事実を整える

Nathan(ねーさん) ほぼオープンソースをベースに法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。

キャンセルカルチャーとは:定義・意味・実態例と日本における用語法

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「キャンセルカルチャー」概念の混迷

キャンセルカルチャーの定義・意味とは

結論から言うと、「キャンセルカルチャー」の定義・意味は不確定です。

もはやキャンセルカルチャーとは、【何でもかんでも購買停止・出演停止・開催中止・契約解除・解雇・リコール等を求める動きの総称】みたいな使い方をされている、と言っておきます。

また、日本のSNSで広く認識されている意味内容にもズレがあります。

その原因は、徐々に形成され認識され広まっていった概念だということ、アメリカで醸成されたものが日本に流入する際の象徴的な事件にあると考えられます。

そうなっている理由を知るには、キャンセルカルチャーの成立経緯の把握が重要です。

キャンセルカルチャーの成立経緯と黒人Twitter

Cancel Cultureに関する英語wikiを参照します。

キャンセルカルチャーという語の成立過程はおおむね以下のように記述されています。意味がよくわからない所もありますが、もともとがそういう記述のされ方です。

  1.  "Call-out culture"が2014年の #metoo ムーブメントで使われる
  2. 3月、Suey ParkがStephen Colbertの運用するThe Colbert Report によるアジア人に対する露骨な人種差別的言動を非難するとして #cancelColbert を使用
  3. 2015年頃「キャンセル」のコンセプトが"Black Twitter"(主にアフリカンアメリカンで構成される米国黒人コミュニティにおける問題を扱う界隈を指す)で浸透し、個人や仕事へのサポート(投資,消費)を止める事として時に冗談混じりで言及されるようになった
  4. その後、オンライン上で広範囲に渡って表明される怒りとして広がり、時間が経つにつれて暴徒としての性質が明確になった時点でコメンテーターによって文化と呼ばれるようになった
  5. 「キャンセルカルチャー」の語は2019年後半に一大ブームとなる。ほとんどの場合、社会が攻撃的な行為に対する説明責任を果たせ、というものであると認識された
  6. キャンセルカルチャーというフレーズは、最近では米国保守派によって「ポリコレに反した言論に対する不均衡な反応」であると認識されているものを指すために使われる用語となっている

SNS、特にTwitterが大きな役割を果たしているということが分かります。

特にSNS時代は【記録化】され【易参照性】があるので標的化しやすく、排除要求の言論が頻出し且つ拡散・過激化し、以下のような効果もあると思われます。

  • もともとあった「排除の動き」がSNSで可視化された
    ⇒従前からあった動き
  • SNSでヤバイ言動がバレやすくなった
    ⇒SNSによる発見効果
  • 排除の動きがSNSで拡張された
    ⇒SNSによる促進効果

しかし、「キャンセルカルチャー」という語の成立は、SNSの存在・効果だけで語ることはできないでしょう。上掲の4番の段階に至るようになったのは、なぜアメリカにおいてなのか、という点が重要と思われます。

なお、ネット以前に米国黒人コミュニティにおいて「キャンセル」という語が特殊な意味を持ち始めていた伏流があり、それがBlack Twitterに定着したと指摘する者もいます。

The strange journey of ‘cancel,’ from a Black-culture punchline to a White-grievance watchword - The Washington Post

「政治的な対立」が念頭にあるポリコレとの関係

What is cancel culture? Why we keep fighting about canceling people - Vox

The Long and Tortured History of Cancel Culture The - New York Times

ここまで3つの記事リンクを貼りましたが、全て英語wikiの"Origins"で引用されている記事です。その他の引用記事もありますが、それらを見るとある事に気づきます。

それは、「右派・左派」という言葉が説明のために出てくる記事が多いということ。

ここでは右派と左派のどちらがキャンセルしがちか、ということは書きませんが、米国メディアは左派の論調が露骨に重視されているので、記述の理解には注意すべきでしょう。英語wikiで引用されている記事も要注意。

ただ、アメリカの「キャンセルカルチャー」は、二極化した政治的な対立(民主党と共和党・富裕層と一般層・都市部と郊外地方、など)が前提にあり、それとの連関で考えなければならない、ということは言えます。

特に近年は「ポリコレ」=Political Correctness(政治的正しさ)という、曖昧不明確な価値判断の適用による排除の事案が目立ち、日本に「キャンセルカルチャー」の語が輸入された際には無視できない要素として認識されていました。

SNS上の発言に留まらず、大学教授の学内での発言がキャンセル対象になることもあったように、近年の動きは【先に「ポリコレ」があり、「キャンセルカルチャー」はその適用によるもの】だったというだけではないだろうか?

アメリカ社会における対立構造(近年ではポリコレ適合性)が「キャンセル」として表れているだけで、本質はキャンセルカルチャー自体には無いのではないだろうか?

日本における用語法に「価値判断基準の遡及適用」の要素がある理由

日本において「キャンセルカルチャー」と言われる場合、「価値判断基準の遡及適用」の要素があるものとして言及されることが多いです。実際、私もそういう理解でした。

「(歴史化した)過去の言動、業績に対するものだ」という認識。

しかし、以上で見てきたように、米国黒人Twitterコミュニティで生まれた際も、文化として認識される程度に広く拡散された当時も、もともとはそういった要素はありませんでした。

では、なぜ日本ではそういう要素があると思われているのか?

