事実を整える

Nathan(ねーさん) 法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。リンク切れに備えて魚拓を活用しています。

日本学術会議の委員は総理大臣の形式的任命という過去の政府見解について

「日本学術会議の委員は総理大臣の形式的任命という過去の政府見解があるため、菅内閣は矛盾している」

果たしてそうでしょうか?

日本学術会議委員の任命は形式的という過去の答弁

日本学術会議の委員は総理大臣の形式的任命

日本学術会議法の改正について審議していた昭和58年5月12日の参議院文教委員会(5月10日の答弁でも同趣旨のものがある)では、政府側の答弁として日本学術会議の委員の総理大臣による任命行為は形式的なものであり、「二百十人の会員が研連から推薦されてまいりまして、それをそのとおり内閣総理大臣が形式的な発令行為を行うというふうにこの条文を私どもは解釈をしておるところでございます」と発言しています。

これを受けて昭和58年11月24日の参議院文教委員会にて、改正法の附帯決議で「なお、内閣総理大臣が会員の任命をする際には、日本学術会議側の推薦に基づくという法の趣旨を踏まえて行うこと」と記述されるようになりました。

さて、「今回の6人の任命拒否はこの政府見解と矛盾している」という主張についてですが、10月2日の加藤官房長官の定例記者会見等でも言われているように「運用変更があった」として問題は無いというスタンスです。

これはどう考えればよいでしょうか?

昭和58年の日本学術会議法改正法の附帯決議「日本学術会議側の推薦に基づくという法の趣旨を踏まえて」

附帯決議(案)
 日本学術会議が、我が国の科学者の内外に対する代表機関として、その機能を十分発揮できるよう、政府及び日本学術会議は、左記事項について特段の配慮をすべきである。
一、会員の部別・専門別定員、推薦等に関して政令を定めるに当たっては、日本学術会議の自主性尊重を基本として十分協議すること。
なお、内閣総理大臣が会員の任命をする際には、日本学術会議側の推薦に基づくという法の趣旨を踏まえて行うこと。
二、日本学術会議は、科学者の総意を反映するため、幅広い分野から適切な会員が確保されるよう努めること。
三、日本学術会議が、その目的・職務を十分果たせるよう、必要な経費その他諸条件の整備を図ること。
四、日本学術会議と科学技術会議、学術審議会、日本学術振興会その他の学術関係機関との連携協力体制の確立に努めること。特に、日本学術会議が行う勧告、答申、要望等について、政府はその趣旨を尊重して適切に対処すること。
五、本制度について、その実施結果を踏まえた見直しのため、適当な時期に国会に報告すること。
   右決議する。

昭和58年の日本学術会議法改正法の附帯決議はこの通りで可決されました。

この内容は生きているのでしょうか?

日本学術会議法は平成16年にも改正され附帯決議がある

日本学術会議法の一部を改正する法律案:参議院

日本学術会議法の一部を改正する法律(平成一六年四月一四日法律第二九号)

○附帯決議(平成一六年三月二三日) ※衆議院
政府及び関係者は、本法の施行に当たっては、次の事項について特段の配慮をすべきである。
一 政府及び日本学術会議は、日本学術会議が我が国の科学者の内外に対する代表機関として独立性を保ち、十分にその機能を発揮することができるよう努めること。
二 日本学術会議は、科学と社会の関わりの増大している状況に鑑み、時宜を得た提言や国民に分かりやすい形での情報発信等、効果的・機動的な活動を行い、社会との交流の機会の充実に努めること。
三 日本学術会議及びその委任を受けた幹事会等が職務を行うに際しては、多様な学問分野における学術動向について十分に配慮するとともに、公正性・中立性の確保に留意するよう努めること。
法改正後の日本学術会議会員の選出に当たっては、今回の法改正の趣旨に鑑み、学問の動向に柔軟に対応する等のため、女性会員等多様な人材を確保するよう努めること
五 今後の日本学術会議の設置形態の在り方に関する検討は、今回の法改正後の日本学術会議の活動状況の適切な評価に基づき、できる限り速やかに開始すること。

○附帯決議(平成一六年四月六日) ※参議院
政府及び関係者は、本法の施行に当たっては、次の事項について特段の配慮をすべきである。
一、政府及び日本学術会議は、日本学術会議が我が国の科学者の内外に対する代表機関として独立性を保つとともに、科学の向上発達と行政・産業・国民生活への科学の反映浸透というその目的・機能を十分に発揮することができるよう努めること。
二、日本学術会議は、科学と社会のかかわりが増大している状況にかんがみ、時宜を得た答申、勧告、声明等を行うよう努めるとともに、国民に分かりやすい形での情報発信等、効果的・機動的な活動を行い、社会との交流の機会の充実に配意すること。
三、日本学術会議及びその委任を受けた幹事会等が職務を行うに際しては、多様な学問分野における学術動向について十分に配慮するとともに、公正性・中立性の確保に留意するよう努めること。
四、法改正後の日本学術会議会員の選出に当たっては、今回の法改正の趣旨にかんがみ、急速に進歩している科学技術や学問の動向に的確に対応する等のため、第一線の研究者を中心に、年齢層等のバランスに十分に配慮するとともに、女性会員等多様な人材を確保するよう努めること。
五、今後の日本学術会議の設置形態を検討するに当たっては、総合科学技術会議、日本学士院等との連携や役割分担の在り方等を踏まえるとともに、今回の法改正後の日本学術会議の活動状況の適切な評価に基づき、できる限り速やかに開始し、適当な時期に国会に報告すること。
右決議する。

