事実を整える

Nathan(ねーさん) 法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。

不顕性感染=無症状病原体保有者の意味と感染力と新型コロナウイルス

不顕性感染=無症状病原体保有者からの感染力

不顕性感染=無症状病原体保有者の意味と

その状態の人から他の人への感染力はあるのか?について

不顕性感染=無症状病原体保有者の意味

不顕性感染とは、細菌やウイルスなど病原体の感染を受けたにもかかわらず,感染症状を発症していない状態です。不顕性感染 日本救急医学会・医学用語解説集魚拓

無症状病原体保有者とは「感染症の病原体を保有している者であって当該感染症の症状を呈していないもの」です。

両者は意味としては同じです。報道などでは「不顕性患者」「無症状感染者」と呼ばれることもあります。

不顕性感染は医学用語であり、無症状病原体保有者は感染症法6条11項に規定されている法律用語です。

医学判断と裁判所による法律判断は異なる結果になる場合があることに注意

「症状」はその人の主観的な感覚、兆候は客観的

「症状」とは頭痛や疼痛などその人でなければ感じることのできない主観的感覚です。

対して「兆候」は医者等が客観的に判別可能なある状態です。

ですから、「不顕性」「無症状」であったとしても、兆候があるということはあり得ます。ウイルス感染の場合にそのようなことがあるのかはわかりませんが。

不顕性感染=無症状感染の状態になることは通常の話

新型肺炎コロナウイルスの話で「不顕性感染」=「無症状感染」という言葉が出てくることがあります。

しかし、不顕性感染者=無症状感染者は新型コロナに特徴的ではなく、およそ世の中の菌やウイルスに感染した多くの人は不顕性感染の状態になるということは冒頭の日本救急医学会の画像の文言からも分かると思います。

問題なのは、不顕性感染者から他人に感染力を有するのか?ということです。

なぜ不顕性患者から他人への感染力が問題なのか?

感染症法では「患者」「疑似症患者」「無症状病原体保有者」を明確に分けています。

それによって適用される条文も異なり、強制措置がとれるか否かが変わってきます。

さらには入管法に基づく「上陸の拒否」の要件充足性にも影響してくると考えられます。入管法は明示的には症状が出ている者が対象で、不顕性患者は対象でない可能性があるからです。

中国人は現地の医療を信用していない者も多く、現地で医療費が無料だとしても、新型コロナだと分かった不顕性感染者の中には日本に渡航して治療を受けようとする者が出てくるおそれがあります。そもそも人口が多い国ですから考慮しなければなりません。

無症状病原体保有者からの感染力

第187回国会 衆議院 厚生労働委員会 第7号 平成26年11月13日

○新村政府参考人 私ども、専門家の御意見もお聞きして理解している範囲では、感染して、そしてその症状が出るまでは、人に感染することはない。
 無症状病原体保有者とおっしゃいます点に関しましては、恐らく、症状が出る前に人に感染することがあるのではないかという観点の御質問ではないかと思いますが、これまでの知見では、症状が出てから人に感染し得るというふうに理解しております。
 一方で、無症状病原体保有者というのは、症状が生じて、そして、治療等によって回復してきて、症状がなくなった場合でも、まだそのウイルスが体内にあるということを示していると聞いております。

無症状病原体保有者からの感染力という点で言えば、厚生労働省の健康局長からは「症状が出るまでは人に感染することはない」という認識が示されたことがあります。

今の政府がこのような認識なのかは不明ですが、感染症法の当該規定の立法時には、無症状病原体保有者からは感染力が無いという前提だった可能性があります。

不顕性感染者からの感染力

不顕性感染者から感染するのか否か、その力についてはウイルス毎に異なるようです。

ノロウイルスの不顕性感染者からの感染拡大

東京都感染症情報センター » ノロウイルスによる集団胃腸炎の発生・拡大への不顕性感染者の関与

ヒトからヒトへの伝播と考えられた施設内集団事例においても、非発症であった施設利用者および施設職員に不顕性感染者がみられる場合があり、これらの非発症者群と発症者群の糞便中に排出されるウイルス遺伝子量にも有意な差は認められなかった。

 これらの結果から、NVに汚染された食品の喫食や、介護行為や汚染施設の清掃などでおう吐物や糞便に接した時にNVに暴露されることにより、ある程度の割合で不顕性感染が成立するものと推定された。発症者と同程度のウイルス量を排泄している非発症者の存在は、調理従事者であれば新たな集団発生を起こす可能性があり, 介護などにあたる施設の職員であれば施設内流行の拡大に関与する可能性が考えられる。

感染力が強いと言われているノロウイルスの場合には、不顕性感染者からの感染拡大を起こす可能性が考えられるとする考察がなされています。

インフルエンザの不顕性感染者が感染源となる頻度 

インフルエンザの不顕性感染者が感染源となる頻度|Web医事新報|日本医事新報社

不顕性感染者がウイルスの高排出者であり,乾燥した環境下で,免疫力の低い感受性者が家族内のように比較的長時間,近距離で接触するような,特別な条件を備えた場合には感染が成立する可能性は否定できないが,現実的には感染が成立する場合は稀であると推測される。

