バズフィードジャパンが行ったファクトチェック記事の中で推論過程に疑義が呈されるような内容がありましたので取り上げます。
厚生労働省と東京都に調査報告書について確認をしました。
- 「安倍政権でホームレス3分の1」のファクトチェック記事
- 2007年厚労省調査と2018年東京都調査の異同
- 厚労省調査ではカプセルホテル・ビデオルーム・ネットルームが漏れていた?
- 調査期間が厚労省は夏、東京都は冬
- オールナイト利用者全体に占める「住居喪失者」割合は増えている可能性
- 小括:東京都調査の数が多いのは調査・推計方法に起因する可能性が
- 結論:バズフィードの記事はフェイクではないが推論過程に大きな疑問
- まとめ:ファクトチェック記事に推測記事を上乗せするのは適切か?
「安倍政権でホームレス3分の1」のファクトチェック記事
「安倍政権がホームレスを3分の1に減らした」は誤り。ネットで拡散、実際は…?
ホームレス自立支援法は、「ホームレス」を「都市公園、河川、道路、駅舎その他の施設を故なく起居の場所とし、日常生活を営んでいる者」と定義している。
2000年代後半から社会問題となっている「ネットカフェ難民」などの人々は、定住できる家がなく生活に困窮していたとしても、「ホームレス」の定義に当てはまらないため、前出の調査には含まれない。そして、店舗内などにいるため、調査しづらいという現実もある。
2007年の厚労省による調査ではその数は全国で推計約5400人(東京2000人、名古屋200人、大阪900人)とされていた。しかし、その実数は増えているとみられる。
実際、2018年に東京都が実施した調査(2018年)では、都内だけで推計約4000人とされている。調査が違うとはいえど、単純比較で11年前の倍だ。
「ホームレスが減少傾向にある」ことを手放しで喜んではいけないのは、このような点にあると言える。
「安倍政権でホームレス3分の1」というネットの言説に対するファクトチェック記事。
ここでの対象文言は 、ファクトチェックの対象となっている「ホームレスの統計上の数」とは別の「ネカフェ難民」の数について
「2007年の厚労省による調査では…東京2000人」「しかし、その実数は増えている」「2018年に東京都が実施した調査では都内だけで推計約4000人」
と記述している部分です。
この部分は本題であるホームレスの数についてファクトチェックをしたのちに、筆者が推論を述べている部分であるという性質のものです。
記事中で引用している調査結果を見てみると、その推論に疑問を持たざるを得ません。
2007年厚労省調査と2018年東京都調査の異同
東京2000人と東京4000人というのは調査上では「住居喪失不安定就労者」を指しますが、2007年厚労省調査と2018年東京都調査では異なる点が多く存在します。
しかし、東京都の調査報告書は「実施時期や規模、対象店舗等の与条件が異なる」とあります。この時点で「厚労省調査と東京都調査を比較するのは妥当なのか?」と疑問に思わないといけません。
よって、具体的に中身を見てみないと分かりません。
住居喪失不安定就労者等の実態に関する調査報告書 平成19年8月 厚生労働省職業安定局
住居喪失不安定就労者等の実態に関する調査報告書平成30年1月 東京都福祉保健局生活福祉部生活支援課
オールナイト利用者の東京都の推計値の時点で差がある
最も重要な点として、2007年厚労省調査と2018年東京都調査のいずれも、住居喪失不安定就労者等の数値を出す前提として「オールナイト利用者」の数値を出しています。
「オールナイト利用者」とは、【平日(月~木曜日)1日において、深夜から朝まで通して利用する者(最低5時間以上利用し、各店舗のオールナイト料金の対象となるような者)の数であり、単に深夜に利用して数時間滞在してすぐに出て行く者を除く。年間を通じた平均的な数】を指すと調査資料に書かれています。
オールナイト利用者であるからといって、それだけでは経済状況等の悪化に起因した行動であるということにはなりません。経済状況等とは別個に、単純に利用客が増加した可能性もある数値です。
「オールナイト利用者」は、2007年が8,500人、2018年が15,300人
「オールナイト利用者」の東京都における数は、2007年が8,500人、2018年が15,300人でした。
「住居喪失不安定就労者等」の数値は、ここから算出されているものであり、前提となるオールナイト利用者の数が少なければ少なく出るのは当たり前です。
なぜこのような差が生まれたのでしょうか?
厚労省調査ではカプセルホテル・ビデオルーム・ネットルームが漏れていた?
上記は東京都の調査結果です。
「インターネットカフェ・漫画喫茶」のほかに「ネットルーム」「ビデオルーム」「カプセルホテル・サウナ」が別項目になっているのが分かります。
対して上記は厚労省の調査結果。
カプセルホテル・サウナなどが含まれているのかが分かりません。
この点について東京都・厚労省の該当部署に確認をしたのですが、いずれも
【厚労省のデータにおいてカプセルホテル等を含めた値になっているのかどうかは分からない】
と言われました。
なぜこの点が重要なのかというと、そもそも集計対象から漏れていた場合、オールナイト利用者の推計値が少なくなるのは当然になりますし、含まれていたとしても「回答平均値」が大幅に異なるものを一緒くたにして計算していたことになり、それが東京都調査と厚労省調査で数が大幅に変わった原因の一つと考えられるからです。
※回答した店舗が全店舗ではないため、推計により全店舗でのオールナイト利用者を算出する必要があるために回答平均値を利用している
厚労省調査はインターネットカフェ・漫画喫茶のみか?
