韓国がリスト規制品3品目の輸出手続きを通常の対応に戻された措置について、WTOに提訴すると言っています。
メディアでは「日本側にGATT21条の例外事由があるのか?」という視点だけが報じられていますが、なぜか韓国側の事由はあるのか?という視点がありません。
結論から言うと、韓国側の主張の根拠は、ホワイト国からの除外で空振りに終わると思われます。その根拠を示します。
- リスト規制とキャッチオール規制
- リスト規制品の韓国を仕向地とする輸出の優遇廃止
- 標準処理期間は90日
- 韓国はWTOへ提訴予定
- GATT1条の最恵国待遇と11条の輸出総量規制
- 韓国側のあり得る主張
- 「り地域」だけが「差別」なのはホワイト国除外までの話
- 「ホワイト国なのに差別」の事実が無くなる
- まとめ:り地域消滅か?
リスト規制とキャッチオール規制
最初に安全保障輸出管理制度について簡単におさらい。
安全保障関係の輸出については原則として許可制になっています。
「リスト規制」とは政令で定めた品目ごとに規制対象となるものです。
経産省が7月1日に公布し、4日に施行した韓国向けの半導体製造品目3種類に優遇撤廃措置とは、リスト規制の話です。いわゆる「ホワイト国」と呼ばれている国向けの場合には一般包括許可として、輸出申請手続きの大幅な簡略化が行われていますが、そうではない国も多くは特別一般包括許可がなされています。
「キャッチオール規制」とはリスト規制品目以外の全品目が対象になりますが、許可が必要となる要件としては上記表のようなおそれがある場合に限定されています。
韓国はまだホワイト国から除外されていませんが、7月24日まで行っているパブリックコメントの結果を受けた後に除外する方向で動いています。政府によればパブリックコメントは98%が除外に賛成だということでした。
リスト規制品の韓国を仕向地とする輸出の優遇廃止
リスト規制品の韓国を仕向地とする輸出について優遇廃止をするとどうなるのか。
マスコミへの情報提供①
— 世耕弘成 Hiroshige SEKO (@SekoHiroshige) July 18, 2019
「今般の見直しの対象である特定品目(三品目)は、従前から輸出規制(リスト規制)の対象であり、本件はその許可方法を見直す作業です。したがって、一概に「輸出規制」の強化とはいえないため、「輸出管理の運用の見直し」が適切な表現です。」(続く)
マスコミへの情報提供②
— 世耕弘成 Hiroshige SEKO (@SekoHiroshige) July 18, 2019
「なお、上記の許可方法には、①経産省で個別審査をするか、②輸出企業に輸出管理体制の整備を求めその替わりに個別の審査は企業に委ねる、という二つの方法があり、今回の見直しは②の方法を、①の方法に変更するものです。」(以上)
これまでは、輸出企業に輸出管理体制の整備を求めその替わりに個別の審査は企業に委ねる方式だったのが、経産省で個別審査をする方式に変わると言う事です。
輸出企業に対する措置であって、韓国に対して直接行う措置ではないということです。
決して「輸出禁止措置」などではありません。
審査の結果、怪しい取引の場合には輸出できなくなる企業が出てくる場合があり得ますが、通常の取引で手続をしっかりと行っている企業であれば何ら問題もなく審査が通るということです。
ホワイト国以外の他の国々を仕向地とするはこの方式で輸出しているのですからね。
標準処理期間は90日
輸出許可・役務取引許可に係る審査期間等について(お知らせ)平成11年6月18日 貿易局安全保障貿易管理課によれば、経産大臣による輸出許可の標準処理期間は90日であるとされています。
他に定められている場合には、より早い処理期間が設定されています。
標準処理期間は、通常、「行政手続法」に基づいて行政庁が定めるものですが、標準処理期間そのものが法令に規定されている場合等は、上記に記載されていない標準処理期間もあります。
リスト規制品の標準処理期間は90日とされています。
これまで韓国向けのフッ化水素・フッ化ポリイミド、レジストは一般包括許可により審査不要だったものが、この処理期間を標準とする審査手続きを要することになります。
ただ、あくまで「標準」なので、元経産省貿易管理部長の細川昌彦氏によれば、これよりも早く許可が降りることが多いようです。一般的に30日、もっと早い場合もあるということです。ただ、確認に時間がかかる案件の場合には90日を超える場合もあるということです。
90日より早く「許可を出さない」処分がなされるのかは不明ですが、90日を超えて輸出許可が降りなければ、企業としては文句を言えるということです。
ここまでの情報を元に韓国のWTO提訴の中身を評価していきます。
韓国はWTOへ提訴予定
WTOで韓国が「政治的報復」と撤回要求 日本は反論 - 産経ニュース
7月10日、WTOの物品貿易理事会で韓国側が日本による半導体材料の優遇停止についてGATT1・11条を根拠に即時撤回を求め、日本側はGATT21条の例外に当たるとしてWTOの規範に違反しないと反論したようです。
これは元々予定していた理事会だったので正式な手続きではないですが、韓国側は23~24日、スイス・ジュネーブで開かれる一般理事会で公式協議をする方針です。
日本の輸出規制措置、WTO一般理事会で協議 | Joongang Ilbo | 中央日報
韓国は日本側には7月3日にWTOの紛争解決協議を要請しましたが、日本側は事務説明会には応じたものの、協議の性質のものではないと一蹴しています。
韓国側「日本政府に『二国間協議』要請」…韓日WTO紛争解決に第一歩 | Joongang Ilbo | 中央日報
さて、韓国側はGATT1条・11条違反だと言ってるのですが、その主張は通るのでしょうか?
