数字ではなくデータを見るべき
- 田中辰雄「斎藤支持者の7割の認識は陰謀論の特徴」
- 7月20日に兵庫県の公益通報担当部署がパワハラを認定せずとの報道
- 「アンケート調査で140人がパワハラを体験・目撃との回答を無視」
- 140人の「体験・目撃」の内容には再伝聞や無関係な事項の記述が多い
- 数字からのみの分析の限界:既にネットで動画や資料が公開されているものすら見られていない
田中辰雄「斎藤支持者の7割の認識は陰謀論の特徴」
ただ、気になるのは、この選挙で使われた斎藤氏の擁護論に、陰謀論に見られる特徴が多々みられることである。断片的疑問への固執、大きな証拠の無視、切り取り、主体の不明などである。たとえば、擁護論ではパワハラがなかったことの論拠として録音がないということが強調される。しかし密室で行われるDVなどとは異なり、証言者が多いパワハラ事件では録音がないことはありえる。それよりアンケート調査で140人もの人がパワハラを体験・目撃したと回答しているという大きな事実があるのだが、これは無視される。
百条委員会の奥谷委員長が最初の記者会見で、「パワハラと述べた人はいなかった」と述べた動画が繰り返し拡散されたが、これは最初を切り取っただけで、調査を重ねるにつれてパワハラと言われるものはあったと修正されている。しかし、擁護論は修正には言及せずに、切り取りの部分だけを拡散し続ける。このように断片的事実に固執し、全体を見ようとしないのは、陰謀論によくみられる行動類型である。
【ネット炎上の研究】【ネットは社会を分断しない】などの著作で知られる横浜商科大学教授兼国際大学GLOCOM主幹研究員の田中辰雄氏が、SYNODOS=シノドスにて兵庫県知事選での斎藤元彦氏の支持者らの言説を分析した論稿を寄せていました。
曰く「斎藤氏の擁護論には断片的事実に固執して全体を見ないという陰謀論によくみられる行動類型が多々見られる」と。
その論拠として、以下の6つの現代的陰謀論について、2つ以上信じている人の割合が、斎藤支持者らが32%、稲村支持者が16.9%と2倍近い差が出ているということを挙げています。*1
(1)今回のウクライナ戦争は、実は闇の勢力がプーチンとゼレンスキーを操って引き起こしたものだと思う
(2)新型コロナは中国が生物兵器として作り出したものだと思う
(3)新型コロナの変異株は製薬会社がワクチンで儲けるために自分たちで作り出したものだと思う
(4)政府に都合の悪い報道が出そうになると、薬物中毒の芸能人を逮捕させて、目くらましをしていると思う
(5)日本の政治家の多くが外国に操られていると思う。
(6)財務省は意に沿わない政治家が出ると、スキャンダルを明らかにして失脚させていると思う
7月20日に兵庫県の公益通報担当部署がパワハラを認定せずとの報道
田中辰雄氏の主張には非常に違和感を感じます。
そもそも支持者に陰謀論者の特徴があるということと、支持者の齊藤氏に関する認識が陰謀論に拠るもの、つまりは不合理な認識や推論過程を得ている、ということは、簡単には結び付かないはずだからです。
兵庫県の公益通報担当部署、贈答品で是正要請へ パワハラ認定せずhttps://t.co/leuyyYwmwK
— 日経関西 (@nikkeikansai) 2024年7月20日
知事のパワハラ疑惑などを内部告発した前西播磨県民局長の文書を巡り、県の公益通報の担当部署が、贈答品受領基準の明確化などの是正措置を講じるよう県側に求める方向であることが分かりました。
兵庫知事ら七つの疑惑、一部に「是正措置を」 公益通報担当部署、調査結果とりまとめ:朝日新聞デジタル
7月20日に、兵庫県の公益通報担当部署が、告発文書の内容について(おそらく4月の内部公益通報を受けて)判断した結果、斎藤知事のパワハラを認定せずとの報道がありました。
斎藤氏の支持者による「パワハラは無かった」という認識は、ここが影響した可能性があります。その点は考えないのだろうか?
