事実を整える

Nathan(ねーさん) 法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します

関東大震災における朝鮮人暴動デマの東京日日新聞(毎日新聞)の記事が隠蔽されていた件

東京日日新聞大正12年9月3日関東大震災

東京日日新聞大正12年9月3日上半分

関東大震災時に「朝鮮人の暴動」という流言蜚語(デマ)を煽った原因として、住民の口伝や官憲(政府)の方針があったと言われていますが、それだけではありません。

実は新聞社が流言の拡散に寄与した役割は非常に大きいのですが、それについてはあまり論じられることがありません。特に、「朝鮮人暴動」については地方紙がクローズアップされることが多く、なぜかある新聞社はあまり登場していないということに気づきます。

それが東京日日新聞(現:毎日新聞)です。ネット上でも上記画像はまったく目にしません。

ここでは東京日日新聞が震災当時にどのように発行されたのか、その内容と現在の扱いについてまとめていきます。

東京日日新聞等の在京メディアの報道状況

震災後、新聞社の復旧に時間がかかったとは言われていますが、まったく出版・配布・掲示が無かったわけではありません。関東大震災について記述している書籍のいくつかにおいても、東京日日新聞は9月5日から再度発行された、という言説がありますが、証拠収集が困難だった時代に調査から漏れてしまったのが原因でしょう。

実際は、東京日日新聞については毎日新聞百年史でこう書かれています。

大震災で焼け残った新聞社は、東日(東京日日新聞)、報知、都の三社だけであった。そして九月一日に号外を発行したのは、東日と時事新報だけであった。-中略ー 社屋は焼け残ったが、電力、ガスなど動力源が止まったので印刷ができない。そこで東日は高崎の売捌店・根岸慶三郎のあっせんで、前橋の上毛新聞社と交渉し、二日午前二時ごろからの本紙の印刷をはじめ、半ページ大の新聞約十万枚を前橋で印刷、このうち半分を各地の主要売捌店へ送り、あとの半分を東京、千葉などに配布した。これが二日付の東京における唯一の新聞となった。三日、四日、五日は浦和で編集印刷したが、五日には東日社屋の動力が復旧したので、六日付の新聞から東日本社での製作が可能となった。

東京日日新聞は、震災があった9月1日にも新聞を発行しており、その後も途切れることなく毎日新聞を刷り、配布していたということです。

特に9月3日に出版されていた冒頭画像のような内容は衝撃的です。「不逞鮮人各所に放火し帝都に戒厳令を布く」「鮮人いたる所めった斬り働く」「日本人男女十数名をころす」という表現は、当時の流言をそのまま伝えるものであり、事実に反するということは確定しています。

関東大震災時の東京日日新聞(現:毎日新聞)の報道

冒頭の9月3日朝刊の画像では、「朝鮮人暴動」をこれでもかというくらい強調して伝えていましたが、2日夜には官憲も「朝鮮人暴動」が流言であるということに気付いており、新聞社に伝えています。

現に、既に3日の号外では「鮮人をむやみに迫害するな」という警視庁の告示が掲載されています。

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これは、政府の側も当初は「朝鮮人暴動」が事実であると認識していたが、2日午後にはそれは間違いであると気づいたという内務官僚の正力松太郎(後の読売新聞社主)の証言があります。

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正力松太郎:「悪戦苦闘」(早川書房)

そこでは2日午後には「虚報は震災の衝撃と通信電信途絶による人心の疑心錯覚から生じたもので、それに翻弄された当時の警視庁は事態への対応に失敗した」という認識に至ったということが述べられています。

しかし、それにもかかわらず、9月4日の朝刊や号外では再度「朝鮮人の暴動」を肯定する記述が登場しています。

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実際に朝鮮人による放火があったのか、投毒未遂の事実はあったのかはかなり懐疑的に見られていますが、少なくとも「雨と火と鮮人の三方攻」などという実態は存在していないと結論づけられています。

また、号外では「軍隊や警察によって治安を取り戻した」という表現があり、そのような力が無いと鎮圧できないほどの暴動があったと読者が思うのが自然である表現をしています。

東京日日新聞が、官憲側の朝鮮人犯罪についての自粛要請があった後も、ありもしない「朝鮮人暴動」を喧伝していたということになります。

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毎日新聞百年史

当時の活動について、毎日新聞百年史では「関東大震災で東日躍進」と評価しており、実際にも関東大震災後に東京日日新聞は発行部数を伸ばしていきます。

内閣府中央防災会議の関東大震災の報告書

内閣府中央防災会議のページに「災害教訓の継承に関する専門調査会報告書1923 関東大震災【第2編】」があります。この報告書は流言蜚語について整理してあります。

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一番上、富士山が大爆発などといったトンデモから始まっているように、当時かなりの情報の混乱がありました。上記はほんの一例ですが、朝鮮人が「震災に乗じて数千人数百人単位で暴動を起こした」、『毒薬を井戸に入れた』といったものは事実ではない流言だったと判断されています。

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「関東大震災時に朝鮮人の暴動があったというのはデマだった」という根拠が、これら政府も認定する流言の存在です。先述の正力松太郎の証言とも一致します。

朝鮮人暴動デマは官憲が情報を新聞社に流したせい?

