事実を整える

Nathan(ねーさん) 法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。

なぜ波物語運営の鄭基煥は酒類提供の事実誤認をした?法的根拠の無い「働きかけ」と特措法の「要請」

富永基煥こと鄭基煥、波物語運営

擁護するわけでは無いですが、非常に気になる構造になっていました。

緊急事態宣言下での「酒類提供」の規制

愛知県は8月27日に緊急事態宣言が発出されました。

そのため、新型インフル等特措法上の「特定都道府県」として種々の規制が可能になり、一般的に特措法45条2項の要請が愛知県から出されていました。

ただ、「酒類提供」については、すべてが特措法45条2項の「要請」によるものだったかというとそうではありませんでした。

愛知県国際展示場で開催された波物語は「働きかけ」

県民・事業者の皆様へのメッセージ(緊急事態宣言等) - 愛知県

別表3 飲食店等以外の営業時間短縮等の要請及び働きかけを行う施設及び要請内容

愛知県国際展示場で開催された波物語は法的根拠の無い「働きかけ」に留まっていたことが判明しました。

愛知県国際展示場は特措法施行令11条6号の「展示場など」に該当するためその右欄の措置が行われるところ「入場整理等の働きかけ」と書かれており欄外の説明の中に『店舗での飲酒につながる酒類提供等(酒類の店内持ち込み含む)』と書かれています。
※ここの文言だけ見ると自粛=提供停止の意味になってませんが文脈からは明らかに禁止・停止の意味です。

しかし、7号の欄を見ると『入場者の整理等の「要請」』とあります。

大規模商業施設は45条2項、百貨店等は24条9項

大規模商業施設に対しては法第45条第2項により、百貨店の地下の食品売り場等に対して法第24条第9項により、入場者の整理等が求められています。

法的根拠の無い「働きかけ」と法的根拠がある「要請(2パターン)」がある。

  1. 働きかけ⇒任意のお願い
  2. 24条9項の要請⇒法的根拠があるが違反に対するサンクション(制裁)が無い
  3. 45条2項の要請⇒法的根拠に基づき不履行者には3項の命令が可能。その違反には79条で30万円以下の罰金という罰則が規定されている。

なぜ、これらの使い分けが為されているのか?

愛知県に問い合わせても「国の方針に沿って対応している」という旨の見解でした。

実は、愛知県の資料は内閣官房の資料にある内容と全く同じです。

新型コロナウイルス感染症対策の基本的対処方針(8月25日変更)に基づく事務連絡(8月25日変更)の資料に、同様の記述があります。

なぜ、施設の種類という場所の違いによって「働きかけ」と2種類の「要請」が使い分けられているのか?それは分かりませんでした。

この使い分けは意図があってやってるんでしょうが、今回のケースで「働きかけ」に留まったことは正しいんでしょうか?

大村知事が波物語での酒類提供に45条2項の要請をしなかった事の是非

愛知県(大村知事)は、内閣官房の基本的対処方針・事務連絡にあることを実施しただけだから責められる筋合いは無い

これは正しいでしょうか?

関係法令や文書の関係を整理して考えます。

まず、45条2項は、「特定都道府県知事」=緊急事態宣言が出ている都道府県の知事に権限を与えています。

(感染を防止するための協力要請等)
第四十五条 
2 特定都道府県知事は、新型インフルエンザ等緊急事態において、新型インフルエンザ等のまん延を防止し、国民の生命及び健康を保護し、並びに国民生活及び国民経済の混乱を回避するため必要があると認めるときは、新型インフルエンザ等の潜伏期間及び治癒までの期間並びに発生の状況を考慮して当該特定都道府県知事が定める期間において、学校、社会福祉施設(通所又は短期間の入所により利用されるものに限る。)、興行場(興行場法(昭和二十三年法律第百三十七号)第一条第一項に規定する興行場をいう。)その他の政令で定める多数の者が利用する施設を管理する者又は当該施設を使用して催物を開催する者(次項及び第七十二条第二項において「施設管理者等」という。)に対し、当該施設の使用の制限若しくは停止又は催物の開催の制限若しくは停止その他政令で定める措置を講ずるよう要請することができる
3 施設管理者等が正当な理由がないのに前項の規定による要請に応じないときは、特定都道府県知事は、新型インフルエンザ等のまん延を防止し、国民の生命及び健康を保護し、並びに国民生活及び国民経済の混乱を回避するため特に必要があると認めるときに限り、当該施設管理者等に対し、当該要請に係る措置を講ずべきことを命ずることができる。

