事実を整える

Nathan(ねーさん) 法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。

東スポ理論とは:「記事が陳腐」名誉毀損裁判史上に残る珍判決

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いわゆる東スポ理論・東スポ論法の判決についての紹介と解説。

ロス疑惑の三浦和義vs東京スポーツの名誉毀損裁判

東京地方裁判所判決 平成5年8月31日 平成4年(ネ)3733号 の事案の概要()内は筆者

いわゆるロス疑惑事件で社会の関心を集めていた原告の拘置所内の行動を取り上げた被告会社発行の日刊紙東京スポーツの芸能記事が原告(三浦和義)の名誉を毀損するものであるとして、原告が被告会社と右記事執筆者である被告梨元(梨元勝)に対して、不法行為に基づき損害賠償を求める事案。

ロス疑惑事件とは、要するに殺人未遂被疑事件であり、三浦は逮捕・起訴され勾留中でした。結局三浦は無罪になり、三浦は各メディアに対して弁護士をつけずに名誉毀損訴訟を起こし(「本人訴訟」と言われる)、多数の勝訴判決を得ています。

東スポ理論「記事が陳腐だから社会的評価の低下は無い」

争点に対する判断から抜粋します。注は筆者。

2 ところで、原告は本件記事が掲載された当時、妻に対する殺人未遂被疑事件で東京拘置所に勾留されたまま公判審理を受けていた刑事被告人であり、社会的にもいわゆるロス疑惑事件の渦中の人として世間から高い関心を集め、原告の言動はマスコミの恰好の取材対象であった(公知の事実である)。
 他方、被告梨元のリポート記事の類は社会的事象を専ら読者の世俗的関心を引くようにおもしろおかしく書き立てるものであり、東京スポーツの本件記事欄もそのような記事を掲載するものであるとの世人の評価が定着しているものであって、読者は右欄(※注:当時の判決文は縦書きであった)の記事を真実であるかどうかなどには関心がなく、専ら通俗的な興味をそそる娯楽記事として一読しているのが衆人の認めるところである。そして、真摯な社会生活の営みによって得られる人の社会的評価は、このような新聞記事の類によってはいささかも揺らぐものでないこともまた経験則のよく教えるところである。
 したがって、このような評価の記事欄に前記のような内容の記事が掲載されたからといって、当時の原告が置かれていた状況を合わせ考慮すると、記事内容が真実であるかどうかを検討するまでもなく、原告の社会的地位、名誉を毀損し、あるいは低下させるようなものと認めることは到底できないものというべきである。
 もっとも、本件記事が名誉毀損にわたるものではないとしても、思わせぶりな前記見出しの掲げ方とともに、被告らにおもしろおかしく前記のような記事として取り上げられたこと自体が原告にとって不快なものであろうことは推認できないではない。しかし、当時の原告の置かれた状況並びに世人から寄せられていた関心の高さとその性質及びそのような関心を寄せられたとしてもやむを得ない状況にあったこと、右記事から既に六年以上が経過し、右記事自体の陳腐さが明らかであること等の諸事情に照らすと、右記事の掲載に損害賠償をもってするほどの違法があるものとも認められない。

このように東スポ理論は「記事の陳腐さが明らかだから、その記事で言及されている者の社会的評価の低下は無い」というものでした。

事実の摘示による名誉毀損裁判は①社会的評価の低下があったか、②①ならば公共利害性・公益性はあるか、③真実性又は真実相当性は認められるか、の段階で判断します。

東スポ理論は、この内①の社会的評価の低下の有無の所で作用する理論だというのが分かります。「記事内容が真実かどうかは検討するまでもなく」とあるように、「東スポの記事を真実であるとは誰も思わない」という意味ではないことには注意が必要だと思われます。

また、東京スポーツの記事の全体ではなく「梨元リポート」を対象にした言及だという事が分かります。

まぁ、実質的にそう言ってると言っても良いとは思いますが。

当然ですが、こんな無責任媒体を量産するような判決は控訴審で否定されました。

東京地裁判決を東京高裁が否定:「陳腐」は否定せず

東京高等裁判所判決 平成5年8月31日 平成4年(ネ)3733号

ー証拠略ーによれば、本件記事は、控訴人が東京拘置所内において、所内の規則に違反して、差し入れ品を横流ししていることを具体的に指摘するものであり、右のような控訴人の所内規則違反行為の報道が控訴人の人格の社会的評価を低下させる面があることを否定できないというべきであって、控訴人が刑事被告人の立場にあること、被控訴人梨元の執筆する芸能リポート記事が通俗的な興味をそそる娯楽性の高いものであること等の事情によって右結論が左右されるとは考えられない。

とした上で、記事内容が虚偽であることを認めて名誉毀損による不法行為を構成すると判示しました。

他方で、東京地裁が判示した東京スポーツの梨元リポートの「陳腐さ」については特に否定していません。

この判決が確定され、かくして「東スポ理論」は葬られました。

アメリカ版東スポ理論?「政治的主張における修辞的誇張表現」

「アメリカ版東スポ理論」とでも言えるようなものがあります。

それは一媒体に関するものではなく、政治的な表現の場面全体における話であり、概ね、「政治的な主張において示される内容は基本的に誇張されていると聴衆が受け止めるものである」、というものです。

2020年の米国大統領選挙に関して主張された中で示された判例としては以下があります

Watts v. United States :: 394 U.S. 705 (1969) :: Justia US Supreme Court Center(名誉毀損事案ではない)

"Adelson, 973 F. Supp. 2d at 489-491"

また、2020年9月にはTVキャスターによる、プレイボーイモデルとトランプ氏の関係に関する発言が「政治的議論を構成することを目的とした修辞的な誇張表現と意見の解説」だとして、「合理的な視聴者は彼の発言に対して適切な量の懐疑論を持った認識に到達する」と判示されています。

McDougal v. Fox News Network, LLC, No. 1:2019cv11161 - Document 39 (S.D.N.Y. 2020) :: Justia

このように、アメリカにおいては政治的な話題における表現というものについて広範な表現の自由が認められているのが分かります。

それが果たして望ましいかは別にして…

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