事実を整える

Nathan(ねーさん) ほぼオープンソースをベースに法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。

朝日新聞2年半ぶりのファクトチェック「高市氏『旧姓でも不動産登記できる』は不正確」の構造的問題

思考の出発点が通常と異なる

朝日新聞2年半ぶりのファクトチェック「高市氏『旧姓でも不動産登記できる』は不正確」

https://archive.md/8Hr70

朝日新聞2年半ぶりのファクトチェック。他、先行して日本ファクトチェックセンター(JFC)が同様のファクトチェック記事を出しています。

朝日新聞記事は自民党総裁選という公的な関心事に対する公開での発言に対するファクトチェックでありながら有料記事というのも解せないですが*1、この高市発言に対する各媒体のファクトチェックには深刻な構造的問題があると言えます。

先に、高市発言が実際にどういうものだったのか?文字起こしをしてみていきます。

小泉進次郎「旧姓で不動産登記できない」に高市氏「今年の4月から旧氏でできるように」

令和6年=2024年9月9日の自民党総裁選立候補表明会見では(上掲動画の1h20m30s過ぎ)、以下発言していました。

選択的夫婦別氏を実現するとおっしゃっていた候補予定者の中に、(旧姓では)不動産登記ができないと答えておられた方がいたが、不動産登記できます。今年の4月から旧氏でできるようになっております

高市事務所は以下の認識です。

朝日新聞デジタル 高市氏「(旧姓でも)不動産登記できます」 発言は「不正確」
2024年9月14日 8時00分

高市氏の事務所は朝日新聞の取材に「各役所の資料も全て読んだうえで話しています。他の手続きも含め、旧姓併記が可能ということは、登記に旧姓も記載されるということです。旧姓が使えないということにはなりません」と説明した。

実は、この部分の前段階で既に旧氏(※高市氏は明確化のため「きゅううじ」と発言。)の使用に関する制度変更についての自身の実績を説明していました。動画では1h17m43sあたりから。

今年になって民間、これJNNですね世論調査を今年の夏、7月にされておりますが、ここでも「旧姓を通称としてどこでも使えるように法制化すべき」が最も多く47%でございました。自民党は過去にこの婚姻前の氏を結婚してからも使いやすいようにしようということを何度か公約に掲げてきました。だから私はまず、いま婚姻によって氏が変わることによって不自由を感じておられる方がいるんだったら、その不自由を改正したいなと思いまして自分で法律案を書きました。これは「婚姻前の氏の通称使用に関する法律案」というもので、一回目は平成14年、二回目は令和2年に、自民党政調会の法務部会に審査を求めて提出を致しておりますが、まだ党議決定もされておらず国会にも提出されていません。それで、法律案の内容というのは、国・地方公共団体及び公私の団体、また企業については、通称使用届を出された方についてですね、婚姻前の氏をちゃんと使えるような環境を整備しなければいけない、この義務を課すようにするものでございます。こういう法律案を提出すると同時に、総務大臣であったときには、一年間かかりましたけれども、総務省関係、総務省単独でやれるものの手続全ての手続1142件について、旧氏、婚姻前の氏で対応できるように変えました。それから住民基本台帳法もみました、マイナンバー法もみました。これも総務大臣として一つ残せたことなんですが、今でしたら住民票に戸籍の氏と旧氏、両方が表示されるようになりました。マイナンバーカードも同じです。併記で表示されるようになりました。その他の役所でも、運転免許証ですとかパスポートですとか、それから印鑑登録証明書、こういったものも併記されるようになりました。あと国家資格も結構な数ございますけれども、いま国家資格314のうち旧氏を使えないものは0になっております。ですから、それと同じようにたとえば都道府県知事が出すような資格もありますのでね、私が提出したような法律案がしっかりと通れば、ほとんどの不便というのは解消されると思っております。で、先般、夫婦別氏制度を、選択的夫婦別氏制度を実現するとおっしゃっていた候補予定者の中に、不動産登記ができないじゃないかと答えておられた方が居たんですが、不動産登記できます。今年の4月から旧氏でできるようになっておりますので、少し正しく皆様に知識を持ってもらって、できるだけ多くの方が不便を感じない、その第一歩となる法律を、まず成立させたいと思います。そこでまだ残る問題点があるのであれば、そこからまた議論をしなければならないと思っております。

参考:議員立法案『婚姻前の氏の通称使用に関する法律案』を自民党法務部会に提出 | 8期目の永田町から 平成29年11月~ | コラム | 高市早苗(たかいちさなえ)

為にするファクトチェック『旧姓で自分と不動産登記上の権利者が紐付く事』が重要では?

