事実を整える

Nathan(ねーさん) 法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。

ペッパーミルパフォーマンス注意なぜ?ネット「エラー時はマナー違反」⇒高野連「エラーは関係無い、不要なパフォは慎むべき」と説明が破綻

あれぇ?この記述と矛盾してない?

ペッパーミルパフォーマンス注意はなぜなのか?

3月18日、センバツ高校野球の第1試合で、東北高校の選手が相手のエラーで出塁した際、ベンチに向かって野球のWBC=ワールド・ベースボール・クラシックの日本代表の選手たちが行って注目を集めている「ペッパーミル・パフォーマンス」をし、イニング終了後に審判から注意を受けました。

それを東北高校の監督が試合後に「何でこんなことで、子どもたちが楽しんでいる野球を大人たちが止めるのかな、と感じました。もう少し子どもたちが、自由に野球を楽しむことを考えてほしい。日本中が盛り上がっているのに、なんでダメなのか理由が聞きたい」とコメントしたことで物議を醸しています。

本件については「エラー時だからダメ」というのは物事の平仄を考えれば不合理であり整合性が無いという私見を以下で述べていますが、追加の事情が判明したのでそれについて述べていきます。

高野連「エラーは関係無い、不要なパフォは慎むべき」

センバツ高校野球 選手が「ペッパーミル」で注意 高野連が見解 2023年3月18日 21時20分 NHK

これについて高野連などは、「高校野球としては、不要なパフォーマンスやジェスチャーは、従来より慎むようお願いしてきた。試合を楽しみたいという選手の気持ちは理解できるが、プレーで楽しんでほしい」という見解を示しました。

高野連の事務局によりますと「不要なパフォーマンス」について明確な基準はないものの、プレーに直接関係ないことや自然に出るガッツポーズを逸脱した行為などが対象になるということです。

そのうえで、「今回は『ペッパーミル・パフォーマンス』だったが、ふだんから派手すぎるガッツポーズなどには審判や大会側から注意をしている。エラーで出塁したかどうかは関係ない」としています。

ネットでは「エラー時はマナー違反だろう当然だ」とう声が相当数ありましたが、実際には「エラーは関係無い」というのが高野連の公式見解でした。

で、理由として「不要なパフォーマンスやジェスチャー」は慎むようお願いしてきたこと、明確な基準はないが、「プレーに直接関係ないことや自然に出るガッツポーズを逸脱した行為などが対象になる」とNHKの取材に答えたようです。

これはおかしいですね。

「喜びを誇示する派手なガッツポーズ」と「不要なパフォーマンス」の食い違い

日本高等学校野球連盟 審判規則委員会の名義で存在する【高校野球・周知徹底事項】というものがあります。このバージョンはおそらく2015年辺りに更新されたものですが、そこには「マナー」の項目において『喜びを誇示する派手な「ガッツポーズ」などは、相手チームヘの不敬・侮辱につながりかねないので慎む』と明文化されています。

対して、「不要なパフォーマンス」「プレーに直接関係ないことや自然に出るガッツポーズを逸脱した行為などが対象になる」というのは、更に厳格に取り締まるものです。

つまり、明文化されたマナーが、高野連によって後付けで恣意的に変えられてる。

記述の性質も、「これはダメ」というブラックリスト方式から「これは良い」=「それ以外はダメ」というホワイトリスト方式になっています。

周知徹底事項では「喜びを誇示する派手なパフォーマンス」はダメ。

今回の高野連の説明は、「自然に出るガッツポーズ」は良いが、そうではないのはダメ、と言っている。
※ガッツポーズに限らず「自然に出るような何らかの言動」とみるべきだろう。

明文化されたマナーの性質自体が変容し、ダメな行為の対象・幅が、著しく広範囲に拡大している。

これでは東北高校の監督と認識が異なることとなるのは当然でしょう。

マナー違反をしているのは、高野連では?

