事実を整える

Nathan(ねーさん) 法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します

【仙台市長選挙】菅原裕典(ひろのり)の経歴・性格・評判・政策・思想は?

仙台市長選が7月23日(土)にありますね。

 

今回の選挙の候補者は4名いますが、どの候補もネット上ですら情報が少なく、投票のための評価判断がつきにくいと考えられます。

 

そこで、この記事では一般に流通している評判とは異なった視点から、菅原裕典(すがわらひろのり)候補がどういう人物かここで紹介したいと思います。

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菅原裕典氏の概要

 

菅原裕典氏の簡単なプロフィールは以下です。

 

  • 1960年仙台市生まれ。東北学院中学高校、東北学院大学経済学部卒業
  • 株式会社 清月記 代表取締役
    (葬儀社として発足し、生花・飲食事業、仏壇販売、ウエディング事業)
  • NPO法人JETOみやぎの発起人・理事長
    (震災孤児への給付金事業、就学支援、その他各種支援の企画運営)

 

流通している情報は以下のページを見るといいでしょう。

 

公式HP:菅原ひろのり公式ホームページ

公式Facebook:https://www.facebook.com/hironorisendai/

会社HP会社概要・沿革 | 仙台での葬儀・家族葬は清月記

j-president.net

 

他の候補と異なるのは、地元で活躍してきたビジネスマンということです。

 

しかし、既に流通している情報、評判だけでは、仙台市長を選ぶ際の菅原氏の【人となり】がわからないなぁ

 

と思っていたので、読みました
もちろん本から窺い知れるものは限定的ですが、実際に接したからといって人間の中身を見抜けるとは限りません。高校や大学の経歴もしかりです。

 

 

            

 

 

彼の著書である「東日本大震災 葬送の記」 です

 

 

概略としては株式会社清月記が東日本大震災に直面した際にとった行動を淡々と伝える内容です。震災後のご遺体の扱いにかんし、行政組織との折衝、同業者との連携、ご遺族との向き合い方が「描かれている」というよりは「記録として書かれている」という感じです。

 

 

記述はあっさりとしているので読み進めやすいですが、その中にあっても、記述からは菅原裕典氏を支えている考え方というものが浮かび上がってきます。

 

 

日頃の予測と迅速な判断による行政の混乱の回避

 

「大変なことが起きている」
私は直感的にそう思いました。もしもこの津波が東北の沿岸沿いの町を襲ったら、いったいどれくらいの被害が出るのだろう。
おそらくその数は阪神・淡路大震災の比ではないかもしれない

では、いま自分がなすべきことはないか。そう逡巡する間もなく、私は携帯電話を手に取りました。相手先は香川県高松市にある棺メーカーの社長です。

「社長、大至急、棺を1000本送ってくれ。」

1000本の棺とはいったいどれほどのものなのでしょう。たとえば仙台の人口は約100万人です。そのうち一年間で亡くなる人の数はおおよそ7000人。

仙台市内のすべての葬祭業者の二ヶ月分の在庫に相当します。私はこの時点で桁が一つ違うと思ったのです

 

 

最初の津波の映像を見た後は停電が起こっていましたから、詳細な被害の予測はできなかったはずです。ところが、早い段階で1000本の棺を発注していたおかげで、その後のご遺体の取り扱いについて、一定の猶予が生まれました。

 

 

 

3月12日の朝、仙台市役所に到着すると、役所はパニック状態でした。
担当者が私の顔を見るなり聞きました。

「いま、とんでもない勢いでご遺体が収容されています。どれくらいの数になるか想像すらできません。まずは棺が必要なんです。菅原さんのところで、いくつくらい用意できますか?」

「とりあえず、1000本は用意しています」

私の言葉を聞いて、担当者はほっとした表情を見せました。きっと、かき集めても200本か300本くらいと予想していたのでしょう。しかし、1000本という数ならば、とりあえずご遺体を放置しておかなくてもすむという計算ができ、安心材料の一つにはなります。

 

 

その際の菅原さんの担当者への声掛けからも、常日頃から行政の負担を計算し、熟慮されていたことが伺えます

 

 

「道路もやられているので、おそらくここ一週間は物流も動かないでしょう。いずれ時間が経てば、経産省からの呼びかけで棺が全国から集まってくるはずです。それまでは、私たちがあらゆる方法を考えながら手配を続けます」

「頼みます。行政が機能を取り戻すまで、なんとかつないでください」

 

 

ここから伺えるのは、一企業の経営者として利益を追求していただけでは、こうはならないということです。災害時のご遺体の扱いにかんし、自治体の行政にとってどういう作業がどういう順番で発生することになるのかを把握し、不足分をどこから補っていればいいのかをシミュレートしていなければ、こうはなりません。

 

さらに言えば、国のどの機関がどのように動くのかまで、菅原ひろのり氏の頭に入っていたということになります。

 

こうした準備が、この後の宮城県・仙台市行政との連携に繋がっていきます。

 

基本的な理念

 

