事実を整える

Nathan(ねーさん) 法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。リンク切れに備えて魚拓を活用しています。

「令和の真の意味:原典・元ネタは国書の万葉集ではなく文選」という人へ

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「令和」は国書である万葉集の梅の花、三十二首の序文から引用されました。

ただ、実は更に遡ると漢籍(中国の古典)の文選に同様の表現を見る事ができます。

さて、『令和の真の意味が文選に書いてある』のでしょうか?

令和の真の意味が漢籍の文選に書かれている?

「令和」はよく考えられた元号である。〜考案者の深慮に感嘆する。〜 | たまき雄一郎ブログ

もし「文選」も典拠だとしたら、実は、漢籍に基づくとする伝統は維持されており、その意味でも、極めてよく練られた新元号だと言えます

誰が発案者か知りませんが、漢字文化圏を俯瞰するスケール感があり、感心する他ありません。

両者を並べてみると、その違いと同時に共通点がよく分かります。 

【文選】530年頃(6世紀)成立

→仲春令月時和気清

【万葉集】780年頃(8世紀)成立

→初春令月気淑風和

8字のうち5字が共通で、違いは以下の3点。

【文選】→【万葉集】

仲春→初春

(春3月の真ん中の月→正月(陰暦2月))

時和→風和

(「時が和らぎ」→「風が和らぎ」)

気清→気淑

(「気は清し」→「気は淑(うるわ)しく」)

大伴旅人は、当時の知識人の常識として「文選」をよく学んでいたんだと思います。ここに漢字文化圏のつながりの深さと奥深さを感じずにはいられません。

衆議院議員の玉木雄一郎氏のブログでは万葉集と漢籍との「違い」をも触れています。

たしかに万葉集の一節は文選を参考にしたのかもしれませんが、梅の花の詩についての文脈ですから、おのずと込められた意味は異なってくるでしょう。

そして、元号選定の方法の伝統からの大幅な乖離を避ける意味合いがあったのではないか、という指摘はその通りではないかと思います。

同様の指摘はロバートキャンベル氏もしています。

原典が国書か漢籍かはどうでもいい

ロバート・キャンベルさん「国書か漢籍か、超えた元号」 [令和]:朝日新聞デジタル魚拓はこちら

典拠となった序文は、詩文集「文選(もんぜん)」にある後漢の張衡(ちょうこう)の「帰田賦(きでんのふ)」を「カバー」した可能性があるとし、「後漢の時代の人々に思いを重ね、目の前にある景色を描いたのではないか」と指摘する。
ー中略ー
 そのうえで「国書か漢籍かということはどうでもよく、国を超えて共有される言葉の力、イメージを喚起する元号だ。元号が孤立しているものではなく、北東アジア文化圏で共有された情操の世界とつながる言葉だ」と評価する。

万葉集を通じて中国の古典について造詣を深めることができれば、それは素晴らしいことだと思います。

それは「オリジナルはどこか?」ということではなく、「共通している価値観は何か?」というものを探るために行うのが吉であるということだと思います。

万葉集の令和は元ネタと同じ意味ではない

万葉集が中国の古典を参考にしている部分があるということは確かです。

ただ、そこに込められた意味は、多少は異なった者が付与されているでしょう。

平成31年4月1日 安倍内閣総理大臣記者会見 | 平成31年 | 総理の演説・記者会見など | ニュース | 首相官邸ホームページ

悠久の歴史と薫り高き文化、四季折々の美しい自然、こうした日本の国柄をしっかりと次の時代へと引き継いでいく。厳しい寒さの後に春の訪れを告げ、見事に咲き誇る梅の花のように、一人一人の日本人が明日への希望とともに、それぞれの花を大きく咲かせることができる、そうした日本でありたいとの願いを込め、「令和」に決定いたしました。

 『「帰田賦」の中での意味はこうだ、だから元号の令和もそういう意味が含まれているに違いない』という言説は、まぁ想像を逞しくしているなぁということは言えると思います。

参考:張衡の「帰田賦」の一節が"典拠"なら『令和とは、腐敗した安倍政権が倒れ、自民党政権が倒れることを祈ってつけられた和暦』!?/『辞官したのは順帝の時代であって安帝ではない。ここまでこじつけるのは行き過ぎ』というツッコミも - Togetter

「梅の花」は皇太子殿下にふさわしい?

雪後の春 | いせや本店

平成5年6月に皇太子・浩宮徳仁親王がご結婚されたことから、国では各都道府県に一ヶ所ずつ「皇太子殿下ご成婚記念公園」を造ることになり、沼津御用邸記念公園の西付属邸が選ばれて、平成6年3月に整備が終了しました。この皇太子殿下ご成婚記念公園の中心に「梅園」が造られました。梅園としたのは、大正天皇が梅の花を好まれ、御製の漢詩「歳朝<元旦のこと>皇子に示す」が、梅の花にちなんだものであったことによります。

皇太子殿下と梅の関係について調べたら、こういうのが見つかりました。

まぁ、梅の花というのはいろんな方に親しまれてますし、皇室行事の中でも度々登場しますし、万葉集の中でも梅の花を詠んだものは多いですから、偶然に過ぎないのだろうとは思います。 

ただ、新元号の原案について協議した閣議は「梅の間」で行われたと安倍総理がTV出演時に言っていたように、偶然ですが何かの力を感じてしまいますね。

「令和の典拠は万葉集」で間違いはない

「万葉集は中国の古典の影響を受けている」

これは正しいです。中国メディアによってもこの点は報道されています

ただ、彼らでさえも、「令和の意味は中国古典の通りである」とは言ってません。

また、同じ事を言っている部分があっても、それは普遍的な価値を表現しているものであり全体が同じ意味であると言うことにはならないハズです。「令和」を考案した方や選定に関わった方が、そういった側面を認識していなかったとは思えません。

それは「依存」ではなく、「本歌取り」されたもので、日本風に「昇華」されたものであると言っても間違いないのではないでしょうか。

以上