「シーライオニング」という用語の日本語圏での広がり方の経緯について。
Google検索とTwitter検索をしても、言及されているタイミングは変わらなかったのでツイートを中心に整理していきます。
- シーライオニングの元ネタ漫画は2014年
- 日本語界隈での拡散は2020年から
- 2019年までの"Sealioning"の認識と経緯
- 2月以降から6月までのシーライオニングの広がり方
- 7月までの「シーライオニング漫画と黒人差別・人種差別」 の言及
- 7月以降のシーライオニングの定義・意味の拡散のされ方
- フェミニストvs反フェミニスト+某ネット論客の文脈
- 某ネット論客とシーライオニングの用語法
- ワンダーマークの表題"The Terrible Sea Lioning"を無視した用語法
- アシカを黒人に置き換えたら…のストローマン論法
- 嫌悪対象を擬人化する展開を否定するのは表現の自由の観点から危険なのでは?
シーライオニングの元ネタ漫画は2014年
"Pardon me, I couldn't help but overhear..." // Wondermark #1062; The Terrible Sea Lion http://t.co/mow0vnmWSS pic.twitter.com/7gByjQ4mAD
— Wondermark Comics (@wondermarkfeed) 2014年9月19日
シーライオニングの元ネタ漫画は、David Malki ! 氏が連載しているWondermarkという単発シリーズにおける"Terrible Sea Lion"という題名の回です。
主に#GamerGate に関連して言及される形で英語圏で拡散されていますが、作者がその議論を意図してシーライオンを書いたのかは定かではありません。
「シーライオニング」という言葉の用語法は、この漫画で決定づけられたのではなく、漫画はきっかけに過ぎません。その後のネット上での用いられ方によって徐々に共通理解が形成されていきました。
概ね「誠実に議論をするふりをして、相手の好意に乗じて一方的に情報提供・説明を要求し、負担をかけさせ、時間を浪費させ、しかも説明された内容を曲解したりしながら更なる質問を繰り返す」と理解されていますが、もっと短く「議論をする気も無いのに悪意を持って質問を繰り返す」と言われることがあります。
日本の既存のネットスラングで言えば「荒らし」≒「釣り」であり、「粘着」に近いものなので、対処法はこれまでと変わりません。
日本語界隈での拡散は2020年から
シーライオニングという言葉が日本Twitterで広まったのは、2020年に入ってからです。
厳密に言うと、2019年12月30日にシーライオニングの語義をUrbandictionaryから引用しつつ元ネタ漫画を提示したものが拡散されたのをきっかけに、何度か関連するツイートが拡散されていきました。
その際の言及のされ方にも変化があるので、その点をここでは整理していきます。
2019年までの"Sealioning"の認識と経緯
このシーライオニングを、グループでシステマティックにしている例。(これで勝てるとしたら、困ったものだけど)https://t.co/lnM7l38kpP
— Akemi Gaines 💫 (@AkashicAkemi) 2018年12月4日
現存している日本語Twitterにおける最古のシーライオニングに言及しているツイート。
これ以降シーライオニングに言及しているツイートは2019年11月まで隔たりがあります。
そして2019年12月31日になされたこのツイートが日本語Twitterでシーライオニングの語が拡散されたきっかけになります。
Sealioning(シーライオニング)なんて言葉があるんですね。「本当は理解する気などないのに、『理解したいので教えて』的な丁寧な姿勢を装いつつ不誠実な質問を繰り返して相手を疲弊させるトロールの手法。時間の浪費やハラスメントが目的で、相手の説明を故意に誤解する」とhttps://t.co/trv4RtO3Sk
— deepdreamlessslumber (@ddslumber) 2019年12月31日
翌日には棘(togetter)のまとめが作成されました。
これは1月1日時点ですが、2月に入ってからもとても多く拡散されていました。
アプリで「Sealioning(シーライオニング)本当は理解する気などないのに、『理解したいので教えて』的な丁寧な姿勢を装いつつ不誠実な質問を繰り返して相手を疲弊による時間の浪費やハラスメント。相手の説明を故意に誤解する」をトゥギャりました。 https://t.co/0SCiYHhnH6
— 石部統久 (@mototchen) 2020年1月1日
リプライや引用リツイートを読む限り、7月に示されたような、作品をストローマンして理解するようないいかげんな論じ方はほぼ無いに等しいです。
この時点では英語圏での用語法の認識と、元ネタ漫画とそこから意味が派生・発展・形成されていったという認識がきちんとあるのが見て取れます。