他方で、地方公共団体は「基本的対処方針に基づき」対策を総合的に推進する責務があると規定されています。

(国、地方公共団体等の責務)
第三条 
4 地方公共団体は、新型インフルエンザ等が発生したときは、第十八条第一項に規定する基本的対処方針に基づき、自らその区域に係る新型インフルエンザ等対策を的確かつ迅速に実施し、及び当該地方公共団体の区域において関係機関が実施する新型インフルエンザ等対策を総合的に推進する責務を有する。

では、地方公共団体の長は、基本的対処方針の枠をちょっとでもはみ出てはいけないのでしょうか?それとも、基本的対処方針はあくまで「最低限」であったり「目安」に過ぎないのでしょうか?

新型コロナ感染症対策の基本的対処方針と新型インフル等特措法の関係

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新型コロナウイルス感染症対策の基本的対処方針(8月25日変更)を踏まえて出されている事務連絡では、留意点として以下書かれています。

基本的対処方針に基づく催物の開催制限、施設の使用制限等に係る留意事項等について(令和3年8月25日変更) 13頁

 前記①から③までに示した施設は、あくまでも例示であり、各特定都道府県知事は、施設の具体的な態様に応じ、取扱いを決定 すること。また、特定都道府県知事は、基本的対処方針三(3)3) に基づき、前記①から③までに示した取扱いとは別途の取扱いを行うことができることに留意すること。この場合、要請を行う判断の考え方、必要性等について、対象となる事業者等に丁寧な説明に努めること。休業等の要請に応じている施設と応じていない施設との公平性を保つことができるよう、命令等の適切な運用を図ること。前記①から③までに示した取組よりも緩やかな取扱いを行うことは、慎重に検討するとともに、仮にそのような取扱いをしようとする場合には、あらかじめ国と十分に連携すること。 

これを見ると、基本的対処方針よりも緩い扱いをする場合にはあらかじめ国と協議することを求めているが、そうではない別途の扱いについてはそういうものは求めない趣旨だというのが分かります。

つまり、感染拡大防止方向(必然、営業・活動制限方向になる)の措置については、特定都道府県知事の裁量で厳しくやっても良い(ただし、憲法や他法令の範囲内で)。

こういう建付けになっているわけです。

「基本的対処方針三(3)3) に基づき」ともあるので、次項はそれを確認します。

基本的対処方針三と新型インフル等特措法24条9項・45条2項の「要請」

【基本的対処方針三(3)3)】には以下書かれています。

新型コロナウイルス感染症対策の基本的対処方針(8月25日変更)

 特定都道府県は、法第 24 条第9項に基づき、事業者に対して、業種別ガイドラインを遵守するよう要請を行うものとする。
 また、地域の感染状況等に応じて、都道府県知事の判断により法第 45 条第2項等に基づき、人数管理、人数制限、誘導等の「入場者の整理等」「入場者に対するマスクの着用の周知」「感染防止措置を実施しない者の入場の禁止」「会話等の飛沫による感染の防止に効果のある措置(飛沫を遮ることができる板等の設置又は利用者の適切な距離の確保等)」令第 12 条に規定される各措置について事業者に対して要請を行うものとする。

業種別ガイドラインと酒類提供の停止

業種別ガイドライン」にはそれぞれの業種ごとに大量に存在しますが、今回対象となるのは「祭り・イベント等開催に向けた感染拡大防止ガイドライン」です。

ここでも検温・マスク・ソーシャルディスタンス・飲食スペース・声だし自粛の呼びかけ・接触確認アプリの導入などが書かれていますが、「酒類提供の停止」については書かれていません。ただし…

祭り・イベント等開催に向けた感染拡大防止ガイドライン

節度ある適度な飲酒を心掛けるよう周知する必要があります。また過剰な飲酒等が行われないよう、防止に努めなくてはなりません。

なんと、酒類提供を容認していることが前提の記述があります。

波物語運営代表の鄭基煥 氏が当初は「適度な飲酒であれば県が容認していた」と話していたのは、このガイドラインを読んで言っていた(県との協議内容は無視して)可能性があります。(現在は指摘を受けて訂正済み)

