自治労が支持基盤の立憲枝野氏、それで大丈夫か?
- 立憲枝野氏、日本学術会議法「勝手に首相が判断できない書き方」
- 日本学術会議法「推薦に基づいて内閣総理大臣が任命する」
- 労働組合法上の推薦に基づく総理・知事の任命権
- 東京高裁「内閣総理大臣の広汎な裁量」
- 大阪地裁「推薦に基づいて任命する場合の任命権者には、裁量権が与えられており」
- 日本学術会議は行政機関
立憲枝野氏、日本学術会議法「勝手に首相が判断できない書き方」
日本学術会議の任命除外、枝野氏「明確な違法行為」:朝日新聞デジタル https://t.co/CGawOpuSbM
— 枝野幸男 立憲民主党 (@edanoyukio0531) 2020年10月4日
日本学術会議法は会員について、学術会議の推薦に基づいて首相が任命すると規定しており、枝野氏は「勝手に首相が判断できない書き方になっているのは明確だ」と語った。
立憲民主党の枝野幸男議員が、日本学術会議法は「勝手に首相が判断できない書き方になっているのは明確だ」と言っています。
そんな法令解釈で大丈夫か?
日本学術会議法「推薦に基づいて内閣総理大臣が任命する」
第七条 日本学術会議は、二百十人の日本学術会議会員(以下「会員」という。)をもつて、これを組織する。
2 会員は、第十七条の規定による推薦に基づいて、内閣総理大臣が任命する。第十七条 日本学術会議は、規則で定めるところにより、優れた研究又は業績がある科学者のうちから会員の候補者を選考し、内閣府令で定めるところにより、内閣総理大臣に推薦するものとする。
日本学術会議法の関連規定はこちら。
「〇〇の推薦に基づいて△△が任命する」 という書きぶりの法律は他にもあります。
労働組合法上の推薦に基づく総理・知事の任命権
「推薦に基づいて任命」について司法試験法と労働組合法から考える|Nathan(ねーさん)|note
労働組合法の19条の3と19条の12では以下書かれています(かっこ書が長いので関連部分を抽出)。
- 中央労働委員会の使用者委員は使用者団体の推薦に基づいて、労働者委員は労働組合の推薦に基づいて、内閣総理大臣が任命する
- 都道府県労働委員会の使用者委員は使用者団体の推薦に基づいて、労働者委員は労働組合の推薦に基づいて、都道府県知事が任命する
さらに、労働組合法施行令20条1項・21条1項において「内閣総理大臣は/都道府県知事は…に対して候補者の推薦を求め、その推薦があつた者のうちから任命するものとする。」とまで規定されています。
この場合の任命裁量について争われた裁判例があります。
自治労(全日本自治団体労働組合)を支持基盤とする枝野弁護士なら、当然知っているはずの裁判例のはずです。
東京高裁「内閣総理大臣の広汎な裁量」
東京高裁平成10年9月29日判決 平成9(行コ)76 中央労働委員会労働者委員任命処分取消等請求事件
</要旨> 国の行政府の長である内閣総理大臣が、労働組合の推薦する候補者の中からいかなる者を労働者委員として任命するかは、その広汎な裁量にゆだねられたものというべきであって、その裁量権の行使に当たっては、労組法の立法趣旨はもとより、労働者委員の果たしてきた、また果たすべき役割や労働界の実情等さきに詳細に認定した諸般の事情を十分に斟酌することが期待されるものではあるが、労組法の予定するその裁量権の制限が右に説示したとおりであることに照らせば、その任命に当たり、労組法が規定する労働組合から推薦された候補者を当初から審査の対象から除外したり、あるいはこれを除外したと同様の取扱いをするなど、右推薦制度を設けた趣旨を没却するような特別の事情が認められない限りは、その任命の当否について内閣総理大臣の政治的責任が問われることがあっても、裁量権の濫用ないし逸脱があるとして民事法上の違法の問題が生じる余地はないものと解するのが相当である。
中央労働委員会の委員の推薦ー任命について争われた事案の東京高裁では、「内閣総理大臣の広汎な裁量」 を認めています。
この際、推薦された候補者を最初から審査の対象外にしたなどの特別事情が無い限り、違法の問題が生じる余地は無いとしています。
単に「政治的責任」が問われうるにとどまるとされています。
大阪地裁「推薦に基づいて任命する場合の任命権者には、裁量権が与えられており」
都道府県労働委員会の委員の推薦に関する知事の任命裁量についても争われました。
大阪地裁昭和58年2月24日判決 昭和57(行ウ)31 大阪地労委委員任命処分取消事件
これらの規定の趣旨は、候補者の推薦をした労働組合に対し、その推薦をした候補者が知事から必ず任命されることまでも保障したものでないことは、推薦の性質上当然である。
