事実を整える

Nathan(ねーさん) 法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。

大阪吉村知事の新型コロナ自衛隊派遣要請「自衛隊は便利屋ではない・正式ルート外」佐藤議員の指摘について

大坂吉村知事の自衛隊派遣要請について佐藤議員が「自衛隊は便利屋ではない」など発信していることの是非について。

「髭の隊長」佐藤正久議員「自衛隊は便利屋ではない・正式ルート外」

自衛隊に看護師派遣要請と吉村知事
2020/12/7 11:51 (JST)12/7 12:07 (JST)updated

大阪府の吉村洋文知事は7日、新型コロナウイルス感染者の治療に当たる医療従事者を確保するため、自衛隊看護師の派遣を「岸信夫防衛相に要請した」と記者団に述べた。数人であれば派遣できるとの回答を得たという。

「髭の隊長」こと佐藤正久議員は12月7日、大阪府の吉村知事による新型コロナ対応のための自衛隊の「要請」報道について、「自衛隊は便利屋ではない」と主張。

さらには「正式ルート外」という趣旨の発言も。「自衛隊は便利屋ではない」は、派遣された先での具体的な役割に関する発言であったのがわかります(ただし後述するが、派遣要件も充足していない、という考えも念頭にあるような動きが見える)

まずは 法令上の構造について知らないと話にならないので確認。

法令上の派遣要請の根拠

自衛隊法(災害派遣
第八十三条 都道府県知事その他政令で定める者は、天災地変その他の災害に際して、人命又は財産の保護のため必要があると認める場合には、部隊等の派遣を防衛大臣又はその指定する者に要請することができる。
ー中略ー
4 第一項の要請の手続は、政令で定める。

◎自衛隊法施行令(昭和29年政令第179号)
(治安出動の要請手続)
第百四条 (略)
2 前項の出動の要請は、文書をもつてするものとする。ただし、事態が急迫して文書によることができない場合には、口頭又は電信若しくは電話によることができる。
3 前項ただし書の場合においては、事後においてすみやかに、文書を提出するものとする。
4 (略)

ー中略ー

災害派遣の要請手続)
第百六条 法第八十三条第一項の規定により都道府県知事及び前条各号に掲げる者が部隊等の派遣を要請しようとする場合には、次の事項を明らかにするものとする。第百四条第二項及び第三項の規定は、この場合について準用する。
一 災害の情況及び派遣を要請する事由
二 派遣を希望する期間
三 派遣を希望する区域及び活動内容
四 その他参考となるべき事項

今回の自衛隊派遣の根拠は自衛隊法83条の「災害派遣」です。

法令上は、知事から大臣に直接要請することは可能です。

ただし、次項で紹介するように、今回の事態にあたっては調整手続について予め決定事項があったようです。

なお、感染症の感染拡大が「災害」に含まれるのか?については議論がありましたが、これまでも新型コロナによる派遣はなされているため、災害対策基本法上の「災害」概念とイコールではないという解釈で運用されています。

 

新型コロナウイルス感染症対策に係る自衛隊への災害派遣等による支援要請を行う場合の調整要領について

自衛隊は便利屋ではない

佐藤議員が「7月に厚労省の局長と防衛省統合幕僚監部の統括官から各都道府県の衛生担当,危機管理担当へ文書が出てる」と言っているのは以下の文書の通知

厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策推進本部(医政局長・健康局長) 防衛省統合幕僚監部総括官
新型コロナウイルス感染症対策に係る自衛隊への災害派遣等による支援要請を行う場合の調整要領について

(2)自衛隊の災害派遣の基本的な考え方
 自衛隊の災害派遣は、災害に際して人命又は財産の保護のために必要がある場合に、都道府県知事等の要請に基づき、事態やむを得ない場合には自衛隊の部隊等を救援のため派遣することとなります。この「事態やむを得ない」とは①緊急性(状況からみて差し迫った必要性があること)、②公共性(公共の秩序を維持する観点において妥当性があること)、③非代替性(自衛隊の部隊等が派遣される以外に適切な手段がないこと)の観点を総合的に勘案して判断されるものであり、自衛隊の災害派遣は緊急的・一時的な支援となります。

3つの実体要件が明示され、さらには調整方法についても記述があり「自衛隊の部隊等と日常的な関係を構築している危機管理部局とで密接に連携を図っていただき」とあります。

この通知内で、4月に大阪府は中部方面隊及び第3師団から派遣実績があるというのが分かります。

参考:自治体・医療機関向けの情報一覧(新型コロナウイルス感染症)を更新しました – H・CRISIS

参考:自衛隊による新型コロナウイルス感染症への対応― 自衛隊の災害派遣等における活動と今後の課題 ―水間 紘史

Go Toトラベル中止と自衛隊派遣の準備

3つの要件を充たしているかどうかはともかく、手続としてはどうか。

令和2年12月7日 政府与党連絡会議 | 令和2年 | 総理の一日 | ニュース | 首相官邸ホームページ

令和2年12月7日、菅総理は、総理大臣官邸で政府与党連絡会議に出席しました。

 総理は、冒頭の挨拶で次のように述べました。

「先週で、臨時国会が閉会いたしました。今国会では、新型コロナウイルスのワクチン無料接種を可能とするための予防接種法改正法や、英国との経済連携協定など、政府が新たに提出した法案・条約が全て成立いたしました。
 与党の皆様に改めて厚く御礼申し上げます。ありがとうございました。
 新型コロナウイルスの新規感染者数や重症者数が過去最多となり、極めて警戒すべき状況が続いています。既に重症者向けの病床がひっ迫し始めており、強い危機感を持って対応いたしております。
 ひっ迫している自治体からの要請があれば、自衛隊を直ちに派遣できる体制を整えており、政府としては最大限の支援を行ってまいります。
 コロナウイルスとの闘いの最前線に立ち続ける医療、介護などの現場の皆さんの献身的な御努力に、改めて敬意を表すとともに、心からの感謝を申し上げます。
 短期・集中の対策として、全国8都道府県で営業時間短縮要請が行われており、協力いただいております全ての店舗に対して、国としてもしっかり支援してまいります。
 また、GoToイートについては、新規発行の停止、人数制限などを要請し、GoToトラベルについては、一時的に、札幌市、大阪市に向けた旅行は対象外とし、これらの地域からの旅行、また、東京都の高齢者、基礎疾患をお持ちの方々については利用を控えるように呼びかけをいたしております。

