いわゆる「ヘイト解消法」の立法担当者である自民党の西田昌司、矢倉克夫が審議において答弁していましたが、彼らの発言からは「立法事実」の意味を理解していなかった疑惑があります。
- 立法事実の意味とは
- ヘイトスピーチ解消法の立法事実に関する西田昌司・矢倉克夫の答弁
- 立法事実を社会で現実に発生した具体的事件と捉える不都合
- ヘイトスピーチ解消法の立法事実とは
- 西田昌司、矢倉克夫は「立法事実」の意味を理解していないのでは
立法事実の意味とは
「立法事実とは何か」というとき「法律を制定する場合の基礎を形成し、それを支える事実、すなわち、その法律制定の背景となる一般的な社会的・経済的・科学的事実」であるとよく言われますが、憲法の諸問題―清宮四郎博士退職記念 (1963年)における芦部の論考がもとになっています。
「事実」とありますが「現実に社会で発生した具体的事件」のみを意味しません。
「一般的な」というのは当該事案において一回限りで発生した事象=司法事実ではなく、社会がそのような現実になっているという抽象化された状態を指します。
この説明だけだと何を言ってるのかわからないと思いますのでより具体的に言います。
立法事実とは【法の目的と手段と結果の因果関係の想定】です。
誰でもアクセスできるモノとしては薬事法違憲判決の判示を見れば分かります。
より詳しくは以下でまとめています。
ヘイトスピーチ解消法の立法事実に関する西田昌司・矢倉克夫の答弁
第190回国会 参議院 法務委員会 第8号 平成28年4月19日
○西田昌司君 在留資格無関係というのは、つまり、私が言っているのは、適法に居住している人は当然ここで、日本の国に居住する権利があるわけでございます。しかし、適法でない方は、これは国の法律によって本国に送致されてしまうという形になるわけであります。ですから、法律がしっかり機能していますと、本来不法な方はおられない形になってくるわけなんですね。
今現在またやっているのも、現実問題起こっている立法事実としては、適法に住んでおられる在日コリアンの方々がそういうヘイトスピーチの被害を受けておられると。ですから、そういう立法事実に鑑みこの法律を作っているわけでありまして、もとより、だからといって、先ほどから言っていますように、適法に住んでいない方々にヘイトスピーチをやってもいいとか、そういうことを言っているわけではもちろんございません。中略
○西田昌司君 我々側としましては、今目の前で行われてきたこの在日コリアンの方々に対するヘイトスピーチをいかにして食い止めるかという、そこを立法事実としてこの法律を作ってきたわけでございます。
第190回国会 衆議院 法務委員会 第19号 平成28年5月20日
○矢倉参議院議員 本邦外出身者にまず規定をしている意味なんですけれども、これは理念法であります。理念法であるということはやはり、国民全体の意思としての発言や理念というふうなものをしっかりと表現をする、であるからこそ、どういう共通の事実に基づいて、国民全体が、このような言動は許されないというところの事実が、立法事実としてはやはり大事であるというところはあると思います。
そう考えると、立法事実として今まで考えられていたのが在日朝鮮や韓国の方々、京都朝鮮第一初級学校事件のような、そのような立法事実から考えて、本邦外出身者という言葉を、限定を入れさせていただいたところであります。
ただ、この趣旨は、それ以外の者に対するこのような不当な差別的言動というのが許されるという趣旨ではないということは、理念法のたてつけからもやはり明らかであるというふうに思っております。
第192回国会 参議院 法務委員会 第11号 平成28年12月1日
○西田昌司君 省略
そこで、ただ、一つは立法事実の問題で、ヘイト法の場合には明らかに、今も残念ながらそういうことをする人がいるんですけれども、白昼堂々とそういうことをやっている人間がいるんですけれども、片っ方のこの同和差別については、立法事実としてどういうことを考えておられるのかということなんですね。同和差別が今なおあるということなんですけれども、その辺のところ、簡潔にお答えいただきたいと思います。
第190回国会 参議院 法務委員会 第13号 平成28年5月12日
○西田昌司君 この法案は、先ほどから説明してまいりましたように、いわゆる地域社会に適法に居住する本邦外出身者に対する不当な差別扇動でありまして、米軍の反対運動、基地反対運動とは、全く立法事実としてそういうことは想定しておりません。
西田昌司議員、矢倉克夫議員の答弁からは、いわゆるヘイト解消法【本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律】の立法事実として、京都朝鮮学校事件によって在日韓国・朝鮮人へのヘイトスピーチが行われていたことを指しているのが分かります。