ヒントは「大規模駅周辺店舗」。
これは「1日の乗降客数が30万人以上」の駅から1km圏内に立地する店舗です。
立地によって利用客が相当変わると考えられるため厚労省調査で導入された概念です
JR東日本:各駅の乗車人員(2007年度)では、これに該当する駅は東京・池袋・渋谷・品川・新宿・横浜の6つのみです(2006年も同様)。
すると、厚労省調査の346店のほとんどが東京都の店舗ということになります。
東京都調査ではそういった絞り込みの無いインターネットカフェ・漫画喫茶が315ですから、ほぼこれが東京都の店舗数に近いということになります。
そのため、もしも厚労省調査の店舗数にカプセルホテル・サウナ等が含まれていたなら、大規模駅周辺店舗の数は400を超えていたハズではないか?ということが考えられます。
したがって、厚労省調査では「カプセルホテル・サウナ」「ネットルーム」「ビデオルーム」が含まれていない可能性が高いと言えるでしょう。
厚労省調査では都会の店舗であるほど実態よりも推計値が低くなる?
さらに、「その他駅周辺」と「郊外」の回答平均値の計算方法も問題です。
上記のJRの数値では、関東の駅が上位のほとんどを占めます。
すると、厚労省は全国調査をした回答平均値を出しているのですから、乗降客数が多い駅の近くの店舗では利用客が多いという前提に立つと、関東の、特に東京都の店舗の数値は実際よりも低く出ることが考えられます。
もちろん、「田舎の店舗は敷地が広いので1店舗で多くの客が来る、東京都は敷地が狭いので1店舗のキャパが少ないため客数は抑えられる」という実態がある可能性もありますが。
調査期間が厚労省は夏、東京都は冬
そして、調査期間の違いもあります。
厚労省調査は「6月下旬から7月中旬」とあり、東京都調査は「12月~1月」です。
東京都の担当者は、「一般に夏の方が外に出ていることが多く、冬は寒さをしのぐために屋内に居ることが多いと言える」と話していました。その通りだと思います。
その結果、厚労省調査では数が少なく、東京都調査では数が多くなったという可能性があります。
オールナイト利用者全体に占める「住居喪失者」割合は増えている可能性
もっとも、オールナイト利用者に占める住居喪失者は、厚労省調査の大規模駅周辺店舗で10.3%、東京都調査で25.8%となっており、住居喪失者がネットカフェ等を利用している数が増えている可能性を示唆する結果です。
しかし、これも季節の影響なのか、全体の数として増えているのかの切り分けは不可能なので、現時点では参考程度にしかなりません。
小括:東京都調査の数が多いのは調査・推計方法に起因する可能性が
以上より、あくまでも現時点の話ですが、厚労省調査よりも東京都調査の数が多くなったのは調査・推計方法の違いに起因する可能性が示唆されました。
よって、実態としてネカフェ難民が増えているかは不明としか言いようがありません。
ただし、「ホームレス統計」に現れない住居喪失者の実態把握を試みる観点として「ネットカフェ難民が増えているのでは」や「「昼間に働いている者はカウントされない」という問題意識そのものは大切なので、継続的な調査が望まれるところです。
結論:バズフィードの記事はフェイクではないが推論過程に大きな疑問
バズフィードの記事における「しかし、その実数は増えているとみられる」の「実数」とは何を指しているのでしょうか?
「現実に存在している数」であれば、「調査結果からは不明」と言う他ないでしょう。
「統計上の数値」という意味なら単純に「数値は増えている」と言えば良く、「みられる」という推測文言があるのは「実態としては増えているのではないか」ということを推測しているという意味でしょう。
その推測は、ここで検討したように実態というよりも調査方法・推計方法の違いに起因する可能性が無視できない程度にあるのであって、厚労省と東京都の調査結果を「単純比較してはいけない」ものであり、そのような推論を取ること自体が問題だと思います。
調査結果に向き合っていれば、結論を出すのは憚られると思うのですが。
したがって、バズフィードのファクトチェック「記事」はフェイクではないが、ファクトチェックの対象外の事項について推論過程に大きな疑問が生じるものであると言えます。
まとめ:ファクトチェック記事に推測記事を上乗せするのは適切か?
バズフィードの当該記事の構成は
- ホームレス数のファクトチェック
- ネカフェ難民に関する推測
の2段階構成になっています。
ファクトチェック記事に推測記事を上乗せしていると言えます。
この構成は果たしてファクトチェックを主題にしている記事として適切でしょうか?
普通の記事ならこんな細かい点を指摘することは無い。
私は、バズフィードのファクトチェックによって誤解が解かれたケースは少なくないと考えているため、このような運用がファクトチェック記事として相応しいのか、今一度検討していただきたいものです。
以上