事実を整える

Nathan(ねーさん) 法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。

学校の健康診断・内科検診で脱衣上裸にする必要性とSNSデマ・メディアの科学軽視

不見識な者の主張より専門家や学会の科学的根拠を知ろう

横浜市の小学校で内科検診時の脱衣を批判する投稿がバズる

令和5年5月下旬、横浜市内の小学校における内科検診時の脱衣に対して批判をする投稿がバズりました。その発端がこのX(旧Twitter)の投稿です。

この者による発信は、事実関係と事実認識に誤りが相当含まれています。

本稿後半には内科検診における専門家の知見も紹介します。

「文科省の指針に反して」おらず「保護者への事前説明なし」もデマ

本件を扱った神奈川新聞には重要な事実が掲載されています。

児童は事前に「心臓の音や背骨の様子を見るために上半身の服を脱ぐ」と説明を受けていた」「検診を行った保健室は、脱衣、診察、着替えの空間に区切られ、周囲には裸を見られない配慮をしていたとし、女児の診察には女性の看護師も同席していた」という説明があったと報じています。

記事中の画像にある事前に示された保護者向けの説明文では、「心音、皮膚の状態や側わん症などがないかを検査します」「当日は体操着を着用」とも書いてあります*1

この事前説明に反した運用が学校で行われていたという事は神奈川新聞の記事では一切書かれていません。

したがって、保護者への事前説明もなく」という点はデマだったということです。*2

「文科省の指針に反した健康診断」の事実も認識も示されてはいない

これらの運用のどこに「文科省の指針に反している」要素があったのでしょうか?そもそも「文科省の指針」では上裸で診察することを排除しているわけではありません。

児童生徒等のプライバシーや心情に配慮した健康診断実施のための環境整備について(通知)

2.検査・診察時の服装について
 検査・診察時の服装については、正確な検査・診察に支障のない範囲で、原則、体操服や下着等の着衣、又はタオル等により身体を覆い、児童生徒等のプライバシーや心情に配慮する。

 また、検査・診察の場面においては、正確な検査・診察のため、必要に応じて、医師が、体操服・下着やタオル等をめくって視触診したり、体操服・下着やタオル等の下から聴診器を入れたりする場合があることについて、児童生徒等や保護者に対して事前に説明を行う。

本通知においても、本件で診察の主眼とされている脊柱側弯症に関しては以下のように図では上裸のものが描かれています。

文科省の指針:内科検診・健康診断と脱衣上裸

この文科省通知については誤解が生じ得るためにわざわざ日本医師会が趣旨説明を行っています。

学校健康診断に関する文部科学省通知について解説 | 日医on-line

 次に、マスコミによる報道について触れ、本問題に関心を持ってもらえること自体はありがたいものの、「原則着衣で」という表現には注意が必要との考えを示し、「"普通に服を着ていればよく、学校医に診てもらう時も服を着たままで問題ない"との誤解を招いてしまう懸念がある」と述べ、体操服・下着等、またはタオル等といった着脱しやすい衣類を身に付けて準備してもらい、実際に学校医が身体を診る場合には、診断に必要な部位を示してもらうという趣旨であることを解説。「具体的なやり方について、あらかじめ児童生徒が分かっていれば、心配が軽減されるとともに、(学校医も)健康診断をやりやすくなり、その精度も確保される」とした。

本件に関して「指針に反した」とする主張には事実認識の誤認のほか、この文科省通知の理解の誤りも含まれていたということです。

5月28日の横浜市会でも本件について質疑が行われていましたが、教育長の答弁においても「文科省通知の違反・逸脱」という認識は見られませんでした*3*4*5

「抗議で指針通りに対応変更」の報道無し:横浜市教育委員会の見解

小学校の健康診断で女児を上半身裸に、学校の対応が物議 横浜市教育委員会は「各学校には通知しております」 | 週刊女性PRIME

 横浜市教育委員会に対し、実際にこの投稿のような事実があったのかどうかを確認したところ、

「上半身裸で検診を行ったという話は聞いております。一方、それで泣き出す児童がいた、抗議があったという話は現状、聞いておりません」

 上半身裸で検診を行うことについて質問すると、

「正確な検査、検診をするために必要なことであれば、上半身裸で行うこともありうると考えております。一方で、プライバシーや心情への配慮の面もございますので、着替えの場所には衝立を用意し、検診を行う場所には1人しか入れないようにしたり、女性の看護師さんもついていただいたりといったことも行っております。

 また、健康診断で上半身の衣類を脱ぐということを、事前に子どもたちや保護者にお知らせをしております。

 正確な検査、検診をするということの大切さと心情とプライバシーへの配慮するようにということは各学校に依頼し、そのうえで学校医さんときちんと打合せをし、実施方法に共通認識を持っていただき、子どもたちや保護者に理解を得てもらうようにと、各学校には通知しております」(横浜市教育委員会)

なお、「学校で泣く女児」「学校へ抗議があった」「抗議で指針通りに対応変更した」という言説については、これまでの報道ではその事実はまったく書かれていません。

これについては些末な細かい事実関係なのでどうでもいいのですが、少なくとも横浜市教育委員会への取材を経た記事からは「抗議を受けたその結果、指針(通知)に反した・逸脱した運用から指針通りに対応を変更した」という事実は無いと言えます。