それは、「キャンセルカルチャー」の語が広く認知されて使われるようになった時期に関連していると言えます。

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Googleトレンドで検索すると、「キャンセルカルチャー」の語が多く検索されるようになったのは2020年7月です。

当時、何があったかというと、5月にジョージ・フロイド氏が警察官に殺害されBLM運動が活発になった時期であり、7月4日には米国大統領(当時)のドナルド・トランプがアメリカ独立記念日を祝う式典において「キャンセルカルチャー」を非難しました。

トランプ氏、彫像の撤去など「キャンセル・カルチャー」と非難 ラシュモア山で - BBCニュース

日本のTwitterでも、トランプが言及する前から「銅像の引き倒し」に対する非難は広がっており、象徴的な出来事として扱われていました。

つまり、『銅像という過去の人物の業績を顕彰する営造物の破壊は、現代の価値観で過去を断罪する行為であり、そうしたものがキャンセルカルチャーの主要な要素なのだろう』と認識されていたと言えます。その認識を批判する記事も存在します。

弁護士のTwitterを見ても罪刑法定主義との関係でキャンセルカルチャーを論じている者が多いのは、そういうことでしょう。

※追記

キャンセルカルチャーの語は2021年7月18日~24日に最も多く検索されていますが、これは東京五輪に関連して、コーネリアスこと小山田圭吾と元ラーメンズの小林賢太郎の過去の行為が取り上げられ解任された事件が原因です。

コーネリアス小山田圭吾とロッキング・オン・ジャパン山崎洋一郎の「いじめ」記事謝罪と海外報道まとめ - 事実を整える

五輪開会式ディレクターのラーメンズ小林賢太郎「ユダヤ人虐殺ごっこ」と障害者ネタが炎上、解任:ユダヤ人団体サイモンヴィーゼンタールが抗議 - 事実を整える

これらはあまりにも有名なので取り上げませんでしたが、後で振り返る際には重要なので書いておきます。

また、いずれも、行為当時でも本来は許されないと評価されるものであるとも指摘が可能であり、「価値判断基準の遡及適用」の話であるかは判断が分かれることもこの項でメインに取り上げなかった理由です。

※※追記終わり※※

「キャンセルカルチャー」の日本における用語法の実態例(2022年現在)

冒頭で示したように「キャンセルカルチャー」という語は、もはや【何でもかんでも購買停止・出演停止・開催中止・契約解除・解雇・リコール等を求める動きの総称】みたいな使い方をされており、個別事象を判定するための言語としての意味が無いように見えます。

  • 一つの言動だけを捉えて非難する
  • SNSで広く糾弾を呼びかける
  • 社会的地位のある者からの地位剥奪
  • 価値判断基準の遡及適用
  • 投資の撤退・消費の停止の意味に留まる

もはや実態例としては、こうした要素が無くとも「これはキャンセルカルチャーである」のような論じ方が為されています。
英語圏でも公的追及を逃れるために「キャンセルカルチャーに屈しない」と自己弁護を図るために言及されることがあると書かれることも(※クオモの当該発言は確認できない

つまり、「この程度で非難されるの?」という程度問題に過ぎない話を「キャンセルカルチャー」という外来語でそれらしく語るためのマジックワードとして使われるようになったということ。

ただ、【何でもかんでも購買停止・出演停止・開催中止・契約解除・解雇・リコール等を求める動き】という巨視的な流れというのは存在すると言い得る。

それに対して懸念を示すということは、これからも価値があると思われます。

そもそも「キャンセルカルチャー」なるものは新たに発生したものなのか?表現の自由・言論の自由との関係

10 Theses About Cancel Culture What we talk about when we talk about “cancellation.” July 14, 2020 By Ross Douthatにおいてロス氏がキャンセルカルチャー概念について指摘している論稿が最も秀逸のように見えます。

 Cancel culture is destroying liberalism. No, cancel culture doesn’t exist. No, it has always existed; remember when Brutus and Cassius canceled Julius Caesar? No, it exists but it’s just a bunch of rich entitled celebrities complaining that people can finally talk back to them on Twitter. No, it doesn’t exist except when it’s good and the canceled deserve it. Actually, it does exist, but — well, look, I can’t explain it to you until you’ve read at least four open letters on the subject.

「キャンセルカルチャー」は存在しているのか、いないのか。ブルータスとカシアスがジュリアス・シーザーを殺害したのもキャンセルと言えるんじゃないの?…いや、実際にはそれは存在するが、一言では説明できないくらい複雑なものなんだ、と。

彼がこのように歯に物が挟まった言い方をしているのは何か理由があるのか…

彼は同時に、キャンセルカルチャーに対抗するには言論の自由の原則論を述べるだけでは効果的ではない、とも指摘しています。

あらゆる舌禍事件に対して「キャンセルカルチャーであり表現の自由・言論の自由への脅威だ」と論じる者が居ますが、既に2020年7月時点でそういう者へ警鐘が鳴らされていたということ。

続編はnoteで書く予定です。

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