国立市マンション訴訟とは、①平成11年~13年に、当時の国立市長であった上原公子が景観利益を保護するとの名目の下、明和地所が建設するマンションの高層化を防ぐために行った種々の行為が違法とされ、②さらに市長であった上原個人が賠償責任を負うことになった事案です。
ここでは裁判所で認定された上原公子が行った「妨害行為」がどういうものだったのかを紹介します。
明和地所と上原公子のその後
先に顛末をざっくりお伝えします。
明和地所はマンションが係争物件となって運用できなくなった結果、現実に被った被害額は数十億円とも言われていました。
その中で明和地所は4億円の損害賠償請求を国立市に行い平成20年3月11日に最高裁で勝訴しますが、遅延損害金含めて3000万円余しか損害が認定されませんでした。
しかし、明和地所はこの3000万円余の支払を受けた後に、同額を国立市に寄附します。(実はこれに先立って国立市から明和地所に債権放棄の打診があったが拒否している)
明和地所は「訴訟の目的は金銭ではなく会社の活動の正当性を明らかにすること…寄付は教育、福祉の施策に充てて欲しい」と取材で述べました。
この後に住民から国立市に対して、支払った金額を上原公子に「請求することを求める請求」を申立てました(住民の税金からの出費のため求償権を行使しろということ)
東京地裁で国立市が敗訴し、平成23年5月30日に市長交代を機に控訴取り下げをしたことで判決が確定しました。これで国立市は上原個人に損害賠償請求をする義務が発生しました。
この後、国立市議会で国立市の上原への債権を放棄する旨の議案が可決され、東京地裁はこの状態で請求を続けるのは「信義則に反する」として国立市が敗訴しました。
ところが、選挙で議会議員の構成が変ったことで債権放棄はしないということになり、平成27年12月22日の東京高裁判決で国立市が勝訴し、これが確定判決となりました。
上原公子に課せられた賠償金は遅延損害金も含めて約4500万円に上りましたが、カンパが集まったことで全額返済されています。
上原公子の妨害行為
東京高等裁判所平成26年(ネ)第5388号 損害賠償請求控訴事件 平成27年12月22日から抜粋します。固有名詞部分は改変しています。
第一行為~第四行為が認定されています。
第一行為:内部情報暴露により反対運動のきっかけを作った
- いまだ業界の噂程度にすぎなかった段階で、内部的な情報である明和地所の建築計画をマンション建設に反対する住民集会に集まった不特定多数の前でその事実を話した
- その目的はマンション建設を妨害するために,これに反対する住民運動が起こることを企図するものであった
- 上原市長のこの発言が反対運動のきっかけとなった
「行政の公平性に反するものである上,市長の本来の職務を逸脱したものであって,手段としての社会的相当性を欠くもの」として違法と認定されました。
内部情報を外部に漏らしている時点で相当ヤバいということを認識しないといけません。
第二行為:執拗な行政指導
- 上原市長は明和地所に対して「改正予定の新しい指導要綱に基づく事前協議を行う」との文書を送付した(行政指導)
- 明和地所がこれに従わないため、建築予定マンションの高さを低くさせるため、事後法的な条例制定で規制しようとした
- 上原市長は、条例を早期に成立させるため,平成12年1月28日と同月31日に臨時市議会を招集。平成12年1月31日の国立市議会において議長及び副議長が開会宣言をしない中、出席議員において臨時議長により開会を宣言し、選出された仮議長によって議事を進行し、本件条例の条例案を可決し、仮議長において本件条例を被控訴人に送付した
明和地所は条例改正前の法令に従って建築確認を得ていたのに、規制条例を後から作って狙い撃ち規制をかけようとしたということです。
しかし、この条例制定自体は都市計画法に基づき、市長ではなく議会の議決によるものであったため手続的瑕疵は無く、職務上の義務違反となるものではないとされました。
ただ、東京高裁は行政指導によって執拗にマンション建築の進行をやめるよう求めたことは職務上の義務違反となる余地があったとしています。
第三行為:議会での誤った判例理解の答弁
東京高等裁判所平成26年(ネ)第5388号 損害賠償請求控訴事件 平成27年12月22日 ※固有名詞は改変
上原元市長は、平成13年3月6日,国立市議会第1回定例会における一般質問に対する答弁として,平成12年の東京高裁決定を根拠に,本件建物が本件条例に違反する違法なものである旨の認識を述べ,同月29日の同定例会においても同旨の答弁をしたこと
ここで問題になっている東京高裁決定の判断は「建築禁止仮処分の申立てを却下すべきであるとした保全訴訟における下級審の決定の理由中の判断にすぎず」と言われている通り、一般的に通用する規範となる判示部分ではなく、平成12年のまったく別の事案におけるその事案限りの判断理由でしかなかったということです。
