事実を整える

Nathan(ねーさん) 法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します

『日本国紀がWikipedia等のコピペで著作権違反疑惑』について:歴史的事実と剽窃

日本国紀、Wikipediaコピペ

「百田尚樹の日本国紀が他人の文章のコピペであり著作権侵害である」

このような指摘がなされていますが、だがちょっと待ってほしい。

歴史的事実についての記述という側面を忘れていないでしょうか?

実は、著作権侵害ではないかとよく争われるのが歴史的事実に関する記述なのです。

そしてその多くは侵害が否定される傾向にあります。

なお、問題となる部分について権利者に個別の許諾を得て条件に従っているならば、全く問題ありません。

 

著作物の定義と表現

著作物 思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう(著作権法2条1項1号)

著作物とは以下の要素が必要ということです。

  1. 思想又は感情を表現したもの
  2. 創作的に表現したもの
  3. 文芸等の範囲

ここで「表現したもの」とされるかどうかについては、「歴史上の事実」であるか否かが重要になってきます。

まさに、日本国紀が扱っているテーマです。

歴史上の事実と著作権

月刊パテント2013年11月号著作権法の守備範囲:高部眞規子判事の説明から引用します。

よく争われるものが歴史上の事実です。ー中略ーけれども,歴史上の事実というものは著作権法の保護を受けないわけですが,仮に対象とした事実が同一であっても,著作権法上,侵害とはいえないということで,これも幾つかの裁判例がございます。歴史的な事実が記述された場合,その事実を,創作的な表現形式を変えた上で,素材として利用することについてまで,著作者が独占できるということは妥当ではないといわれています。歴史的な事実や,日常的な事実を描く場合に,他の人の先行の著作物で記述された事実と内容において共通する事実を採り上げたとしても,その事実自体は素材として利用することを広く許容されているということも,裁判例で明らかにされています。

ー中略ー歴史的な事実に関する著述でありましても,基礎資料からどのような事実を取捨選択するのか,どのような観点,どのような視点や表現を選択するかについて,いろいろな方法があり得るわけですので,事実の選択や配列,あるいは歴史上の位置付け等が,本質的な特徴を基礎付ける場合もあり得るところでございます。

歴史上の事実それ自体は著作権の保護対象にはならない=著作物にはならない」

ということが第一に説明されています。

次に、歴史上の事実の記述であっても、記述全体の中でのその事実の位置づけや構成等によっては、そのような記述全体が著作権の保護対象になり得るとしています。

歴史はこれから何千年何万年と続いていくものです。

その中で記述の一部が同じであるというだけで著作権侵害だとして歴史的事実を取り上げることが出来なくなるというのは「創作活動を保護奨励しつつ著作物の公正な利用を促進することで文化の発展を目指す」という著作権法の目的(著作権法第1条参照)にそぐわないでしょう。

著作権法は、記述の一部の一致をあげつらって非難するための道具ではないということです。

特に歴史上の事実や歴史上の人物をコンパクトにまとめた説明文は、通り一遍のものになりやすいという性質があります。文献が少ない事象や人物の場合には、ある程度似通った文章になることは避けられないでしょう。

また、歴史に関する記述は基本的に時系列に沿った説明になるため、記述の順序も共通することが多いということが一般的に言えます。

歴史的事実の記述に関する以上のような傾向を鑑みれば、記述の一部の一致だけをもって著作権侵害であるとするのは避けるべきであるという価値判断は正当だと思います。

では、歴史上の事実そのものに過ぎない、というのはどの程度のものなのか?

具体的にみていきましょう。

ウィキペディアの記載の具体的事実

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出典:「プロのための著作権研究所」柿沼太一弁護士:http://copyrights-lab.com/182.html

これは応仁の乱の記述を例にしたものです。

上記のようなボリュームの引用であれば、それは歴史上の事実それ自体のみと評価されるだろうという柿沼弁護士の説明です。ウィキペディアのページはこちらです。

ただし、ウィキペディアは項目分けが為されており、その順序や説明の仕方など、ある程度のボリュームを持った全体を見ると、それは歴史上の事実を記述したものであっても創作的な表現として著作権法上保護されると指摘しています。

では、日本国紀との関係で問題となっている例はどうか?

