事実を整える

Nathan(ねーさん) 法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。リンク切れに備えて魚拓を活用しています。

草津町の時間湯における湯長制度を黒岩町長が廃止の方針:医師法上の医療行為と問診

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草津町の伝統である時間湯の湯長の制度を廃止するという報道がなされました。

医師法違反の可能性があるからという理由のようですが、ちょっと変な判断だと思うので、関連する法規と判例を整理していきます。

草津町の時間湯と湯長

草津温泉 伝統の「時間湯」指導役の「湯長」廃止へ 来年度から|社会・話題|上毛新聞ニュース

草津温泉「湯長」を廃止へ 町長「医師法違反の可能性」:朝日新聞デジタル

  1. 湯長が湯治客の健康状態を判断することが医師法違反の可能性
  2. 湯長は指定管理者の草津観光公社の臨時職員
  3. 町は指定管理契約が満了となる2020年3月末で契約打切りの考え
  4. 時間湯の料金を無料にし、事前申請制で入浴する方針
  5. 後に議会で説明をする方針

事情をまとめると上記になります。

湯長の行為は医師法違反になるのでしょうか?

最初に医師法を確認します。

医師法上の医業(医療行為)の定義とは

第十七条 医師でなければ、医業をなしてはならない。

第三十三条 次の各号のいずれかに該当する者は、三年以下の懲役若しくは百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
一  第十七条の規定に違反した者

医業とは、業として、医行為(医療行為)を行うこと。

医療行為とは、当該行為を行うに当たり、医師の医学的判断及び技術をもってするのでなければ人体に危害 を及ぼし、又は危害を及ぼすおそれのある行為を、反復継続する意思をもって行うことという厚生労働省医政局長の通知があります。

医療行為になるかの基準は法律にはなく、判例によって医療行為であるか否かが判断されてきました。定義が定まっていないのは、医学の進歩につれて医業の内容が不断に変化する可能性を考慮して敢えて規定していないと思われています。

本件においては「問診」に該当するかがダイレクトに問題になると思われますので以下見ていきます。

医師法上の「問診」の定義とは

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https://www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/kaikaku/dai7/siryou6.pdf

第二十条 医師は、自ら診察しないで治療をし、若しくは診断書若しくは処方せんを交付し、自ら出産に立ち会わないで出生証明書若しくは死産証書を交付し、又は自ら検案をしないで検案書を交付してはならない。但し、診療中の患者が受診後二十四時間以内に死亡した場合に交付する死亡診断書については、この限りでない。

第三十三条の二 次の各号のいずれかに該当する者は、五十万円以下の罰金に処する。
一 …第二十条…の規定に違反した者

遠隔診療についての回答ですが、「医師法第20条等における「診察」とは、問診、視診、触診、聴診その他手段の如何を問わないが、現代医学から見て、疾病に対して一応の診断を下し得る程度のもの」という指摘があります。

この「問診」に当たるかが問題になった判例があります。

断食道場事件」と呼ばれるもので、昭和48年に最高裁判例が出ています。

断食道場事件における「問診」

最判昭和48年9月27日 昭和48年(あ)第85号 

原判決の確定した事実関係のもとにおいて被告人が断食道場の入寮者に対し、いわゆる断食療法を施行するため入寮の目的、入寮当時の症状、病歴等を尋ねた行為は、それらの者の疾病の治療、予防を目的としてした診察方法の一種である問診にあたる

原判決=東京高裁判決を見ましょう。

東京高裁昭和47年12月6日

被告人が原判示の秋山外六名に対して前示の如く入寮当時の症状、病歴等を尋ねた行為は、当該相手の求めに応じてそれらの者の疾病の治療、予防を目的として、本来医学の専門的知識に基づいて認定するのでなければ生理上危険を生ずるおそれのたる断食日数等の判断に資するための診察方法というほかないのであって、いわゆる問診に当るものといわなければならない。

このような判断を最高裁が否定していないということは、少なくとも断食道場事件においては「生理上の危険を生ずるもの」であるという理屈で医療行為該当性の判断をすることは妨げられていないということです。

これは「人体に危害 を及ぼし、又は危害を及ぼすおそれのある行為」を医療行為と定義した厚生労働省の通知と一致しています。

別事件ですが平成2年3月6の最高裁判例(昭和63年(オ)第960号  )では

被上告人が本件断食道場で施した断食療法は、断食を通じて慢性病等の治療をしその健康の維持回復を図ることを目的とし、被上告人が入院者に対しその健康状態、病状等を質問して入院期間を決定するものであって、診療というべきものであり、その内容も一定期間、一切又は特定の飲食物を摂取しないことを基本方法とするものであり、その期間の長短、摂取を禁ずる飲食物の種類、量等や入院者の体質、病歴、症状、体調のほか、施術者の医学知識の有無、程度などのいかんによっては、入院者を死に至らせることになったり、病状を更に悪化させる虞れのあることが当然に予想されるものであるから