そして、そうであることは市長の立場にある者であるならば容易に分かるのであって、「マンション建設が違法であるとする司法判断がされていることを注釈なしに引用してこれが違法な建築物であるとの印象を与えることを意図して答弁したものと認めるのが相当である」とされました。
第四行為:妨害行為を要請・公言し、報道される
- 上原市長は平成11年12月27日、テレビ朝日の報道番組におけるインタビューにおいて、マンションを「建てさせないための手段を,市が持ってるものを使っていろいろ講じていく」「例えば下水をつながないとか。ま,可能性としてはそういうこと考えられますけど」などと発言し、これがテレビで放映された
- 上原市長は平成12年12月27日、建築指導事務所長に対し、本件建物(マンション)に関する平成12年の東京高裁決定を尊重した指導を求める旨の文書を送付した
- 上原市長は、東京都知事に対し、住民らが建築指導事務所長らを被告として東京地方裁判所に提起した本件建物の除去命令等を求める行政事件訴訟の結論が出るまで、本件建物のうち、高さが20mを超える部分について、電気及びガス供給申込み承諾の保留を電気事業者及びガス事業者に要請すること、並びに控訴人が受託している水道の供給について、上記部分についての給水の申込みの承諾の保留を承認するよう働き掛け、このことが翌日の新聞で報道された
- 上原市長は、平成13年12月20日、マンション建設に反対する住民らと共に東京都多摩西部建築指導事務所を訪れ、建築指導事務所長に対し、本件建物に係る検査済証の交付について抗議をし、このことが新聞で報道された
マンションを購入しようと検討している明和地所の顧客が「ライフラインが繋がれないおそれがある」という情報を聞いたらどうなるか?
裁判所はこの影響が営業妨害であるとして上記行為を不法行為であると認定しました。
市長権限とまったく関係の無い行為まで市長の名で行って圧力をかけたり、適法に交付された検査済証に抗議したりするなど、およそ考えられない行動ですね。
明和地所の寄附行為を利用した上原公子の主張
その他、上原元市長は一審の東京地方裁判所平成23年(ワ)第40981号 損害賠償請求事件において、「国立市が明和地所から寄付を受けたから市の損害は補填されており、損益相殺が認められるべきである」という旨の主張をしていました。
法的主張としては当然行う主張でしょうが、普通に見ると明和地所の好意を利用した「ゲスの極み」でしかないと思います。
東京高裁はこの主張も退けています。
東京高等裁判所平成26年(ネ)第5388号 損害賠償請求控訴事件平成27年12月22日 ※固有名詞は改変
本件寄附は,国立市による本件損害賠償金の支払を契機としてされたものであり,本件損害賠償金(遅延損害金を含む。)と同額のものではある。しかし,明和地所は,国立市からの債権放棄の打診に対し,これを明示的に拒否し,本件損害賠償金を受領したことを前提とした上で,改めて,国立市民のための教育・福祉の施策の充実に充てて欲しい旨の寄付金申出書を提出して本件寄附をしていること,国立市側も,本件損害賠償金の返還ではなく,一般寄附として受け入れたものであることに照らすと,本件寄附をもって,国立市の本件損害賠償金の填補とみることは困難である。また,本件寄附がされた経緯に照らし,本件寄附は明和地所が本件建物建築に関連した一連の紛争により低下した企業イメージを回復するための営業判断としてされたことがうかがわれ,本件損害賠償金の支出による国立市の損失と本件寄附との間に,いわゆる損益相殺を相当とする因果関係があるともいうことはできない。そうすると,本件求償権は,本件寄附によって消滅するものではなく,損害填補又は損益相殺によって本件求償権が消滅している旨の上原元市長の主張は採用することができない。
冒頭のざっくりとした顛末でも触れましたが、仮に国立市からの債権放棄の打診を明和地所が承諾していたら、損害は発生していないことになるので、結果は変っていたことでしょう。
小池百合子東京都知事はどうなるか?
現在、小池百合子東京都知事も、豊洲移転延期判断に関して、生田よしかつさんらが提起した住民訴訟の対象になっています。
こちらは東京都が小池個人に求償権行使をしているのではなく、住民が直接、小池個人に請求するようになっているようです(詳しいことが分かったら追記します)
生田さんらは豊洲市場の運営費のみを請求していましたが、今後は(本来不要であるはずだった)補修費等も請求する予定であると発言しています。その総額は数十億円をくだりません。
上原公子の事案と比べると、どうしても金額以外は「見劣り」する小池百合子の豊洲移転延期判断ですが、首長としての行為に対して個人が損害賠償責任を負った事例として参考になるのは間違いありません。
以上