事実を整える

Nathan(ねーさん) 法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。

大村知事、国地方係争処理委員会ではなく訴えの提起の構え:愛知県自民党公明党が試される

文化庁がトリエンナーレの事業者たる愛知県への補助金を不交付決定したことを受けた大村知事の行動が注目されます。

大村知事の方針の変遷と、その実現可能性について検討します。

26日午前は国地方係争処理委員会への申出を予定

芸術祭への補助金不交付の方針 大村知事 係争処理委で確認も | NHKニュース

文化庁が愛知県で開かれている国際芸術祭「あいちトリエンナーレ」に交付する予定だった補助金を交付しない方針を固めたことについて、愛知県の大村知事は国と地方の争いを調停する「国地方係争処理委員会」を通じて文化庁の方針に合理的な理由があるのかなどを確認する考えを示しました。

地方自治法250条の13で国と自治体の争いについて国地方係争処理委員会への審査の申出が規定されています。

地方自治法

(国の関与に関する審査の申出)
第二百五十条の十三 普通地方公共団体の長その他の執行機関は、その担任する事務に関する国の関与のうち是正の要求、許可の拒否その他の処分その他公権力の行使に当たるもの(次に掲げるものを除く。)に不服があるときは、委員会に対し、当該国の関与を行つた国の行政庁を相手方として、文書で、審査の申出をすることができる。

この手続に則った場合の流れは以下になります。

不服などがあれば訴訟提起になります。

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http://www.soumu.go.jp/main_content/000451044.pdf

26日夕方、大村知事がいきなり裁判をすることを表明

“トリエンナーレ”文化庁が補助金不交付…大村愛知県知事「承服できない」国を相手取り提訴へ - FNN.jpプライムオンライン

大村知事は「抽象的な事由で一方的に不交付決定されることは承服できない」とした上で、憲法21条の表現の自由を侵害するとして、国を相手取り提訴する方針を明らかにしました。

大村愛知県知事:

「正直言って寝耳に水で驚いた、ということでありまして。我々としては速やかに今回の決定については、正していかなければいけないという風に思いますので、法的措置を講じたい、裁判で争いたい」

国地方係争処理委員会を通さずにいきなり裁判を起こすようです。

ただ、この場合は手続上のハードルがあります。

愛知県議会の議決に基づく訴えの提起

国地方係争処理委員会の審査を経ずに訴えの提起をするには、議会の議決を通さなければなりません。自治体の訴えの提起は基本的に議会の権能です。 

地方自治法

第九十六条 普通地方公共団体の議会は、次に掲げる事件を議決しなければならない。
省略
十二 普通地方公共団体がその当事者である審査請求その他の不服申立て、訴えの提起(省略)、和解(省略)、あつせん、調停及び仲裁に関すること。

では、大村知事の意向の通りに訴え提起の議決をすることは可能でしょうか?

政治的な実現可能性の話になります。

愛知県議会は大村知事が所属する自民党が過半数を有していますが、この辺りの人員配置を見ると、政治的なハードルはかなり高いと思います。

すると、大村知事としては「裏ルート」を使う可能性があります。

普通地方公共団体の長の専決処分は裁量権の逸脱?

普通地方公共団体の長の専決処分で訴えの提起ができる場合があります。

第百七十九条 普通地方公共団体の議会が成立しないとき、第百十三条ただし書の場合においてなお会議を開くことができないとき、普通地方公共団体の長において議会の議決すべき事件について特に緊急を要するため議会を招集する時間的余裕がないことが明らかであると認めるとき、又は議会において議決すべき事件を議決しないときは、当該普通地方公共団体の長は、その議決すべき事件を処分することができる。
(ただし書以下省略)

第百八十条 普通地方公共団体の議会の権限に属する軽易な事項で、その議決により特に指定したものは、普通地方公共団体の長において、これを専決処分にすることができる。
○2 前項の規定により専決処分をしたときは、普通地方公共団体の長は、これを議会に報告しなければならない。

