仙台市の交番で巡査長が刺殺され、駆け付けた巡査部長が容疑者に発砲して射殺するという事件が起きました。
これについて「発砲した警察官には正当防衛が成立するべき」という意見がみられますが、法的には正当防衛は検討されない可能性もあります。
警察官の発砲事案における判例と判断過程について整理していきます。
- 刑法195条:特別公務員暴行陵虐致死罪
- 刑法35条と36条の正当防衛
- 正当防衛と警察官職務執行法7条各号
- 警察官が発砲して死亡者が出た事件
- 発砲事件の判例の判断:平成22年(わ)第81号
- 警察官等けん銃使用及び取扱い規範について
- 仙台市の交番で警察官刺殺犯人に対する発砲事件の扱い
- まとめ:警察官発砲事件では正当防衛が認められる傾向
刑法195条:特別公務員暴行陵虐致死罪
(特別公務員暴行陵虐)
第百九十五条 裁判、検察若しくは警察の職務を行う者又はこれらの職務を補助する者が、その職務を行うに当たり、被告人、被疑者その他の者に対して暴行又は陵辱若しくは加虐の行為をしたときは、七年以下の懲役又は禁錮に処する。
2 法令により拘禁された者を看守し又は護送する者がその拘禁された者に対して暴行又は陵辱若しくは加虐の行為をしたときも、前項と同様とする。
警察官による発砲を受けて死亡者が出た場合、発砲した警察官は特別公務員暴行陵虐罪や刑法199条の殺人罪に問われることになります。
警察官側は、刑法35条等に該当するとして罪の不成立を争う事になります。
刑法35条と36条の正当防衛
第三十五条 法令又は正当な業務による行為は、罰しない。
正当防衛について定めているのは刑法36条です。
しかし、その前に刑法35条があり、そこでは
- 法令に定められている行為
- 正当な業務による行為
これらの場合には「罰しない」とあります。
では、警察官の発砲はというと、1番の「法令による行為」と扱われています。
正当防衛と警察官職務執行法7条各号
第七条 警察官は、犯人の逮捕若しくは逃走の防止、自己若しくは他人に対する防護又は公務執行に対する抵抗の抑止のため必要であると認める相当な理由のある場合においては、その事態に応じ合理的に必要と判断される限度において、武器を使用することができる。但し、刑法(明治四十年法律第四十五号)第三十六条(正当防衛)若しくは同法第三十七条(緊急避難)に該当する場合又は左の各号の一に該当する場合を除いては、人に危害を与えてはならない。
一 死刑又は無期若しくは長期三年以上の懲役若しくは禁こにあたる兇悪な罪を現に犯し、若しくは既に犯したと疑うに足りる充分な理由のある者がその者に対する警察官の職務の執行に対して抵抗し、若しくは逃亡しようとするとき又は第三者がその者を逃がそうとして警察官に抵抗するとき、これを防ぎ、又は逮捕するために他に手段がないと警察官において信ずるに足りる相当な理由のある場合。
二 逮捕状により逮捕する際又は勾引状若しくは勾留状を執行する際その本人がその者に対する警察官の職務の執行に対して抵抗し、若しくは逃亡しようとするとき又は第三者がその者を逃がそうとして警察官に抵抗するとき、これを防ぎ、又は逮捕するために他に手段がないと警察官において信ずるに足りる相当な理由のある場合。
警察官が発砲を許されるのは刑法35条の法令による行為として、警察官職務執行法7条本文に「武器を使用することが出来る」とあるからです。
ただし、但書では「人に危害を与える」には、以下のいずれかの場合に当たらなければはならないとなっています。
- 正当防衛(刑法36条)に当たる場合
- 緊急避難(刑法37条)に当たる場合
- 警察官職務執行法7条1号に当たる場合
- 警察官職務執行法7条2号に当たる場合
では、警察官の発砲事案では、どれを検討するべきなのでしょうか?
