マクドゥーガル報告に権威付けしようとする認識誘導がある
- マクドゥーガル報告書の英語原文と国連公式文書
- クマラスワミ報告書とマクドゥーガル報告書の異同
- 人権の促進及び保護に関する小委員会=差別防止及び少数派保護に関する小委員会
- 「慰安婦」問題や日本軍の第二次大戦時中の行為についてはまったく言及がなかった
- 1998年の「最終報告書」の人権委員会での扱い:発行送付のみ、改訂版の提出が要求される
- 改訂版のマクドゥーガル最終報告書の差別防止及び少数派保護に関する小委員会での扱い
- まとめ:マクドゥーガル報告書に権威付けをしようとする認識誘導の報道等が流通し続けている
マクドゥーガル報告書の英語原文と国連公式文書
アメリカ弁護士のゲイ・ジョンソン・マクドゥーガル氏によるいわゆる「マクドゥーガル報告書」の英語原文はこちらになります。国連公式文書検索システム【Official Document System - UN】で検索すると出てきます。
当該報告書のうち慰安婦に関する部分はAppendix=付属文書の部分⇒【AN ANALYSIS OF THE LEGAL LIABILITY OF THE GOVERNMENT OF JAPAN FOR “COMFORT WOMEN STATIONS” ESTABLISHED DURING THE SECOND WORLD WAR】に書かれていますが、文書管理の仕方としてはクマラスワミ報告書の「付属文書Ⅰ」のように別の文書としてコードを振り分けているということは為されていません。
慰安婦に関する部分の日本語版はアジア女性基金が和訳したものとして【現代的形態の奴隷制:武力紛争下の計画的レイプ、奴隷制、奴隷に近い状況 特別報告者ゲイ・J・マクドウーガル氏による最終報告書 付属文書 第二次大戦中に設けられた「慰安所」に関する日本政府の法的責任の分析】があります。
クマラスワミ報告書同様、報告書は報告者が主語であり、国連の各種組織の主張ではありません。そのため、当該報告書は国連の組織体で最終的にどう扱われたのか?が大事になってくるのですが、その事に言及している者はほぼいません。
これもまた国連公式文書に残っています。
クマラスワミ報告書とマクドゥーガル報告書の異同
アジア女性基金による平成10年=1998年11月10日の報告会の中で、国連人権小委員会の委員である横田洋三教授による解説があるので引用します。*1
それからもう1つ重要なことは、クマラスワミ報告書もマクドゥーガル報告書も人権委員会に対する審議の材料を提供するものであるということです。つまり、クマラスワミ報告書がそのまま人権委員会の報告書になるわけではありません。それはまったく別物です。~中略~
それでは、最終的にこういう機関で何が重要な文書になるのかと言いますと、それはそれぞれの機関で下される決議です。英語ではResolutionといっています。この決議のかたちになって初めて、その機関(人権委員会なり人権小委員会なり)が何かを行ったということになります。~中略~
ですから、マクドゥーガル報告書が出たということで、その内容についてあれこれ議論することはかまいませんが、それをもって国連の行動、国連のアクションととらえると、マクドゥーガル報告書の性格を誤解していることになります。~中略~しかも、人権小委員会が決めたことが上の人権委員会に送られても、そのまま通るとは限りません。覆されることもしばしばあります。~中略~
それでは、こういう文書は何も意味がないのかと言えば、決してそんなことはありません。~中略~それなりに権威のあるものです。しかし、そうであったとしても、それは国連そのものの行動とは異なるということを正確にとらえておく必要があります。
巷ではクマラスワミ報告書・マクドゥーガル報告書の内容それ自体で、報告書に「勧告する」と書かれていることをもってまるで国連という組織による権威ある勧告が為されたかのように報道・記述されることが多いですが、横田教授は当時にもあったそのような風潮を戒めています。
横田教授はさらに、クマラスワミ報告とマクドゥーガル報告の違いについて説明しています。
クマラスワミ報告というのは、スリランカのクマラスワミさんという女性の法律の専門家が、「女性に対する暴力」というテーマの特別報告者になっていまして、その権限の範囲内で報告書を書きました。この「女性に対する暴力」というテーマの特別報告者は、ずっと継続する任務です。したがって、クマラスワミさんは「女性に対する暴力」というテーマのなかで、1996年には付属文書のなかで「慰安婦」の問題についての分析を加えました。~中略~
それに対してマクドゥーガルという人は、この人も女性でアメリカの弁護士ですが、彼女は「紛争下における組織的強姦、性的奴隷制および奴隷制類似の取り扱い」という長い名前のテーマの特別報告者になっています。~中略~