日本語訳が出てくるのは先の話で、概ね、英語(と英語圏での文脈)を理解しようとする人たちによって認識されていたと言えそうです。が、7月に拡散されたものと比べると小規模なものにとどまっています。
この頃から「フェミがやってることだよね」「某ネット論客そのまんまじゃん」みたいなツイートはありましたが、ほとんど個人の単発の感想に終わっています。
2月以降から6月までのシーライオニングの広がり方
2月はこの漫画化したツイートが拡散されています。
「理解したいので質問させてください!」
— マルクス@「彼女が性被害に遭うなんて」発売中 (@b_ksou) 2020年2月14日
あなたの心を疲弊させ、時間を奪ってくる「シーライオニング」とは? pic.twitter.com/s1sT956QAA
これは「女性が被害を受けやすい」という事が書かれているので、よりフェミニスト界隈に近い言説なのですが、「これってお前らがやってることだよね」とかその逆で「フェミらが論理的に話せないのを誤魔化すためだ」みたいな言及はあったものの、あまりその事で論争のような事は発生していなかったようです。
むしろ「春風ちゃんがよくやられてる」「現実のカップルでもそう」というように、肯定的なものが多かったです。
また、この漫画の作者がシーライオニングの用語法の出典や元ネタ漫画の出典を示していないので、英語圏での使用のされ方・マルキ氏の漫画の内容についてこのツイートから知った人はほとんどいなかったようです(何人かは特定していた)。
もともとウェブコミック(Wondermark /David Malki作)でシーライオンが嫌いなキャラがいて、そこに出てきたシーライオンが繰り返し場面に割り込んで説明を要求することから。のちにこの手のネットのやりとりを説明する解説にこのエピソードが使われ、広まってシーライオンが動詞化した。 https://t.co/yp1N0QJb5F
— 冬斗 (@Wintzer) 2020年2月16日
探しても日本語訳が見つからなかったので拙いながらも和訳をしてみた。
— Takumi Usui (@sontakugrenades) 2020年2月16日
発信するならせめて原作ぐらい読みましょう、マルクスさん https://t.co/zAUBVThUW4 pic.twitter.com/cc88tnFRqg
そのためかわかりませんが、1月よりは「論理的に説明できない連中が使う詭弁だ」といった受け止めが増えています。
「半年ROMれ」という対処方法を指摘している人、既存の概念での置き換えが可能であることを指摘している人はそれなりにいました。
https://t.co/HgtQ6S5Rmu 平たく言えば「青眼鏡式ヌルヌル論法」な訳であの「無限に検証コストを積み上げさせて相手を疲弊させる体力勝負」みたいなのは確かに馬鹿馬鹿しい訳だが始めたのはパヨク界隈で似たようなことは上野千鶴子もやってたよな(苦笑)
— MAXIMAM357@RIGHT OF MGTOW (@Maximam357A2) 2020年2月16日
6月11日には、7月に話題になった際にも多く取り上げられた和訳版がツイートされており、このタイミングでも多く拡散されています。
Sealioning (シーライオニング)という単語が誕生するきっかけとなった漫画を訳してみました。
— あんな (@annaPHd9pj) 2020年6月11日
シーライオニングとは:本当は理解する気がさらさらないのに『理解したいので教えてください。』と丁寧な姿勢を示しつつ不誠実な質問を繰り返して相手に時間を無駄にさせて、疲弊させるハラスメント。 pic.twitter.com/qRqk7gkzgc
7月までの「シーライオニング漫画と黒人差別・人種差別」 の言及
このような状況なので、「シーライオニング 黒人」「シーライオニング 差別」などというクエリで検索をしても、まったくヒットしません。
「アシカを黒人などの別人種に置き換えたら差別に繋がる」旨を主張するツイートは、6月31日までで3、4つしかありませんでした(7月21日検索)。
これが、7月の拡散時には非常に多くのツイートがみつかるようになります。
7月以降のシーライオニングの定義・意味の拡散のされ方
「反論がないなら俺の勝ちだが?w」みたいなアレ。
— 須藤エミニ🕊フェミニストVtuber (@suto_emini) 2020年7月5日
これは議論をする姿勢ではありません。
そうならないように誰もが気をつけましょうね。
【シーライオニングって何?】
短くまとめてみました。#須藤エミニ
▶フルはこちら!https://t.co/ptU9m1vlGC pic.twitter.com/L4WqDevWuI
「須藤エミニ🕊フェミニストVtuber (@suto_emini)」という方がこのような動画を投稿したことが7月に「シーライオニング」にまつわる言説が拡散したきっかけです。
これに対する反応は2極化しました。
