事実を整える

Nathan(ねーさん) ほぼオープンソースをベースに法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。

『安住委員長が「制服組を呼ぶと文民統制が崩れる」と発言』は誤情報:誹謗中傷の中身とシビリアンコントロール

国会動画を見てからモノを言って欲しい

『安住委員長が「制服組を呼ぶと文民統制が崩れる」と発言』が拡散

令和7年=2025年2月5日の衆議院予算委員会にて、国民民主党の橋本幹彦議員の質疑に対して立憲民主党の安住淳衆院予算委員長が注意をしたことがニュースになり、SNSで不毛な空中戦が展開されています。

特に、『安住委員長が「制服組を呼ぶと文民統制が崩れる」と発言』というのは明確に誤りです。現実に基づいた論評をするべきです。

具体的にどのように発言したのかを書き起こします。

安住委員長「国会はシビリアンコントロールの重みをわきまえてやってきた」

2025年2月5日 (水)衆議院予算委員会 橋本幹彦議員の質疑

まずは安住委員長の発言を紹介します。橋本議員の質疑内容は後掲します。

安住委員長 橋本君に申し上げますが、理事会では国民民主党を除く自民党以下全ての会派としての意思は、制服組の答弁は長い慣例だけでなく先の大戦のことも踏まえて、文民統制の観点からこの答弁については国会でそういうことをするということでやってきたわけであって、それ以外のところで制服組の話をそれぞれの党やなんかが事情は聴取しておりますので偏った考えでそういう判断はしておりません。今後もこの判断は続けてまいります。それ以上の質疑がある場合は理事会に図って申していただければ理事会で協議します。どうぞ。

※「国民民主党を除く」については、後に引用する発言で国民民主党も合意していたと訂正しています。

安住委員長 ちょっと質疑を止めて、委員集まって、時計止めて

~中断~

安住委員長 質疑者に申し上げますが、あなたの所属している国民民主党も、私訂正しますが、合意の上でシビリアンコントロールの重みをわきまえて私どもは私だけに限らず国会等やってきたので、あなたは出身が出身だからそう言うかもしれないけども、行き過ぎた誹謗中傷は我々としては看過できませんから、これはきちっと戦後の長いルールの中で重く積み上げてきたもので、防衛省の組織として文官であろうと、この自衛官であろうと、組織として責任を持ってここで答弁をしていることを否定するようなことは許されることではありません(国会内拍手。言動に十分注意して発言をしてください。では質疑を続行してください。

このように、「制服組を呼ぶと文民統制が崩れる」などという趣旨の発言はまったく見当たりません。単に、制服組の答弁は行わない慣例にしており、それは文民統制の観点からの国会運営でもあると言っているにすぎません。

そこから踏み込んで、安住委員長が「制服組は答弁させてはならないというのが文民統制の要請だ」と考えてるのかは不明です。少なくとも、当該国会での発言からは読み取れません。

巷では安住委員長の発言からズレた論点設定が為されてます。

理事会での各党の合意事項を一議員が国会質疑で覆そうとする手続違反

橋本幹彦議員の制服組を答弁に立たせるという主張内容の是非はともかく、この動きは【理事会での各党の合意事項を一議員が国会質疑で覆そうとする手続違反】であって、そもそもその時点で批判リスクを負っているものです。

では、安住委員長は何をもって「行き過ぎた誹謗中傷」と言っているのか?