クマラスワミさんのほうが大きいテーマです。「女性に対する暴力」。これに対してマクドゥーガルさんの報告は「紛争下における」という限定があります。それから、「組織的強姦、性的奴隷制および奴隷制類似の取り扱い」という限定があります。ですから、クマラスワミさんの「女性に対する暴力」という広いテーマのなかの一部をマクドゥーガルさんが扱っているというかたちになっているわけです。
もう1つ~中略~マクドゥーガルさんの特別報告者の任務は今年までという期限がついているということです。したがって、今回の報告書が最終報告書で~以下略~
こうした観点から、人権小委員会での報告書の扱いを見ていきましょう。
人権の促進及び保護に関する小委員会=差別防止及び少数派保護に関する小委員会
マクドゥーガル報告については人権小委員会、当時の正式名称としてはSUB-COMMISSION ON PREVENTION OF DISCRIMINATION AND PROTECTION OF MINORITIES=人権の促進及び保護に関する小委員会で審議されており、クマラスワミ報告が審議された人権委員会よりも権威は落ちる機関です。
安全保障理事会以外の機関における決議には、加盟国に対する法的拘束力はありません。ただ、決議により一定の政治的権威が生まれるといったところです。
審議の結果として決議ではどのような扱いになったのか?という結論について書かれているのが以下の公式記録です。
REPORT OF THE SUB-COMMISSION ON PREVENTION OF DISCRIMINATION AND PROTECTION OF MINORITIES ON ITS 50TH SESSION, GENEVA, 3-28 AUGUST 1998 E/CN.4/1999/4 E/CN.4/SUB.2/1998/45
まず、マクドゥーガル報告書は各国語で出版されるべきであると上位組織の経済社会理事会に推奨することが決まっている事が分かります。
同時に、彼女にはアップデートされた報告書(「最終報告書」よりも後の報告書)を提出するよう委任期間の延長を要請している事が分かります。後述しますが、実際にアップデートされた報告書が提出されたのでそれについての扱いも委員会で決議されています。
8月14日の第18回会合で報告書が提出されたとあります。
マクドゥーガル報告書本体に関して人権小委員会がどう扱ったのかの詳細はchap. Ⅷの50~52ページで触れられています。
「慰安婦」問題や日本軍の第二次大戦時中の行為についてはまったく言及がなかった
アジア女性基金による平成10年=1998年11月10日の報告会
人権小委員会は26人の専門家によって組織されている機関です。ところが、この人権小委員会には政府の代表がオブザーバーというかたちで参加しています。また、とくに人権に関心のあるNGOもオブザーバーとして参加しています。そしてこの「従軍慰安婦」問題だけではなくて、さまざまな問題について、政府のオブザーバーもNGOのオブザーバーもいろいろなかたちで発言します。この発言は委員のあいだでの審議を助けるための材料を提供するためのものだととらえられています。したがって、そこでもよく新聞が人権小委員会の場でNGOがこういう発言をした、ある国の代表はこういう発言をした、それでその委員会で問題が取り上げられたという報道をしますが、それは正確ではありません。あくまでも人権小委員会は委員によって構成されているものですから、委員の発言は取り上げられたと言えますけれども、オブザーバーの発言は材料を提供したと考えるべきだと思います。
横田教授は平成10年=1998年の当時に、マスメディアの報道姿勢を捉えて「正確ではない」と指摘していました。
日本政府の代表は、マクドゥーガル報告書を一応歓迎しました。ただ、付属書の分析や結論については、日本政府は異なる意見をもっているということを発言しました。
マクドゥーガル報告書の本体部分には日本の慰安婦ではないさまざまな形での「紛争下における組織的強姦、性的奴隷制および奴隷制類似の取り扱い」が書かれており、慰安婦は付属書の部分で書かれている、という構造の理解が重要なのはこうしたことからです。
横田教授は人権小委員会でマクドゥーガル報告書がどのように審議され、最終的にどう扱われたのかを明示しています。
4人の委員が「慰安婦」問題に触れ、あとの4人は「慰安婦」問題には一切触れないというかたちで委員会の審議は終わりました。では、最終的にはどうであったかと言いますと、「慰安婦」問題の決議というのは、これまで1つもありませんでした。ただ、現代的奴隷制についての5、6ページの決議のなかで、2,3パラグラフほど「慰安婦」問題に触れた部分があるというのが、これまでの人権小委員会の決議のあり方でした。今年は奴隷制作業部会に関する決議、現代的奴隷制に関する決議から「慰安婦」問題への言及が一切なくなりました。~中略~