菅総理はひっ迫している自治体からの要請があれば直ちに派遣する体制を整えているとしており、今回の派遣は自衛隊の在り方として正しいと考えていると思われます。

今回自衛隊派遣がなされた大阪市が、新型コロナの感染拡大によってGo To トラベルの一時中止にもなっているのですが、この判断過程の中で或いは並行して大阪府知事側と事前に感染状況に関する情報提供を受け、自衛隊派遣に関する協議を進めていても何ら不思議ではありません。
※市区町村長は派遣要請の主体ではない

大阪府の「派遣要請」は12月11日午前9時

防衛省・自衛隊:防衛大臣記者会見|令和2年12月11日(金)10:50~11:12

大阪府における新型コロナウイルスの件であります。大阪府において新型コロナウイルスの感染拡大が続き、医療体制がひっ迫している状況を受け、先程、午前9時に、大阪府知事から陸上自衛隊中部方面総監に対して、新型コロナウイルスの市中感染拡大防止のための災害派遣要請があり、これを受理したとの報告を受けたところであります。

自衛隊法83条に基づく大阪府の「派遣要請」は12月11日午前9時に中部方面総監に対して行われました。防衛大臣の岸信夫や防衛省のアカウントもその後の派遣命令について発信。

 

法令上の「要請」と、それに先立った日常用語の「要請」

12月7日に「要請」と報道された話ですが、これは法令上の「要請」ではないということです。要するに12月11日に為された「法令上の要請」に先立った事前の調整があったということで、それを指して日常用語の意味で「要請」をしていたということです。

「正式ルート外」という指摘ですが、現実に行われた法令上の要請は、中部方面総監に対して行われており、全く問題ありません。

少なくとも佐藤議員は12月7日の報道記事における「要請」について、法令上の文言と日常用語の意味とを混同・早合点したのではないか?、という事が言えます。

ただし、別の事情からは、他の意図があったとも思われています。

維新下げの政局?旭川市に対する態度との比較と第3師団の動向

北海道旭川市、自衛隊看護師派遣を要請 20人程度、地方の医療支援拡充 - 産経ニュース2020.12.7 16:28

新型コロナウイルスによる医療機関の大規模クラスター(感染者集団)が相次いでいる北海道旭川市の西川将人市長は7日、記者会見し、自衛隊看護師の派遣を要請するよう道に求めたと明らかにした。道は7日中に国に要請する方針。大阪府の吉村洋文知事も既に派遣を要請している。政府は速やかに応じる構えで、逼迫(ひっぱく)する地方の医療体制の支援を拡充させる。

 道関係者らによると、道の鈴木直道知事と西川市長が派遣を要請することで合意。看護師20人程度の派遣を求める方向で調整している。

佐藤議員は旭川市に関しては「要請」の実体要件は充足しているという考えの下、その派遣が未だ為されていないことについて危惧しているツイートをしています。

もっとも、旭川市長は「道に対して、国への要請の要請」をしたという報道ですが。

佐藤議員は直近で以下のツイートもリツイートしています。

第3師団は大阪府も含む領域を担当している部隊です。

そこにおいて鳥インフルエンザ対策のために派遣されていることから、「戦力」に関して大阪に割り振るべきではないという考えも念頭にあった可能性がありますが、仮にそうだとしてそれが妥当なのかはよくわかりません。

このように、佐藤議員は「大阪市は要件充足性が無い」という認識もあった可能性があるかもしれません。

ただ、旭川市との扱いの差(危機管理の基本は「早め早めに大きくとること」とツイート)や、他の自衛隊派遣時における事案を持ち出して「自衛隊は便利屋ではない」としていることからは、これでは「維新下げの政局のために発言していたのではないか?」と思われても仕方がないと思います。

まとめ

  1. 佐藤議員は①正式ルート外の要請、②派遣先での役割の問題=「自衛隊は便利屋ではない」の問題提起。それに加えて③大阪市は派遣要件を充足していないという考えがあった可能性。
  2. 12月7日時点の報道上の防衛大臣への「要請」は日常用語
  3. 大阪市への派遣は12月11日に「法令上の要請」が行われ、派遣命令が為された
  4. したがって、「正式の手続ルートから外れた」という指摘は当たらない
  5. 「自衛隊は便利屋ではない」も、具体的な根拠が不明(感染状況という要件論では無く、具体的な役割(弁当を運ぶなども自衛隊員がやるのか?という点など)が論点)
  6. ただし、「現在の大阪の感染状況で派遣することは本来的に控えるべきではないか?」「自衛隊員としての能力を正しく発揮できるような役割設定=処遇改善を考えるべき」、という議論をしたいというのなら、したらいいのではないか(特に後者は。前者は今の状況で議論すべきなのかわかりません。)

佐藤議員が疑問を呈したことの根幹にあるのは「自衛隊員の処遇改善」にあると思われるので、その辺りの行き違いなのかもしれません。

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