事実を整える

Nathan(ねーさん) ほぼオープンソースをベースに法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。

沖縄弁護士会が国民の懲戒請求を萎縮させる声明:「実質的に懲戒請求ではないが、違法な懲戒請求」という矛盾

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沖縄弁護士会が天方徹会長名義で大量の懲戒請求書と題する書面に対して非難の声明を公表しました。

内容は沖縄弁護士会会長と在日コリアン弁護士協会所属の弁護士2名に対する懲戒請求がなされたが、その懲戒請求は違法行為を構成するというものであり、更には差別行為でもあるというものです。

この主張はどう考えてもおかしいので、何がおかしいのか指摘していきます。

懲戒請求制度と大量不当懲戒請求については以下の記事でまとめています。

沖縄弁護士会に届いた「懲戒請求書と題する書面」

沖縄弁護士会会長声明大量懲戒請求

http://www.okiben.org/modules/contribution/index.php?page=article&storyid=176

同じ内容の懲戒請求書と題する書面が961件届いたということですが、その内容は「日弁連会長声明」が「利敵行為」であり、沖縄弁護士会と沖縄弁護士会所属の弁護士がこれに賛同することが「犯罪行為」であるというものです。

日弁連会長声明」とは以下のものです。

朝鮮学校補助金日弁連会長声明

https://www.nichibenren.or.jp/activity/document/statement/year/2016/160729.html

日弁連会長声明とは要するに、朝鮮学校に補助金を支給しないようにと自治体に要請した文部科学大臣の通達は憲法違反のおそれがあるので通達を撤回しろということです。

この声明の是非はともかく、これが何らかの違法行為を構成しないことは確かです。

ただ、このような強制加入団体である日弁連の名称を使った政治的意見の表明については、弁護士から不満の声もあります。事案は違いますが声を紹介。

沖縄弁護士会は懲戒請求として扱わないと決定

沖縄弁護士会は961件の書面の性質について以下述べています。

本件各懲戒請求は,当会会員を対象とする懲戒請求の形式をとるものの,実質的には,日弁連の活動に対する反対意見の表明にほかならない本件各懲戒請求書には対象会員についての具体的な懲戒事由の説明が記載されておらず,日弁連の意見表明が当会会員の非行行為となるものではないことからすると,本件各懲戒請求は,当会会員弁護士の非行行為を問題とするものではない。

要するに、961件の書面は懲戒請求書と題する書面として懲戒請求の形式は備えているものの、実質的には会員(弁護士)の懲戒を求めるものとはみなせないと言っています。結局は日弁連の声明に対する反対の意見表明に過ぎないと言っています。

ところで、沖縄弁護士会は冒頭で下図の緑枠のように言っています。

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http://www.okiben.org/modules/contribution/index.php?page=article&storyid=176

懲戒請求の流れとして、書面が届いたら綱紀委員会が調査をして懲戒委員会に付するかどうかを決定するという自動的な処理が行われているのが一般的です。沖縄弁護士会もそのように処理をしたということです。

弁護士全員に対するものは手続を止めているのに

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上図は日弁連会長による大量の懲戒請求書と題する書面に対する扱いについて各弁護士会にあてた談話です。

いわゆる「大量懲戒請求事案」は二層構造となっていました。

  1. 弁護士会に所属する弁護士全員に対する懲戒請求
  2. 個々の弁護士に対する懲戒請求

このうち、弁護士会に所属する弁護士全員に対する懲戒請求は、綱紀委員会の調査を自動的に行うというこれまでの運用を採らないことが要請されたということです。全ての弁護士会に確認を取ったわけではないですが、これはどの単位弁護士会もそのようにしているようです。

そうしたことが出来るのですから、個別の事案においてもその内容が主張自体失当であったり、懲戒請求であると認めるに足らない表現の場合には綱紀委員会の調査を走らせないという扱いをすることもできたはずです。

沖縄弁護士会は、懲戒請求として扱うまでもない単なる怪文書に過ぎないものについては、弁護士会所属の弁護士全員に対する懲戒請求に対する扱いと同様の対応をすればよかったのです。それをせずに綱紀委員会の調査のために弁護士が負担を強いられたというのは、マッチポンプに他なりません。

今回の事案も記載されている事実(朝鮮学校に補助金を支給するべきとの日弁連の声明に加担したこと)が真実として存在していても懲戒事由を構成しえないということが分かりますから、主張自体失当と言える事案です。

