「犯人」が別にいた
- 事業者内部の外部公益通報者の探索予防措置
- 公益通報者保護法と法11条に基づく法定指針のズレ
- 法文と公益通報者保護専門調査会委員の理解は1号通報の場面
- 消費者庁の逐条解説も内部公益通報に関する事のみ書いてるとしか読めない
- 指針検討会も当初は内部公益通報のみであるという理解だった
- 「ただ指針(とその解説)に書いてあるから」以上の理由は無い
- 公益通報者の保護の趣旨から、事業者内部の外部通報者保護は導かれても良い
事業者内部の外部公益通報者の探索予防措置
兵庫県の斉藤知事が、県民局長が告発文書の配布をした事等に基づいて懲戒処分をした事案で、公益通報者保護制度の観点から手続が正当だったのかが論点になっています。
本件は令和6年3月時点では内部通報は存在せず、外部通報として扱われ得るにすぎませんでした。*1
3月20日時点で、事業者(本件では兵庫県)内部の者が外部公益通報をしたと把握した場合(していると思われる場合)、公益通報者保護制度において定められている、通報者を特定する行為=探索を予防する措置を取らなかったことが問題視されています。
兵庫県斉藤知事側は「文書配布が「不正の目的」によって行われているために公益通報に当たらない」と考えているようですが、知事側が文書を把握した段階での手続として、公益通報に当たらないという判断をして探索をしても良いのか?事業者内部の外部通報者は法定指針の探索防止義務の定めの対象外か?探索防止義務は「公益通報者を特定した上でなければ必要性の高い調査が実施できないなどのやむを得ない場合」には除外されているところ、匿名通報であったこと等の事情がある兵庫県の事案ではこれが妥当するか?
といった論点が生じました。簡潔にまとめると以下になります。
- 公益通報ではない?
- 事業者内部の外部通報者は探索防止義務の法規範の対象外?
- 探索防止義務の例外?
なぜこのような喧噪が生じたのか?その一つの「犯人」と言えるモノがあります。
【公益通報者保護法と法11条の法定指針のズレ】
敢えて踏み込んだ言い方をすると
【改正法立法時の議論及び法文と矛盾する法定指針】です。*2
公益通報者保護法と法11条に基づく法定指針のズレ
公益通報者保護法第 11 条第1項及び第2項の規定に基づき事業者がとるべき措置に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針 令和3年8月 20 日内閣府告示第 118 号
公益通報者保護法に基づく指針(令和3年内閣府告示第 118 号)の解説 令和3年10月 消費者庁
事業者内部の外部通報者に対する探索防止義務を指針が対象にしている、と理解できることの根拠は、指針の解説のこの部分の記述になると言えます。*3*4
しかし、公益通報者保護法は以下書いています。
第三章 事業者がとるべき措置等
(事業者がとるべき措置)第十一条 事業者は、第三条第一号及び第六条第一号に定める公益通報を受け、並びに当該公益通報に係る通報対象事実の調査をし、及びその是正に必要な措置をとる業務(次条において「公益通報対応業務」という。)に従事する者(次条において「公益通報対応業務従事者」という。)を定めなければならない。
2 事業者は、前項に定めるもののほか、公益通報者の保護を図るとともに、公益通報の内容の活用により国民の生命、身体、財産その他の利益の保護に関わる法令の規定の遵守を図るため、第三条第一号及び第六条第一号に定める公益通報に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の必要な措置をとらなければならない。
法文では「適切に対応するために必要な体制の整備その他の必要な措置」は、内部公益通報、いわゆる1号通報の話であるとハッキリと書いています。
その前に書かれている「公益通報者の保護を図るとともに、公益通報の内容の活用により国民の生命、身体、財産その他の利益の保護に関わる法令の規定の遵守を図るため」は、措置をとる目的についての話であると解するのが通常の理解です。
が、指針は「公益通報者の保護を図る措置」が「第三条第一号及び第六条第一号に定める公益通報に応じた措置」とは独立のものとして書かれていることになります。
実は、この事は公益通報者保護法改正法の立法時には想定されていませんでした。
法文と公益通報者保護専門調査会委員の理解は1号通報の場面
令和2年の法改正の議論をしていた公益通報者保護専門調査会の座長であった山本隆司教授や水町勇一郎教授が著者に加わっている本書の第1版の記述が証拠になっています。
本書は令和3年=2021年6月30日付で出版されており、【公益通報者保護法に基づく指針等に関する検討会】の報告書が4月に出た後のものですが、指針と指針の解釈が発出されるのは同年8月以降なので、指針の記述を参照したわけではなく、純粋に公益通報者保護法の解釈を示したものと言えます。
