結論から言うとエアロゾル感染と空気感染は別です。
ただ、医学界の中でも用語法の混乱があるようです。
※追記:新たに「マイクロ飛沫」というワードも出てきたので本エントリをブラッシュアップした記事を作りました。
- 中国公式保健部「新型コロナウイルスはエアロゾル感染も」
- エアロゾル感染と空気感染(飛沫核感染)の違いは水分を含むか
- 飛沫感染が主な感染経路でありエアロゾル感染は特殊な状況でのみ発生
- 空気感染(飛沫核感染)=エアロゾル感染という分類をしてる記述
- 飛沫感染=エアロゾル感染という分類をしている記述
- エアロゾル感染はインフルエンザでも注意喚起されている
- 日本語でのtransmissionとinfectionの用語法の問題か
- まとめ:エアロゾル感染と空気感染は別と捉えて良い
中国公式保健部「新型コロナウイルスはエアロゾル感染も」
BBCの中国語版によると、「中国の公式保健部は2月8日に、新型コロナウイルスがエアロゾル感染経路には「エアロゾル感染」も含まれることを確認した」としています。
武汉肺炎:中国确认新冠病毒经空气通过气溶胶传染 - BBC News 中文:魚拓
原文は以下にある上記画像部分です。
关于印发新型冠状病毒肺炎诊疗方案(试行第五版 修正版)的通知_其他_中国政府网
※追記:上記画像の「尚待明确」は「未だ明確ではない」と読めないでしょうか?「エアロゾル感染」について説明してるのはあくまでもBBCの記事であって、国民健康衛生委員会総局の文書はエアロゾル=气溶胶については上記画像部分しか言及してません。
その前の文は「呼吸器からの飛沫と接触伝播が主な伝播経路」とあります。
※追記2:やはり未定義か
气溶胶传播,国家卫健委最新解释是“尚待明确” - 国内 - 新京报网
对于新冠肺炎的主要传播途径,今日,国家卫健委官方微信公号“健康中国”发布的文章中表示:“气溶胶和粪—口等传播途径尚待进一步明确。
新型コロナウイルス肺炎の主な伝播経路については、国民健康福祉委員会の公式WeChatアカウント「健康中国」が発表した記事において本日、「エアロゾルと糞口の伝播経路についてはさらに明確にする必要がある」と述べた。
9日上午,国家卫健委新公布了《关于印发新型冠状病毒肺炎诊疗方案(试行第五版 修正版)》。其中显示,经呼吸道飞沫和接触传播是主要的传播途径。气溶胶和消化道等传播途径“尚待明确”。
9日の午前、国立保健医療委員会は、「新型コロナウイルス肺炎の診断と治療(第5改訂版)」を新たに発表しました。呼吸の飛沫と接触伝播が主な伝播経路であることが示されています。エアロゾルと消化管の経路は「まだ定義されていません」。
エアロゾル感染と空気感染(飛沫核感染)の違いは水分を含むか
エアロゾル感染と空気感染(飛沫核感染)の違いは水分を含むかです。
飛沫核感染=空気感染の定義
飛沫と飛沫核の違いは水分があるか無いか、直径5μm(ミクロン)未満の粒径か否かであると説明されます。
飛沫の周囲が蒸発することで飛沫核となります。
この飛沫核を吸い込むことで感染するのが飛沫核感染、通称「空気感染」と言われています。医学書などでは飛沫核感染の方が用いられている気がします。
エアロゾルの定義
これに対してエアロゾル(aerosol)とは「分散相は個体または液体の粒子からなり、分散媒は気体からなるコロイド系」などと定義されます。
簡単に言えば空気中に安定して分散および浮遊している小さな液体又は固体粒子です。
飛沫核は水分が無いとの説明であるのに対してエアロゾルは水分を含んでいるということ、飛沫は5μm以上だがエアロゾルは5μm未満であるということが、(感染症学においては)前提のようです。
これ以上は界面化学に踏み込むので細かい説明は省きますが、気になる人は上記画像のリンク先を読むといいんじゃないでしょうか。
典型例は「加湿器の細かい霧」です。
レジオネラ症はレジオネラ属菌に汚染されたエアロゾルを吸入することによって感染(エアロゾル感染)することもあり、注意喚起されています。
参考:レジオネラ症 厚生労働省
小括:水分を含むか、5ミクロン未満か
- 飛沫:水分で覆われている5μm以上の粒子
- 飛沫核:水分を含まない5μm未満の粒子
- エアロゾル:水分を含むが5μm未満の粒子
おそらくこれは確定的な定義ではないでしょうが、概ねこのように理解されています。
そのため、我々一般人としては飛沫とほぼ同じと捉えて良いでしょう。
国立感染症研究所のウイルス学,免疫学の研究者である峰宗太郎氏も以下指摘してます。