おそらく最も文字が多く共通しているであろう柴五郎についての記述について見ていきます。

日本国紀におけるWikipediaコピペ疑惑の例

こちらはWikipediaの柴五郎の説明文です。
※誰でも編集できるものなので、現時点での魚拓リンクを貼っています。
※画像のキャプションは生のリンクです。

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出典:柴五郎:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9F%B4%E4%BA%94%E9%83%8E

柴五郎

出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9F%B4%E4%BA%94%E9%83%8E

下線を引いた部分が日本国紀311-312頁の義和団の乱のコラムと共通している部分です。オレンジ色は、新聞からの引用なので緑色と分けています。文量としては柿沼弁護士が例として取り上げた応仁の乱の説明の2倍以上です。

これらのうち、緑色の部分はほぼ全てが歴史上の事実の記述です。

「広く知られる最初の日本人であった」「同盟締結の強力な推進者」「実質的司令官であった」という部分が執筆者の評価が混じっていると見ることもできなくもないですが、この記述部分全体について言えば、歴史上の事実そのものでしょう。

項目建てもなく、まっさらな文章の連続なので、緑色下線の記述の中に創作的に表現したとみられる部分はないでしょう。

オレンジ色の新聞社説の和訳部分は日本国紀のコラムも一言一句同じものなのですが、これは当該英文記事ではなく和訳文が著作物として保護されるかが問題でしょう。

この和訳文が「歴史上そのような和訳文があったという事実」として扱われるのであれば、著作物として保護対象にはなりません。

仮に和訳文が歴史上の事実ではない場合には、著作物として保護の対象になるでしょう(歌詞の場合と比べてみれば、この文量は保護対象になるのではないでしょうか?)。和訳文は著作物であるというのは通常の理解です。

和訳文が著作物である場合には、日本国紀はまったく同じ文言となっているので「複製権」の侵害が問題となります。

その場合にはこの和訳文に依拠して日本国紀の記述が書かれたのか、それとも日本国紀は元の英文から翻訳した結果、同一のものとなったのかが検討されることになるでしょう(この場合に複製ではない場合というのは物凄い偶然、ということになりますが)。
※複製権侵害の基準は不明ですが、翻案権侵害の最高裁判例基準とパラレルに考える見解があるようです。

現時点の予測としては、柴五郎を評するロンドンタイムスの社説の和訳文は多くの媒体で「使いまわされてきた」ものであって、歴史上の事実として扱われるものではないかと思います。

そうすると、Wikipediaの記述としての著作権としても、参照元の著作物の著作権としても認められないのではないかと思います。

ただし、仮に著作権違反ではないとしても、剽窃、コピペ疑惑ではないかという点が残ります。それについてはWikipediaというものの性質を考えなければなりません。
※なお、既存の文章に著作権があると認められた場合にはそれを利用した新たな文章は著作権侵害であるか、という検討が必要ですが、お勉強的な法的理解が絡み、文量が膨大になるため割愛します。

Wikipediaという媒体の性質

上記の画像だけを見ると「画像の大半を占める部分がコピペされている」と思ってしまいますが、Wikipediaは、のべつまくなしに網羅的に事物についての説明が書き込まれているものです。

歴史的事実については下手をすればもっとも詳細な歴史書よりも詳細に書かれています。

歴史関係の記述は夥しい数の出典元と関連書籍をもとに編集されています。

そのような性質なので、歴史上の事実や歴史上の人物を端的に紹介しようとすると、Wikipediaの記述と被ってしまう、ということが往々にして起きてしまうと言えるでしょう。

もちろん、何も参照しないでWikipediaの記述と被るのはほぼあり得ないので、Wikiの側も何らかの書籍の一節を継ぎはぎしたものであって、参照した書籍が同じであったという可能性を考えるべきでしょう。

Wikipediaの上記図の部分には出典が書かれていませんが、柴五郎のWikipediaには出典以外に関連書籍として10程度が挙げられていますから、この中の記述からまとめたものと推測されます。

歴史書籍における歴史的事実の記述の扱いと剽窃

さて、歴史的事実は、その事実自体は素材として利用することを広く許容されているということは裁判例にもなっています。

ここで思い出されるのが、世の中の「歴史本」の類には参考文献の記載がないものが多いということです。

私は調べた結果「ではなぜ、歴史本の類では参考文献の記載がないものが多いのだろうか?」と思いましたが、歴史的事実についての裁判例の扱いから、ある程度予測がつくのではないかと思います。

