事実を整える

Nathan(ねーさん) 法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。リンク切れに備えて魚拓を活用しています。

「直接請求の署名簿は縦覧できるから誰が署名したかバレる」は署名の自由妨害のデマなのか?

 

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「直接請求の署名簿は縦覧できるから誰が署名したかバレる」は署名の自由妨害なのでしょうか?

「縦覧できるから個人情報がバレる」は署名の自由妨害か?

地方自治法

第七十四条の四 条例の制定又は改廃の請求者の署名に関し、次の各号に掲げる行為をした者は、四年以下の懲役若しくは禁錮こ又は百万円以下の罰金に処する。
一 署名権者又は署名運動者に対し、暴行若しくは威力を加え、又はこれをかどわかしたとき。
二 交通若しくは集会の便を妨げ、又は演説を妨害し、その他偽計詐術等不正の方法をもつて署名の自由を妨害したとき。

署名の自由とは「直接請求の署名に関して認められた権利の行使に伴う自由」とされています。参考:逐条地方自治法 新版 第9次改訂版[本/雑誌] / 松本英昭/著

直接請求制度(今回の場合は地方公共団体の長の解職請求)と規律や所管が似ている選挙については、選挙当日に選挙人を尾行して選挙人に不安の念を生じさせた行為は、多くの場合自由妨害になるものとしています。

直接請求の署名簿の縦覧に関して、「署名簿は縦覧できるからどこの誰が署名したかが分かる」というような事を伝えるのは、「偽計詐術等による署名の自由妨害」になり得るでしょうか?

まずは縦覧の運用方法について確認していきましょう。

選挙管理委員会に確認した内容

署名簿を「縦覧に供する」の方法と縦覧できる者の具体的範囲 - 事実を整える

愛知県選挙管理委員会に確認した「縦覧に供する」の内容はこの記事でまとめていますが、以下、簡潔に示します。

署名簿を縦覧できる人はその自治体の有権者

「縦覧」できる人は「関係人」=その自治体(市区町村)の有権者です。

署名簿は市区町村ごとに作製することになっているので、署名簿の管理も各自治体の選挙管理委員会になります。

縦覧制度は、署名簿を一定期間関係人の縦覧に供することで署名簿の署名の効力決定の正確を期するため、関係人をしてその効力決定の過誤の有無を検討させ、修正の申立てを行わせる趣旨とされています。
参考:逐条地方自治法 新版 第9次改訂版[本/雑誌] / 松本英昭/著

一般有権者の縦覧の範囲

よって、一般有権者の縦覧の具体的な方法としては、署名が書かれている該当ページのみを縦覧希望者に見せる運用が取られているとのことでした。

また、自分の名前が盗用されていないかを確認したい、という場合には、各自治体の窓口で有権者である旨を伝えると、職員の側で当該有権者が署名簿に記載されているかをチェックし、記載されていれば当該ページのみを見せ、そうでなければ「記載されていない旨を伝える」運用とするとのことです。

つまり、縦覧希望者が当該市区町村管理の署名簿をすべて見てチェックをする、などという運用を採ることにはしていない、ということです。 

※なお、自分の署名部分だけを見せる運用が採られるのかは各自治体の運用次第かもしれず、ここでは明言しません。

請求代表者・署名受任者の縦覧できる範囲

請求代表者はすべての署名簿を縦覧可能です。

また、署名を集めることを受任した者は、担当部分の署名簿を縦覧可能です。

過去の直接請求の事例における縦覧の方法

愛知県選挙管理委員会以外にもいくつかの自治体の選管に過去の事案において署名簿の縦覧が行われた場合の運用も確認しました。

いずれも2014年以前のもので、公職選挙法から「縦覧」の文字が消えて縦覧制度を廃止し、個人情報保護に配慮した規定が整備されている閲覧制度に一本化されたのが2017年6月ですから、自治体を取り巻く法体系や個人情報の取り扱いの空気感というものは、現在とはかなり異なると言えるでしょう。

この場合、請求代表者か一般の有権者かはわからないが、縦覧に供した際の扱いとしては、署名簿を全て渡して庁舎内の一定の場所で読ませた、という回答でした。

過去に「署名による個人情報が流用される」と脅し紛い行為がなされた事例

2014年夏に、埼玉県川島町で住民グル―プによる町長解職請求(リコール)の署名集めが展開されたことがありました。

署名縦覧を盾に議員らがビラで暗黙の圧力?町長リコール運動をめぐる川島町住民の狼狽 | 相川俊英の地方自治“腰砕け”通信記 | ダイヤモンド・オンライン魚拓

 考える会がリコール署名に向けた手続きを済ませた直後、町内の民家にあるチラシがポスティングされた。「町長リコールは本当に必要か?」と題されたもので、「川島町の良識を守る会」という団体が出したものだった。代表者名などの記載はなく、住所のみ。

 書かれている内容は、議会に提出された町長の意見書をなぞったようなもので、「町長にリコールしなければならない失政は有りません」と断言している。その上で「作為に満ちたリコール運動」とバッサリと切り捨てた。そして、「今回の新庁舎建設反対運動の本当の目的は何だったのでしょうか」と疑問を呈し、「署名簿が別の目的に流用されるおそれはありませんか?」と問いかけている。言外で「選挙目的である」と批判しているのである。

省略

チラシには「我々議員12人は、リコールを断固阻止します!」といった激烈な表現が散りばめられた。問題はチラシの最後の部分である。

大きな文字で「(!)署名の前に考えてください。」とあり、その下の白抜きの文字でこう書かれていた。「署名簿に署名捺印した場合は、取り消しはできません。また、一定期間内に、川島町選挙管理委員会で有権者なら誰でもその署名簿を見ることができ、誰が署名したのか確認できます。」

リコール反対派(町議員12人)が、「有権者ならだれでもその署名簿を見ることができ」と書かれたチラシを配って、半ば脅しのような形で署名の意思を削ぐ活動が行われました。

このときの縦覧の運用としては、請求代表者なのか誰なのか分からないが、川島町の有権者2名が縦覧を希望したため、庁舎内の場所を指定して署名簿を全て渡して縦覧させた、と川島町窓口から聞きました。

「署名簿は縦覧できるから個人情報漏洩」は愛知県知事リコール運動妨害になり得るデマなのか?

さて、では愛知県知事の解職請求に際して、「署名簿は縦覧できるから誰が署名したのか分かる」と言って署名を躊躇させる(良い言い方をすれば一歩踏みとどまって考えさせる)ということは、果たして「署名の自由妨害」に当たると言えるでしょうか?

ちなみに、8月28日時点では愛知県選管は各自治体に対して正式に縦覧の運用を通知しているのか定かでは無く、公式リリースもしていません。ここで書いたことも私が愛知県選管に直接確認したから把握できたことで、一般に広く周知されているものではありません。

現在は法体系の変更などがあり運用がそのようになっているとしても、過去にはそのような扱いをしている事案があったことや、過去の公職選挙法に存在した「縦覧」制度などから、2020年に行われる愛知県知事の解職請求に際して「縦覧に供する」の運用について、署名簿はその自治体の選挙人であれば署名していない他人が閲覧できると喧伝すること」は、愛知県選管の運用事実と異なるデマであるとは言えるでしょうが、地方自治法上の刑罰対象行為となるかというと、故意が否定されるかもしれず、よくわからないなというのが率直な感想です。

以上