エアロゾルというのは飛沫とほぼ同じです👶インフルエンザなんかも普通にエアロゾル感染しますね。空気感染とは別物です。加湿器のようにしてウイルスの入った液が噴き出せばエアロゾルですね。あまりない状況です。#マシュマロを投げ合おうhttps://t.co/8dahXxj6k5 pic.twitter.com/Myfjd3puLh
— 峰 宗太郎 (@minesoh) 2020年2月8日
「飛沫-エアロゾル-飛沫核、という区分がある」という説明は間違いなので、広めないでください。
— Y Tambe (@y_tambe) 2020年2月10日
追記5:なお、微生物学者からは患者から発生する飛沫・飛沫核と、それ以外のものも含むエアロゾルを単純に区分けしないように注意喚起されています。
患者から発生する「飛沫と飛沫核」に対し、エアロゾルは発生源によらない「患者から発生するもの(飛沫核と、病原体をあまり含まない微小飛沫)も、ネブライザー(吸入器)から発生するミスト等も含むもの」
— Y Tambe (@y_tambe) 2020年2月10日
ネブライザー等から発生するエアロゾルには、飛沫や飛沫核のような固有名がないのが困りもの
エアロゾル、飛沫、飛沫核の関係(修正版)
— Y Tambe (@y_tambe) 2020年2月10日
すでにRT/いいね付けてくれた方にはすみませんが、前のやつは念のために消します。すみません。 pic.twitter.com/cNDLEXdsAZ
飛沫感染が主な感染経路でありエアロゾル感染は特殊な状況でのみ発生
エアロゾル内にウイルスが少数いるから、イコール「エアロゾル感染する最凶ウイルス」というわけではなく、メカニズム的にそういう経路も理論上可能かもしれないけれど、それでも主体は飛沫感染・接触感染と理解するのが正しいと思います。 https://t.co/frxjxOk9FF
— インヴェスドクター (@Invesdoctor) 2020年2月8日
感染症予防必携 第3版では、「医療現場で飛沫核感染を生じる可能性があり、注意すべきは、加湿器のようなエアロゾール(エアロゾル)発生装置の水の中で病原体が増殖した場合であろう。」などと説明されている通り、エアロゾル感染はかなり限定的な環境でなければ発生しないとみて良いでしょう。
この場合には空気感染用の対策をするように指示が書かれている所もあります。
そのため、クルーズ船などで発生している新型コロナウイルスの集団感染を考えるに際しては、接触・飛沫感染が主な感染経路であり、エアロゾル感染があるとしても稀であると考えられます。
ところで、上記説明文や画像には飛沫核感染(空気感染)の文脈でエアロゾル感染が記述されているのが分かります。
はい。実はエアロゾル感染が飛沫感染か飛沫核感染かは政府・医療機関の説明でも分かれているのです。それが(本質的ではない)混乱を呼んでると思います。
空気感染(飛沫核感染)=エアロゾル感染という分類をしてる記述
インフルエンザの不顕性感染者が感染源となる頻度|Web医事新報|日本医事新報社
感染対策手技③ ノロとエアロゾル感染 誠愛リハビリテーション病院
感染対策としての呼吸用防護具 フィットテストインストラクター養成講座テキスト,フィットテスト研究会
飛沫核感染の A 型インフルエンザウイルス伝播様式に於ける重要度
学校において予防すべき感染症の解説 公益財団法人 日本学校保健会
これらのページではエアロゾルによる感染を空気感染の一部として記述されています。
これらの中には「エアロゾル=飛沫核」という記述も見られますが、それは既存の分類方法が飛沫か飛沫核かしか存在せず、その振り分けの基準として「全体が5ミクロン未満の大きさか」という点を重視したものと思われます。
※追記:上記予想は当たってました。
Respiratory Protection for Healthcare Workers: A Controversy
In spite of the distinction made between droplet and airborne transmission, current knowledge of aerosols indicates that there is no clear line differentiating droplet and airborne transmission, as currently defined, on the basis of particle size.