普通はこの周知徹底事項の記述との関係性を説明すべきです。

朝日新聞・毎日新聞の社長が役職者になる慣習の組織に、合理性を期待するのが無理があったのか。過去には以下のような例がありました。

この際も「相手の感情に配慮」でした。

ペッパーミルパフォーマンスの意味は「味方を讃える」であることは明らか

で、noteの私見でも書きましたが、「相手チームヘの不敬・侮辱につながりかねない行為はやめましょう」というのが周知徹底事項の記述の趣旨だし、実際もそういう意味でパフォーマンスが避けられているというのは否定していません。
※「誇示する派手な」という部分に具体的な意味は無いだろう。単なるガッツポーズはいいが程度問題である、という意味でしかない。だから「派手」と言えるのか?というような問いは不毛。

他の独自に考えられたパフォーマンスの場合は、主審から見たら「あれは何のパフォーマンスなのか?」という疑念が働きます。それは相手チームにとっても同様かもしれない。すると、「不敬・侮辱につながりかねない」行為かどうかが分からないので、「そういう行為かもしれない」として止めさせるという方向に傾くのは一つの運用の在り方だと思います。

が、ペッパーミルパフォーマンスは一般的にその意味が「チームの為に、コツコツ粘り強く仕事する」「味方の良いプレーを讃える」ことであり、「相手に対する煽りや侮辱ではない」というのは共通理解です。

したがって、今回の場面で「煽りに受け取られるかもしれない行為だからやめるべき」というのは、実態から乖離していると言えます。

物事の実質を見ずに行為だけで形式判断するルールの意義とマナーのTPO判断

「煽りや侮辱に受け取られるかもしれない行為だからやめるべき」という形式判断。

このような考え方は、物事の実質を見ずに、外形的な現象だけで判断するものですが、争いを未然に防ぐためという目的としては意味があります。

そういう「ルール」はスポーツの世界でも数知れずあるのですが、今のご時世の野球におけるパフォーマンスの「マナー」について、それをやる意義は無いですよね、ということを言っています。

マナーって、「TPOが大事」って言うじゃないですか。なのにTPOを無視して「こういう行為は全部ダメ」ってするのは、本来的におかしいですよ。そこに一定の意味を見出す理由があれば別ですが、果たして令和の現在はそれがあるの?と。
※「サイン盗み」がTPO関係なくマナーとして厳格な禁止対象となっているのとは異なる。

サッカーで思いつく類似の形式判断「ルール」だと「得点時の喜びを表す際にユニフォームシャツを頭に被る行為は反スポーツ的行為として警告=イエローカードの対象になる」というものがあります。
※シャツを頭に掛からないように捲り上げてインナーに書かれたメッセージを表示する行為はこのルールの対象ではないが、メッセージによっては警告の対象になる。最近になって解釈が明示されたが、事前に大会運営者やレフェリーに了解を取ることが勧められている
※明文ルールに反している行為もその行為の性質の実質を判断して審判が「お咎めなし」とする場合があるがあくまで例外対応・超法規的措置のようなもの
とみるべきだろう

https://www.jfa.jp/laws/

が、これは明文化されたルールであるし、従来マナーとされていたものが明文化されたものではない可能性が高い。

これがなんでダメなのかを具体的に説明するのは難しい。単にそれだけの行為では、相手を挑発したりダメージを与えたりするものではないし、しかも大抵の場合は数秒間だけ行われるので、試合の円滑進行を妨げるという要素も無いですからね。

「こういう行為をする場合は類型的に良くないことが起こる」から、形式判断しましょう、というような規定と理解するのが良い気がします。
競技規則4条では「競技者が身につけなければならない基本的な用具」としてシャツがあるから、それとの関係で正しい着用の仕方ではなくする行為の境界線として機能させているのではないか?というのは、それだと得点の喜びのときに限るのはおかしいことに。世界中で行われる競技の統一ルールとしての苦慮があるんでしょう。

まとめ:高野連の説明は矛盾、少なくとも更なる説明が無ければ納得はできない

  • 高野連の今回の説明では周知徹底事項の記述から性質自体が変容し、ダメな行為の対象・幅が、著しく広範囲に拡大している
  • マナーは本来的に「TPO」で判断。それを無視して形式判断するには一定の意味を見出すべきだが、それはあるのか
  • 矛盾が生じているので、周知徹底事項の記述との関係性を説明すべき

まとめるとこんな感じになります。少なくとも更なる説明が無ければ納得はできない。

日本は特に「TPOによるマナー」として存在していたモノが、「どこもかしこも適用される厳格なルール」として扱われるようになる、という事が起きやすい社会だと思います。

最近では「マスク着用」がそうでしたよね。

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