現行制度上の常識として、戸籍簿と住民票は別ものであり、権利関係を公示する公的書類に戸籍上の氏名が記載されないという事は到底考えられません。

不動産登記上の権利者が自分であることを証明する」機能が重要なのであり、『不動産登記上の(旧氏の)名前と戸籍上の名前が紐付く事』を期待するべきものなのに、敢えて旧氏のみの記載を求める実益がありません

その状況で【戸籍上の氏じゃなくて旧姓のみで不動産登記】という状況を考慮する必要は無いでしょう。

それに、高市発言の前には住民票・マイナンバーカード・運転免許証・パスポート・印鑑登録証明書が併記されるようになったことが触れられており、【現行制度下では併記が常識である】ということが分かるようになっています。

全てをいちいち『併記される』と言わなければならないのか?」という問題。

パスポートや住民票レベルで併記なのに、不動産登記だけ単独でできると考え、さらにはその記載ができることを期待する、という心持になる人って、何なんでしょうか?

そう考える人は非常に限られるため、ここに誤解が生じ得るとしても程度はかなり限定的でしょう。

さて、婚姻後も現在の氏のままでの登記の記載を求める者の理屈としては、「離婚時に事実上の「離婚登記」が不動産登記や株式会社の役員登記で為され、プライバシーの問題が生じる」というものが見られます。

しかし、登記上は氏の変更日が分かるだけであり、変更理由は書かれておらず、それが養子縁組や家庭裁判所への氏の変更申請によるものである可能性も残っているため、論理上は成り立ちません。事実上、氏が変更される理由のほとんどは婚姻か離婚であるためにそういう推測が働くとは言え、あくまで可能性に過ぎません。

こうした状況下で「旧姓で不動産登記できる」という発言について「旧姓併記で不動産登記できる」と発言しなかったことを「不正確」と判定することは、【為にするファクトチェック】であり、社会にとって実益がないと言えます。

旧氏のみで登記できると思って登記所に行ったとしても、申請段階で登記所から指摘されて気づくので実害は出ません。というか、その前に併記の制度だということは興味関心があれば調べれば分かる事でしょう。

参考:法務省:所有権の登記名義人への旧氏(旧姓)の併記について(不動産登記関係)

朝日新聞等の各媒体はなぜ、現行法制下の状況を出発点にしないのか?

推測になりますが次項で可能性を指摘します。

構造的問題:選択的夫婦別姓論者の発想で「氏が単独表示されるか」を重要な関心事と捉えた?

小泉進次郎氏の9月6日の立候補表明会見の上掲動画の43分過ぎから。

小泉氏は選択的夫婦別姓制度を実現する意向を表明した後に記者との質疑応答において「多くの機関では旧姓で銀行口座やクレジットカードを作ることはできません。旧姓では不動産登記ができません。」と発言しています。

選択的夫婦別姓論者の要求が実現した後の世界では、それは「旧姓」ではなく従来の戸籍上の氏がそのまま不動産登記でも使えるという話なのであり、この場合に限っては(夫婦別氏制が無かったとすれば旧氏として併記されていたであろう者の)氏が単独で表示されることになります。

高市発言のファクトチェックを行った媒体は、そういう世界から見た発想をしていたため意識が先行しており、「氏が単独で表示されるか否か」を重要な関心事として捉えていたのではないか?

それゆえ、FIJのレーティング基準のうち【ほぼ正確:一部は不正確だが、主要な部分・根幹に誤りはない】ではなく【不正確:正確な部分と不正確な部分が混じっていて、全体として正確性が欠如している】という判定になったと考えられます。

FIJのレーティング基準

小泉進次郎発言「旧姓では不動産登記ができない」のファクトチェックはなぜなされないのか?

高市発言を「不正確」と判定するなら、小泉進次郎の「旧姓では不動産登記ができない」という発言も「不正確」となるはずです。

しかし、なぜ小泉氏の「旧姓では不動産登記ができない」のファクトチェックはなされないのでしょうか?

確かに、小泉氏の文脈では現行法制下では旧姓として扱われる婚姻後の氏について、婚姻後も現在の氏としてそのまま利用できる制度を希望する文脈での発言なので、特段ファクトチェックとして取り上げる意味はありませんが。

ここに朝日新聞をはじめとするファクトチェックを行った各社の文の構造的問題があります。それは、高市発言をファクトチェックした媒体自身が選択的夫婦別姓推進側の立場である、ということに起因しているでしょう。

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*1:「ファクトチェックの判定基準は記事の最後に」などと書いているが、掲載されているのはFIJ(ファクトチェックイニシアティブ)がWEB上で公開しているレーティング基準の表。