現在では第2版では妥当しない記述も含めて紹介するので注意してください。
本書の第2編の逐条解説は中野真弁護士が担当していますが、法11条の指針に関する解説として「公益通報者を保護する措置」の項では以下の記述があります。
1号通報の密行性を確保することは1号通報を促すための生命線であり…公益通報者特定情報が必要な範囲を超えて共有されないという安心感を労働者等に持たせることが必要である。そのため、従事者以外の者からの範囲外共有および公益通報をした者を特定しようとする行為(以下「通報者の探索」という。範囲外共有および通報者の探索を「範囲外共有等」という)を行うことを防止する措置をとることが必要である。
~中略~
…自分が通報したことを知られないようにすることも、1号通報を促すにあたっては有用である。
実際に範囲外共有等を行わないことは前提として不可欠ではあるが、それと同程度に、1号通報をしても範囲外共有をされないという労働者等からの「見た目」も重要であり、そのような見た目も確保する措置をとることが必要である。
「1号通報」を促すことに主眼があるという書きぶりになっています。
遡って法11条2項の事業者の義務については、以下の記述となっています。
この「必要な体制の整備その他の必要な措置」については、前提として、「第三条一号及び第六条第一号に定める公益通報に」とあることから、法11条1項と同様に、公益通報のうち1号通報に対応するための体制整備に限定されている。
まず、「公益通報者の保護」のための措置が必要であり、公益通報を理由とした不利益な取扱いを防止するための措置、公益通報者特定情報を必要最小限の範囲を超えて共有すること(以下「範囲外共有」という)を防止するための措置が必要である。
「必要な体制の整備」と「その他の必要な措置」を一体として把握しており、その中で「公益通報者の保護」措置として範囲外共有防止措置があるとしています。
このように、第1版では、法11条の指針は1号通報、内部公益通報についての定めであるということが全面に出されて書かれていることが分かります。
ところが
翌年に出された第2版では*5、指針と指針の解釈の発出を受けて内容が大幅に変化しました。
上掲引用部分からは「1号通報」という文字は消え、脚注には「必要な体制の整備」と「その他の必要な措置」が厳密には分けられる、という理解が加わり、さらには範囲外共有防止措置として探索防止義務に触れた箇所では*6、『「処分等の権限を有する行政機関」や「その者に対し当該通報対象事実を通報することがその発生又はこれによる被害の拡大を防止するために必要であると認められる者」に対して公益通報をする者についても、同様に不利益な取扱いが防止される必要があるほか、範囲外共有や通報者の探索も防止される必要がある』という、指針検討会報告書の脚注や指針の解釈に書かれていた内容が付加されていました。
消費者庁の逐条解説も内部公益通報に関する事のみ書いてるとしか読めない
イ 内部公益通報対応体制の整備義務
事業者は、公益通報者の保護を図るとともに、公益通報の内容の活用により国民の生命、身体、財産その他の利益の保護に関わる法令の規定の遵守を図るため、法第3条第1号及び第6条第1号に定める公益通報に応じ、適切に対応するために必要な体制(内部公益通報対応体制)の整備その他の必要な措置をとらなければならない(本条第2項)。
⑵ 法定指針及び指針の解説の概要
法定指針は、法第11条第1項に規定する公益通報対応業務従事者の定め及び同条第2項に規定する内部公益通報対応体制の整備その他の必要な措置に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な事項を定めたものである。
消費者庁による公益通報者保護法逐条解説も、法11条の義務は内部公益通報体制に関するものであるとしか読めないものになっており、ここに事業者内の者が外部通報をした場合が含まれていると、法文や文章から「解釈」によって導き出すことは不可能です。
指針検討会も当初は内部公益通報のみであるという理解だった
【公益通報者保護法に基づく指針等に関する検討会】では、第3回までの資料には「※指針の対象となる通報は「事業者内部」への「公益通報」に限られており、その他の通報は本指針の対象とはならない」と明記されていました。
それが、第4回の報告書案の段階になって、「内部公益通報に限定されるものではない」という事が脚注に書かれるようになりました。なぜこのように方針が大きく変わったのか?については、議事要旨を見てもよくわかりません。