大災害に見舞われたとき、葬祭業者としてなすべきことは何か。そしてそれを成し遂げるためには、どんな準備をしておけばいいのか。ご遺体を運ぶ車の手配から、無事に葬儀を執り行うまで、すべてを完璧にこなさなければならない。車の代数が足りない、食事を提供できない、生花が手に入らないといった事態にけっして陥ってはならない。大切な人の最期をお見送りするときに、一つでも足りないものがあればプロとして失格なのです。

 

たとえどんな困難な状況になったとしても、葬祭業者としての役割を果たしたい。そのためには、すべてを自前でできるようにしておかなければなりません。少なくとも国や自治体が動き出す前に、清月記がこの土地の人々を守る。どんな要望がきても、わが社の社員は絶対に「NO」といってはならない。それが私の経営理念でした

 

 

注意すべきは、ここで述べているのは平時の話ではないということ。

 

大災害という何もかも不足しても当たり前な状況であっても、葬儀社はそうであってはならない。当然なすべきこととして、「最善を尽くす」のではなく、「完璧になるように準備」する。

 

これを言い切るのか。と思いました。そして、実際にそれをやってのけます。

 

東北にお住まいの方はご存じですが、1978年に甚大な被害をもたらした宮城県沖地震が、30年以内に同規模のものが来るということが予測されていました。
実際には遥かに超える規模のものでしたが…

 

それを受けて、東北の経営者の方は、災害時の対応を常に考えていたと菅原ひろのりさんは言います。

 

しかし、そうであっても、このような理念を持つことは難しいのだと思います。いったいどれほどの経営者が菅原さんのように準備していたでしょうか?

 

準備の一例として、社員全員の納棺士の技能習得、石巻事務所の津波保険加入があげられます。

 

菅原裕典の行政を動かす力

 

震災が起こる以前から菅原さんが準備してきたことは並大抵のものではありません。

一例を紹介します。

 

大災害が起こって、多数の死者が出た時、最優先すべきは遺体安置所の確保です。通常、多数の死者が出た時は、学校の体育館などの公共施設に警察や消防がご遺体を運び入れます。運ばれてきたご遺体は、医師によって検視(死因の特定)を受けたあとで、ご遺族に引き渡されます。ただし、ご遺族の家が倒壊していたらどうするか。ご遺体を引き取りたくても、その行き場がありません。かといって、いつまでも体育館に安置しておくわけにもいきません。

せめて棺に納めて、ゆっくり対面できる葬祭場に移して差し上げたい防災の第一段階というのは、そこまでの措置が必要ではないかと私は思っていました。

しかし、役所側が、そのプロセスには目を向けていませんでした。
仙台市は、一年に一度、大規模な防災訓練を実施していました。人命救助の訓練をはじめ、ご遺体の引き揚げなども行うのですが、検視官が死因を特定したのちサインをして終わりなのです

私は役所の担当者にいいました
「それで終わりですか。検視が終わったご遺体はどうするのですか。放っておくのですか。そのご遺体をきちんと棺に納めて、体育館などに安置する。その後、荼毘(だび)に付し、ご遺族が葬儀を執り行えるようにさしあげる。そこまでやってはじめて防災訓練といえるのではないですか。」

この一言で、翌年からは防災訓練の本部に葬祭業者のブースも設置されることになりました。

 

 

私の高校までの出身地も仙台市であり、地震に備えた避難訓練はかなりの頻度で行われていました。しかし、葬儀業者が自治体の避難訓練に参加し、当然行われるべきスキームとして確立していたことは、恥ずかしながら本書を読んで初めて知りました。
葬儀業者は評判が流れはするものの、表だって紹介されることはないですからね。

 

こんなもの、会社の利益には何にもならないじゃないですか。

 

単に災害で儲けたいだけなら、避難訓練に参加するコストメリットはないですから。

 

 

「いや、コネクションを作っておいて、仕事が回ってくるようにしたのだろう」

 

このような心無いコメントを目にしますが、以下を読んで頂きたい

 

同じ日、「宮城県葬祭業協同組合」の対策本部が私たちの本社に設置され、私が本部長に任命されました。

これで、宮城県内にある44社の組合員(葬祭業者)の動きは本部で統括されることになり、この「窓口の一本化」によって、宮城県の対策本部は混乱を招かずに済んだといってもいいでしょう。

もしも窓口が一本化されていなければ、行政はかなり混乱したはずです。ご遺体はどんどん運ばれてくるけれども、どこにその処置を依頼していいかがわからない。もちろん、わが社にも役所から依頼がくるでしょう。しかし、わが社だけに依頼することはできません。一社に仕事が集中すれば、必ずそれに文句をいう人が出てくるからです

窓口を一本化することによって、行政との折衝もすべて対策本部が引き受けてくれるはずという安心感がどの組合員にも生まれ、いわば後顧の憂いなく仕事に打ち込むことができたのです。

 

もはや、説明は不要でしょう。
専ら仕事を得るためだけで行政と癒着している、などという評判がありますが、それは人を低く観る穿った見方ではないでしょうか。

 

その他、命令口調で現場をせっつく役所の職員に対して、棺の組み立て現場に出てきてもらい、現場の苛酷さを知ってもらうことで対応がガラリと変わった例などがあります。

 

こうしたことから分かるように、菅原さんは、民間の一経営者ながら、既にして行政の内部の構造、人間の性質も把握しているのです。

 

当然、行政の問題点も知っていらっしゃるかと思います。しかし、それを解決するためには実際に行政の職員に動いてもらう必要があります。

 

政策を掲げているだけではなく、菅原さんは行政組織において実行力がある方だということが、これらの例からも推認できるのではないでしょうか?