この点については既に過去のエントリで触れています。

懲戒請求ではないと言いながら不当懲戒請求と言う矛盾

最初に指摘した通り、沖縄弁護士会は961件の懲戒請求書と題する書面は弁護士の非行行為を問題とするものではないと言い切っています。

にもかかわらず、懲戒請求が違法となる場合について判断した最高裁判決の判断基準を引用し、それに即して今回の事案を判断しています。

最高裁の判断は以下の通りです。

最高裁判所第3小法廷 平成17年(受)第2126号 損害賠償請求事件 平成19年4月24日

「懲戒請求が事実上又は法律上の根拠を欠く場合において,請求者が,そのことを知りながら又は通常人であれば普通の注意を払うことによりそのことを知り得たのに,あえて懲戒を請求するなど,懲戒請求が弁護士懲戒制度の趣旨目的に照らし相当性を欠くと認められるときには,違法な懲戒請求として不法行為を構成すると解するのが相当である。」

さて、沖縄弁護士会は「実質的には,日弁連の活動に対する反対意見の表明にほかならない」と言っておきながら、なぜか懲戒請求が違法となる場合についての最高裁の基準を持ち出しています。

これは甚だ矛盾ではないでしょうか?

そもそも、なぜ懲戒請求が違法と評価され、賠償の対象となるのか?

上記引用判決文における、裁判官田原睦夫の補足意見を紹介します

弁護士に対して懲戒請求がなされると,その請求を受けた弁護士会では,綱紀委員会において調査が開始されるが,被請求者たる弁護士は,その請求が全く根拠のないものであっても,それに対する反論や反証活動のために相当なエネルギーを割かれるとともに,たとえ根拠のない懲戒請求であっても,請求がなされた事実が外部に知られた場合には,それにより生じ得る誤解を解くためにも,相当のエネルギーを投じざるを得なくなり,それだけでも相当の負担となる。それに加えて,弁護士会に対して懲戒請求がなされて綱紀委員会の調査に付されると,その日以降,被請求者たる当該弁護士は,その手続が終了するまで,他の弁護士会への登録換え又は登録取消しの請求をすることができないと解されており(平成15年法律第128号による改正前の弁護士法63条1項。現行法では,同62条1項),その結果,その手続が係属している限りは,公務員への転職を希望する弁護士は,他の要件を満たしていても弁護士登録を取り消すことができないことから転職することができず,また,弁護士業務の新たな展開を図るべく,地方にて勤務しあるいは開業している弁護士は,東京や大阪等での勤務や開業を目指し,あるいは大都市から故郷に戻って業務を開始するべく,登録換えを請求することもできないのであって,弁護士の身分に対して重大な制約が課されることとなるのである。

補足意見を簡潔に整理すると以下です

  1. 弁護士は反論や反証活動のためのエネルギーが割かれる
  2. 懲戒請求がなされた事実が外部に知られた場合は誤解を解く必要がある
  3. 綱紀委員会の調査に付されると法律により転職等ができなくなる

これらの負担は、弁護士会が書面を懲戒請求であると判断した上で綱紀委員会の調査に付すことで生じるものです。

しかし、沖縄弁護士会は本件の961件の書面は実質的に懲戒請求を求めるものではないと判断しているのですから、本来は綱紀委員会の調査にすべきでないものをわざわざ取り上げて弁護士に無用な負担を負わせているということになります。

この負担を生じさせているのは沖縄弁護士会自身です。

弁護士会には弁護士の品位を保つとともに弁護士を不当懲戒請求から守るために弁護士自治によって広範な裁量が与えられているのですから、それを怠った結果に過ぎません。

弁護士法上も、懲戒請求があった場合には綱紀委員会の調査に付さなければならないと規定されており、「懲戒請求書と題する書面」をすべて懲戒請求として扱わなければならないとは規定されていません。

したがって、沖縄弁護士会は、懲戒請求として扱うべきではないものについて懲戒請求として扱ったという不手際があるということ、仮に今回の事案で懲戒請求として扱わなかった場合、違法懲戒請求としての実質が無い(反証活動のためのエネルギーが割かれるということが発生しない)ので、懲戒請求者に対して違法懲戒請求の基準に照らして違法であると主張する立場には無いということになります。

 

「人種差別的な懲戒請求」という無理筋

沖縄弁護士会声明は次いで以下述べます

さらに,LAZAK所属の当会会員に対する本件各懲戒請求については,日弁連会長声明の内容,当該会員が当会の役員等に就任していなかったこと,当該会員が個別に日弁連会長声明につき何らの関与する行為に及んでいないこと及び当会の他の一般会員に対しては同様の懲戒請求がなされていないこと等を総合的に勘案すると,当該会員のバックグラウンドを根拠に狙い撃ちしたものであることが明らかである。

他の一般会員に対して懲戒請求をしていないから差別的な懲戒請求であるとしています。こんな理屈が通用するとでも思っているのでしょうか?

