事実を整える

Nathan(ねーさん) 法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。

WHOのCOVID-19に対する布マスクの方針の推移を整理する

f:id:Nathannate:20200411160517j:plain

WHOの布マスク、メディカルマスク方針変更の推移を整理します。

また、布マスクの効果についての論文の結果の理解の仕方を解説します。

マスク着用の効果の考え方

最初にマスクの着用効果についての情報を得る際に注意すべき点を書きだします

  1. 一般人向けの話なのか医療従事者向けの話なのか
  2. 感染者が着用する際の話なのか、健康人が着用する際の話なのか
  3. 個人の感染予防の話なのか、集団における感染拡大防止の話なのか
  4. 布マスクについての話なのか、メディカルマスクについての話なのか、それらを含んだものなのか

これらが忘れられたまま、或いは混同したまま書かれている記述が多いので注意すべきです。

WHOのCOVID-19に対する布マスク、メディカルマスク方針

WHOが布マスク、メディカルマスクの使用に関する方針について述べたものはいくつもありますが、以下のURLのものが代表的で、何度か更新されています。

本エントリ執筆時点の最新verは4月6日版です。

https://www.who.int/publications-detail/advice-on-the-use-of-masks-in-the-community-during-home-care-and-in-healthcare-settings-in-the-context-of-the-novel-coronavirus-(2019-ncov)-outbreak

1月29ver魚拓)(3月19日ver魚拓)(4月6日ver魚拓

上記ページからは昔の文書をDLできないので、個別のページは以下です。

1月29日:Coronavirus disease (COVID-19) outbreak: rights, roles and responsibilities of health workers, including key considerations for occupational safety and health: interim guidance, 29 January 2020(魚拓

3月19日:Coronavirus disease (COVID-19) outbreak: rights, roles and responsibilities of health workers, including key considerations for occupational safety and health: interim guidance, 19 March 2020(魚拓

4月6日:Advice on the use of masks in the context of COVID-19: interim guidance, 6 April 2020(魚拓)※タイトルが変わっています。

これらは元のURLが同じものであるため、1月29日版が第一般、3月19日版が第二版、4月6日版が第三版であると言えるでしょう。

実は文書の性質の説明内容が若干変わっています。

3月19日版までは医療従事者向けと表記されていた

上掲の文書にはHP上にも本文中にも以下の説明があります。

1月29日版説明ページの魚拓 3月19日版説明ページの魚拓

This document provides rapid advice on the use of medical masks in communities, at home and at healthcare facilities in areas that have reported outbreaks caused by the 2019 novel coronavirus (2019-nCoV). It is intended for public health and infection prevention and control (IPC) professionals, healthcare managers, healthcare workers and community health workers. It will be revised as more data become available.

訳:「これは、公衆衛生および感染予防・制御(IPC)の専門家、医療管理者、医療従事者、および地域医療従事者を対象としています。」

1月29日版と3月19日版は同じ文言です。

しかし、布マスクがウイルス感染拡大防止(※感染予防ではない)に有効である可能性を示唆した4月6日のバージョンでは以下のように変わっています。

4月6日版からは一般人も文書の名宛人であることが明記

4月6日版説明ページの魚拓

This document provides advice on the use of masks in communities, during home care, and in health care settings in areas that have reported cases of COVID-19. It is intended for individuals in the community, public health and infection prevention and control (IPC) professionals, health care managers, health care workers (HCWs), and community health workers. This updated version includes a section on Advice to decision makers on the use of masks for healthy people in community settings.

訳:これは、一般社会における個人、公衆衛生および感染予防・制御(IPC)の専門家、医療管理者、医療従事者(HCW)、および地域医療従事者を対象としています。

一般社会における個人」という部分がワザワザ追加されています。

文書のタイトルも"Advice on the use of masks in the community, during
home care and in health care settings…"から"Advice on the use of masks…"と、人の対象を絞らないように変更されています。

では、これは前々から一般人も対象となる記述が含まれていたが誤解を招く表現だったのか?それとも一般人は対象に入っていなかったのか?