インフルエンザの不顕性感染者が感染源となる場合は極まれな状況が揃った場合でないとあり得ないという研究結果があります。

新型肺炎コロナウイルスの不顕性患者から感染するかは不明

新型コロナウイルス どれぐらい警戒したらいいの? 感染症のスペシャリストに聞きました BuzzfeedJapan 岩永直子

【岡部信彦(おかべ・のぶひこ)】川崎市健康安全研究所所長

潜伏期間中に感染させるというエビデンスはまだ出ていないです。またその時の感染力の強さについても不明です。それがないうちに、メディア言葉で「歩く感染源」だとか、不安を煽る言葉を使うのはやめてほしいですね。

経験則ですが、呼吸器感染症は、症状がある時に感染力が強くなります。SARSの経験でも、潜伏期間と非常に軽い期間はほとんどうつしていないことがわかっています。いずれも肺炎になってからうつし始める。だから重症者の早期発見が鍵を握るんです。

この法則が今回のコロナウイルスに当てはまるかはまだわかりません。でもこういう初期のわからない時期は経験則の応用が必要かと思います。

How Bad Will the Coronavirus Outbreak Get? Here Are 6 Key Factors - The New York Times By Knvul Sheikh, Derek Watkins, Jin Wu and Mika Gröndahl

But it is still not clear whether a person can spread the virus before symptoms develop, or whether the severity of the illness affects how easily a patient can spread the virus.

ある人が発症する前にウイルスをばらまくことがあるのか、それとも症状が重症であればあるほど患者がウイルスをばらまくのかについては未だに明らかになっていません。

新型肺炎コロナウイルスの不顕性患者から他の人に感染するかは不明のようです。

中国からの情報では不顕性感染者からも感染したというものもありますが、そのケースが本当だとしても医学的にそうであると言えるほどの状況ではないということは確かでしょう。

極めて限定的な環境においてのみ感染力を持つに過ぎない可能性もあるのですから。

エビデンスレベル

ここで紹介した研究がこのエビデンスレベル概念図のどこに位置付けられるかはわかりませんが、少なくとも下から3番目より上だと思います。

不顕性感染者の感染力については、検査をして感染者と分からないと直接的な研究ができず、被験者数が少ないため、なかなか実施困難なんだろうと思います。

そのため、確定的なことが言われることがないのだと思います。

感染するとしても、感染力は発症した場合と同じなのか、それともかなり低い割合になるのか、ということも調べる必要があります。

腸チフスのメアリー

ウイルスではなく菌の話ですが、不顕性感染=無症状病原体保有者の話として「腸チフスのメアリー」にも触れます。

メアリー・マローンという無症状病原体保有者からの感染

アメリカニューヨークにおいてメアリー・マローンという住み込み料理人が居ました。

20世紀初頭にニューヨークで腸チフスが流行していた時期、メアリーが雇われた家庭のほとんどで、彼女を雇用した直後に腸チフスが発生していることが判明しました。

彼女は腸チフスの症状を呈したことがなく、自身が保菌者であるという自覚がないまま生活をしてましたが、疫病調査をしていた衛生士が彼女の糞便中から腸チフス菌を発見したために市が彼女を強制隔離しました。

その後も1年以上にわたって腸チフスを輩出し続けていたたが、彼女は検査結果を理解せず、ニューヨーク市を相手に訴訟。注目を浴びたために料理の仕事に就かないことなどを条件に隔離病棟から解放されました。

しかし、偽名を使って料理人になり、そこでも腸チフスのまん延が発生したため再び隔離され、生涯をそこで過ごしました。

元祖スーパースプレッダー

元祖スーパースプレッダーと呼ばれたメアリー・マローンですが、死後の病理解剖によって、胆嚢に腸チフス菌の感染巣があり、菌が胆汁に混ざって腸に排出され続けていたとされました。

特殊な経過を辿らないとこのような状態にはならないため腸チフスの特徴として考える必要はないですが、本人の意思にかかわらずこのようなケースがあるということは人種差別・偏見の問題として知られるべき逸話とされています。

まとめ:不顕性感染者からの感染力の研究が待たれる

  1. 不顕性感染者=無症状病原体保有者が居るというのは通常のこと
  2. 不顕性感染者から他の人に感染するかが問題
  3. ウイルスによっては不顕性感染者から他の人に感染すると言い得るものと、現実的ではないものがある
  4. 新型肺炎コロナウイルスの不顕性感染者から他人へ感染するかは不明
  5. 不顕性感染者からの感染があるとしてもその力がどうなのか研究が必要
  6. 検査をして感染していることが分からないと調べることができないのでデータが少ないと思われる

もともと、どのウイルスも微量ながら不顕性感染の力を有しており、程度問題に過ぎないのではないかと思うのです。

ただ、新型コロナウイルスは潜伏期間が長いため、感染力を持っているとすればその間に周囲にウイルスをばらまくことになるため、警戒されています。

以上