 

死者の御霊とともに

本書の中核部分は、火葬場の設備能力不足によって「仮埋葬」(土葬)の処置を採らざるを得なかったことから始まる一連の物語です。

 

ここでは紹介しきれません。ぜひとも皆さんの目で、本来の業務では絶対に行わなかった仕事に邁進した清月記の社員の方の行動を見てください。
これ以上は著作権法上、許されている「引用」にならなくなりそうですし…

 

結びに、菅原さんが何を向いて、何を思って仕事をしているのかが伺える部分を紹介します

 

幼子のご遺体は社員たちの心を激しく揺さぶりました。
丁寧に身体を拭い、新しい棺に移し替えたとき、現場には大人用の棺しか用意されていないことに気づきました。たとえ小学生だとしても、大人用の棺で十分間に合うと判断していたのです。

しかたなく大人用の棺に詰めましたが、棺の中は隙間ばかりが目立ちます。その隙間がとても悲しく見えたらしく、現場から私に電話がかかってきました。

「なんとか子ども用の棺に移し替えてあげたいと思うのですが」
「ぜひそうしてあげてくれ」
「でも社長、一度使った棺はもう使えません。もしも子ども用の棺に移し替えたら、ご遺族には二本分の費用を請求することになってしまいます」
その子をお連れして帰ってきてくれ。そして、子ども用のきれいな棺に入れ替えてさしあげてほしい。一本分のお金は、清月記がかぶればすむことだ」
その社員の顔がくしゃくしゃになったことが、電話を通して私にはよくわかりました。

 

この場面では、ご遺族の存在は描かれていません。

 

ご遺体と向き合う社員と、その社員の胸中を慮った菅原さんを感じることができます。

 

ここから私が思ったのは、ご遺族の気持ちを考えていると同時に、ご遺体の気持ちも考えているのだなということ。ご遺体と向き合い、その御霊をお感じになられているのだなということ。

 

菅原裕典という方は、センチメンタルな表現をほとんど使いません。

キャッチーなフレーズも決して使わず平易な表現に徹しているため、文言を抜き出して

 

「こういう事を言っている!だから素晴らしいお人だ!」

 

ということが言いにくいのです。
どうしてこういう表現なのかも、本書を見るとそれとなくわかる気がします

 

その代わり、いや、むしろそうだからこそ、本書全編を通した「ご遺体」に関する言葉づかいやご遺族の描写から、ご遺体を「一つの存在」として接しているのだということが感じられます。
たしか、「死者」という表現もほぼ無いです。

 

先祖とともに生きる日本人の精神・魂を持ち合わせている方なのだと言えるのではないでしょうか。

 

ちょうどこの記事を見ていたので、通底するものはいっしょなのだと思います。

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この辺りのことは、高校大学などの学歴、仕事の業種などの表面的なプロフィールを見ただけではわかりませんね。

 

奥山市長の応援

 

震災時に行政との折衝を行ったということであれば、当然、現仙台市長の奥山恵美子氏とも連携を図っていたでしょう。奥山市長は菅原さんとは思想が相当異なると思いますが、それを超えて菅原さんを応援なさっているのだろうと思います。

 

それは菅原さんの仕事ぶり、人となりを見て、仙台市長に値すると評価された面も多分にしてあるのではないでしょうか?奥山市長からの応援ということで悪い評判が支持者の中からも挙がっていますが、それは菅原さんの「魅力」だと思う事は純粋すぎるでしょうか?
奥山市長も自民党推薦でしたし、その延長線上に過ぎないという意見もあることは承知しています。

 

菅原裕典と他候補の決定的違い

 

法的に遺体は「物」と同視されて扱われます。「人権」は死んだらなくなります。

 

その発想からは、生きている人間の人権が優位になるため、郡和子候補のように、死刑廃止論が浮かび上がってきます。少年が殺人を犯しても、殺人犯が殺人を犯さざるを得なかった情況に鑑み、死刑は許されないという主張が出てくるのも、ある意味当然という気がしなくもないです。

 

林ひろき候補は、戊辰戦争後のすべての戦死者を弔う靖国神社への首相参拝に反対
他にも9条改正・集団的自衛権行使・特定機密保護法などにも反対のようです。

 

こうしてみると、仙台市長選は

 

「死者の御霊」を大切にする者か、そうでない者か

 

という戦いなのだと、私は勝手に思っています。

 

大久保三代候補の思想や評判はわかりませんが、公式HPもあるみたいですしwikiを見ると国政についての見解が紹介されてますね。菅原さんも含めた他の候補の評判なども、twitterで検索かければより詳細なものがでてきます。

 

ここでは到底書ききれなかった震災後の葬儀業者の仕事や菅原裕典という人間の考えなどは、著作をお読みになればいいと思います。

 

 以上