事実を整える

Nathan(ねーさん) 法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。リンク切れに備えて魚拓を活用しています。

徴用工訴訟問題のWikipediaが嘘八百な件

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朝鮮人戦時労働者(いわゆる徴用工)問題に関する日韓請求権協定の内容について。

Wikipediaに経緯等が詳細に記述されていますが、細かいところで嘘や誤魔化しが仕込まれています。

今回は「徴用工訴訟問題」のウィキペディアにおいて、最終更新令和元年7月7日 14:14時点の記述を対象にします。

1:「日本政府の個人請求権に対する立場は変遷している」という嘘

ウィキペディアの具体的な記述を示しながら指摘します。

徴用工訴訟問題のWikipedia

徴用工訴訟問題 - Wikipedia 2019年7月12日魚拓

日本政府は条約締結以降2007年頃まで、請求権協定が個人請求権に影響を及ぼすことはないという立場であったが、現在は請求権協定によって日韓の請求権問題は個人請求権も含めて終局的に解決されたという立場に変遷している。

これは前半部分と後半部分で、違うことを言っています。

後半部分の「終局的に解決~」は、日韓請求権協定締結以後、日本政府の一貫した立場であって、何ら変遷していません。

前半部分は、個人請求権を消滅させるものではないという点は正しい。

ただ、それは請求権問題が終局的に解決してない、という意味ではありません。

ここでの「個人請求権」の意味は、一般的な法律用語とは異質なものであるので、議論の経過を見ずに安易に即断できるものではありません。

「個人の請求権」 の意味内容については河野太郎外務大臣がブログで説明しています。

詳しくはこちらで解説しています⇒韓国徴用工:日韓請求権協定の個人の請求権に関する河野太郎外務大臣の解説の解説

河野大臣からは政府の立場が示されている分かりやすいものとして平成3年(1991年)の政府答弁が紹介されているので見てみましょう。

日韓請求権協定における個人の請求権=クレームを提起する地位

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 第122回 国会 参議院予算委員会 第3号 平成三年十二月十三

○政府委員(柳井俊二君) 官房長官からお答えがある前に私の方から、これまでのいわゆる請求権の処理の状況につきまして簡単に整理した形で御答弁申し上げたいと存じます。
 御承知のように、昭和四十年の日韓請求権・経済協力協定の二条一項におきましては、日韓両国及び両国国民間の財産・請求権の問題が完全かつ最終的に解決したことを確認しておりまして、またその第三項におきましては、いわゆる請求権放棄についても規定しているわけでございます。これらの規定は、両国国民間の財産・請求権問題につきましては、日韓両国が国家として有している外交保護権を相互に放棄したことを確認するものでございまして、いわゆる個人の財産・請求権そのものを国内法的な意味で消滅させるものではないということは今までも御答弁申し上げたとおりでございます。これはいわゆる条約上の処理の問題でございます。また、日韓のみならず、ほかの国との関係におきましても同様の処理を条約上行ったということは御案内のとおりでございます。
   〔理事井上吉夫君退席、委員長着席〕
 他方、日韓の協定におきましては、その二条三項におきまして、一方の締約国及びその国民の財産、権利及び利益であって同協定の署名の日に他方の締約国の管轄のもとにあるものに対してとられる措置につきましては、今後いかなる主張もなし得ないというふうに規定しております。この規定を受けまして、我が国は、韓国及び韓国国民のこのような財産、権利及び利益、これはいわゆる法律上の根拠ある実体的権利であるというふうに両国間で了解されておりますが、そのようなものにつきまして国内法を制定いたしまして処理したわけでございます。その法律におきましては、韓国または韓国国民の日本国または日本国国民に対する一定の財産権を消滅させる措置をとっているわけでございます。
 なお、いわゆる請求権という用語はいろいろな条約でいろいろな意味に使われておりますが、この日韓の請求権・経済協力協定における請求権と申しますものは、実体的な権利でない、いわゆるクレームとよく言っておりますが、そのようなクレームを提起する地位を意味するものでございますので、当時国内法で特に処理する問題がなくしたがって国内法を制定することはしなかったわけでございます。ただ、これはいわゆる請求権の問題が未処理であるということではございません。
 以上にかんがみまして、このようないわゆるクレームの問題に関しましては、個人がこのようなクレームについて何らかの主張をなし、あるいは裁判所に訴えを提起するということまでも妨げるものではないわけでございますが、先ほどアジア局長からも答弁申し上げましたように、国家間の問題としては外交的には取り上げることはできないということでございます。

まず、「個人の請求権」が残存しているということは、日本政府の一貫した立場であり、昨今の朝鮮人戦時労働者訴訟(徴用工訴訟)によって新たに発見されたというようなものでは決してありません。

その上で、「個人の請求権」とは「訴訟提起できる地位」という意味であり、ただ、日本側(日本政府・日本企業・日本の個人)に対して司法による救済を受けることはできないものであると決められています。

