事実を整える

Nathan(ねーさん) 法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。

【8割おじさん】西浦博教授のワクチン公平分配論の矛盾

8割おじさん西浦教授のワクチン公平分配論

8割おじさん西浦博教授と会話した結果。

西浦博「総理が流行中に米国に渡りワクチンをより多く確保に疑問」

『ファクターX』、西浦博教授が報告 「考察すると見えてきた“4つ”の事実」 まだ根拠の不確かな楽観主義は危険 西浦 博 2021.05.19(7ページ目)

いまアジアの中で、日本という国の責任はどうあるべきでしょうか。一国の総理大臣が、大変な流行中に米国にまで渡り、ワクチンをより多く確保することが流行拡大中のアジアに誇れる行為だったのかどうか、実は国民を守るべき本感染症の科学的分析を提供する立場にいる身ですが、疑問を感じています。
目を覆いたくなる惨状にあるインドには、COVAX(COVID-19ワクチンへの公平なアクセスを目指した国連組織を中心とする取り組み)を通じて1億3800万ドーズが提供されましたが、人口規模に比して少なすぎる状態です
もちろん、日本の状況を良くするためにmRNAワクチンを確保することは間違いなく重要なことです。しかし、こうやって国際的視点に立って落ち着いて眺めると、米国に行ってまで追加の供給を要請し、それを利用して有利な政治を展開しようという国に、果たして五輪を開催する資格があるのでしょうか。

私は倫理的問題を包含する矛盾に大きな悩みを抱えながら、1人の日本人として、研究者として、そして医療者としてデータを見て苦しんでいます。国内の医療体制や国際的なリスクを鑑みると、日本には、日本人としての良心を示し、ハイリスクイベントを断固として強行しない勇気が求められているのではないかと思うのです。

西浦博教授は5月19日の現代ビジネスにおいて、ワクチンの公平分担の観点からインドを引き合いに出して「総理が流行中に米国に渡りワクチンをより多く確保することに疑問」と発言していますが、約1か月前のBuzzfeedでは以下発言していました。

西浦博「(ワクチン確保について)日本は国際政治で敗北」

「五輪のリスク議論、タブー視するな」 予防接種は年末まで届かない覚悟で対策を 公開 2021年4月10日

ーーただ、イギリスはワクチン接種が猛スピードで進んでいます。日本は諸外国に比べても非常に遅く、医療者にさえ届いていません。このワクチン接種の遅れの影響をどう見ているでしょう?

イギリスの場合は感染者を下げる前から接種プログラムを進めて、高齢者は9割以上接種しています。
日本に関しては残念ながら国際政治で敗北しているのでワクチンはなかなか入ってこない。
これまでの対策では間に合わないかもしれない変異株の流行が始まり、今後もさらに増えることを考えると、毎回増えても強めの対策で抑えては時間を稼ぐということを徹底しなければいけません。
そんな対応を今年いっぱいぐらい行って、新型コロナと付き合っていく覚悟を決めないともたないと思います。
今後また緊急事態宣言が出て、1ヶ月経ったら解除、ということになるかもしれませんが、いま懸念しているのは1回1回でハリボテのように作る中身が違い過ぎることです。さらにそこに変異株という不確定な要素が入ってきている。
感染者がここまで増えたらこうすると機械的に決める「サーキット・ブレーカー」が必要だと思います。
病床がこれぐらい、PCRの陽性率がこれぐらいだったら、この対策を打ちます、というものを作り、波の上がり下がりを抑えながら時間稼ぎをした方がいい。そのためには、長期的な見通しが政府からうち出されないといけません。

ーー今年の末までというのはワクチンが行き届くまでという意味ですね?

日本の予防接種のキャパシティで高齢者の接種がどれぐらい早く進むか、今後の輸入の見通しから考えると、高齢者の接種には、おそらく最速でも夏いっぱいはかかるでしょう。それでも結局は、だらだらと後倒しになるだろうと思います。
そういう国であることや、自国でワクチンを素早く開発できなかった国の研究体制を容認し続けてきた自分たちの責任でもあると自戒しているところです。