しかし、知事は、労働組合の推薦を受けていない者を労働者委員に任命することはできないから、その意味では、推薦は、被告の任命行為を拘束する性質をもつとしなければならない。すなわち、労働組合が候補者を推薦することは、知事が任命行為を行う際の単なる一資料にとどまるものではなく、それによつて、右候補者が、推薦を受けた候補者全員の中の一人として、知事が任命を行う際の対象となるのである。したがつて、労働組合の推薦した候補者が、正当な事由がないのにこの対象から除外され、又はこれと同視しうる扱いを受けたときには、その任命手続は違法であるといわなければならず、そのような労働組合の推薦による効果は、前記法条によつて与えられているものであるから、それは、推薦をした労働組合にとつて法律上の利益というべきである。同原告がいう、被告の任命権行使の過程において、推薦した候補者が公正で差別なき判断を受け、適切な考慮の対象となつていることを求めるとは、この趣旨に解せられる。
そのうえ、労働委員会の制度は、憲法が保障している労働者の労働基本権を擁護し実現する目的で設けられたものであり、同委員会の委員の構成には公益委員のほかに利益代表委員としての労働者委員と使用者委員の参加を求めており、法令の定めによつて労働者委員の任命は労働組合から推薦された候補者の中からのみ行うものとされていること及び労働組合は、組合員の利益を擁護するだけではなく、組合固有の法上の利益を享受していることに照らすと、本件のような推薦制度のもとでは、推薦された候補者に対してのみ任命処分が適法になされることを争いうる地位を保障するだけではなく、候補者を推薦した労働組合に対しても、任命処分が違法になされたときにはこれを争いうる地位を保障し、推薦の効果が任命手続に反映されるように法的に保護していると解するのが、労働委員会や労働組合の本質に合致するのである。中略
したがつて、知事は、推薦があつた候補者の中から労働者委員を任命しなければならず、労働組合から推薦されなかつた者を労働者委員に任命することは裁量権の範囲を逸脱したものとして許されない。
また、前に説示したように本件推薦制度の趣旨に照らし、労働組合から推薦された者全員を審査の対象にしなければならないから、推薦された者の一部をまつたく審査の対象にしなかつた場合にも、推薦制度の趣旨を没却するものとして、裁量権の濫用があつたとしなければならない。
しかしながら、推薦は、指名とは異なるから、推薦に基づいて任命する場合の任命権者には、裁量権が与えられており、推薦された者が審査の対象とされた以上、推薦された候補者が労働者委員に任命されなかつたからといつて、直ちに裁量権の濫用があつたとするわけにはいかない。
- 推薦された候補者のみならず推薦した労働組合も任命処分を争う地位がある
※追記:控訴審の大阪高裁判決 昭和58年10月27日 昭和58(行コ)12 昭和58(行コ)12にて労働組合の訴えの利益は否定された。 - 推薦をした候補者が知事から必ず任命されることまでも保障したものでないことは、推薦の性質上当然
- 推薦に基づいて任命する場合の任命権者には、裁量権が与えられている
- 労働組合から推薦されなかつた者を労働者委員に任命することは裁量権の範囲を逸脱したものとして許されない
- 推薦された者の一部をまつたく審査の対象にしなかつた場合にも、推薦制度の趣旨を没却するものとして、裁量権の濫用があつたとしなければならない
大阪地裁も「推薦に基づいて任命する場合の任命権者には、裁量権が与えられており」と判示しています。
こうした裁判例がある中では「〇〇の推薦に基づいて△△が任命する」と書いてあるということは首相が判断できない書き方だ、と言うことは非常に困難でしょう。
少なくとも何らかの説明が必要でしょう。
しかも、日本学術会議はさらに異なる事情があります。
日本学術会議は行政機関
日本学術会議の推薦に対する任命拒否に関する法解釈上の論点整理 - 事実を整える
ここでは日本学術会議が内閣の特別の機関たる行政機関であること、憲法72条で内閣に行政各部の指揮監督権があること、内閣法で内閣総理大臣が主任の大臣を務める内閣官房では国家公務員の人事行政に関する事務(他の行政機関の所掌に属するものを除く。)をつかさどることとなっていることなどを指摘しています。
たしかに日本学術会議は「独立した機関」と言われることがありますが、それは日本学術会議法に基づいた話であって、法律上は以下の規定ぶりです。
第三条 日本学術会議は、独立して左の職務を行う。
一 科学に関する重要事項を審議し、その実現を図ること。
二 科学に関する研究の連絡を図り、その能率を向上させること。
人事権についても完全に独立して決められると言えるでしょうか?
こうした構造である以上「日本学術会議法上の内閣総理大臣の任命裁量はまったく無く、単なる形式的なものである」という主張は相当の論証が必要でしょう。
なお、過去の国会答弁は民間団体たる学協会からの推薦に基づいていた頃のものであって、現在は妥当しないと考えられ、政府見解は「変更」されたのではなく過去の答弁とは無関係であることにつき以下でまとめています。
日本学術会議の委員は総理大臣の形式的任命という過去の政府見解について - 事実を整える
以上