事実を整える

Nathan(ねーさん) 法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。

安西彩乃vs黒瀬陽平・カオスラの「ハラスメント訴訟」の地裁判決文と退職強要の論点について

「ハラスメント訴訟」とか言われてますが、違います。

安西彩乃vs黒瀬陽平・カオスラの「ハラスメント訴訟」

黒瀬陽平と合同会社カオスラによるハラスメントについて ayanoanzai 2020年8月1日 20:56 note

本件は安西彩乃氏による上記noteが公開されたことが発端。

カオスラ代表の黒瀬陽平に配偶者が居る中で安西と不貞関係になり、黒瀬の妻に関係が知られたことで退職勧奨が行われた経緯が書かれています。

その後、2020年10月16日にカオスラが原告、安西被告の名誉毀損訴訟に発展。

内容は、上掲note記事に書かれていることがカオスラの名誉を毀損するというもの。

次いで上掲noteに書かれた事実関係を元に、2021年2月1日に安西が原告、黒瀬とカオスラがそれぞれ被告となる訴訟が提起されました。

内容は、合同会社カオスラに対して雇用契約上の権利を有する確認請求、未払い賃金支払請求、カオスラと当時の代表黒瀬氏に対して不法行為に基づく損害賠償請求と会社法600条に基づく損害賠償請求、というもの。

訴訟書面 — Bewith_ayanoanzai
⇒訴状・準備書面・答弁書等がほとんど公開。判決文も公開されている。
(「訴訟1」がカオスラ原告、「訴訟2」が安西原告の訴訟。)

合同会社カオスラの認識は以下のプレスリリース

カオス*ラウンジ » Blog Archive » 2020年7⽉24⽇のプレスリリースにおける 調査報告とお知らせ

この訴訟はメディアにおいては「ハラスメント訴訟」(セクハラによる接触・パワハラによる退職強要)として扱われ、以下のような記事が出ています。

現代アート集団「カオス*ラウンジ」をセクハラと退職強要で提訴。「アート業界のホモソーシャル性、変わるべき」 西山 里緒 [編集部] and 浜田 敬子 [ジャーナリスト/前Business Insider Japan統括編集長]Feb. 01, 2021, 12:00 PM BUSINESS INSIDER JAPAN

「訴訟2」について11月17日に地裁判決が出た後には以下のように報じられています。

最終更新:2022年11月17日 黒瀬陽平氏とカオスラらを相手取ったハラスメント訴訟の判決が下る。「不当判決」として原告側は控訴の意向 福島夏子(編集部)Tokyo Art Beat

が、判決文を読んでみると、奇妙なことに気づきます。

セクハラ・パワハラの判断無し、安西はそれ自体の不法行為を主張せず

東京地方裁判所 令和4年11月17日判決 令和3年(ワ)第2253号

これを読むと、裁判所はセクハラ・パワハラの有無について判断していません

それもそのはずで、安西氏はセクハラ・パワハラ行為があったからその行為自体が違法だとして賠償請求をしていたということではないからです。

※追記※

退職勧奨そのものは違法ではないが、社会通念上許容限度を超える場合には違法になるところ、安西は2020年5月7日から6月2日までの黒瀬による連日の退職勧奨と「本件会議」における退職勧奨をカオスラの違法(カオスラは黒瀬の分も含めて連帯債務と主張)と主張しているが(裁判所は連日は認定できないとした)、退職に追い込むための種々の行為ではなく、退職勧奨として意思を伝える行為それ自体をパワハラとする用語法が定着しているのか判断がつかないため、本稿では「パワハラ」とは表現しないこととする。これをパワハラと表現することが正当であるという主張もあり得る。

※※追記終わり※※

もちろん、訴状や準備書面をみると、安西氏は代表が非対称な立場を利用して迫ってきたとして、そういった行為をセクハラとし、退職勧奨がパワハラであるという主張をしていますが、それは請求原因を記述する中での背景事情としてしか機能していません。

結局、「訴訟2」の地裁判決は退職勧奨も違法ではないとし、未払い賃金の支払いに関する請求のみ認容しました。

他方、カオスラ原告の「訴訟1」の訴状等において、カオスラは黒瀬と安西の関係は業務上の立場の強さを利用して安西の意に反した性的関係ではなく、恋愛関係であり、セクハラではないと主張しています。

 また、被告安西は、被告安西と訴外黒瀬との不貞関係が訴外黒瀬の配偶者に発覚した際においても、訴外黒瀬の配偶者や原告に対して訴外黒瀬による性的関係の強要について何ら述べておらず、仮に被告安西と訴外黒瀬との関係が、訴外黒瀬により強要されたものだとすれば不自然と言わざるを得ない。

セクシュアルハラスメント・パワーハラスメントが無かったと言えるのか

安西が一連の行為をセクハラ・パワハラとしてそれ自体の違法性を主張していないために現状があるので、今回の地裁判決があるからといってセクシュアルハラスメント・パワーハラスメントが無かったとは現時点では言えないでしょう。

見た感じ、高裁でどうなるかよくわかりませんし、カオスラ原告の名誉毀損訴訟の展開も重要であると言えます(こちらはまだ判決が言い渡されていない)。

本件の言及の仕方には依然として注意が必要と思われます。

なお、カオスラは2020年7月24日にいったんプレスリリースを出してましたが撤回しており、その旨も裁判所で認定されています。

コ 被告会社は、7月24日、被告会社のWEBサイトに、「弊社代表社員によるパワーハラスメントについて」との標題で、以下の内容を含む文書(以下「前回プレスリリース」という。)を公開した。(甲3)

「2020年7月23日に株式会社ゲンロンより発信されたプレスリリースの通り、株式会社ゲンロンと弊社の共同事業である『ゲンロンカオス*ラウンジ新芸術港校』の業務に加え、弊社内での業務においても弊社代表社員黒瀬陽平により、同一アシスタントスタッフへのパワーハラスメント行為が行われたことを確認致しました。 この事態を重く受け止め、社内で話し合いを行った結果、総社員の同意により、黒瀬は2020年7月24日付で退社することをここにご報告致します。 また、現時点で、弊社内での業務におけるハラスメント行為について、他の社員とスタッフが関わっていたことも確認しており、近日中に第三者である弁護士に本件の調査委員として着任していただき、詳細を調査してゆく方針を固めております。」

しかし、同年10月20日のカオス*ラウンジ » Blog Archive » 2020年7⽉24⽇のプレスリリースにおける 調査報告とお知らせにあるように、改めて調査を⾏い弁護⼠等の専⾨家を交えて協議をした結果、当該記載は不正確なものであったと判断し、前回プレスリリースを撤回しました。

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