もっとも、既述の通り、展示場に対しては「基本的対処方針に基づく制限」として法的根拠の無い「働きかけ」として酒類提供の停止が求められていたのですから、「業種別ガイドライン」が基本的対処方針を破る関係にあると解すべきではなく、「業種別に整理し直され、基本的対処方針と矛盾抵触しない範囲で補足するもの」と解するべきでしょう。

特措法45条2項の「その他政令で定める措置」と酒類提供の停止

基本的対処方針に基づく事務連絡では『特措法45条2項「」に基づき』『…、令第 12 条に規定される各措置』とあるので、特措法45条2項に基づく措置でなくとも、令12条に書かれている各措置を他の場面で行うことも可能だとする趣旨に読めます。
※そのこと自体の適法性に関しては本稿では扱わない

「令第 12 条に規定される各措置」とは新型インフル等特措法45条2項に規定されている「その他政令で定める措置」を意味し、新型インフル等特措法施行令12条を指します。

その中でも8号の「厚生労働大臣が定めて公示するもの」として「厚生労働省告示第百七十六号」があり、2条4号に「入場者等に対する酒類の提供及び入場者等により持ち込まれた酒類を飲用に供するための場の提供の停止」が規定されています。

ここまで見て、ようやく「酒類提供の停止」に関する明示的な規定が登場します。

よって、任意の「働きかけ」で酒類提供の停止を求めていたことは、少なくとも政府が定めた基本的対処方針には反しない、ということになります。
※運営会社との関係での適法性に関しては本稿では扱わない

波物語こそ特措法45条2項の要請、3項の命令を出す事案だったのでは?

波物語が開催された愛知県国際展示場のある常滑市の伊藤市長は、このイベントにはトラブルの「前科」があると認識していたことを書いています。

ソーシャルディスタンスが取れる環境の整備と声だし自粛については45条2項に基づく令12条においても規定されており、基本的対処方針では、45条2項に基づいて要請することとするとされてますから、同条の要請⇒命令ができたはずです。その上で当日改善されなければ罰金。

また、「酒類提供」についても、知事の判断でこれらと合わせて特措法45条2項の要請⇒3項の命令、という方途は有り得たでしょう。

たしかに、30万円以下の罰金はイベント事業者にとってはほとんど痛手ではないのでしょう。元々3000万円の補助金が出る予定でしたから。

経済産業省が音楽フェスティバル主催者に報告求める 09月03日 07時18分

補助金申請時の誓約事項に違反していたら交付が取り消しになる可能性もあり、この場合には罰則よりも遥かにダメージが大きい事態になりますが、だからといって罰則が必要ないということにはならないでしょう。性質が違います。

上掲記事でも書きましたが、「罰則がぬるいから発動させても意味ない」という考えでまったく適用しなければ立法府側も罰則強化しにくくなるという悪循環になります。

行政側・現場側の営為の蓄積が法規範を形作っていくんだという意識を持って、「国の基本的対処方針通りに対応したから何ら問題ない」という態度ではなく、それよりも厳しい措置を講じるべき場面かどうかの判断をするべきでしょう。

まとめ:波物語の酒類提供停止の働きかけとその他感染対策の要請

  1. 展示場における酒類提供の停止は法的根拠の無い「働きかけ」だった
  2. 他の場所での酒類提供の停止は特措法24条9項や45条2項の「要請」の所もあった
  3. その違いが生まれる理由は不明
  4. 業種別ガイドラインのイベント版では酒類提供を容認する記述があった
  5. そのため、波物語運営のoffice keef 鄭基煥は勘違いした可能性
  6. しかし、現実には県から自粛要請が出ており協議でも伝えられていた
  7. 基本的対処方針では特措法45条2項に「書かれている」(令12条と8号の厚生労働省告示に書かれている酒類提供停止含む)措置を含めて感染対策をすることと書かれており、業種別ガイドラインがそれを破るという関係にはない
  8. 「前科」のあるイベントでもあったため、酒類提供に限らず他の感染対策違反の事情を認知した時点で45条3項の命令が出せるように2項の要請をするべきだったのではないか

今回のような事案で45条2項の要請⇒3項の命令を行わないで、どこで使うと言うんでしょうか?愛知県は飲食店に対しては既に3項の命令も躊躇せず出しています。

新型インフルエンザ等対策特別措置法第45第3項に基づく命令を行った施設について - 愛知県

1回限りのイベントに対しては気づけるかという問題がありますが、感染拡大対策の抑止力が発揮できるようにするべきだと思います。

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