4月の時点では、西浦教授は「国際政治で敗北しているのでワクチンはなかなか入ってこない」と発言していました。

そのため、5月19日の記事では国際的なワクチンの公平分配の観点から「日本のワクチン確保量は多すぎるのではないか」と主張していることとの整合性を問いました。

西浦教授の矛盾発言の指摘に対する回答

「批判的に書いているのは米国渡航の上でPfizer/BioNTech追加確保に関して」

という趣旨であることを明示されたので、再度疑問を提示しました。

ここで会話は終了。

西浦教授から再度の返答は無く、私もこれ以上の会話は求める意思ではなかったので、やりとりとしては完結しています。

さて、まずは「ワクチン確保について4月時点で日本は国際政治で敗北」の妥当性について、データを確認していきましょう。そのうえで、国際的なワクチンの公平分配の観点からどう評価されるべきかを書きます。

4月の日本のワクチン確保量は「国際政治で敗北」だったのか?

https://ourworldindata.org/covid-vaccinations

Coronavirus (COVID-19) Vaccinations - Statistics and Research - Our World in Data

上記サイトで各国の人口当たり接種比率の時系列変化が確認可能。

ワクチン接種予約「必要分入るので焦らないで」河野規制改革相 2021年4月6日 12時28分

河野大臣は4月6日時点で「6月末までに高齢者の2回分の接種に必要なワクチンは入ってくる」と説明。

日本の高齢者(65歳以上)の人口比は28.8%なので、7200万回以上のショットが必要となりますが、実際には3月12日時点で1億回分の確保の目安が示されていました。

新型コロナ: ファイザー製ワクチン、6月末までに1億回分到着 河野氏: 日本経済新聞 3月12日

しかも「感染者が少ない地域はワクチン確保・接種量も少ない傾向」は自明でした。

この記事でも引用されている、フィナンシャルタイムズの4月時点の感染者数・死亡者数・超過死亡者数などのグラフは以下から。

Coronavirus tracker: the latest figures as countries fight the Covid-19 resurgence | Free to read | Financial Times

4月上旬にはGW明けからは毎週1000万回分の輸入が行われるという見通しも示されていました。⇒新型コロナワクチンの供給の見通し|厚生労働省4月8日魚拓

これは「国際政治で敗北」なのでしょうか?

 

現時点でのワクチン接種数と日本の世界平均に対する比率などは以下。 

単純な人口当たりの接種比率で言えば、確かに「出遅れている」と言えます。

が、感染者の数・死亡者の数・超過死亡者数などの観点から見た「ワクチンの必要性」の観点から見た場合の接種比率となると、どうでしょうか?

そして、国際的なワクチンの公平分配の観点から見た4月当時の日本の確保量(とその見通し)は、「国際政治で敗北」なのでしょうか?それは何を基準に言ってるんでしょうか?
※日本は輸入ワクチンでも治験を行って認可するというラグが発生していたという点は忘れてはいけない

国際的なワクチンの公平分配の観点からの日本のワクチン確保量は

仮に、このような確保量(4月第一週目で180万回分、6月末で1億回分、GW以降毎週1000万回分の供給)・接種比率が西浦教授の言うように「国際政治で敗北」だとしたならば、日本の追加確保を咎める理由は無いはずです。

「全員分を積んだ約束」が問題だというが、これは9月までに全員分を供給(接種はもう少し遅くなるだろう)できる計算。

ワクチン生産国のアメリカやイギリスは7月末までの全員接種を目指していて、他の欧州諸国も夏の終わりには接種を終えることを目標にしているところが多い。

この日本の確保は、国際的にみて「確保しすぎ」なんでしょうか?

国際的なワクチンの公平分配というのは相当前から言われていましたから、5月記事の時点で初めて言い出したとしても、4月時点でこの観点からのワクチン確保量の評価は認識し得たはずです。

そして、日本のワクチン公平分配の取り組みは、どう評価されているのでしょうか?

日本政府のワクチン公平分配の取り組み

日本とインドの新型コロナワクチン接種比率

https://ourworldindata.org/covid-vaccinations

アフリカ経済の資金調達に関するフランス主催首脳会合への菅総理大臣の参加|外務省令和3年5月19日

「ワクチンへの公平なアクセス」の確保は、喫緊の課題です。そのため、私は、6月に「COVAXワクチン・サミット」 をGaviと共催します。日本は、既に拠出した2億ドルに加え、できる限りの貢献を行う考えです。

