事実を整える

Nathan(ねーさん) 法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します

月刊Hanada12月号の松浦大悟と小川榮太郎の対談:性的指向・性自認と性的嗜好

月刊Hanada2018年12月号は、休刊となった新潮45に取って代わったかのように性的マイノリティ政策についての論考がいくつも寄せられています。

中でも松浦大悟・小川榮太郎の両氏が対談しているものは、性的マイノリティにまつわる議論の誤解が解けるようになっていると思い、有益なので一部を紹介します。

松浦大悟と小川榮太郎の対談にみる「性別二元性」の重要性

「性別二元性」というのは、性別を男性と女性に分け、それ以外の性別の存在を言葉の定義上は発想しないというものです。(この言葉も厳格な定義があるわけではなさそうです)

これだけを聞くと「性的マイノリティが無視されるので悪い態度である」と思いがちです。

しかし、実はむしろ性的マイノリティにとって利益になる側面があると松浦氏は言います。

月刊Hanada2018年12月号
松浦大悟「性別二元論性を壊したいと思ってるLGBTはほとんどいない」「トランスジェンダーの場合、手術を受けた後は…男性あるいは女性として生きていきたいので性別二元性が無くなると困る
「Xジェンダーの方々は、男性女性の区分けに対して苦痛を感じていますが、それでも性別の基本軸がなけらば、自分が何に違和を持っているのか分からなくてなります。」

自分が区分けを受けることに苦痛があっても、世の中に区分けが無いと困るということですね。

いわゆる「ジェンダーフリー」をめざすと、このような問題があるということです。

松浦氏は、多くのLGBTはジェンダーフリーを目指すものではないと言います。

さて、ここで思い出されるのが、アメリカ合衆国のトランプ大統領が行政上の定義で性別二元性に基づこうとしてるという報道です。

ツイッターでは「トランスジェンダー排除」という単語でトレンド入りしていました。 

日本のメディアの多くは「トランスジェンダー排除」の点だけを強調し、「トランスジェンダーの存在を行政上認めなくする方針」とだけ報道していました。

 

トランプが「トランスジェンダー排除」報道の内容

トランスジェンダー排除」というのは、元ネタはニューヨークタイムズの見出しです。

当然ですが、物理的に排除したり法的に不利益を与えることは意味せず、「性別」の行政上の法的定義からトランスジェンダーという概念を無くす、という抽象次元の話です。

それによって何が騒がれているのかというと、「タイトルⅨ」という法律(=教育プログラムにおけるジェンダー差別を禁止する連邦法、政府の財政援助を受けて実施されている)についての従来の解釈と齟齬が出るのは問題だ、という議論があるからです。

記事では裁判官へのインタビューも交えて、この法律の下では『性別」は「性同一性」を含むと解釈されていたところ、今回の政府の定義はいわゆる伝統的な男女に限定するものなので、調整が必要になってきますねという問題提起がなされています。

種々の問題があるにせよ、松浦氏の指摘から見ると、トランプ大統領の方針も間違いとは言い切れないということです。

性的指向と性的嗜好の峻別は「困難」

松浦大悟「本当は性的指向と性的嗜好を分けることはできないのです。」

性的嗜好」というジャンルそのものは、一応の切り分け方法として考え出されており、それを全否定するつもりはありません。

しかし、その区分けは恣意的に行われてきたし、現在も恣意的に行われているという側面は無視できないものであるということは以下記事でも書きました。

一応の区分けとして論じることはいいですが、明確に異なるものとして「峻別」することが常に正しいとはまったく思えません。

稲田朋美の性的指向・性自認と性的嗜好の理解は大丈夫?

月刊Hanada2018年12月号には自民党のLGBT勉強会に所属している稲田朋美の論考も寄せられています。

そこでは、稲田氏が杉田氏に対して苦言を呈する部分もあります。

ただ、稲田氏の「性的嗜好」についての説明を読むと、松浦氏が指摘したようなことを踏まえているわけではなく、通り一遍の性的嗜好の理解(つまり、性的嗜好は選択可能で変更可能であり、性的指向はそうではないという分類である)から論じていることが明らかです。

彼女の論説がどれだけ一面的で底の浅い議論しか把握してないか、皮肉にも松浦氏と小川氏の対談があることで露呈してしまったと言えます。

自民党の勉強会は、大丈夫なのでしょうか?ごく一部のLGBT活動家による世論煽動に巻き込まれていないでしょうか?

杉田水脈は「生産性」を謝罪、「性的嗜好」も誤りだったと弁明

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杉田水脈議員が『「新潮45」8月号寄稿について』と題する声明文を公開しました。

殺害予告の被疑者が出頭したため、このタイミングになったのでしょう。

そこでは「生産性」発言を謝罪するとともに、『「性的指向・性自認」と書くべきところを「性的嗜好」と表現したこと』が誤りであるという指摘があったとのことです。

法務省の定義としては「性的嗜好」は存在せず、SOGI=性的指向・性自認という定義があり、行政も国連もこの定義を用いていることから、公人である杉田氏が用いる用語法としては「性的嗜好」は不適切であるというのはその通りでしょう。

また、性的指向・性自認と性的嗜好を峻別することはできないものの、同一視することもまた避けるべきであるため、そのような意味と捉えられかねない用語の使い方は反省するべきなんだろうと思います。

月刊Hanada2018年12月号だけじゃなく月刊Willも

小川榮太郎氏も、同性婚制度には反対であることは崩していませんが、性的マイノリティが被っている不利益に対して、何らかの形で除去するような政策を検討することは全否定しているわけではないという旨の発言をしています。

ただ、婚姻制度の本質という原則があった上で、これまでの歴史の中で制度化されてこなかったことを重視して、慎重に検討を重ねなければならない、現在の言論状況はあまりにも拙速である、という立場であるということが明らかにされています。

対談ですので、新潮45のときのような文面とは全く違い、意図するところが明快になっていると思います。

なお、松浦大悟氏の論述は月刊WILL2018年12月号にも掲載されています。

こちらは単独寄稿です。

性的マイノリティにまつわる論考について知見を深めることができると思います。

以上