警察官が発砲して死亡者が出た事件
警察官が発砲して死亡者が出た事件としては以下があります。
- 三菱銀行人質事件
- 瀬戸内シージャック事件
- 奈良県大和郡山市警察官発砲致死事件
- 栃木県中国人研修生死亡事件
- 河瀬駅前交番警察官射殺事件
その他発砲事件については以下サイトがまとめています。
警察官の拳銃・ピストル発砲事件と暴発事故の一覧 - いちらん屋(一覧屋)
ここでは、最近の奈良と栃木の事案について確認しました。
発砲事件の判例の判断:平成22年(わ)第81号
奈良地方裁判所平成24年2月28日判決平成22年(わ)第81号では、窃盗犯人が車で逃亡しており、途中で公務執行妨害罪にあたる兇悪な態様の行為をしていたので、さらなる逃亡を阻止するために車に対して発砲し、犯人が死亡したというケースでした。
ここでは最初に警察官職務執行法7条1号該当性を検討し、同条に当たる事を認定した上で正当防衛についても検討して成立すると裁判所は判断しています。
警察官職務執行法7条1号と刑法36条の正当防衛のいずれが成立しやすいのかは分かりませんが(警職法は「兇悪犯」という縛りがあり、必ずしも正当防衛と単純比較できない)、刑法35条の方が条文として先に来ているので、そちらを先に検討したというだけなのかもしれません。
一方、栃木県中国人研修生死亡事件の控訴審である東京高等裁判所 平成23年12月27日判決平成23年(う)第587号では、拳銃を奪おうとした公務執行妨害の現行犯に対して発砲した事案ですが、正当防衛に当たるとして警察官は無罪となりました。
これは、公務執行妨害罪が「三年以下の懲役若しくは禁錮」の罪であるところ、この事案では警察官職務執行法7条1号の「長期三年以上の…兇悪な罪」に当たらず、正当防衛の主張しかできなかったのでこのような判示になったということだと思われます。
警察官等けん銃使用及び取扱い規範について
なお、拳銃の使用と取扱いについては、【警察官等けん銃使用及び取扱い規範】及び【警察官等けん銃使用及び取扱い規範の解釈及び運用について】という規則が定められています。
判例はこの規範については触れていません。
仙台市の交番で警察官刺殺犯人に対する発砲事件の扱い
再掲
巡査部長が別の部屋に移動したところ、怒鳴り声と争うような音が聞こえたため戻ると、清野巡査長が血を流して倒れていたという。
清野巡査長のそばに男も倒れていたが、男は刃物とモデルガンのようなものを持って立ち上がった。巡査部長は警告したが、襲いかかってきたため発砲した。
これだけを見ると(そしてこの記事の通りの事実関係があったとすると)、本件の警察官については警察官職務執行法7条1号、正当防衛の両方が成立すると思われます。ただ、詳細な事実関係を確定しないとどうなるかが分からないということは言っておきます。
また、産経新聞の記事ではこのように警察官の行為の「正当性」が推しはかることができる記事になっていますが、他の媒体では巡査部長が警告した事実や男が刃物とモデルガンのようなものを持っていたという事実が書いていないものもあります。
このような記事の「つくり」は取材能力のせいなのか、国家権力側を悪人に仕立てたい意図があるのか分かりませんが、ざっと見た感じでは産経新聞の記事の方が発砲時の状況を詳細に書いているというのが特徴です。
まとめ:警察官発砲事件では正当防衛が認められる傾向
- 刑法35条に法令による行為は罰しないと規定されている
- 警察官職務執行法7条に武器使用(発砲)が認められる条件がある
- 警職法7条では正当防衛と同条1号の該当性が本件では問題になる
- 判例はいずれも認める傾向にある
- 本件は正当防衛も警職法7条1号も認められそう
法的には正当防衛は検討されない可能性がある、と冒頭に書きましたが、実際には警職法7条に「正当防衛に当たる場合」も含まれているため、警察官の発砲事例では正当防衛が関係してくるので、「正当防衛か否か」と考えることは何らおかしなものではありません。
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