日本はワクチンへの公平なアクセス確保に関するワクチンサミットの共催予定と、既に2億ドルの拠出をしています。

「既に拠出した2億ドル」について最初に言及したのは2月9日の茂木外務大臣です。

ACTアクセラレータ・ファシリテーション・カウンシル(運営理事会)第4回会合における茂木外務大臣のビデオ・メッセージ|外務省令和3年2月9日

ACTアクセラレータの喫緊の課題は、必要とされる資金ニーズを満たすことです。日本は、COVAXファシリティの事前買取制度への拠出を増額し、合計で2億ドルを拠出することを表明します。さらに、グローバルファンドを通じた保健システムの強化、ユニットエイドを通じた治療薬の普及にも積極的に取り組んでいきます。

「増額」 とあるので、従前から拠出は予定していたということです。

この拠出についてはG7でも確認。

Joint statement of G7 Leaders | 19 February 2021 - G7 UK Presidency 2021

G7首脳、国際協調を鮮明に、ワクチン普及に75億ドル拠出(英国、世界) | ビジネス短信 - ジェトロ

西浦教授はインドの人口が多く、感染急増していることから日本が追加確保をすることを公平分配の観点から疑問視していますが、インドは元々アストラゼネカのワクチンを国内製造していて感染拡大に追い付かなくなったから輸入するようになったという経緯があります。

日本がファイザービオンテックのワクチンを確保すると、インドの輸入量が減るような関係にあるのでしょうか?

日本よりも確保量・接種量の多い非ワクチン生産国の先進国は多い中、日本の動きを殊更に批判する意味はあるのでしょうか?

日本よりもワクチン接種比率の多いインドを持ち出して公平分配の観点から日本の追加確保を非難するのは、いったいどういう思考回路なんでしょうか?

これらの点からも非常に不可思議な立論だと思います。

なお、インド政府は、7月までに2億5000万人にワクチンを提供する目標を設定(つまり、インド自体がこの目標を設定している以上、これを無理やり上回る供給を外国が目指してもロジの観点から不可能)。「COVAX」にも参加し、国内で作ったワクチンを輸出していました。5月1日の記事で1回接種が約1億2400万人とあるから、約9%が接種済み。日本は同時期に2%で、現在も人口比ワクチン接種比率はインドよりも少ない

感染急増のインド、ワクチン足りていたはずが不足深刻に 輸出もしていたが - BBCニュース

「米国渡航の上で」という論理上無意味な指摘の目的は?

上掲の認識はいろんなデータを見ないといけないため、研究等で多忙な西浦教授が把握していなかったとしても無理はない。

しかし、もっとも解せないのが「米国渡航の上で」という文言。

渡航すること自体に何の問題があるのでしょうか?

まさか菅総理がワクチン供給の追加確保のためだけに4月にアメリカに渡航したとでも思っているのだろうか?初訪米でもあるこの渡米でFOIPやクアッドなどの対中戦略を中心に、他の外交交渉も行っていたわけで、ワクチン確保はその一環に過ぎない。

そこは明示されませんでしたが、「8割おじさん」と呼ばれる西浦教授の従前の主張を考慮すると、「コロナが流行している中での渡航は人と人の交流が生まれるから感染拡大になりかねない」という意味で「渡航」を批判しているのでしょうか?

しかし、これは【国家活動を制限しろ】という意味になるのでにわかには信じがたい。

その辺の有象無象の国会議員ではなく、国の首脳・VIPらによる調整・協議の場であるから、感染リスクが一般人と比べて遥かに低いことくらい想像できるでしょうに。
ちなみに菅総理は就任後、米国の他はベトナムとインドネシアに訪問している

論理的な意味は無いとすれば、「外遊」とかいうマスメディアのナラティブに引きつけて読者の感情に訴えかけて政治的な批判をしているとしか読めません。

5月記事では西浦教授は「米国に行ってまで追加の供給を要請し、それを利用して有利な政治を展開しようという国に、果たして五輪を開催する資格があるのでしょうか」などと言っていることから、これらの政治性を帯びた文脈でのみ機能する文言なんだろうと理解しています。

ワクチン確保の遅れが批判できなくなったから公平分配を問題視し始めた

こうした客観的事実との整合性や合理的な意思解釈を考慮すると、西浦教授の発信のうち、日本のワクチン追加確保を責めるものについては、日本政府を感染対策の合理性という科学的な観点から外れた、政治的な批判をするために「ワクチン確保の遅れ」の点を突いていたのが、そこが無理筋になったから今度は「国際的な公平分配」の観点から論難するようになった、ということと理解する他ありません。

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