しかし、179条の専決処分は議会が成立しない場合の特例であり、現在は愛知県議会が開いていますから、これは使えません。

基本的に議会の権限、簡易な事項の解釈

次に、180条に基づく専決処分は解釈の余地がありますが法制執務支援システムのページで判例が紹介されています。

紹介されている判例の事案は東京都議会で行った議決に関するもので、訴えの提起と同じく、議会の議決事項とされている和解につき、昭和39年になされた議決では、応訴事件において、裁判上の和解をする際には、金額の上限の定めが有りませんでした。そのため、東京都では、知事の専決処分により、85億円の和解金を支払う和解を成立させたところ、違法な支出であるとして、住民訴訟が提起されたというものです。

東京高等裁判所平成13年8月27日判決(判例時報1764号56頁)抜粋

どのような訴訟上の和解が法180条1項にいう軽易な事項に該当するか否かの判断は、第一次的には当該普通地方公共団体自身の意思、すなわち、住民の代表者で構成される議会の判断にゆだねられているものというべきである。

しかし、法180条1項が、特に軽易な事項に限って長の専決処分にゆだねることができる旨を規定していることからすると、およそ訴訟上の和解のすべてを無制限に知事の専決処分とすることは法の許容するところではないというべきであり、このような議決がされた場合には、議会にゆだねられた裁量権の範囲を逸脱するものとして、違法との評価を受けるものというべきである。

都が提起する訴訟事件が除外されているとはいえ、およそ都が応訴した訴訟事件に係る和解のすべてを知事の専決処分とすることは、あまりに広範囲の和解を知事の専決処分をにゆだねるものといわざるを得ない。応訴事件に係る和解のすべてが軽易な事項であるとすることは、「和解」を原則として議会の議決事件とした法96条1項12号及び議会の権限のうち特に「軽易な事項」に限って長の専決処分にゆだねることができる旨を規定している法180条1項の趣旨に反するものであって、本件議決は、都議会にゆだねられた上記裁量権の範囲を逸脱するものというべきである。

ただし、この事案では、議決は違法・無効ではあるが、当該議決が一義的に明白に違法であると言うことはできないとして都知事個人の損害賠償責任を否定しています。

地方自治法180条の簡易な事項に関する各自治体の条例

訴えの提起、和解、調停及び損害賠償額の決定に関する区長の専決処分について(東京都豊島区)

区営住宅その他の区が管理する住宅の明渡し並びに滞納使用料等及び損害金の支払に係る訴えの提起、和解又は調停で、目的の価額が、千百万円以下のもの

訴えの提起等及び和解に関する知事の専決処分について(東京都)

 都が提起する訴えであって、その訴訟の目的の価額が三千万円以下のもの

検索エンジンで「専決処分 訴えの提起」などで調べてみると分かりますが、実際に各自治体で専決処分として提起された事案を見ると、目的の価額が1000万円以下のものばかりです(それ以上のものは見つけられず)。

東京都という巨大自治体ですら、自治体側から提訴する場合には3000万円以下という条例がわざわざ設定されているのです。

よって、愛知県が7800万円を問題にする本件の文化庁の補助金不交付決定処分について、県知事の専決処分をすることは「簡易な事項」を超えるものとして裁量権の範囲を逸脱するおそれがあります。

※文化庁の補助金不交付決定処分に対する訴訟が「簡易な事項」となるのかは7800万円という額がダイレクトに参照されるものなのか、厳密に検討していません。

過去の事例が積み重なっている現在、無理にこれをやれば「大村秀章個人に訴え提起にかかった費用の損害賠償請求」が住民訴訟で為される可能性があるのではないでしょうか。

追記:愛知県の例規集の「専決事項」において訴えの提起ができる対象が限定されていました。本件で専決処分をすることは不可能です。

まとめ:大村秀章個人の法的・政治的責任が問われる

大村知事が「憲法21条の検閲になる」などと意味不明な憲法の理解に基づいて事業の統制ができなかったことに加え専決処分を無理に行えば7800万円+αの法的責任が大村秀章個人にかかる可能性があります。

また、政治的には訴えの提起ができない場合、又はできても敗訴した場合には7800万円の補正予算措置を講じなければならないため、県知事の政治責任が問われることになります。

以上