それからもう1つ。今年はマクドゥーガル報告書が出まして、それについての決議というのが出ました。これも2ページくらいのいろいろな問題に触れた決議ですが、このなかでも「慰安婦」、あるいは日本の第二次大戦中の行動について言及する文章は、1つも存在していません。したがって、人権小委員会がいろいろな審議の結果、どういう結論を出したかと言いますと、「慰安婦」問題についてはまったく言及がなかったというのが今年の審議の結果であったわけです。
前掲の人権小委員会の公式記録において、"McDougall" や "E/CN.4/Sub.2/1998/13"、 "comfort"などで検索してみてください。報告書が提出されたことが歓迎されたり彼女の再委任を求めたりしていますが、慰安婦問題については何ら言及が無いことが確認できます。
マクドゥーガル報告書は、国連が日本政府に刑事責任の追及を促す(国連人権高等弁務官が日本当局と共同して捜査、逮捕、起訴を可能にする立法措置)ことや国連人権高等弁務官が公的補償のための委員会を設置すべきこと、日本政府が国連に対し以上の活動状況の報告書を年2回だすことなどを勧告していましたが、そのような措置を構ずる、講ずるよう求めるということは、委員会としては行われませんでした。
1998年の「最終報告書」の人権委員会での扱い:発行送付のみ、改訂版の提出が要求される
1998年のマクドゥーガル報告書について上位組織の人権委員会でどう扱われたかが【E/CN.4/1999/167 COMMISSION ON HUMAN RIGHTS : REPORT ON THE 55TH SESSION, 22 MARCH-30 APRIL 1999】で分かります。
大要は小委員会と同じで、報告書を国際連合の公用語で発行し広く普及させることやアップデートされた報告書の提出のために委任期間を延長することを上位組織の経済社会理事会に勧告することになっています。
マクドゥーガル氏への再委任は、経済社会理事会が採択を勧告する決定案としても登場します。*2
他の議案や報告書の扱いと比較すると分かりやすいのですが、例えばシエラレオネの人権状況に関して決議された"Situation of human rights in Sierra Leone"という項目では、人権と国際人道法に対する恐るべき侵害が明らかになっていることに憂慮を示し、具体的な行動として人権を尊重し、適用される国際人道法を遵守するよう訴え、国連人権高等弁務官に対し第56会期でシエラレオネにおける人権および国際人道法の侵害に関する事務総長報告を報告するよう要請するなどしています。
パレスチナに関する決議では「非難する」などの強い文言で3ページにわたる種々の要請・勧告等が書き連ねられています。
慰安婦問題を扱ったマクドゥーガル報告書に関しては、このような扱いは為されていません。
なお、人権小委員会の名称は99年中に変更され、SUB-COMMISSION ON PREVENTION OF DISCRIMINATION AND PROTECTION OF MINORITIES(人権の促進及び保護に関する小委員会)から"sub-commission on the promotion and protection of human rights"(差別防止及び少数派保護に関する小委員会)になっています。*3(※2006年8月下旬に国際連合人権理事会(United Nations Human Rights Council、UNHRC)の設立に伴い解散し、人権委員会の活動は、国際連合人権理事会へと引き継がれた)
改訂版のマクドゥーガル最終報告書の差別防止及び少数派保護に関する小委員会での扱い
さて、アップデートされたマクドゥーガル報告書とその扱いも見ていきましょう。
Systematic rape, sexual slavery and slavery-like practices during armed conflict Update to the final report submitted by Ms. Gay J. McDougall, Special Rapporteur E/CN.4/Sub.2/2000/21 6 June 2000
今度は付属書の部分ではなく、本体の第6章で日本の慰安婦について触れています。*4
マクドゥーガル最終報告書のアップデート版でも、政府を含むすべての責任当事者の法的責任が認められ、被害者には法的補償や加害者の訴追を勧告しています。内容は相変わらず破綻したもので日本に対する差別的主張なので割愛します。*5*6*7
では、このアップデート版は最終的にどのように扱われたのか?