斎藤支持者がこれを念頭にパワハラが無かったと考えてるかは定かではないし、当該報道が埋もれていたために認識出来ない者が多いであろうことは触れておきます。
なお、これは県からは公表されておらず、報道されているだけです。
それはなぜなのか?日本維新の会の増山誠議員が公益通報を所管する財務部に問うたら、「ある会派の議員から発表を延期するように強い意見があったという証言を得た」としています。
昨日、下にリンクを貼った動画の件について公益通報を所管する財務部から事情をヒアリングしました。
— 増山誠 日本維新の会 兵庫県議会議員 西宮市 (@masuyama_makoto) 2024年11月14日
その結果、公表内容について財務部は百条委員会の奥谷委員長(自民党)、岸口副委員長(維新の会)に事前に説明したということが分かりました。…
もちろん、県の公益通報担当部署なので行政側ではあるため、広い意味での「知事側」と言えなくもありませんから、この結果を確定事実・確定評価とすることは避けるべきであり、「県議会」の百条委員会で調査が行われており、その結果を待つべきだというのは合理的です。
しかし、県議会も未だにパワハラ認定はしていません。
にもかかわらず、日本ファクトチェックセンターですら言っていなかった「調査を重ねるにつれてパワハラと言われるものはあったと修正されている」とまで書いているのは、いったい何を参照したのか?不思議で仕方がありません。*2*3*4
「アンケート調査で140人がパワハラを体験・目撃との回答を無視」
兵庫県知事選調査――なぜ斎藤氏は勝利したのか/田中辰雄 - SYNODOS
しかし密室で行われるDVなどとは異なり、証言者が多いパワハラ事件では録音がないことはありえる。それよりアンケート調査で140人もの人がパワハラを体験・目撃したと回答しているという大きな事実があるのだが、これは無視される。
再掲しますが、田中辰雄教授が「アンケート調査で140人もの人がパワハラを体験・目撃と回答してるのを無視」としているのは、【集計結果の数字だけ見て、元資料をちゃんと読んでないんだな】ということの証左です。
以下の記事で「140人」のうち、「記名」での回答文を精査しています。
140人の「体験・目撃」の内容には再伝聞や無関係な事項の記述が多い
ここでは【A:目撃、経験等により実際に知っている】という項目で回答している者(これが140人)であっても、自由記述の中身を見ると、情報源不明な伝聞や再伝聞だったり、そもそもパワハラの話とは無関係な記述、斎藤知事の発言ではない他者の様子からの推測が多数書かれていたりしている実態を明示しています。
回答項目のAだのBだのは、百条委員会・県議会の事務局が精査・整理をして振り分けたものではなく、Googleフォームで回答した職員による選択に過ぎず、必ずしも項目通りの内容になっていないわけです。
パワポスライドをまとめていますが、その一部がこれ。
「記名」でこのレベルなのであり、「無記名」の回答は更にカオスです。
こうなっていることの理由の一つとして考えられるものが、記名で回答していた特定の幹部による証言から伺えると言えます。
そこでは【事例共有】として知事から叱責等の指摘をされたケースについて、他の部局に情報を提供していたとしています。
そのため、事例共有をしていた者らにとっては、業務上その情報を必ず参照して実務に当たっていたということで、「自身の経験」として認識していたため、回答があのようになったのではないか?と言い得ると言えます。
ただ、それで説明がつくものは一部であり、だったらその旨を書けよ、と思います。
【140人もの人がパワハラを体験・目撃と回答してる】の実態は、こういうものなのです。
数字からのみの分析の限界:既にネットで動画や資料が公開されているものすら見られていない
兵庫県知事選調査――なぜ斎藤氏は勝利したのか/田中辰雄 - SYNODOS