フェミニストを名乗る者が説明したことで「ほらみろ」というような反応が増大、他方でフェミニストであるか否かは別として「あるある、よくある」というような反応も多く、後に某ネット論客が「参戦」していくようになりました。
動画の内容的には宇崎ちゃんポスター事件をモチーフに「こういうポスターが子供の見る場所にあるのはよくないな」とフェミニストが感想を述べたところに、それに対してエビデンスを要求する人(Twitterのツイートを見た人などが念頭にある)の例、次に彼女が体験した具体例(「井の頭公園にアシカは居ない」に対するエビデンスを要求する人→ダイヤモンドオンラインの記事と同じ)を提示。こうした流れでシーライオニングの用語法の説明をしていました。
動画では具体的な言及はしていませんが、動画の概要欄にワンダーマークのHP、ダイヤモンドオンラインの解説記事が添付、質問の全てがシーライオニングではないという注意事項も説明がありました。
英語圏でのシーライオニングの用語法から説明したものではないのですが(重ねて言うが、マルキ氏の漫画は概念が形成されるきっかけに過ぎず、漫画におけるシーライオンの行為だけがシーライオニングの定義として使用されているのではない)、それと照らしても概ね合致している説明内容です。
あくまでシーライオニングに関する説明についてですが。
この拡散は7月15日にピークになりました。
フェミニストvs反フェミニスト+某ネット論客の文脈
ここからは私の私見の要素が強まる内容になっています。
「フェミニスト」という言葉の意味を知っている人に「フェミニスト」の印象を複数回答でききました。「女性に甘く、男性に厳しい」「偽善的である」「行き過ぎである」「気難しそう」「男性を嫌っている」などのネガティブな印象が上位を独占しました。 pic.twitter.com/TscZ5741gp
— すもも (@sumomodane) 2020年7月20日
「フェミニスト」に対する評価ですが、ネガティブなものが多く、「議論をしようとしない、反論されてもそれに対してちゃんと応じない」という評価がネット上では定着しています。
【フェミニストとは議論が成立しない】
— Nathan(ねーさん) (@Nathankirinoha) 2020年7月21日
というエビデンスがまた一つ積みあがりました。 pic.twitter.com/GsA4FyFyMl
1つリプライで指摘しただけで14分でブロックされた例ですが、こういう例がいくらでも存在しています。
7月の「シーライオニング」の日本Twitterにおける拡散は、フェミニストに対してこういう認識を持っている者が「フェミニストが言っていることだからおかしい言葉だろう」という先入観を持って理解するものと、フェミニストらによる理解が対立する形で論争化しました。
そうした状況もあったためか、「フェミニストがそれを論じていること」に留まらず、6月までにはほとんど見られなかった「シーライオニングという言葉自体」や、「元ネタ漫画の作品自体」を否定的に論じる様子が目立つことになります。
いい加減全てに対応出来なそうです
— わなび (@wanna_be3) 2020年7月13日
僕の主張をまとめます
・シーライオニングは「嫌がる相手にいつまでもしつこく付いて回る事」がフェミ様の主張なのかなと認識してる
・SNSは様々な人が居るので主張する際は発言に気を付けた方が身の為
・社会を変えたいなら誠実に返さないと支持されづらい
シーライオニングの元ネタ漫画を見る限り、「大したことも考えず相手の存在を否定するような暴言を公に言ったら当の相手に『真っ当な理由あって言ってます?』ってガン詰めされたので、理屈抜きで突っぱねました」って感じなので「確かに『シーライオニングって言い出すとき』まんまだわ」というやつ
— 紙魚 (@silver_fishes) 2020年7月14日
「シーライオニング」、元ネタを知らずに使っている人はともかく、元ネタを知った上で使ってる人は明らかにヤバいでしょ。シーライオニングは「説明しても理解する気がなく何度も要求してくる」のを表すと言われてるけど、あの漫画の人物は一言も「説明」してないじゃないですか。
— 5億円 2017 (@Beriya) 2020年7月14日
なお、元ネタ漫画を持ち出してきたのはフェミニスト界隈であるが、普段あんたらがやってる論理展開からは、あんたらのような連中が寄ってすがるべき漫画ではなく、逆に足元を掬われないか?という文脈で論じられているのがCDB氏のこのエントリ。その限りでは私も同意。これもフェミvsアンチフェミの文脈での捉え方と言えるでしょう。
某ネット論客とシーライオニングの用語法
同時に、某ネット論客に対する評価から「シーライオニングという言葉、わが意を得たり」という視点で論じられるケースも多く存在しています。
青メガネが本気で怯えている。
— ◯ (@rtoiuyuiotyuijj) 2020年7月11日
シーライオニングという言葉が広まれば彼は終わってしまうから。
