ひとまず決着です。ただし、積み残された課題もあります。
- 外国人の脱退一時金制度改善を含む国民年金法案が参院で可決
- 国民年金保険法附則・厚生年金保険法附則の改正
- 積み残された課題:永住者の請求欠格事由は無し、運用で止められるのか?
- 外国人の生活保護措置へ:無年金・低年金外国人増加による自治体の財政圧迫問題
外国人の脱退一時金制度改善を含む国民年金法案が参院で可決
外国人の脱退一時金制度改善を含む国民年金法案(【社会経済の変化を踏まえた年金制度の機能強化のための国民年金法等の一部を改正する等の法律案】)が参院で可決・成立しました。
ここで、国民年金保険と厚生年金保険の外国人の脱退一時金制度とは、短期間の滞在をする外国人を対象に、保険料の掛け捨てを防ぐために設けられたものです。
日本に短期間の滞在をする外国人でも日本国内に居住していれば国民年金或いは厚生年金に加入をし*1、保険料も支払っています。が、短期滞在の外国人は、保険料を一定の期間(現行法では10年)支払った後に受給資格を得る老齢年金という形で受け取ることは通常はありませんから*2、支払った保険料が無駄にならないようにするためにこうした制度が設けられました。
ただし、脱退一時金の支給を受けると、被保険者期間がその分はゼロになります。
この点、社会保障の二重負担を防ぐ目的の「社会保障協定」を締結している国の者は、被保険者期間の通算が行えるようになっており、外国人は日本での加入期間を自国での加入期間に参入できますが、やはり脱退一時金の支給を受けると年金の加入期間として通算されないこととなります。どちらを選択するかは本人の自由ですが、注意すべきことです。
外国人の脱退一時金制度は、当然ながら日本人は対象外あり、それをあげつらって「外国人特権」などと言っている人が居ますが、制度自体は公平性のために必要なものであり、批判の矛先を間違えたバズ狙いに過ぎず、邪魔でしかありません。
衆議院可決時の記事は以下でまとめています。
国民年金保険法附則・厚生年金保険法附則の改正
社会経済の変化を踏まえた年金制度の機能強化のための国民年金法等の一部を改正する等の法律案:参議院
国民年金保険法附則・厚生年金保険法附則の改正部分の画像を添付しておきます。
「滞在するとき」「再入国許可を受けているとき」には、脱退一時金の請求事由から除外されました。
これは、制度本来の趣旨に反し、日本人の雇用主と社労士、人材供給元国のブローカーが結託してボーナス感覚で受給させている例があり、帰国が条件なのに帰国せずに再度就労する者が後を絶たず、それを奨励しているケースが実際に存在していたため、その穴を塞ぐために行われたものです。
外国人労働者本人にとっては脱退一時金の支給だという認識すらない場合もあるため、今般の改正議論の中で、実務運用において、脱退一時金の制度の説明を徹底し、理解を促すことも盛り込まれました。
新旧対照表や現行法との異同は上掲の衆院可決時の記事を参照してください。
積み残された課題:永住者の請求欠格事由は無し、運用で止められるのか?