未熟な子供の非合理的な感情に対して社会が医学上の必要を教えるべき

一方、PTA関係者によると、帰宅後に「健診で脱衣するのが嫌だった」と保護者に訴える女児もいたという。同校に通う女児の母親は「病院では服の上から聴診器を当てているのに、健診で上半身裸になることに抵抗感を持つ子どもがいるのは当然だと思う。不安になった児童にも脱衣を求めるのは、子どもの人権を考慮していないのでは」と不満を語った。

@kentarotakahashに取材を申し込んだ毎日新聞デジタルも本件を記事化しています。

しかし、未熟な子供の非合理的な感情に対して大人と社会が医学上の必要を教えるべきでしょう。毎日新聞記事の中ですら、以下の専門家の指摘があります。

学校医の経験があり、学校保健に詳しい川村孝・京都大名誉教授は「呼吸を2~3秒止めてもらえれば、体操着やシャツの上から心音は確認できるが、きぬ擦れの音が入りやすく、呼吸音の十分な診断は難しい」と指摘。一方、検査項目である、脊柱(せきちゅう)がねじれを伴って左右に曲がる脊柱側湾症については「体操着を着て立ったまま前屈してもらえれば後ろから顕著なゆがみは確認できる」とした。「学校健診は限られた条件で(異常を)スクリーニングするもの。予防医療は苦痛がないことが大事。医学的理想を追わず、安心と快適さを優先すべきだろう」との見方を示す。

ただ、最後の部分は妙な見解が示されています。

こうした専門家の発言の聞き取り記事は、発言内容が都合よく組み立てられて意図とは異なったものとして伝えられることもあるために要注意です。

その上「学校の健康診断で着衣でない運用に不満」という話は定期的にSNSに登場し、それをメディアが論調をなぞる形で記事を出すということが行われているようです。

脊柱側弯症等の発見率など上裸にする科学的根拠と着衣の問題を指摘する専門家

では、学会レベルではどういうコンセンサスがとられているのでしょうか?

学校健康診断における側弯症検診に関する見解 令和6年5月 一般社団法人日本側彎症学会

奇しくも今年の5月13日に発出された日本側彎症学会のこの見解は、令和3年2月9日に閣議決定された成育医療等基本方針には、「学童期における側弯症などの疾病を学校検診で早期に発見し、支援に繋げていく」という記載が盛り込まれたと指摘。以下にリンクを置いておきます。

成育医療等の提供に関する施策の総合的な推進に関する基本的な方針

成育医療等基本方針に基づく評価指標及び計画策定指針について(令和5年3月31日)(子発0331第18号)*6

その上で、「機器を用いた検診は体表の非対称の変形をより客観的に評価できる利点がありますが、正確な評価には背部の露出が必須です」「精度が高い機器を用いた検診でも100%の精度は保証できず、最終的には専門の医師がⅩ線撮影画像等で確認しなければならない場合があることも事実」「側弯症学校検診の医学的意義を皆様にご理解いただき、可能な限り精度が高い検診を実施するためには、背中と腰を露出した状態での評価」が医学的には必要」と断言しています。

さらには着衣状況での側彎症検診からの疑い率についての論文があります。

側弯症検診・検診環境(着衣状況)からの疑い率 吉直正俊 島根医学第38巻第3号43~48頁(2018)

「体操服」 での検診は特に女子において受診推奨率が極めて低値であり, 不適当であることが明確になった。 そして, 現行の内科医・小児科医主体の側弯症検診でも, 適切な着衣状況であれば, その疑い率は妥当性を持つことが分かった。

学校関係者および学校医は 「脱ぐ」 ことのメリットを強調する必要がある。 それは, 低学年からの「検診における脱衣の受容文化」 の構築とも言える。 そのためには検診環境の改善-衣類の脱ぎ着時のプライバシー確保への設備投資が前提となる。

本論文でも学会の見解でも、プライバシーの確保と理解を得る必要性には触れていますが、それは理解しようとない者への追従・慣れあい・屈服ではなく、科学的妥当性の周知に努める手続の延長として捉えるべきでしょう。

まとめ:学校の健康診断・内科検診で脱衣上裸にする必要性とSNSとメディアの科学軽視

病気・障害や虐待の発見が為されない・遅れるという事態になれば、それはまさに子供の人権問題です。人権を護るために科学・医学がある。

非合理な言説を振りまく者、それをSNSで拡散する者とメディアの合作によるお気持ち重視の社会・科学軽視の社会への誘導に負けないようにするべきではないでしょうか。

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*1:https://x.com/hansodemayuge/status/1794350245192823235

*2:SNS拡散の発端となった@kentarotakahashによれば「すぐーる」というアプリで配信された保険だよりに書かれていた、とあり、書かれていたことを認識していました。ところが、この者は保険だよりは普通は保護者は見てない、重要なものは「学校だより」で周知すべきで、文科省指針に反している、などと強弁していることから、意図的に「事前説明もなく」と言っていることが明らかです。

*3:2024.5.28 本会議 第3日 一般質問 柏原議員(鶴見区・維新) 『横浜市会 令和6年第2回定例会』 - YouTube

*4:2024.5.28 本会議 第3日 一般質問 大野議員(港北区・トモ) ※途切れあり 『横浜市会 令和6年第2回定例会』 - YouTube

*5:https://x.com/kurineko235/status/1795613714001100887

*6:https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00tc7584&dataType=1&pageNo=1