文書の形式的な説明ではなく、3月19日版までの文書の実体=中身を見ていくと、"Community settings "という項目で一般人を対象にした説明があります(医療従事者に向けて一般人に取ってもらいたい行動を示したものと言えるが、一般人が見ても同じ)。

よって、文書全体としては一般人に対するアドバイスも含むものであったと言えます。

しかし、「布マスクに関する記述」については、その根拠となる論文の内容などから医療従事者向けのものであると判断されます。このことは4月6日版で明確になりました。

WHOは感染予防目的では布マスク非推奨だとする根拠と論文

WHOは布マスク非推奨だったとする根拠

3月19日版までの説明

Cloth (e.g. cotton or gauze) masks are not recommended under any circumstances.

この説明はマスクを付ける場合の注意点が示された項目でのことです。

これは医療従事者向けであると理解されていました。

その理由は以下です。

  1. WHOタイの報告書では一般向けの説明として、「体調不良なら布マスクや紙マスクを着用するように」という説明書きがあった
  2. 布マスクの効果を調べた論文が医療従事者のメディカルマスクとの比較だった

WHOタイの報告書では感染拡大予防のために布マスクや紙マスクを認めている

https://www.who.int/docs/default-source/searo/thailand/2020-03-26-tha-sitrep-33-covid19-final.pdf

これは「WHOタイ」の地域レポートなので一般化するには慎重になるべきですが、WHOが布マスクの着用について「一般向けには否定していなかった」ことを示唆するものです。

注意すべきは、体調がすぐれない人に向けたものなので、「個人の感染予防」ではなく、「感染拡大予防」のために記述されているという点です。

布マスクはメディカルマスクに比べて感染リスクが高いとする論文

布マスクは効果が無いという根拠となる論文は従前から特定されており(そういう効果を見た論文が他に無かった)、それは医療従事者におけるメディカルマスクとの感染予防効果の比較であることが分かっていました。

実際、4月6日版文書では参考文献となる論文が明確になりました。

 

4月6日版

参考文献:A cluster randomised trial of cloth masks compared with medical masks in healthcare workers

この論文では医療施設における医療従事者を対象に、メディカルマスクと比較した場合に布マスクはリスクが高いとされたとする結果が出ています。

他方、この論文では対象群=コントロール群との比較でもリスクが上がったという結果が出ており、このことから「布マスクは逆にリスクが上がる」と評価する人も居ます。

しかし、この論文からそのような思考をすることは明確に間違いです。

WHOno

この研究での対象群は「普段と同じ行動をする」とされたのですが、医療従事者の医療施設内での行動においてでの話であり、メディカルマスクを着用した者が多いので、この結果を一般人におけるマスク非着用との比較と捉えることはできません。

具体的には以下の記述があります

In the control arm, 170/458 (37%) used medical masks, 38/458 (8%) used cloth masks, and 245/458 (53%) used a combination of both medical and cloth masks during the study period. The remaining 1% either reported using a N95 respirator (n=3) or did not use any masks (n=2)

対象群では37%がメディカルマスクを使用し、8%が布マスクを使用し、53%がメディカルマスクと布マスクの両方を使用し、残りの1%ずつがN95マスク着用とマスク無しであったということが書かれています。

実際、論文著者のMacIntyre氏は、布マスクについて「何もつけないよりはマシ」と答えています。

参考:Peopleare sewing coronavirus masks for hospitals facing dire shortage - CNN

メディアブリーフィングでもノンメディカルマスクについての言及が無かった

WHOはメディア会見においてもメディカルマスクの使用についてのみ述べてり、布マスク等を含む"non-medical masks"について言及するのは4月3日になってからです。

それまでは一般人による布マスク着用については「非推奨だと言及した」事実は無く、単に「推奨した事実が無かった」=態度が明確ではなかったというにとどまります。

確かに各文書中では必ずと言って良いほど「メディカルマスク」という表記であったため、その反対解釈をすれば「WHOは布マスクは非推奨と考えている」と推論できるでしょうが、明確に立場を打ち出していたわけでは無いというのが実情です。

その他資料におけるマスクの扱いも記述されていますが、上掲のガイダンスが元になっています。

参考:Rational use of personal protective equipment for coronavirus disease 2019 (COVID-19) Interim guidance 27 February 2020魚拓

 

個人の感染予防よりは集団の感染拡大防止効果

COVID-19 virtual press conference - 3 April, 2020

It doesn't negate the need for everyone to protect themselves and try to protect others so we can certainly see circumstances in which the use of masks, but home-made or cloth masks, at community level may help in an overall, comprehensive response to this disease and we will support governments in making those decisions based on the situation they find themselves in in terms of transmission, based on the context in which they're dealing and the resources they have at their disposal.