橋本議員 …我が国の国会における自衛隊の議論は常に机上の空論でした、いざというときには米軍が守ってくれるに違いないという希望、或いは、軍事について語ることが平和を乱すのだと、そういった言説によって現実を見る眼が濁っていたというふうに思います。このような国会環境において、自衛官はどうせ国会は国民は何もわかっちゃくれないと、そのような現実の説明を諦めて本質的な議論というのを公の場で避けてきました。ここに注目したのがある意味、自由民主党の一部の方々であるという風に思います。我々こそ国防の論客であるというような顔で勇ましい言説を述べてきましたが、これもまた私は机上の空論であったというふうに私は思います。この不毛な議論に終止符を打つために、今日この場に立っております。予算を通じて真の国防とは何なのかを議論したいと思いますが…本日の質問に際して答弁者・政府参考人としていわゆる制服組の方々を要求しました。陸上自衛隊教育訓練研究本部長、海上自衛隊幹部学校長、航空自衛隊幹部学校長、そして防衛大学校副校長、かつて官士と呼ばれた制服組の方々ですが、このほかにもいわゆる背広組である防衛研究所の所長にも答弁を求めました。しかし、残念ながら今朝の予算委員会の理事会の決定は、制服組は戦後一度も答弁例が無く、今後もこの前例というのは守らなければならないとして承認されませんでした。委員部が安住委員長にどのように耳打ちされたのかわかりませんが、いわゆる制服組が国会に立った事例は66年前、昭和34年にあります。そもそも制服組が国会に立つことを阻む根拠はありません。法的制約はありません。本予算委員会は去る1月の30日、清和研究会元事務局長の参考人招致について異例の採決に踏み込みました。安住委員長は、このリーダーシップを発揮した委員長であります。そして前例のない省庁別審査を実現した委員長でもあります。ぜひこのリーダーシップを発揮していただきたいと願っていますが、委員長あらためて理事会で協議いただけないでしょうか。

え~とですね…

「常に机上の空論でした」などという、我が国の過去の議論を含めた国会への愚弄、自衛官が「国民はわかってくれない」などという情けない心情を持っているのだという暴論、自民党の一部議員への当てつけ

これだけの「誹謗中傷」の要素があるって、わかりませんかね?

で、安住委員長が最初の指摘をした後にも、橋本議員は以下の発言しています(全文ではなく一部抜粋)。

橋本議員 …どうせ国民はわかってくれないという心に防衛省自衛隊の心にくさびを打たなければ、決して自衛隊は国民から真に信頼される組織にならないし、真に精強な組織にもならないし、自衛官の社会的地位はいつまで経っても向上しないというふうに思っています。

安住委員長が「行き過ぎた誹謗中傷」と指摘するようになったトリガーは、ここなんじゃないでしょうか?

どういう「声」が橋本議員に入ってきているかは知りませんが、制服組が訴えたいことがあるのに「上」で止められているということなら、橋本議員が【質疑】でそれを主張すれば足りる話。そのための「代議士」でしょう?

その後の30分程度の質疑でそのような要素が垣間見えるものはありませんでした。*1国会における【答弁】で重い責任を課して発言させるかどうかの話について「防衛省自衛隊の心にくさびを打たなければ」なんて、本当に現場から要望があったなら、普通は出てこないはずの言葉でしょう。

制服組・背広組などの自衛官を国会質疑の答弁に立たせるべきか否かの議論は別問題

山形県議の梅津ようせい議員が自衛官答弁に関して論理を整理されています。

橋本議員に対する安住委員長の窘めとは離れて、いわゆる制服組の自衛官を国会質疑の答弁に立たせるべきか否かを論じるのはいいでしょう。それらは別問題です。

なお、「安住委員長が「文民統制」を持ち出したから変なことになった」とする向きもあるようです。確かに必須の言及だったとは思いませんが、国会運営の背景説明として当然のことを言っているわけで、特に責められるべきものでもない。

自衛官の答弁の是非の議論にあたっては現実の運用を尊重しないと意味がありません。

「シビリアンコントロール」として何か正解があるわけでもなく、各国の制度で異なるのは当たり前です。国際標準規格というものがあるわけでもなく、条約で幅が決まっているということでもない。

なので、「自衛官を呼んではいけない法的根拠はない」という点を強調したり金科玉条のごとく扱うのは論外です。先例があると言いますが、昭和33~34年にかけて航空自衛隊航空総隊司令空将である源田実 氏が答弁に立ったのは、ロッキード事件関連の調査で航空機の調達について説明員(政府参考人)として呼ばれた際のものです。*2