生理上の危険を生じさせるか否かという基準を設けずに、上記のような実質判断をしています。

昭和48年の最高裁の判示と平成2年判例を見ると、生理上の危険の有無で判断するとは限らないようですが、そうであっても社会通念に従って考えるべきでしょう。

時間湯は危険なのか

時間湯のご案内

時間湯』とは温泉成分を変化させずに湯温を下げる「湯もみ」には高温泉に入浴する前の体力検査や準備運動の意味があり、頭から湯をかぶる「かけ湯」は脳貧血を予防する準備動作。なるべく身体にかけず足先と頭だけに湯をかぶって入る「かけ湯」は浴槽の中で毛穴を開き温泉の化学成分を少しでも多く経皮吸収しようという知恵。「号令」は大勢の入浴中、高温の中で体力的についていけないものを早く見つけること、入浴中に時間に区切りをつけ三分間を我慢しやすくすること、温泉蒸気を声出しの反動呼吸によって少しでも多く体内に取り入れようとする。

泉質が体にあうかを確かめる意味で、体験入湯のように短期入湯を受付けることもあります。入湯継続に支障があると判断された場合、お断りすることもあります。時間湯建物内の源泉取り入れ口でも約50℃前後の湯温がありますが、主に40℃から48℃で使い分けています。(一つの大きな浴槽で数種類に成分濃度と湯温を設定することにより効率的な湯治が可能と言われています。)

テレビの取材では草津町長の黒岩信忠は「危険行為」と言っていました。

しかし、48度の湯に3分間入ることが危険だというなら、たとえば30度の気温の中で40分間(小学生年代の時間)サッカーをさせる行為の方がよっぽど危険でしょう。

48度の湯というのは高温ですが、温泉としては通常ありうる温度の範疇です。

しかも湯長制度の場合、本来湯に入るのは監視外のものを、湯長が監視することで事故を防いでいる面があるでしょう。

100度近いサウナに10分以上入っている人もいるわけで、なぜ殊更に時間湯が「危険」と評価されるのか、意味不明過ぎます。

湯長の行為は医者がするような問診?

 

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http://www.jfa.jp/football_family/pdf/medical/b08_01.pdf

日本サッカー協会が競技規則の紙媒体に掲載している指針です。

これはスポーツ現場の指導者等が脳震盪の疑いがあるかを調べるために行うべき確認作業について書いています。

このような行為をしたからといって医師法違反ではありません。脳震盪であるという診断を下すのではなく、あくまでも「疑い」の有無を切り分けるためのものですからね。

同じように、熱中症かどうかを選手の顔色や動作、質問に対する応答によって判断してきた指導者は多いはずです。私もいろんな立場でそういうことを行ってきました。

湯長が行うのは入浴可能な状態であるかどうかの簡単な問いかけと湯温の調整ですから、これらの行為と比較して何が違うというのでしょうか?

湯長の行為として他により医療行為と紛らわしい行為があるということは聞きませんが、もしもそういう行為が行われているのであるとするならば、その行為のみを止めればよいだけで、湯長を解雇する必要はないでしょう。

黒岩町長の判断は拙速に過ぎ、社会的な常識から外れた判断と言うほかありません。

指定管理者制度で運営されている時間湯と湯長の雇用

町長が出てくるのは、時間湯が純粋に民間の営業で行われているのではなく、指定管理者制度の元で運営されているからです。

草津町時間湯浴場の管理及び利用料条例では、「地蔵の湯時間湯浴場」「千代の湯時間湯浴場」での営業が規定され、湯長は㈱草津観光公社の臨時職員扱であり、役場と役場公認の時間湯保存会に報告する形がとられています。

このような形態になっているのは後継者問題があったため町が主体となって時間湯の文化を保存しようとしてきたからですが、町長が法的リスクを過剰に取り上げて湯長制度を廃止するのであれば、指定管理者制度の枠外で時間湯と湯長制度を備えた浴場を運営すればよいでしょう。

時間湯営業のために許可が必要であるという規定ではないのですから、単純に温泉業の許可を採れば運営可能のハズです。

湯長制度を残すのであれば医師を常駐させるなどの政治的解決が在り得ますが、そういう方向に向かうのであれば既得権拡大の匂いがします。

まとめ:黒岩信忠町長は非常識

  1. 時間湯は危険ではない
  2. 湯長の行為は、報道に出ている限りは医療行為ではない
  3. 湯長の行為で医療行為に抵触する行為があるならその部分だけを廃止すればよい
  4. 町長が強引に廃止するなら、指定管理者制度の枠外で湯長制度のある時間湯を運営すればよい

役所側が法的リスクを気にするというのは理解できないこともありません。

たとえば自衛官の採用に協力しない自治体も、思想信条の問題ではなく、法的リスクを気にしてのことが多いということがありました。

安倍総理:自衛官募集事務に協力しない自治体が6割と憲法改正の関係 - 事実を整える

しかし、今回のケースは常識に照らしてあまりにもおかしい判断ではないでしょうか。

以上