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大阪朝日新聞大正12年9月4日朝刊

こうした新聞社の報道は『官憲が「公表した」情報を報じているだけである』という言説がありますが、非常に疑わしいです。よく引き合いに出されるのは以下の2つの『電報』ですが、なぜかこれらの電報が「公表」されたと表現される書籍が多いです。

警保局から各地方長官に対する電報

「東京付近の震災を利用し、朝鮮人は各地に放火し、不逞の目的を遂行せんとし、現に東京市内に於て爆弾を所持し、石油を注ぎて放火するものあり。既に東京府下には一部戒厳令を施行したるが故に、各地に於て充分周密なる視察を加え、朝鮮人の行動に対しては厳密なる取締を加えられたし」

警視庁から戒厳司令部への電報

「鮮人中不逞の挙について放火その他凶暴なる行為に出(いず)る者ありて、現に淀橋・大塚等に於て検挙したる向きあり。この際これら鮮人に対する取締りを厳にして警戒上違算無きを期せられたし」

これらは正力松太郎の証言にあるように、すぐに事実がないということが分かったのですが、政府内の情報共有のための電信に過ぎません

中には正力松太郎の上記証言が「政府が公表した」ことの根拠として言及されることがありますが、まったく異なるということが分かるでしょう。そのために全文を載せました。

なぜこの内容を新聞社が知っていたのでしょうか?

一つは政府内の者が個別に新聞社に「この情報を流せ」と触れ回っていたのではないかというものです。そうした現実を完全には否定できないものの、もう一つ無視できない事実として【新聞社が軍の電信を盗聴していた】というものが考えられます。

新聞社が軍や警視庁の電信を傍受・盗聴?

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毎日新聞百年史

ここでは新聞社が他社に情報漏れするのを防ぐために暗号電信を行っていたと書かれています。つまり、電信は傍受し放題だったため、重要部分は暗号化していたということです。

電信については大東亜戦争時においてもアメリカ軍のものを傍受していたくらいですから、新聞社が日本政府の電信を傍受し、その内容を把握(軍がすべて暗号化していたかは調べてませんが)していたという予想は十分あり得るものです。現に、先に示した大阪朝日新聞の大正12年9月4日朝刊には明確に「傍受したところによると」と書いてあります。

よって、警保局や警視庁の電報が新聞社にダダ漏れだったということは十分あり得る推測だと思います。

しかし、関東大震災の流言について研究した書籍・論文で、この点について触れているものは見当たりませんでした。多くは『官憲が「公表した」情報をそのまま流した』と書いており、新聞社が一定の責任回避ができるような記述ばかりです。

比較的多く東京日日新聞の9月3日の紙面を紹介しているものとしては 関東大震災「朝鮮人虐殺」の真実(工藤美代子)がありますが、その他の書籍や論文ではほとんど目にしません。

当時は、ラジオが一般的に無かった時代です。NHKラジオは2年後の1925年に始まります。国民の情報源は新聞と口伝がメインであり、補助的に電報があったのみでしたから、新聞の与える影響はすさまじかったものでしょう。

研究論文:朝鮮人暴動流言の「主犯」は新聞紙メディア

関東大震災朝鮮人暴動デマ東京日日新聞

大畑裕司/三上俊治「関東大震災下の『朝鮮人』報道と論調」(下)『東京大学新聞研究所紀要』第36号,1987年

大畑裕司/三上俊治「関東大震災下の『朝鮮人』報道と論調」(上)(下)『東京大学新聞研究所紀要』第35号・第36号,1986・87年では、東京日日新聞をはじめとする在京紙や地方紙が流言蜚語の「主犯」であると結論づけています。

このような視点での分析はネット上ですらほとんど垣間見ることがありません。

この論文中でも先行研究として【山田(1979)「関東大震災期朝鮮人暴動流言をめぐる地方新聞と民衆」『在日朝鮮人史研究5号』】が挙げられていますが、これは地方紙に焦点を当てたものなので、在京紙についてはあまり触れられていません。

毎年、関東大震災が発生した日が近づくと、政府や一般人に対してデマ拡散についての教訓を示し、反省を促すかのような論調がマスメディアから垂れ流されますが、メディアの側が自省すべきという論調が全く無いのはどういうことでしょうか?