法的な救済をするのであれば、その責任は韓国政府にある、ということです。

「訴訟提起できるが救済が受けられない」という意味

訴訟提起できるが救済は受けられない」というのは最高裁判決でもあります。

ただ、これだけだとどういう意味かまったく理解できないと思われます。

具体的な例を言えば、韓国人の元戦時労働者が日本側に対して訴訟外でお金を支払うように要求したとしても(任意補償の要求)、それは個人の請求権を背景にしたものであるから、よほどの事が無い限りは恐喝罪や強要罪になることは無い、という効果があります。

また、韓国の元労働者(応募工)が日本で提訴した場合に、訴訟要件を欠いて「訴え却下」となるのではなく、実体法上の権利はあるが裁判上の救済は受けられないとして「請求棄却」されています。訴訟提起できるが救済が受けられないというのは、このようなところからも読み取れます。

日本政府の立場・説明は変遷していない

以上に示した理解は、日本政府の一貫した立場です。

最初に示した答弁よりも前にも、終局的に解決済みであるという答弁はいくらでも見つかります。

91 衆議院 社会労働委員会 4号 昭和55年03月06日

○野呂国務大臣

第二点は、昭和四十年の日韓請求権協定の発効に伴ってこの問題はすでに解決したのだという一つの外交レベルの判断というものもあるわけでございますから

中略

○松田(正)政府委員 二国間の問題、いま大臣からお話がございましたように、たとえば国民年金の問題等二国間協定というような方式も一応考えられるわけでございますが、援護法のたてまえ上、二国間で話をし合って適用するとかどうとかという余地はございませんし、大臣から申し上げましたように、そういったような韓国民と日本との間の請求権関係というのは、一応日韓の請求権協定で外交上のけりはつけておるわけでございます。そういうようなむずかしい問題もはらんでおりますので、いまにわかにどうこうするということは非常にむずかしい問題ではなかろうかと考えております。

 

112 参議院 決算委員会 2号 昭和63年04月15日

○国務大臣(小渕恵三君) 数多くの朝鮮半島出身者が過ぐる大戦の折に被爆をされまして、なお多くの被爆者が韓国内で後遺症に苦しんでおられることにつきましては、心からお気の毒に思う次第でございます。しかし、この在韓被爆者問題につきましては、現在そうした方々が韓国人であるということで第一義的には韓国政府が国内問題として処理すべき問題であり、純粋法的に言えば、日韓間の請求権の問題は一九六五年の日韓請求権協定第二条により解決済みであるというのが我が国の立場でございます。しかし、今、峯山委員仰せのとおり、極めて人道的な性格の問題であることにかんがみまして、具体的な協力はどのようなことが可能であるかということにつきましては改めて検討いたしていきたいと思っております。具体的には、先般の日韓外相定期協議を受けまして実務者のレベルの調査団を派遣いたしまして、韓国側とあり得べき協力につき話し合いをさせていきたいというのが現在の政府の考え方でございます。

 「第一義的には韓国政府が国内問題として処理すべき問題」というのも、この時点で政府の共通認識であったのが分かります。

98 衆議院 決算委員会 5号 昭和58年05月11日

○中川委員 それは当然のことです。それでよろしいです。
 ついでに、関連してちょっと二つだけお尋ねしますが、本件の徴用工の債権債務の関係ですね。これはどうなっておるのでしょうか。
 国家間においては、私の理解するところでは、昭和四十年の日韓条約で、条約締結以前の両国及び両国民間の財産、権利及び利益並びに両国及び両国民間のすべての請求権は完全かつ最終的に解決されたものとする、この条項で国家間の問題は解決済みだと思います。これは後で外務省からちょっと確認をしたいと思います。
 それからもう一つ、三菱重工側と徴用工の方々の賃金の未払いの問題は、これは法務局へ供託しているわけでありますから、その関係も、債務は供託という行為によって弁済されたものとみなされると思うわけでありますが、その点、イエスかノーかだけでいいです。
 外務省と法務省、両方から……。
○筧説明員 供託の効果として弁済という効果が発生することはそのとおりでございます。
○小倉説明員 国と国との間の補償等の請求権の問題は、先生御指摘のとおり、昭和四十年の協定と議事録によりすでに解決済みでございます。

「請求権」という言葉にいろんな意味があるためにいろいろと曲解できてしまいますが、ここでの「請求権は完全かつ最終的に解決」というところの「請求権」は、上述の外交保護権・実体的権利・個人請求権の総体を意味します。

これらの政府答弁から、日本政府が「個人の請求権」の扱いや「終局的に解決した」と理解していたことについては、まったくブレていないという事が分かるでしょう。

2:西松建設の最高裁判決における日本政府の態度の意味

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西松建設の最高裁判例が日韓の事例とパラレルに説明されることがありますが、まったく事案の異なるものであり、日中間での協定の効果も日韓間のものとは異なります。

