事実を整える

Nathan(ねーさん) 法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。リンク切れに備えて魚拓を活用しています。

日本学術会議:7期連続委員を務めた福島要一氏を中心に「共産党に完全に支配されていた」

日本学術会議、福島要一、共産党

日本学術会議が福島要一氏を中心に「共産党に完全に支配されていた」時期があったという指摘があります。

村上陽一郎「日本学術会議委員を7期連続務めたF氏」

学術会議問題は「学問の自由」が論点であるべきなのか? - WirelessWire News(ワイヤレスワイヤーニュース)

日本学術会議はもともとは、戦後、総理府の管轄で発足しましたが、戦後という状況下で総理府の管轄力は弱く、七期も連続して務めたF氏を中心に、ある政党に完全に支配された状態が続きました。特に、1956年に日本学士院を分離して、文部省に鞍替えさせた後は、あたかも学者の自主団体であるかの如く、選挙運動などにおいても、完全に政党に牛耳られる事態が続きました。

東大・ICU名誉教授の村上陽一郎氏が日本学術会議について「7期連続委員を務めたF氏を中心に、ある政党に完全に支配された状態が続きました」と書いています。

「F氏」とは誰なのか?

屋山太郎「福島要一が常に選ばれていた」

日本戦略研究フォーラム(JFSS)

1980年代の学術会議はまるで共産党の運動体だった

ー中略ー

この中で常に選ばれる人物に福島要一という人物がいた。彼は第5部(原子力関連の委員会)に属していたが他の6人は福島の能弁に誰も反論できなかった。

ー中略ー

学術会議は50年と67年には「戦争に関わる学問には協力しない」と宣言した。一連の運動は共産党の行動方針そのもので、改善策として人選のやり方を全く変えることにした。福島要一氏は農水省の出身で、共産党系学者に号令して毎回、当選してきた。この農業経済学者が日本の原発政策を主導したのである。加藤寛氏(慶大教授)の提案で投票は学会員たちだけにし、会員を選出する方法に改めた。

どうやら「F氏」とは、福島要一氏のことのようです。

このことは日本学術会議 第一部 ニューズレター(第23期8号) でも伺えます。

日本学術会議の共産党員、福島要一

7期連続というと当初の委員の任期は3年(任期6年で半数改選になったのは後年から)なので21年ですが、35年ということは「連携会員」としても関与していた可能性が伺えます。このころはまだ再任禁止の規定も通算在任期間の制限の規定もなかったようです。

※なお、福島要一氏自身が共産党員であったかの完全な確認はできていませんが、共産党の機関紙の「前衛」に登場しています⇒

CiNii 論文 -  福島要一沖実委代表委員にきく(今月の訪問-10-)

前衛

「沖縄・小笠原返還要求中央実行委員会の代表委員」「沖縄・小笠原返還同盟の理事長」といういかにも共産党な組織名がある上に、福島氏の語り口がまさに共産主義者のそれであるというのが伺えます。

共産党系の「民科」の法学者が多いこととも整合的

日本学術会議の法学者は民主主義科学者協会法律部会メンバーばかり - 事実を整える

日本学術会議の委員に、法学者が割合として多いということ、さらにその中でも共産党系の「民科」所属の委員の割合が多すぎることを指摘しています。

ああ、なるほど、パズルのように繋がってきますね、という感想です。

日本学術会議の幹部が学問の自由を脅かす行為をするのもある意味で当然でしたね。

以上