政府としては、自衛隊の部隊運用を始めとする部隊の管理・運営に専念させること、軍事技術的専門事項についても重要な問題は国務長官の補佐をする文官がこれを把握して説明してきているので、統幕議長等を国会に出席させなくても国会のシビリアンコントロール機能が確保できると考えています。*3*4

出発点にするべきは、わが国の国会(「国民代表」によって構成される「国権の最高機関」ですよ?)が長年をかけて醸成してきたルールであり、それは我が国の法体系・人事体系に基づいているものです。日本で言えば背広組にあたる、国防総省の要職者が政治任用され、政権交代時にはガラッと人が入れ替わってしまうアメリカとは違うんですよ。

この慣例に基づく運用を支持してる人でも、誰も「制服組の答弁は禁止されている」などとは言っていません。別にそれを変更すべき事情があれば変えたり特例を認めるだけです。

ましてや、諸外国の運用を唯一の正解だとして押し付けることを優先すべきではない。この日本国民としての出発点を持っているのか?が、議論の中身の正誤の前に重要ではないでしょうか?

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*1:「物品の不足」には触れていましたが、それは既に言われている話。

*2:初回⇒第30回国会 参議院 内閣委員会 第5号 昭和33年10月23日

*3:第94回国会 衆議院 決算委員会 第6号 昭和56年4月7日

○大村国務大臣 自衛官の国会出席につきましては、国会の問題でございますので、国会から御要請があった際に防衛庁としては検討したいと考えております。ただ、防衛庁としては現在、自衛官の国会出席についてはおよそ次のように考えておりますので、御参考に申し上げておきたいと思います。
 防衛庁におきましては、自衛隊に関する各般の方針の作成等重要な政策決定に関する事項につきましては、長官を補佐するのは内部部局の各局長等が当たっておりますことからいたしまして、従来から、国会における責任ある御説明も、私、長官のほかにこれらの者がその衝に当たってきているところでございます。また、軍事技術的専門事項につきましても、重要な問題は長官以下各局長がこれを把握してこれまで御説明してきているところでございますので、統幕議長等を国会に出席させなくても国会のシビリアンコントロール機能が確保できるのではないか、一応そのように私どもはこれまで考えてきているということを申し上げておく次第でございます。

*4:第189回国会 参議院 外交防衛委員会 第18号 平成27年6月2日

○国務大臣(中谷元君) 通達は生きております。
 御指摘の次官通達は、まず保安庁時代、昭和二十九年から定められていたいわゆる事務調整訓令を平成九年に廃止するに当たって、事務調整訓令の廃止の趣旨及び理由について、当時の検討の内容を内部に参考にするように示したものでありまして、このような内容の文書を事務次官の通達として発出することは特に問題がないものと考えます。
 本通達におきましては、国会との連絡交渉については、「基本的に内部部局が対応し、各幕等は必要に応じ軍事専門的、技術的事項その他権限と責任を有する事項について対応してきた」とし、「今後ともこれらの点に変わりはない。」としておりますが、かかる文言のために自衛官の国会出席が抑制されているものではありません。
 いずれにせよ、自衛官の国会答弁の必要性については国会において御判断される事項だと考えております。

○国務大臣(中谷元君) 自衛官の国会における答弁の必要性につきましては、あくまでも国会において御判断されるべき事項であると考えます、まず基本は。
 その上で、国政について幅広い御議論が行われる必要性はありますが、国会におきましては、防衛大臣たる私を始めとする政務が行うとともに、政策的見地から大臣を補佐する官房長、局長、また改編後の統合幕僚監部にあっては政策的知見を有する運用政策総括官といった文官に行わせることとし、各幕僚長については引き続き、防衛大臣を軍事専門的見地から補佐する者として、自衛隊の部隊運用を始めとする部隊の管理・運営に専念させたいと考えております。

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