1999年の第51会期に関する論文では以下書かれています。*8
②武力紛争時における性的奴隷 この問題について特別報告者マクドゥーガル代理委員は昨年最終報告書を提出したが、今会期その改訂版を非公式ながら配布した。これは、基本的には先の最終報告書と内容的に同一であり、これらの行為の処罰可能性を探求するものである。新たな点としては、日本での訴訟の結果が加筆された。また会合では若干の委員、NGOが補償に言及した。~中略~
小委員会の対応としては~中略~②武力紛争時における性的奴隷に関して、軍隊の教育や捜査・処罰のためのメカニズム設置などにより義務を尊重するよう要請し、特別報告者に対し改訂版を第五二会期に提出するよう要請した(決議1999/16)
1999年の第51会期の活動報告書は【REPORT OF THE SUB-COMMISSION ON THE PROMOTION AND PROTECTION OF HUMAN RIGHTS ON ITS 51ST SESSION, GENEVA, 2-27 AUGUST 1999 Symbol E/CN.4/2000/2 E/CN.4/SUB.2/1999/54】です。
ということで、第52会期の活動報告書にアップデート版の扱いが書かれていることになります。それが以下です。
39ページ以降にマクドゥーガル最終報告書の改訂版について述べる所がありますが、「人権委員会に対し、以下の決定草案を採択するよう勧告する」としたものの中味は、「最終報告書及び改訂報告書をすべての公用語で公表し、各国政府、専門機関、地域間政府機関に送付するよう要請することを決定する」というだけです。
結局ここでも、慰安婦問題や日本の第二次大戦中の行為については何ら言及が無いことが確認できます。
人権小委員会の段階でこうなので人権委員会の決議を見るまでもありませんが、念のため確認してみます。
これを見ると、2001年4月24日の第76回会合で経済社会理事会に対して上記行為を勧告しているだけなのが分かります。37ページで確認できます。
ここでも、慰安婦問題や日本の第二次大戦中の行為については何ら言及がありません。
それ以降、E/CN.4/SUB.2/2002/28 E/2001/99 E/CN.4/SUB.2/2003/27 E/CN.4/SUB.2/2004/35 などでアップデート後の報告書(E/CN.4/Sub.2/2000/21)が引かれて参照されている例は見つかりますが、これらの報告において慰安婦問題や日本の第二次大戦中の行為について何か決定されたということはありません。
まとめ:マクドゥーガル報告書に権威付けをしようとする認識誘導の報道等が流通し続けている
このように、マクドゥーガル最終報告書とその改訂版の国連の組織としての扱いは決して重要なものではありませんでした。
しかし、98年当時に横田教授が指摘していたように、その存在意義について実態よりも大きく見せるために権威付けさせるような報道等が行われて来ました(改訂版はあまり言及されない)。
現在進行形のものとしては、2014年以降の人種差別撤廃条約に基づく人種差別撤廃委員会(CERD)からの日本政府に対する勧告等があり【人種差別撤廃条約|外務省】で日本政府の対応を確認でき、むしろこの中に置いてクマラスワミ報告やマクドゥーガル報告の影響を感じることがあります。
だからこそ、その中身の問題だけでなく扱われ方がどうだったのか?の把握が重要であり、ここではその確認の追体験ができるようにした次第です。
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*1:SYSTEMATIC RAPE, SEXUAL SLAVERY AND SLAVERY-LIKE PRACTICES DURING ARMED CONFLICT, INCLUDING INTERNAL ARMED CONFLICT :DRAFT RESOLUTION / MR. YOKOTA, MR. SANG YONG PARK, MRS. WARZAZI AND MR. WEISSBRODT.
Symbol E/CN.4/SUB.2/1998/L.26
*2:347頁参照
*3: Sub-Commission on the Promotion and Protection of Human Rights United Nations Geneva, Switzerland
>In 1999 the Economic and Social Council (ECOSOC) changed the title of the Sub-Commission on Prevention of Discrimination and Protection of Minorities to Sub-Commission on the Promotion and Protection of Human Rights.
*4:17~19頁参照
*5:元慰安婦による山口地裁下関支部の判決を持ち出しているが、広島高裁判決で敗訴している⇒平成10年(ネ)第278号)(判例時報1759号42頁、判例タイムズ1081号91頁)
*6:原告支持者や代理人弁護士らによって本判決の理解を妨げる言説が振り撒かれているが、正確な理解については⇒関釜裁判判決文での慰安婦制度の事実認定と韓国人原告の供述の信用性 - 事実を整える
*7:国際労働機関(ILO)の条約・勧告適用専門家委員会は、日本の軍隊性奴隷制度が1930年のILO強制労働条約(第29号)に反していると指摘したことも挙げているが(Report of the Committee on the Application of Standards, International Labour Conference, 87th Session (June 1999) Geneva, para. 8)、日本政府はこの委員会に対しても反論をしている⇒経済的、社会的及び文化的権利に関する委員会総括所見に対する日本政府の意見(仮訳)
*8:https://blhrri.org/old/info/book_guide/kiyou/ronbun/kiyou_0131-04.pdf