さて、積み残された課題もあります。
というのは、既に永住者に脱退一時金が支給されている例が当然のごとく存在していると報告されているところ、これは制度趣旨に反したものであり、しかし今回の法改正では永住者であることが請求欠格事由とはなっていない、という問題があります。
改正後の関連部分の規定は、厚生年金保険法の附則では以下の通りになります。
(日本国籍を有しない者に対する脱退一時金の支給)
第二十九条 当分の間、被保険者期間が六月以上である日本国籍を有しない者(国民年金の被保険者でないものに限る。)であつて、第四十二条第二号に該当しないものその他これに準ずるものとして政令で定めるものは、脱退一時金の支給を請求することができる。ただし、その者が次の各号のいずれかに該当するときは、この限りでない。
一 日本国内に滞在するとき。
二 障害厚生年金その他政令で定める 保険給付の受給権を有したことがあるとき。
三 出入国管理及び難民認定法(昭和二十六年政令第三百十九号(新設))第二十六条第一項の規定による再入国の許可(同法第二十六条の二第一項(日本国との平和条約に基づき日本の国籍を離脱した者等の出入国管理に関する特例法(平成三年法律第七十一号)第二十三条第二項において準用する場合を含む。)又は第二十六条の三第一項の規定により当該許可を受けたものとみなされる場合を含む。)を受けているとき。
四 最後に国民年金の被保険者の資格を喪失した日(同日において第一号又は前号に該当していた者にあつては、同日後初めて、第一号又は前号のいずれにも該当しなくなつた日)から起算して二年を経過しているとき。2 前項の請求があつたときは、その請求をした者に脱退一時金を支給する。
これをみれば分かるように、永住者であるということが欠格事由として記述されていません。しかも、同条第2項では、請求した者で欠格事由に該当しない者には「脱退一時金を支給する」とあります。
運用で永住者に支給しないこととするとして、その裁量が認められるかは究極には司法判断になり、どのように解釈されるかは未知数です。これは厚生年金保険法の解釈の話になり、入管法の話では無いのだから、日本政府の裁量が制限される余地があります。
しかし、脱退一時金は、「日本国内で生活しない者」であるからこそ認められているもので、社会保障協定が締結されるまでの暫定的な制度です(「当分の間」と条文の冒頭にある)。
永住者は、日本国内で生活することが予定されている在留資格であって、本質的にこれには該当しません。【注解・判例 出入国管理実務六法】 では、永住者に関して以下記述があります。
令和6年版 234頁
1 永住者とは、その生涯を本邦に生活の本拠をおいて過ごす者をいう
が、形式的に外国人=日本国籍を有しない者であることから条文上はこの者を除外できていません。運用でなんとかするなどと言ったとして、果たしてできるんでしょうか?
なぜ、今回の法改正において条文上の手当をしなかったのか?謎です。
年金法案は他の事項の改正内容が多岐にわたるため、それとの優先度の差であったり、影響範囲や効果について熟慮が必要な部分であることから慎重になるのは理解できますが…
また、永住者に脱退一時金の支給が為されるのであれば、それは日本国内に住所を有していない(滞在していない)ということなので、永住者としての生活実態に疑義が呈されます。
もちろん、現代社会では海外勤務をして本邦に戻ってくる者も居り、現行制度では永住者は海外在住期間が合算対象期間として老齢年金の受給資格期間にカウントされるため、直ちに永住者としての実態が失われると評することには慎重になるべきですが。
それでも、昨年の入管法改正では永住外国人の在住資格の取消事由を明確化し、また、「故意に公租公課を支払わないこと」を取消事由に明記したことで、永住者周りの制度も一歩前身したと言えます。
外国人の生活保護措置へ:無年金・低年金外国人増加による自治体の財政圧迫問題
さらにこの話は、【外国人の生活保護措置】にまで波及するため、今後はその点の手当もしなければなりません。
というのは、脱退一時金の支給を受けるということは、老齢年金の加入期間がゼロになるということですから、その後再度就労して保険料を支払ったとしても、無年金・低年金状態になります。
とすると、無年金或いは低年金の外国人が増加することよって、生活保護に繋がろうとする者が大量に出てきます。或いは、そのような状況の元外国人たる日本人が出てくることが予想されます。
既に直近10年間で脱退一時金支給の裁定件数が72万件ありますが、この分や今般の改正法の施行までに行われるものについては改正法の効果が及びませんから、そのインパクトを抑えなければなりません。72万件(人の重複あり)が全て日本国内に再入国して生活保護に繋がるわけではありませんが、予備軍と捉えることは合理的でしょう。
生活保護は自治体が4分の1負担、政府が4分の3負担であり、外国人は地域偏在しますから、自治体の財政圧迫の問題として把握されることになります。
だからこそ全国市長会など地方自治法上の組織も今回の法改正の要望を政府に行っていました。今後は個々の自治体毎に、既に脱退一時金を取得し再入国した外国人の数が把握できるようにするなど要望することが叫ばれています。
実は、統計データの収集や切り分け方も、この改正議論・要望の中で改善していきました。それは法改正の条文上の変化よりも、広範な影響を与えている面があります。
もう、次の戦いのフェーズに移っている、ということです。
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