同様の理屈で懲戒請求者に対して訴訟提起したのは金竜介弁護士がいます。

既にご存知の方にとっては当たり前なことですが、大量懲戒請求事案と呼ばれている事象は、「余命ブログ」を起因とした懲戒請求であり、沖縄弁護士会に対するものに限られません。全国の弁護士会に対して行われているのです。

その中では明らかに在日コリアンではない弁護士も懲戒請求対象となっており、人種・民族を理由に狙い撃ちをしたということは窺えません。

そもそも、狙い撃ちしたとしてヘイトにあたると評価してよいものなのでしょうか?

懲戒請求の対象として誰を選ぶのかは懲戒請求者の自由です。それは、通常の訴訟提起の場合も当てはまります。「特定の集団に対しては訴訟提起や懲戒請求をしてはいけない、人数制限が課されている」などという法規範はありませんし、訴訟提起や懲戒請求を受けた場合に被る負担は、日本人と変わりありません。

一人の人間が外国人・外国人団体ばかりを訴えていたとしても、それを封殺する法制度は存在していません。対象選択の自由が個人には認められています。なぜ国家から「お前は外国人に対する訴えはこれぐらいに控えろ」と言われなければならないのでしょうか?およそまともな思考であるとは思えません。

沖縄弁護士会の主張を再掲します

本件各懲戒請求は,当会会員を対象とする懲戒請求の形式をとるものの,実質的には,日弁連の活動に対する反対意見の表明にほかならない本件各懲戒請求書には対象会員についての具体的な懲戒事由の説明が記載されておらず,日弁連の意見表明が当会会員の非行行為となるものではないことからすると,本件各懲戒請求は,当会会員弁護士の非行行為を問題とするものではない。

最初に沖縄弁護士会は「懲戒請求ではなく実質的には日弁連の活動に対する反対意見の表明であるとし、当会会員弁護士の非行行為を問題とするものではない」 とはっきり明言しています。

そうであるならば、特定の弁護士への狙い撃ちであると評価することは出来ないはずであり、沖縄弁護士会の声明文の中でまたしても矛盾が生じていることになります。

特定の弁護士に対する懲戒請求なのか、日弁連の活動に対する反対意見に過ぎないのか?

論旨が一貫していない文章の典型例です。

まとめ

  1. 沖縄弁護士会は961件の書面について、実質的には日弁連の活動に対する反対意見の表明にほかならないと言った
  2. ということは、懲戒請求として扱うべきものではないと認めたことに
  3. にもかかわらず、沖縄弁護士会は懲戒請求として扱った
  4. 実質的には懲戒請求と評価できないと言及したものについて、懲戒請求が違法となる場合の判断基準を用いて論難しているのは自己矛盾である
  5. 狙い撃ちによる人種差別的な懲戒請求であるという主張も、実質的には日弁連の活動に対する反対意見の表明にほかならないという主張と矛盾する
  6. 狙い撃ちをしていたとしても違法になるという根拠はない

弁護士会はまず最初に自らの懲戒請求手続のスキームを見直し、無用な争いをわざわざ発生させることがないようにしなければならないと思います。

また、差別に名を借りたスラップ訴訟を弁護士会(会長)が率先して主導することは許し難い行いです。大量に懲戒請求書と題する書面を送った者は、自身の行いによってこうした動きを発生させてしまったということを反省すべきであり、懲戒請求をするのであれば相当の根拠をもって事に当たらなければいけません。

「外国人に対する訴訟提起(懲戒請求)は年に〇〇回まで!」
「同じ組織の外国人を同時に複数提訴(懲戒請求)しちゃダメ!」

このような例と同様の態度を国家が国民に強制させるべきである、というのが沖縄弁護士会の主張に思えて仕方がありません。

「大量懲戒請求の歯止め」に名を借りた国民の懲戒請求権への抑圧】にならないようにしていただきたいですね。

以上