ムキになればなるほど「私のやってきた事がシーライオニングだと気づかないでくれ」という怯えを伝えるだけですよ。 pic.twitter.com/zZF39u7dJF
フェミニストYouTuber須藤エミニ、シーライオニングの動画を作ると発表し、「サムネイル」アップ
— かとさよ (@withktsy) 2020年7月10日
↓
青識氏「レッテル貼っておしまいとか、アンフェア」
↓
サムネイルには誰が?どんな議論?なども書かれてない。動画もまだ未視聴
後日
青識氏「私を批判するなら、書いてある内容を読んでくれ」 pic.twitter.com/hvS4MvhTUl
青識なんとかさん,あのウザさを誰もなかなか一言で言い表せられないままでいたところに「シーライオニング」という完璧な概念が提示され,その瞬間「あーあーいつものシーライオニングね」で全てが理解されるようになり,なんていうか「妖怪」を把握するのに名前が必要とされた理由が少し理解できた
— Erscheinung44 (@Erscheinung35) 2020年7月13日
そのため、フェミvsアンチフェミ文脈も相まって、英語圏でのシーライオニングの用語法とは離れた文脈で理解されることが多くなり、「その漫画はシーライオニングを上手く表現できていない」、などの時系列からは間違っている理解も一部見られました。
さらに、自分で英語読解ができない者が他人の単語の説明文を一知半解して和訳の内容を否定する、ということも起きていました。
和訳についてはその意図と作品解釈も含めて私も以下で論じています。
ワンダーマークの表題"The Terrible Sea Lioning"を無視した用語法
そしてこの話になるのですが、7月の拡散の中心となった某ネット論客が和訳されたものだけを参考にし(和訳ツイートを「原典」として物を書いている)、原作の表題"The Terrible Sea Lioning"や漫画HP上のTags: annoyances(=ウザい・苛立たせるもの)を無視したことで、独自理解で「シーライオニングしよう」とまで主張した、という展開になりました。
結局このような用語法は受け入れられるハズもなく、まったく広まらなかったのですが、「フェミが詭弁に利用しようとしている怪しい道具」の先入観や、原作ツイートなりHPではなく原題の誘導が無い和訳が広まったことで(和訳者には責任が無い)、「女性が悪いのであってアシカは悪くない」「アシカを黒人や在日朝鮮人に置き換えることができるので漫画はダメだ」という主張も多くみられるようになりました。
アシカを黒人に置き換えたら…のストローマン論法
先述のように、6月31日までは「シーライオニング 黒人」「シーライオニング 差別」ではほとんど誰も論じていませんでした。
それが、7月の拡散時には相当数のツイートが引っかかるようになり、ツイッターの検索窓で「シーライオニング」と入れると関連に「黒人」が出てくる時期もありました(設定環境によっては違いがある)。
「女性の非難対象がアシカという存在であるのが黒人や在日朝鮮人への代入可能性がある」と言うなら、なぜ5コマ目や6コマ目にも代入しないのでしょうか?
黒人や在日朝鮮人は、5コマ目や6コマ目のように、拒否られた相手の部屋に深夜に侵入したり朝食の時間にも議論を吹っかけて粘着するような人々なのでしょうか?
漫画は6コマあって全体の展開から理解すべきものを、5コマ目以降を無視しているのはストローマン(藁人形)論法ではないでしょうか?
「黒人はアシカみたいに部屋に入ってまで抗議してこないから、シーライオニングのアシカを黒人に置き換えるのは不適」という意見は、BLM運動で私有地に侵入してくる黒人の実例を知ってから言って欲しいですね。
— ねこぽりす (@nekoporisu) 2020年7月17日
こんなのがありますが、ならばもはや女性が嫌悪するのは正当性があるということになぜ気づかないのだろうか?
なお、2014年に英語圏で拡散された際もこのような難癖は多くつけられたようですが、作者が「そういう読み方は普通しないだろ」と一蹴しています。
嫌悪対象を擬人化する展開を否定するのは表現の自由の観点から危険なのでは?
女性「私、風刺漫画は大体OKなんだけど、ワンダーマークの"The Terrible Sea Lion"だけは無理」
— Nathan(ねーさん) (@Nathankirinoha) 2020年7月20日
男性「そんな事いっちゃ…」
ワンダーマークの"The Terrible Sea Lion"「すみません、聞こえてきたのですが…ワンダーマークの"The Terrible Sea Lion"があなたを実際に不幸にさせたエビデンスを…」 https://t.co/bMphzrA59s
7月の拡散時に見られた光景は、嫌悪対象を擬人化するという風刺の表現を狭めるような論理を、表現の自由が大事だと言ってる側が、反フェミの文脈で相手を論破できればそれでいいと思って主張している様でした。
それを見るのは何とも言い難い気持ち悪さを覚えますし、誠実さの欠片もないなと思います。
以上