しかし、これはたった1回しか発生していない具体的な社会的事件です。
もちろん、この事件を念頭にしてヘイト解消立法をすること自体を責めることはできませんが、具体的な事件それ自体は立法事実ではなく、単なる立法の「動機」や「きっかけ」に過ぎません。
※ただし、「立法事実を補助的に基礎づける」「立法事実の一部を構成する」と言うことは可能
それらと本来の「立法事実」がごちゃ混ぜに理解されているような気がします。
どうも、「立法事実」という単語が現れた国会議事録を見ていると、勘違いしている(理解が不十分)国会議員が多いと思われます。
少なくとも「具体的な事件が無ければ立法事実は無いと言える」は明確に誤りですし、「具体的な事件があるのだから立法事実はある」とは必ずしも言えないのです。
立法事実を社会で現実に発生した具体的事件と捉える不都合
立法事実を社会で現実に発生した具体的事件そのものと捉えると不都合が生じます。
※具体的事件も「立法事実を補助的に基礎づける・一部を構成する」と言うことは可能(参考)だし、それらの事件が多数積み重なって抽象化された総体としては立法事実そのものと言える
- 既成事実をでっち上げてしまえば規制できてしまう
- 具体的事件が起こってからしか立法できないので後手後手になる
京都朝鮮学校ヘイト事件(「襲撃」事件とも言われるが、敷地内に入ったわけではない)は在特会という一団体が引き起こした1回限りの事件ですが、たとえばそういう行為をするように団体を金で動かすことができれば「立法事実」ができてしまうことになります。
また、具体的な事件が起こって認知されてからでないと「立法事実が無い」ということになり、後手後手の対応になります。
たとえば、「外患誘致罪」を構成する社会的な事件は発生していませんが、現行刑法にしっかりと規定されています。これが立法事実が無いとされることは将来的にも無いでしょう。
ヘイトスピーチ解消法の立法事実とは
では、ヘイトスピーチ解消法の立法事実とは何かと言えば、立案者が念頭に置いた目的と手段と結果の因果関係の想定をまずは考えることになります。
ヘイト解消法の規定を見れば、「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消」が目的です。
そのための手段として「本邦外出身者に対する不当な差別的言動は許されないという理念を定め、及び国等の責務を明らかにし、基本的施策を定め」ています。
そして、それによって不当な差別的言動が解消方向に向かう(因果関係が想定される)ということはおそらく裁判所も認定するでしょう。
「日本人(より正確には日本属性者)に対するヘイトは許されないというのはヘイト解消法の立法事実には無い」などと言われるのはこうした理由からです。
しかし、立法前の段階において「日本属性者に対するヘイトは立法事実が無い」などと言うことはできないハズです。
また、ヘイト解消法が成立した後であっても、日本属性者に対するヘイトを解消する立法をすることは妨げられていません。
さらに、全国の自治体の条例において現行のヘイト解消法をベースに条例制定をするべき必然性はありません。傍証として、大阪市のヘイト規制条例はヘイト解消法よりも先に可決・成立しているのです。
そのため、大阪市のヘイトスピーチの定義は、国のヘイト解消法の本邦外出身者に対する不当な差別的言動とは異なる文言になっており、日本人へのヘイトスピーチも対象になっているとQ&Aで明記されています。
※なお、日本人といっても「本邦外出身者属性を有する日本人」のみが対象であって(例えば にしゃんた氏や大坂なおみ選手など)、純日本人が対象になっていないのではないかという懸念は理屈上は残っている。
西田昌司、矢倉克夫は「立法事実」の意味を理解していないのでは
「立法事実」を検索語にして国会議事録を漁ると平成10年以降に幾何級数的に増加しているのが分かります。
その中でも「具体的な事件」そのものを指して立法事実と呼ぶような「立法事実」の理解が危うい者が散見されます。
議事録を見ていると、いわゆるヘイト解消法の立案者である西田昌司、矢倉克夫は、「立法事実」の意味を理解していないままに日本属性者に対するヘイトを捕捉しないアンバランスな法律を作ったとしか思えません。
※参議院法案提出者としては愛知治郎も含む。また、議論の沿革としては前国会に野党法案として実質審議した法案があり、魚住裕一郎、有田芳生、三宅伸吾、仁比聡平らも広く立法に関わった者に含まれている。この中で立法事実について正しく理解していると思われるのは共産党の仁比聡平くらいしか居ない。
以上