事実を整える

Nathan(ねーさん) 法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。

受信契約義務を認めずNHK敗訴、イラネッチケーテレビを「受信設備とは言えない」

イラネッチケーを取り付けたテレビが「NHK放送を受信できる設備とは言えない」として、受信料債権の発生を主張するNHKが敗訴しました。

受信契約義務を認めずNHK敗訴、掛谷英紀教授も歓喜

契約義務認めず、NHK敗訴 視聴不可テレビ設置―東京地裁:時事ドットコム

判決によると、女性はNHKによる受信料の強制徴収に批判的な意見を持っていた。インターネット上で、筑波大准教授がNHKの信号だけを減衰させるフィルターを開発していることを知り、連絡。2018年10月、准教授が代表理事を務めるNPOからフィルターを取り付けたテレビを3000円で購入し、自宅に設置した。
 NHKは、フィルターを取り付けたとしてもテレビの構造上、NHK放送を受信できる機能が備わっており、復元も容易だと主張。女性は受信契約の締結義務を負っていると訴えていた。
 小川裁判長は、女性が設置したテレビを「NHK放送を受信できる設備とは言えない」と指摘。復元するのも困難だとして、NHKの主張を退けた。その上で、「受信契約締結義務を負うと認めることはできない」と結論付けた。

筑波大准教授(掛谷英紀)が開発した「NHKの信号だけを減衰させるフィルター」

これはイラネッチケーという商品名であることは有名な話です。

イラネッチケーテレビを「受信設備とは言えない」と初判断

今回の判決は、【イラネッチケー】を取り付けたテレビを「NHK放送を受信できる設備とは言えない」と初めて判断したという点に重要性があります。

これまでの経緯は以下でまとめていますが、実は同様の判決はこれまで存在していませんでした。次項でも少し解説します。

受信設備の設置の外形的事実が原則

東京地方裁判所平成28年7 月20日 平成27年(ワ)第26582号では以下判示しています。

 放送法及び本件規約が受信設備の「設置」という外形的事実を基準として,これに当てはまる者に放送受信契約の締結を義務付け,その者が原告の放送を実際に視聴するか否かにかかわらず,等しく受信料の支払義務を負担させるものとしていることに照らすと,本件規約9条が定める同契約の解約の要件に当たるか否かについても,同様の外形的事実を基準として判断すべきものと解するのが相当である。

 被告は,本件工事を行ったことにより,本件受信機で原告の放送を受信することはできない状態にあると主張するが,被告の主張によっても,被告の自宅に原告の行う地上系によるテレビジョン放送を受信する機能を有するデジタル放送対応テレビが設置されているという外形的事実に変わりはなく,被告が本件工事の施工を依頼した者に復元工事を依頼するなどして本件フィルターを取り外せば,本件受信機で原告の放送を視聴することができるのであるから,本件フィルターが取り付けられたことにより原告の放送のデジタル信号が遮断されて現に原告の放送を視聴することができない状態にあるとしても,これをもって,被告が「受信機を廃止すること等により,放送受信契約を要しないこととなった」ということはできない。
 したがって,本件解約届の提出によって本件契約が解約されることはなく,被告は平成28年3月分の受信料の支払義務を免れない。

これはあの「NHKから国民を守る党」の立花孝志氏が債務不存在確認訴訟を起こした事例です。

この東京地裁判決は「受信機の設置」の有無という外形的事実を基準に契約義務の発生或いは解約の成立を判断するとして、イラネッチケーを取り付けて現実に視聴できなくても復元できれば視聴可能だから「受信設備の設置」は未だ継続していることになる、と言っています。

逆に言えば、「復元できなければいいんじゃね?」という抜け道が見えた判決でもあるのです。

イラネッチケー設置方法:取り外しが容易か

立花氏もそのように考え、平成28年8月29日に再度、債務不存在確認訴訟を東京簡易裁判所に提起しました。訴状の中で次のように処置を施したと書いています。

原告が、平成28年8月27日に原告現住所に設置した「テレビ2」は、被告の放送だけを遮断する機能を有したカットフィルタ(以下「イラネッチケー」と言う。)が、アンナナ入力端子から取り外し出来ないように、強力な接着剤と、一度締め付けたら緩めることが出来ないボルトで取り付けられていますこの取り付け方法は、もしイラネッチケーをアンテナ入力端子から取り外そうとした場合、「テレビ2」の入力端子がつぶれてしまい、「テレビ2」は、被告の放送も民放の放送も受信出来なくなる(部品取り替え修理をしないとすべての放送の受信が出来ない程度の故障になる)ように取り付けられています。

魚拓:http://archive.is/dd3yA

取り外しが容易か否か」 という基準は、いろんな法律の解釈の場面で登場しますので、このロジックはまともなものであると言えます。

結局この訴訟は平成29年1月19日に債務は不存在であるという判決になったのですが、判示は以下のようになっています。

NHKは裁判で債務が存在しないことを争わないと主張していることをもって、原告(立花)の法律上の地位の危険や不安が終局的に除去され、裁判所が容認判決をせずに訴訟を終了させても、将来に禍根を残すことがないとまでは言えない。よって、原告(立花)の本件訴えは適法である。

これは民事訴訟の構造が分からないと理解できません。

まず、この裁判の中でNHKは立花氏に債務は存在しないことは認めていましたしかし、そもそも裁判をするようなことではないため、訴えは訴訟要件を充たさず却下(門前払い)されるべきだ、と主張していたのです。

上記の判示も、立花氏の訴訟が訴訟要件を充たしているかどうかについての判断をしているだけであり、取り外そうとすると受信機が壊れるようにイラネッチケーを取り付けたことが「受信機の廃止をすること等」にあたるかどうかは判断していません

これはNHKの戦略だったのだろうと思います。

NHKとしては「イラネッチケーを取り外し困難な程度に固定すれば大丈夫か」を争点にすると、その点が認められた上で敗訴する可能性がある、という認識だったことが伺えるからです。

今回の判決は、このようなNHKの逃げも許さなかったという点で、新規性があります。

取り外しが容易でなければ「視聴可能性」なし

さらに言えば、今回の判決は、NHKの受信料債権が生じるための条件についての前提も関係しています。

東京高等裁判所 平成23年(ツ)第221号 放送受信料請求上告事件 平成24年2月29日

受信料債権は、現行法上、私人間の契約に基づく債権と構成されておりー中略ー受信料とは文字どおり受信(視聴可能性)の対価であり、受信と受信料に対価性があることは明白である。

 受信料債権が何によって発生するかを判示した判決ですが、「電波を受信したこと」 でもなく「現実の視聴」でもなく「視聴可能性」との対価であると言っています。

ですから、テレビを設置している世帯自体にNHKの電波が届いていようが、テレビ自体に視聴可能性がなければ=イラネッチケーを取り外しが容易ではない程度に取り付けていれば、受信料債権は発生しないということが予想されていました。

そして、今回はその通りになりました。きわめて論理的な結末であると言えます。