詳しくは以下でまとめています。

西松建設の中国人強制連行訴訟最高裁判決を韓国の徴用工訴訟に敷衍するフェイク

志波玲・山本晴太弁護士が徴用工問題について虚偽のデタラメ記事

徴用工訴訟問題のWikipediaにおける西松建設の事案の記述 

徴用工訴訟問題 - Wikipedia 2019年7月12日魚拓

2007年のサンフランシスコ平和条約に関して政府の立場を肯定した最高裁判決は、判断を左右する条約解釈上の対立点に関する日本政府の立場の変遷を鑑み、同時に被害救済の必要性を指摘している

この部分は文面上、間違いであるとは言えません。

しかし、一見すると勘違いしかねない記述ぶりになっているのが問題です。

特に、「請求権」についての日本政府の態度が変遷したと考えている頭で見ると、誤解すると思います。

「日本政府の見解の変遷」は、「協定の効果が及ぶ相手方」について

「日本政府の見解に変遷があった」とありますが、その内容は「請求権の内容」ではなく、「協定の効果が及ぶ相手方」の内容を指しています。

日中戦争の終結,戦争賠償及び請求権の処理といった事項に関しては,形式的には日華平和条約によって解決済みという前提でした。

この当時は【中華民国政府】、つまり今の台湾を正統な政府として認めていました。

そのような条約の効果が、中華人民共和国(現在の台湾を除く地域)にも及ぶということが、日中国交正常化交渉によって、遡及的に決定されたということです。

西松建設の最高裁判決における該当部分

判決文の該当部分を示すと以下です。

最高裁判決平成19年4月27日 平成16年(受)第1658号

ア  中華人民共和国政府は,日中国交正常化交渉に当たり,「復交三原則」に基づく処理を主張した。この復交三原則とは,①中華人民共和国政府が中国を代表する唯一の合法政府であること,②台湾は中華人民共和国の領土の不可分の一部であること,③日華平和条約は不法,無効であり,廃棄されなければならないことをいうものである。中華人民共和国政府としては,このような考え方に立脚した場合,日中戦争の講和はいまだ成立していないことになるため,日中共同声明には平和条約としての意味を持たせる必要があり,戦争の終結宣言や戦争賠償及び請求権の処理が不可欠であった。
これに対し,日本国政府は中華民国政府を中国の正統政府として承認して日華平和条約を締結したという経緯から,同条約を将来に向かって終了させることはともかく,日中戦争の終結,戦争賠償及び請求権の処理といった事項に関しては,形式的には日華平和条約によって解決済みという前提に立たざるを得なかった(日華平和条約による戦争賠償及び請求権の処理の条項が中国大陸に適用されると断定することができないことは上記のとおりであるが,当時日本国政府はそのような見解を採用していなかった。)。

イ  日中国交正常化交渉において,中華人民共和国政府と日本国政府は,いずれも以上のような異なる前提で交渉に臨まざるを得ない立場にあることを十分認識しつつ,結果として,いずれの立場からも矛盾なく日中戦争の戦後処理が行われることを意図して,共同声明の表現が模索され,その結果,日中共同声明前文において,日本国側が中華人民共和国政府の提起した復交三原則を「十分理解する立場」に立つ旨が述べられた。そして,日中共同声明1項の「日本国と中華人民共和国との間のこれまでの不正常な状態は,この共同声明が発出される日に終了する。」という表現は,中国側からすれば日中戦争の終了宣言と解釈できるものであり,他方,日本国側からは,中華人民共和国政府と国交がなかった状態がこれにより解消されたという意味に解釈し得るものとして採用されたものであった。

ウ 以上のような日中国交正常化交渉の経緯に照らすと,中華人民共和国政府は,日中共同声明5項を,戦争賠償のみならず請求権の処理も含めてすべての戦後処理を行った創設的な規定ととらえていることは明らかであり,また,日本国政府としても,戦争賠償及び請求権の処理は日華平和条約によって解決済みであるとの考えは維持しつつも,中華人民共和国政府との間でも実質的に同条約と同じ帰結となる処理がされたことを確認する意味を持つものとの理解に立って,その表現について合意したものと解される。 

判決文全体を読むことができる人は、是非とも読んでみてください。

決して、日本政府が「個人の請求権」の扱い・意味内容の理解を変更したということは書かれていないということが分かります。

まとめ:嘘八百の元は山本晴太論文

Wikipediaの参考文献欄には夥しい数の山本晴太弁護士の論文があり引用されています。

この論文は「日本政府の朝鮮人戦時労働者問題についての態度は変遷している」という認識のもと、韓国側に有利な認識に読者を誘導するようになっています。

論文の中の事実だけを引用するのであれば、判決文や政府答弁を引用するだけで十分です。それを超えて論文における曲解された解釈に基づいてウィキの記述が書かれている部分があるということは、注意すべきでしょう。

これ以外にも問題の個所が見つかるかもしれませんが、ひとまずは以上になります。

以上