液滴と空中伝播の区別にもかかわらず、エアロゾルの現在の知識は、粒子サイズに基づいて現在定義されているように、液滴と空中伝播を区別する明確な線がないことを示しています。
これが公的な用語法の定義として扱われているため、どうしてもエアロゾル≒飛沫核と書かざるを得ないのだろうと思います。
そして後述しますが、"transmission"=「伝播」と"infection"=「感染」の用語法にも混乱が見られるようです。
飛沫感染=エアロゾル感染という分類をしている記述
これらのページではエアロゾル感染=飛沫感染と分類した記述になっています。
これは「水分を含むか含まないか」という点を重視したか、エアロゾル感染し得るとしても主な感染経路は飛沫感染であるという理解なのかもしれません。
「エアロゾル感染」を独立した感染経路と扱っている記述は見ることはありません。
エアロゾル感染はインフルエンザでも注意喚起されている
例えばインフルエンザでもエアロゾル中には感染性ウイルスが入ってます。ただ、ヒトヒト感染の主体はそれでも飛沫感染だと思います。バランスの問題です。コロナウイルスも、エアロゾル発生には注意するよう国立感染症研究所からの検査時の注意がありましたので、特段不思議なことではないと思います。
— インヴェスドクター (@Invesdoctor) 2020年2月8日
インフルエンザの不顕性感染者が感染源となる頻度|Web医事新報|日本医事新報社
エアロゾル感染は新型コロナウイルスに特徴的なものではなく、インフルエンザ等の他のウイルスでも起こり得るものだということです。
ところで、記事冒頭に紹介したBBCチャイナではエアロゾル感染についての項目で、集団伝染病の予防のためにかなり注意するよう書かれています。
武汉肺炎:中国确认新冠病毒经空气通过气溶胶传染 - BBC News 中文
气溶胶传染与飞沫传染途径的不同之处在于传播距离。飞沫和接触传染,都是在近距离范围内发生,而气溶胶的传播距离远,增加了无接触感染的风险。
エアロゾルと液滴の伝送の違いは、伝送距離です。飛沫と接触感染は近距離で発生しますが、エアロゾルは長距離を移動するため、非接触感染のリスクが高まります。
避免空气和接触传播:家庭成员要避免接触可疑症状者身体分泌物,不要共用个人生活用品
空気や接触による感染を避ける:家族は、疑わしい症状のある人の体からの分泌物の接触を避け、個人の日用品を共有しないでください。
どうも中国と日本とで、エアロゾル感染に対する危機感というか捉え方に温度差があるのが気になります。
もしかしたら、そもそも中国側の発信がおかしいのかもしれません。
追記3:冒頭に追記したように、BBCの中国語版の誤訳の可能性。上記「エアロゾル感染」の説明文は、中国国民健康衛生委員会総局の文書にはありません。
追加4:誤訳ではなく、BBCは上海市の記者会見ベースで書いており共産党中央の発表と齟齬があるという可能性があります。
あれは「エアロゾル感染する」というソースの正確性を疑うべき案件かと。
— Y Tambe (@y_tambe) 2020年2月9日
droplet (患者由来の飛沫)と aerosol (粒子径による区分で、発生源にに寄らない)は別物で、droplet nucleiもaerosol です。 https://t.co/AYJmX5yZ5T
日本語でのtransmissionとinfectionの用語法の問題か
「aerosol transmission」と「airborne infection」、「droplet transmission」「droplet-nuclei transmission」、このあたりの言葉を「感染/伝播」まできっちり使い分けることができて、ようやく議論できる話なんやで、これは。
— Y Tambe (@y_tambe) 2020年2月9日
そして、日本の感染症学/微生物学の分野では、これらの専門用語を正しく使い分けてきたとは言い難い。そのツケが、今回ってきてるのよ。
— Y Tambe (@y_tambe) 2020年2月9日
エアロゾル感染(そもそもそんな用語はない)するとか、糞口感染(これも普通は、消化器感染症でごく微量で伝達する赤痢菌、O157、ノロウイルスあたりのものだけに用いる用語)は、全部、米CDCクラスからの続報で確認できるまでは様子見ですよ。
— Y Tambe (@y_tambe) 2020年2月9日
表記というよりは、日本語における用語の問題ですね。メディアはもちろんですが、臨床の人たちまで、普段から「空気感染」を飛沫核感染の意味で使いつづけてきたとか、そういう事情があったりします。
— Y Tambe (@y_tambe) 2020年2月9日
"transmission"や"infection"を日本語で用いるときに体系的な整理をしてこなかった。
どうも、そういう事情が伺えました。
なので、用語法が医学界においても混迷しているという事が言えます。
まとめ:エアロゾル感染と空気感染は別と捉えて良い
- エアロゾル感染と空気感染は別
- しかし、おそらくエアロゾル感染(エアロゾル伝播)は日本における医学的扱いが定まった用語ではない
- そのため各所で説明にブレが生じている
エアロゾル感染が空気感染(飛沫核感染)か飛沫感染のどちらに分類されるのか?という点はあまり本質的ではなく、エアロゾル感染がどのような場合に生じるものなのか、我々が気を付ける点は何か?の方が重要ですし、思考経済としても合理的です。
エアロゾル化するのはどのような場合なのかを考えれば、エアロゾル感染があり得るとしても、これまでと行動は変える必要は無さそう、ということになりそうです。
ただ、この考え方も更新されないとも限らないので、一般人としては情報を注視していくことが必要でしょう。
以上