GATT1条の最恵国待遇と11条の輸出総量規制
関税及び貿易に関する一般協定(GATT)では、一般最恵国待遇と数量制限の一般的廃止が規定されています。
最恵国待遇は、いずれかの国に与える最も有利な待遇を、他のすべての加盟国に対して与えなければならないというもので、関税を含むすべての規則及び手続に関して原則として適用対象としています。
輸出総量規制とは、「関税その他の課徴金以外のいかなる禁止又は制限も新設し、又は維持してはならない」と一般的禁止を規定しているものです。
それに対してGATT21条では安全保障上の問題である一定の場合には、それらの規定の違反にはならないという例外を定めています。
メディアでは「日本側にGATT21条の例外事由があるのか?」という視点だけが報じられていますが、その前に韓国側の方で「不利な条件」「輸出量制限」の事実を立証しないといけません。
韓国側のあり得る主張
- リスト規制品の韓国向け輸出が不許可になった場合、それはGATT11条違反
- 韓国をホワイト国から除外した場合、他のホワイト国よりも不利な待遇であるため、日本の輸出管理はGATT1条違反状態になった
- 他のホワイト国では優遇されているリスト規制品の輸出許可について、ホワイト国たる韓国だけが差別を受けている状態が違反(1条の問題?)
韓国が日本の違反として主張し得るものは上記3つが考えられます。
しかし、上記1はホワイト国以外の他の国向けの輸出については行われ得る話であって、2は現在も仕向地ごとの「格差」はあります。
これらは文言上はWTOルールに違反しているかのように見えても、国際社会が共通理解を持って受け入れてきたものです(参考)。輸出管理規制の運用は各国の裁量なのが常識になっています。
したがって、上記1と2が仮にWTOにおいて違反だとされたなら、他の世界中で行われている、しかも韓国も行っている措置がWTOルール違反だということになります。韓国は世界中から白い目で見られる所の話ではないでしょう、提訴の時点で。
そんな主張が通る訳も無いですし仮に主張してきたとしても日本側がGATT21条の例外事由を示せば足ります。韓国への積荷が安全保障上の懸念になり得る事案が複数発生していますので、それらが世界中に曝されることになるでしょう。例えば以下の事例。
C4ADS北朝鮮調達網報告書:美濃物流・瑞祥から韓国釜山経由で北朝鮮へ車を密輸
そこで、実際上は上記3番の主張を考えていると思われます。これが唯一「韓国だけが被っている被害」と言い得るからです。
しかし、これは不発に終わります。
なぜなら、そのような状況は発生しないことがほぼ確定しているからです。
「り地域」だけが「差別」なのはホワイト国除外までの話
韓国がホワイト国の中で唯一、リスト規制品の輸出先として一般包括許可の指定から外れたということは、ホワイト国の中で異なる扱いをしていると言えるでしょう。
※それでも特別一般包括許可の対象になっている品目があり、「最底辺の扱い」ではなく、他の国全体からみれば比較的優遇されている。
安全保障貿易管理**Export Control*関係法令:改正情報
しかし、それだけで韓国に何らかの不利益が生じているわけではありません。実際に韓国向けの半導体製造3品目が輸出不許可になって初めて「不利益」が生じたと考えられます。
実際、日本の措置がWTOルールに照らして厳しい、と主張する論者ですら、「仮に輸出不許可になったら」という条件付きで論じています。
しかし、韓国がホワイト国であるままそのような事態が起きる可能性は無いでしょう。
「ホワイト国なのに差別」の事実が無くなる
リスト規制品の標準処理期間は90日であるという話をしました。
理論上は90日以内に輸出不許可処分がなされる可能性はあるものの、実際上は不許可処分になるようなケースはそれほど早い時期になされることは無いと考えられます。
よって、現実に不許可処分がなされるケースが発生する前に、韓国はホワイト国から除外されるという見立てができます。
すると、韓国の主張としてあり得る「他のホワイト国では優遇されているリスト規制品の輸出許可について、ホワイト国たる韓国だけが差別を受けている」という事態が存在しないことになります。
8月以降は、「既にホワイト国ではない韓国」になるのですから。
また、WTOのルールでは紛争解決のための協議要請をしてから30日以内に協議をしなければならないという規定がありますが、WTOへの提訴をするとすれば、ホワイト国からの除外後になるでしょう。
韓国が主張しようとしていた根拠が無くなることになります。
まとめ:り地域消滅か?
- 韓国が事実上主張できる可能性があるのは「ホワイト国の中での差別」
- しかし、輸出不許可処分の実害が発生するとしてもホワイト国からの除外後
- よって、韓国がWTO提訴時には「ホワイト国の中での差別」は不存在に
経産省の規定上、現在は韓国がホワイト国であるが、ホワイト国(い地域)とは異なる扱いにするために、便宜上「り地域」に分類されています。
ホワイト国から除外された後はその必要もなくなるので、もしかしたら「り地域」という分類は消滅するかもしれませんし、いちいち改正するのも面倒だということであればそのまま残ることになるかもしれません。
以上