COVID-19 virtual press conference - 6 April, 2020

We understand that some countries have recommended or are considering the use of both medical and non-medical masks in the general population to prevent the spread of COVID-19.

中略

WHO has been evaluating the use of medical and non-medical masks for COVID-19 more widely. Today WHO is issuing guidance and criteria to support countries in making that decision. 

4月6日版説明ページ

In addition to these factors, potential advantages of the use of mask by healthy people in the community setting include reducing potential exposure risk from infected person during the “pre-symptomatic” period and stigmatization of individuals wearing mask for source control.

4月3日のメディアブリーフィングで自家製の布マスクについて新型コロナウイルスへの対応に役立つ可能性が言及されました。

4月6日のメディアブリーフィングでは、いくつかの国が一般大衆向けにCOVID-19の感染拡大防止のためにノンメディカルマスクが役に立つとみなして推奨していることに触れ、それを決して否定しない方針を打ち出しています。

ここで言われている「マスクの効果」とは、個人における感染予防効果ではなく、ある集団における感染拡大防止効果(おそらく前提として感染者が装着することとなることが想定されている)が念頭にあると考えるべきでしょう。
※自覚症状のある感染者がマスクを着用するのではなく、自覚症状が無くとも感染者である者がマスクを着用するようになることを狙っていると考えられる。そのためには個人にフォーカスするより集団相手に視点を変えた方が良い。
※科学的エビデンスが固まったというよりは経験則から効果が期待できる場合があるかもしれないため、選択肢を否定しないという態度と受け止めるべきだと思います。

一般の健康者にもマスク着用を推奨する限定的な場面

WHOは健康な一般人であっても、新型コロナウイルスに感染している或いは感染のおそれのある者の身の回りの世話をする場合に限ってはマスク着用を推奨していました。

つまり、この場合には「個人の感染予防」の場面でもマスク推奨だということです。

ここではマスクの種類は明言していません

ただ、一般向けのものだから表現を簡略化してるだけなのかもしれませんが、他の記述では「メディカルマスク」という表記がかなり徹底されていたことと比較すると、ここでは単に「マスク」という表記であることから、布マスク等の使用の可能性を全否定していたとは言えないでしょう。

理屈からすればメディカルマスク推奨となるのは間違いないですが。

重要:マスクだけでは効果的ではないと再三指摘している

f:id:Nathannate:20200411150146j:plain

https://www.who.int/publications-detail/advice-on-the-use-of-masks-in-the-community-during-home-care-and-in-healthcare-settings-in-the-context-of-the-novel-coronavirus-(2019-ncov)-outbreak

 WHOはマスクの使用それだけでは効果的ではないため、手洗いや社会的距離を取ることが重要であり、マスクはそういった対処法と併せて使用されるべきだと何度も指摘しています。

このことは太字で説明されているので、もっとアナウンスされるべきですが、あまりそういう報道がなされているとは思えません。日本ではもう当たり前だからでしょうか?

まとめ

  1. WHOではマスクの使用方法に関する文書の一部において、布マスクの使用について如何なる状況においても推奨しないと記述している文章があった
  2. しかしそれは医療従事者向けの文章と理解するべき。なぜなら、その根拠は医療機関の医療従事者における布マスクとメディカルマスクとの感染予防効果を比較した論文だから
  3. 実際、WHOの他の文書では布マスクの着用に肯定的な記述も見られた
  4. 4月6日に布マスク着用に効果がある可能性を示唆したが、集団における感染拡大防止効果が念頭にあり、個人の感染予防効果は別物と思われる
  5. ただし、WHOは健康な人が個人の感染予防のためにマスクを着用することを推奨する例外的な場合として新型コロナウイルスに感染している或いは感染のおそれのある者の身の回りの世話をする場合を例示しており、この記述において布マスクを否定していない
  6. 感染者が他の人にうつさないためにはマスク着用が推奨されていることは変わらない

冒頭でも指摘しましたが、マスクの着用効果についての話は、一般人向け/医療従事者向け、感染者向け/健康人向け、個人の感染予防/集団の感染拡大防止、布マスク/メディカルマスクといった言及対象が整理されず、正確に理解されないことが多いので気を付けるべきだなと思います。

(そこを整理しないで説明する専門家の人たち、頑張ってよと思う)

以上