無論、これだけのことでは、擁護論が陰謀論であるとの断定はできない。支持者の傾向と擁護論そのものの性質は別の問題であり、さらなる調査が必要である。現場に足を運んだジャーナリスト、社会学者、政治学者、あるいはツイートやアクセスログを解析する工学者の調査が待たれる。いずれにしても、今回の事件はネットだけの力で選挙結果がひっくり返った点で稀な事例である。仮にそれが陰謀論によるのなら問題であるし、そうでないとしてもネットの力を示す事例として歴史に残ることになるだろう。調査研究の価値は高い。
田中教授の手法の限界は、彼自身が十分認識してるんでしょう。
それは私が彼の著作をみても所々で感じてきたところではあります。
「ネットは社会を分断しない」田中辰雄 浜屋敏
— Nathan(ねーさん) (@Nathankirinoha) 2024年8月26日
【SNSはエコーチェンバー,選択的接触をむしろ緩和・穏健化させている】という結果が得られたとする研究
この論客の中で自分と反対側の政治傾向の人を何人フォロー?というクロス接触率は平均0.39で、これは米国ドイツスペインと概ね同じ結果だという https://t.co/UwUHocNnLg pic.twitter.com/mW3LJuQVUn
個人的には、クロス接触率に関してあの面子のフォローで「穏健化」と評すのは実態から乖離したものになる懸念があると思う。
— Nathan(ねーさん) (@Nathankirinoha) 2024年8月26日
単に参照してるか否かであって、意見が変わったと言うには更なる調査が必要なはず。
「数字すら出てない領域」を照らす際には、田中辰雄教授の手法は強いと思うし、著作にある「情報発信力の濫用の時代」という認識は有用だろうと思います。
しかし、本件に関しては「その先」の話が必要だろうと思います。
既にネットで動画や資料が公開されているものですら、このように都合の良いようにかいつまんだ数字だけが独り歩きさせられているという現状。それを研究者が行っているという実態がありますから、具体的な「事実」を真正面から相手にし、マスメディアや巷間で流布されている認識が本当なのか?を立ち返って検討する姿勢が求められます。
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*1:1つの場合や3つ以上信じている人の割合は、なぜかわからないようになっている
*2:JFCがチェックした実際の奥谷委員長の発言は8月23日会見のもので以下
委員長:私の認識では明確に知事の方からパワハラを受けたという方はいらっしゃらなかったという風に考えておりますが、それは職員さんの中でもこれがパワハラに当たるのか自分では判断できないという方もおられましたし、そこはこれから我々が聞いた事実を評価して 、パワハラに当たるのかどうか、しっかり評価をしたいと考えてます。
記者:例えば、厳しい叱責を受けたという方は、先ほど奥谷委員長から出た話もあったと思い ますが、どのぐらいいらっしゃったんでしょうか。
委員長:すいません。ちょっと本当にまだ整理ができてないので、あれですけど、厳しい叱責を受けたことがあると言われてた方は結構おられたんじゃないかなとは思います。ただそれがパワハラに当たると思いますとか、そういったことは、おっしゃったという記憶は今ありません。
このように、パワハラと評価できるかどうかを否定も肯定もしていないというのが実態であり、11月24日時点では委員会として「パワハラと言われるものはあったと修正」という事実は存在していない。
*3:8月30日の会見では委員会としての見解ではないとつつ個人的な見解として「書いてあることは概ね事実として認定できるのではないかと思う」としており、その事実がパワハラであるか否かの評価は慎重に避けている。
*4:8月30日の会見では、これとは別に、3月27日の知事会見で「嘘800」などと発言したことはパワハラではないか?と問われ、個人的な見解として奥谷氏などが「パワハラと言ってよいのではないか」と発言しているのは事実。ただ、これは当然、3月12日付の怪文書の7項目のことではなく、文書の正当性や知事の文書の扱いの正当性とは全く関係が無い