報告書では指針の解説にあった、「処分等の権限を有する行政機関やその者に対し当該通報対象事実を通報することがその発生又はこれによる被害の拡大を防止するために必要であると認められる者に対して公益通報をする者についても、同様に不利益な取扱いが防止される必要があるほか、範囲外共有や通報者の探索も防止される必要がある。 」という記述が脚注に書かれています。
このように、改正法立法時の議論及び法文では、内部公益通報に関する記述であった法11条が、指針の議論の当初はそれを踏襲していたのに、ある段階から突然、内部公益通報に限られない事項として「公益通報者の保護」が事業者の義務として作られた、という経緯が存在しているということです。
「ただ指針(とその解説)に書いてあるから」以上の理由は無い
内部通報に限定されない「公益通報者の保護」が法11条2項の「その他の必要な措置」であると解釈することで導ける、という主張が見られます。
しかしこれは、指針が作られた後にどの文言に該当するかを「振り分けた」結果であり、法解釈から導けるものではなく、「ただ指針の解説に書いてあるから」以上の理由はありません。
「公益通報者の保護を図るとともに…図るため」は、目的と理解するのが通常の理解であり、他の法律上で「…図るとともに…図る」としているものをe-govで検索しましたが、この理解から外れた用法と思われるものは見つかりませんでした。
ところが、指針では「公益通報者の保護」というものが【第4 内部公益通報対応体制の整備その他の必要な措置(法第 11 条第2項関係)】の下位構造に位置した上で記載されているにも関わらず、実際には2号3号通報をした事業者内部者に関しても述べているものとして作成されています。
法律の文言からは、「保護を図る措置」を設けるなら、他に「国民の生命、身体、財産その他の利益の保護に関わる法令の規定の遵守を図る措置」に相当するものが別途指針に記載されていないと変です。実際、上掲画像で示した通り、中野弁護士はそのように整理していました。
指針上でも、「部門横断的な公益通報対応業務」と「公益通報者を保護」について「体制の整備として、次の措置」と書かれており、「内部公益通報対応体制を実効的に機能させるための措置」は第4の3の項目に置かれ、本来、「その他の必要な措置」として妥当するのはこの3つ目でしょう。
なので、法文⇒逐条解説⇒指針という順番で見ていくと、その文言の通常の理解で導ける話ではない。それは法文の立法者による理解や通常の解釈の仕方からはかけ離れた理解になっており、更には指針で自らの文章構造からは齟齬が生じる記載がある状態になっています。
このような法制度の作成プロセスはまったく不適切だということは論を待たないでしょう。当該部分は、事業者に義務を負わせる規制項目であり、内閣総理大臣が報告の徴収並びに助言、指導及び勧告を求めることができ、違反があると認めるときは事業者名の公表までできるものです。
「公益通報者」の保護のために設けているはずの公益通報者保護法やその指針が、外部通報者に対する一定の保護がカバーされないという理解を生む現状、そのようにしか理解できないことから違反があったとされた場合の不利益、確認のための事業者や官僚のリソースの浪費を過小評価しているように見えます。
公益通報者の保護の趣旨から、事業者内部の外部通報者保護は導かれても良い
もっとも、探索防止などの事業者内部の外部通報者保護の措置は、法の背景・根幹にある「公益通報者の保護」の趣旨から自然と導かれても良いと思います。ただ、義務とするならば現状の記述では不当です。
では、本件において通報者を特定する行為=探索を予防する措置を取らなかったことは、不適切だったのか?
そうではないと言える余地は大きいと思われます。
内容が怪文書に過ぎないために報道機関や警察も公益通報として扱ってこなかったことなどが各所で言及されていますが、別稿で改めて詳述します。
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*2:この事は、兵庫県側の弁護士らの認識に影響したと思われる⇒斎藤元彦兵庫県知事 NHK出演も質疑かみ合わず 実績誇示にキャスターから制止 告発者捜しは「法の課題にも」ベストの対応主張/芸能/デイリースポーツ onlineでは、斎藤知事が「公益通報保護法や指針に対しての課題にもなる」と発言していたと報じている。
*3:指針第4の2を虚心坦懐に読めば、「公益通報者」には内部公益通報をした者と言う限定がかかっておらず、指針の冒頭で法2条1項の通報をした者と定義しているので、その観点からは納得の記述と言えるが、ならば敢えてここで触れる必要性に疑問が出てくる
*4:指針の解説の当該部分は指針の解釈として書かれている。指針の解説には指針を超えた「推奨事項」も書かれているが、それとははっきりと別建てになっている。
*5:法改正が無いのにこのスパンで逐条解説本の第2版が出されるのは異例
*6:第2版258頁