事実を整える

Nathan(ねーさん) 法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。

放送法改正でPCスマホのネット環境があればNHK受信料支払義務はデマなのか?

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平成31年3月5日、放送法改正案が閣議決定されました。

そこで「ネット環境があればNHK受信料支払い義務」という噂が飛び交っています。

結論から言うと「それはデマ」ということになります。

ただ、情報が錯そうしている原因があるので、その点を詳述します。

放送法改正で「常時同時配信」が可能に

まず、NHKオンデマンドなど「ネット配信」は既に行われています。

今回はテレビジョン放送を同時にネット配信可能になったのが改正法の中核です。

これが常時同時配信と言われているものです。

同時配信の具体例は2018年のサッカーワールドカップで一部の試合がNHKの特設HPにおいてTV放送と同時に視聴可能であったことです。

これが常時可能になります。

放送法改正案における常時同時配信の該当部分

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放送法20条2項2号の改正部分が常時同時配信が可能になったことを指します。

現行では「協会のテレビジョン放送による国内基幹放送の全ての放送番組を当該国内基幹放送と同時に一般の利用に供することを除く」という文言がありますが、改正法では削除されます。(上側が改正案)

この常時同時配信にNHKの受信料が別途かかるのではないか?と言われています。

受信料の規定(放送法64条)関係は変更なし

放送法

(受信契約及び受信料)
第六十四条 協会の放送を受信することのできる受信設備を設置した者は、協会とその放送の受信についての契約をしなければならない。ー以下略ー

「放送」とは放送法2条1号において電気通信事業者法2条1号の電気通信の送信を指すとされ、インターネット配信も含まれます

この点は今回も変更はありません。

つまり、常時同時配信が可能になった結果、法律の抽象的な可能性としては、それに対して受信料を取ることが可能になりました

では、ネット環境があればそれだけで受信料徴収が可能であるという意味なのでしょうか?

ネット環境と受信設備の設置

「受信設備」を「設置」した場合に受信契約義務が発生します。

では、「受信設備」の「設置」とは、どういう基準で判断されるのでしょうか?

平成27年(ワ)第26582号 受信料等請求反訴事件 平成28年7 月20日

 放送法及び本件規約が受信設備の「設置」という外形的事実を基準として,これに当てはまる者に放送受信契約の締結を義務付け,その者が原告の放送を実際に視聴するか否かにかかわらず,等しく受信料の支払義務を負担させるものとしていることに照らすと,本件規約9条が定める同契約の解約の要件に当たるか否かについても,同様の外形的事実を基準として判断すべきものと解するのが相当である。

「受信設備」であることが明らかなTVに「イラネッチケー」を通常の方法で取り付けた場合の裁判例ですが、この場合はまずTVがあることで「設置」され、イラネッチケーを取り付けても取り外せば「視聴可能」だから「廃止」にはならないとされました。

他方、東京高裁は受信料とは「視聴可能性の対価」とも言っています。

東京高等裁判所 平成23年(ツ)第221号 放送受信料請求上告事件 平成24年2月29日

受信料債権は、現行法上、私人間の契約に基づく債権と構成されておりー中略ー受信料とは文字どおり受信(視聴可能性)の対価であり、受信と受信料に対価性があることは明白である。

つまり、視聴可能性のあるものが「受信設備」であると言えます。

では、私たちのPCやスマホは、単にネット環境にあるというだけで「受信設備」であると言えるのでしょうか?

実は、ここはグレーゾーンなのです。

NHKの運用次第ではネット環境=受信料支払い義務

NHKが2018年のサッカーワールドカップのように、日本国内であればだれでも自由にネットで視聴可能な環境にした場合、それはネットに繋がるPCやスマホを持っているだけで視聴可能性があるということになります。

よって、この場合にはネットに繋がるPC・スマホを持っているだけで受信契約の義務が発生するということに「理屈上はなり得る」ということです。
※理屈上そうなるというわけではない。あくまで理屈上の「可能性」の話。

ただし、実際にはこのような運用は目指されていません。

NHKで検討された運用方針から外れますし、現時点での運用方針とも異なります。

 

過去に検討されたNHK受信料負担の運用方針

平成29年2月27日付け諮問第1号「常時同時配信の負担のあり方について」答申

受信料型の場合の費用負担者としては、PCやスマートフォン、タブレット等はさまざまな用途を持つ汎用端末であることを考慮すると、PC等のインターネット接続端末を所持・設置したうえで、常時同時配信を利用するために何らかのアクション若しくは手続きをとり視聴可能な環境をつくった者(視聴環境設定者)を費用負担者とすることが適当である(先述のように、放送受信契約者を除く。)

有料対価型の費用負担者としては、一般の取引と同様に常時同時配信を利用する契約を結んだ者とすることが適当である。

これは過去に検討された運用方針であり、決定事項ではないということに注意です。

この答申では受信料型の方針を取ることが目指されています。

では、受信料型の仕組みはどうなるのでしょうか?

平成29年2月27日付け諮問第1号「常時同時配信の負担のあり方について」答申

なお、ここでいう「視聴可能な環境の設定」としては、たとえば常時同時配信を視聴しうるアプリケーションのダウンロードやIDの取得等が現時点では考えられるが、その具体的な方法については、今後さらに検討していくことが必要である。 

要するに、利用者が何らかのアクションを取らなければ、視聴可能性が生まれないようにすることで、受信契約義務が自動発生しないような仕組みが検討されていたということです。

詳しくは以下を見てください。

さて、「現在のところは」この方針も「実行はされず」、ネット視聴者からは、受信契約者であっても受信契約者ではなくとも取らないようになると言われています。

現時点のNHKの受信料負担の運用方針

このことは他の報道機関も報じています。

NHKのネット同時配信、受信料「PC・スマホからも請求」は間違い - 弁護士ドットコム

テレビがなくてもNHKの受信料を払うの?「ネット同時配信」について聞いた(BuzzFeed Japan) - Yahoo!ニュース

 

「受信料を支払っている世帯の人であれば、ネット視聴のための追加負担は求めない」という説明は「二重取りをしない」という趣旨であって、受信契約者ではない者に対しては徴収するということを意味しているのではないということです。

上記以外のメディアで、「ネット環境設定をしさえすれば受信料を徴収される」と書いているところがありますが、それはNHKの運用に左右される事柄なのであり、現実からは乖離した報道です。

今後のNHK受信料支払い義務

ただし、あくまでも「現在のところは」ネット環境設定+視聴環境設定が確認できれば受信料徴収をする方針は「実行はされない」というだけの話です。

今後、上述のような検討方針が実行される方向に動く可能性は残ります。

まとめ:現時点ではPC・スマホからの徴収は無い

  1. 法律の規定上、NHKの運用いかんによってネット環境設定によって即受信契約義務が発生し得ることになっている
  2. NHKの過去の検討方針では「ネット環境即受信契約義務発生」ではなく、「ネット環境設定+受信環境設定」によってPC・スマホからの徴収が検討されていた。
  3. 現時点ではそれすらなく、PC・スマホからの徴収は実行されない。
  4. ただし、今後は「ネット環境設定+受信環境設定」によってPC・スマホからの徴収がなされるかもしれない

この話は法律の抽象的な可能性と現実の運用方針がごちゃごちゃに伝わっているので誤解が生じています。

「ひとまずは現状と変わりない」という認識にとどめるのが正しい態度でしょう。

以上