つまり、歴史的事実の記述はある種の「公共財産」 であるという観念が歴史を扱う者の中にあるのではないか?と思うのです。

たしかに、学術的な立場にある者や、学術論文を意識した書籍の場合には参考文献がつけられています。

しかし、それは正確性を期すためであるに加え、先行研究者へのリスペクト、フェアーな論文発表のためであるという、アカデミックな作法の文脈の転用です。

たとえば出典が限られている歴史的事実を広く国民と共有しようとする場合にまで歴史的事実のある記述に著作権があると安易に決めてしまうとするならば、他の場面においても膨大な出典明記を余儀なくされ、公共財産である歴史的事実の流通が阻害されてしまいます。

歴史学習の便宜のためにも、歴史的事実に関する記述について著作権を認めるには慎重になるべきであり、それが国民の利益にもなる。

このように考えられてきたからこそ、本来は出典が夥しい数になるはずの歴史本において、参考文献が記載されなかったり主要参考文献で済まされたりしているのではないでしょうか?

もちろん、出典をすべて記載した方がベターであることは間違いないですし、書き手にとっても自己の身を守ることにもなります。

ただ、それを歴史書籍の文脈においてすべての場合に要求するのは酷であると思いますし、業界の慣行的にもそのような意識があるのだろうと思います。

そう考えれば、ある書籍の一節の記述から引っ張ってきたと思われる部分が含まれているとしても、それが歴史的事実である限り、「剽窃」と評価すべきものではなく、作家としての技量の評価の問題なのだろうと思います。

百田尚樹の日本国紀における「義和団の乱」 の記述

日本国紀の記述に目を向けてみると、義和団の乱のコラムの中でWikipediaの記述と被っている部分は全体の3分の1程度です。

この項目を見ると、柴五郎の事跡について端的にまとめたものになっており、文学的修辞を使ったり、情緒的な記述になったりしているということはありません。

「作家」の百田尚樹氏の著作にしてはタンパクな印象です。

日本国紀は全体を通してあっさりとした口調で記述されており、同様にタンパクな記述のコラムも見られます。

こうなっている理由は、日本国紀は「日本史を通読させることで初めて理解できるものを伝えよう」という意図が、目的の一つとして据えられた書籍だからではないでしょうか?実際に百田氏はツイッターで最初から読み進めるように薦めていました。

本書の全体を通して感得し得る「何か」を伝えたかったのかもしれません。

そう考えると、作家の百田氏が表現をいじることなく参考書籍から引っ張ってきたような一節が複数含まれている理由が見えてくるような気がします。

それをどう評価するかは読者次第でしょう。

※追記:11月20日の虎ノ門ニュースで百田尚樹氏自身が「ウィキペディアから拝借した部分はある。それは歴史的事実だから問題ない」という旨の発言をしています。

これだけ堂々と言うということは、権利関係はクリアしているのではないでしょうか?

まとめ

  1. 「創作活動を保護奨励しつつ著作物の公正な利用を促進することで文化の発展を目指す」のが著作権法の目的
  2. 歴史上の事実に関する記述にそもそも著作権が認められる場合は限られている
  3. 義和団の乱のコラムにおける「柴五郎」の記述については著作権違反とは言い難いのではないか
  4. 文章の文言が多数一致している点については、歴史的事実の説明という性質とWikipediaという媒体の性質を考慮して考える必要がある
  5. 文章が一致している点の評価は作家としての技量の評価として見るべきではないか
  6. 日本国紀は敢えてタンパクな記述に徹した可能性があるのではないか
  7. なお、問題となる部分について権利者に個別の許諾を得て条件に従っているならば、全く問題ない
  8. ※追記:百田尚樹氏自身が「ウィキペディアから拝借した部分はある。それは歴史的事実だから問題ない」という旨の発言をしている

ネット上には逐条的に歴史的事実との整合性を検証するグループが居ますが、それはそれとして頑張って頂ければと思います。

また、他の記述についての著作権侵害の可能性は検討していませんが、安易にその可能性を示唆する事は、私自身は避けようと思います。

私は、本書の魅力・攻撃力に注目していきたいと思います。

以上