この視点があまりにも蔑ろにされていると思います。

しかも、30年前に書かれたこの論文では明らかに「東京日日新聞」が流言拡散に寄与した程度が大きいという認識で書かれています。毎日新聞がこのような歴史を直視せず、専ら政府や一般国民に対してのみ「反省」を求める風景には違和感しかありません。

この論文では宮城県の新聞社である「河北新報」が最も流言を報道したということで取り上げ、集中的に分析していますが、確かに震災から日にちが経った後も継続して「朝鮮人暴動」という流言を報道していたのは地方紙です。

しかし、実際に朝鮮人を殺傷した事案の多くは9月3日に集中しており、司法省刑事局の「刑事事犯調査書」でも、関東圏で朝鮮人を殺傷して起訴・起訴猶予となった事案は9月6日までのものとなっています。

つまり、在京メディアが9月3日、4日に報道した内容が朝鮮人殺傷に寄与した役割は無視できないにもかかわらず、この点について言及されることが全く無いのです。特に東京日日新聞の報道については、「隠蔽されている」と言ってよい現実があります。

宮城県図書館の毎日新聞マイクロフィルムが欠損

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実は最近宮城県図書館に行ってきたのですが、そこでは毎日新聞の明治時代の記事もマイクロフィルムで見ることができます。しかし、なぜか大正年代から昭和20年までのものが欠損して見ることができません。

これが意図的なものであるという断定はできませんが、非常に不可解です。こうなっているのは宮城県図書館のみでしょうか?

現在、公的機関ならば国立国会図書館ならマイクロフィルムに所蔵があるようです。

ちなみに私は別の場所で大正12年9月2~5日の東京日日新聞のマイクロフィルムを見ることができました。

大空社「関東大震災」上下にも東日記事の欠損がある

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当時の新聞記事を頑強な材料に印字して保存している大空社の「関東大震災」。

ここに収録されている新聞社は在京紙・地方紙の朝刊・号外を網羅しており、一部については震災のあった9月1日から戒厳令が解かれる75日後のものまで揃っています。

しかし

何故か東京日日新聞の9月2日から5日の朝刊と号外が掲載されていません。

下巻は東京日日新聞が本格復旧した9月6日以降から戒厳令が解かれるまでのものを収録していますが、そこまでの熱量を持ってまとめているにもかかわらず、9月2日から5日の紙面が欠損しているというのは謎です。

しかも、この書籍の冒頭には各新聞社の出版状況についてまとめており、東京日日新聞が9月2日~5日も出版していたということは把握していたはずなのに、なぜ収録していないのか?についての言及はありませんでした。

大正時代の新聞記事、関東大震災時の新聞記事をまとめている出版物は他にもありましたが、やはり東京日日新聞の9月2日~5日の記事は収録されていませんでした。

まとめ:現状の言論状況は「隠蔽」と言い得る

  1. メディア自身が関東大震災時の反省をする論調がほとんどない
  2. 新聞社の報道が朝鮮人殺傷事件に大きく寄与したという認識が広まっていない
  3. 新聞社が電信傍受した可能性が無視され、官憲の責任が強調される傾向がある
  4. 関東大震災関係の書籍では東京日日新聞(毎日新聞)の一部記事が無視されている例が多く、東京日日新聞の一部記事は見つからないようになっている
  5. ネット上でも東京日日新聞の9月3日・4日の紙面はUPされてなかった

私がこの記事を書いたのは、朝鮮人殺傷における東京日日新聞の寄与度は決定的に大きなものであるはずなのに、そのような論調が無いどころか資料もまともに見つからないという状況に違和感を感じたからです。特定主体による意図的な「隠蔽」であるとは言いませんが、情況としては隠ぺいされていると言ってよいのではないでしょうか?

今回は関東大震災を取り上げましたが、マスメディアが作り出した一方的な世界認識が他にもあるハズです。そうした事実はこれまでは公になりませんでしたが、SNSが発達したことで我々一般人が発掘し検証できるようになりました。

今年は大阪地震や台風21号、北海道地震など、自然災害が多発しました。そこでは一般人によるデマがSNSで拡散されたことがニュースになりますが、原発や行政に対する論評においてマスメディアがデマと言ってよい論調を報じているものもあります。

そうしたメディアのフェイクや煽動に騙されないように日々チェックしていきたいと思います。

以上