが「利息」というものの性質との関係です。
民法上、「利息」とは如何なるものなのか?という規定は存在していません。
なので、591条の議論の中で問題視されてこなかったのですが、民法学説上、2つの性質を持ち得るとされてきました。
ここからは私の予測も含む記述になります。
1:利息は元本利用の対価
このような理解によると、期限前弁済をすることで元本は無くなるのだから、利息発生の基礎を欠くことになり、満期までの利息を払う必要はない、ということになります。
「基本権たる利息債権」と呼ばれたりします。*10
消費者など、お金を借りる者の視点から見た利息の性質、と言えそうです。
2:毎期に一定額の利息の支払いを内容とする債権
「支分権たる利息債権」と呼ばれたりするもので、元本債権とは独立して存在するため、元本債権が消滅しても、残存するとされています。
満期までの利息はこのような性質のものである、という理解によると、期限前弁済をして元本が無くなっても支払う必要があるということになります。
銀行など、貸し付ける側の視点から説明したい利息の性質、と一応言える気がします。
(貸す側からすれば、満期の利息を充てにして計画を立てていたのにそれが不足することになる。)
とまぁ、条文にはない学説上の概念なので、これに無理やり期限前弁済の事例を当てはめるというのはあまり適切ではない気がしますね。
この辺りは、学者の趣味の範囲のような気がします。
まとめ
- 民法改正後も591条の運用、解釈はこれまでと変わるものではない
- 消費者金融などの場面では、契約書でカバーしているので問題ない
われわれ一般人が
「今回の改正で危険にさらされる」
などということはありえません。
この点をあげつらって政権批判をする者がいますが、そうではないということです。
※追記:なお、事業者にとっては「期限前弁済手数料」等の名目で契約書に支払い義務が書いてある可能性があるので注意です。
以上
*1:http://www.moj.go.jp/content/000054748.pdf
*3:コンメンタール民法4版714頁
*4:我妻372頁
*5:新版注釈民法591条
*6:www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kousei/gian/193/pdf/t031890631890.pdf
*8:法制審議会民法(債権関係)部会第81回会議(平成25年12月10日開催)http://www.moj.go.jp/content/000124088.pdf
*9:民法(債権関係)の改正に関する中間試案
http://www.moj.go.jp/content/000109163.pdf
*10:債権総論 第三版 中田裕康49頁