平成16年にも改正された(施行時期は平成17年)日本学術会議法にも附帯決議がありますが、昭和58年のような文言は見当たりません。

しいて言えば「政府及び日本学術会議は、日本学術会議が我が国の科学者の内外に対する代表機関として独立性を保つとともに、科学の向上発達と行政・産業・国民生活への科学の反映浸透というその目的・機能を十分に発揮することができるよう努めること。」という部分が関係するかもしれませんが、「推薦に基づく任命」は強調されなくなりました。

衆議院附帯決議では、「法改正後の日本学術会議会員の選出に当たっては、今回の法改正の趣旨に鑑み、学問の動向に柔軟に対応する等のため、女性会員等多様な人材を確保するよう努めること」という文言はあるものの、総理大臣の任命の性質については触れることがありません。

これは、【平成16年の改正法で附帯決議が上書きされ、昭和58年の附帯決議は引き継がれなかった】と理解するほかはありません。

政府見解・附帯決議とは

委員会の活動(1)法律案の審査:国会キーワード:参議院

附帯決議とは、政府が法律を執行するに当たっての留意事項を示したものですが、実際には条文を修正するには至らなかったものの、これを附帯決議に盛り込むことにより、その後の運用に国会として注文を付けるといった態様のものもみられます。附帯決議には、政治的効果があるのみで、法的効力はありません。

附帯決議は法律ではありませんから、一般的な通用力は持ちません。政治的な効果があるのみです。その文言に「今回の法改正後の~」とあるように、その時点での新法に限定された政治的効果があるという運用がなされているのが分かります。

昭和58年の政府見解は、昭和58年の改正法に限ったものであり、平成16年改正後の日本学術会議法の解釈がこれに拘束されることはありません。

政府見解も法律ではなく、司法権=裁判所の判断を拘束するものでもありません。

したがって、日本学術会議法の解釈において、立法趣旨を探る一つの資料とはなるものの、確定的な法律解釈を提供するものではありません。政治的な評価が問題になるだけです。

日本学術会議委員の選出方式=推薦方法が変遷している

日本学術会議と情報発信─歴史的な展開と緊急時におけるあり方 大西 隆

  1. 昭和58年改正で選挙制度から学協会からの推薦制度へ⇒選挙運動の過熱による弊害の指摘
  2. 平成16年改正で学協会による推薦から日本学術会議内からの推薦=コ・オプテーション方式へ⇒会員が選出母体の学協会の代表として振る舞うなど、日本学術会議の活動が偏向しているとの見解が強まったため
  3. その間、日本学術会議の所管が内閣府(発足当初は総理府)⇒総務省⇒内閣府へと変遷

日本学術会議の委員の選出方式は、昭和58年改正時からさらに変化しているという点が重要でしょう。推薦といっても、学協会(私的団体)からの推薦だったものが日本学術会議(内閣府の特別の機関で、委員は特別職国家公務員)からの推薦に変更されましたし、所管も変わっているため、日本学術会議法に関する政府見解・運用方法が変わったとしても不思議ではありません。

加藤官房長官は昭和58年の答弁も十分認識した上で、「現在の運用としてはそうだから」と10月2日の官房長官記者会見で答えています。

そうした運用は、何もつい最近の菅政権になってから無理やり作り出したものではありませんでした。

2016年にも推薦を拒否していた

官邸、安倍政権時の16年にも学術会議人事介入 差し替え求め、事実上拒否 - 毎日新聞

科学者の代表機関「日本学術会議」が推薦した新会員6人を菅義偉首相が任命しなかった問題に関連し、2016年の第23期の補充人事の際にも「学術会議が候補として挙げ、複数人が首相官邸側から事実上拒否された」と、同会議の複数の元幹部が毎日新聞の取材に明らかにした。官邸側の「人事介入」が第2次安倍晋三政権の際にもあったことになる。【木許はるみ、近松仁太郎】

取材に応じた複数の幹部のうち、同会議元会長、広渡清吾・東京大名誉教授が実名で証言。自身が会長退任後の第23期後半、複数の会員が定年70歳を迎えたため補充が必要になり、学術会議が官邸側に新会員候補を伝えた。しかし、官邸側がこのうち複数人を認めず、候補者を差し替えるよう求めてきたという。学術会議側はこれに応じず、一部が欠員のままになった。

2016年の補充人事の際にも推薦候補が事実上拒否された事実があります。

(※最終的に安倍総理大臣が新たな推薦に基づいて任命したのかはこの記事からは不明)

つまり、安倍政権の時点ですでに推薦を拒否することがあり得るという運用が為されていたのです。

2018年に法制局が運用を確認したと野党合同ヒアリングで

学術法解釈、内閣府が法制局に2度照会 野党、国会で菅首相追及へ:時事ドットコム

 立憲民主党や共産党は2日、任命拒否された岡田正則早大院教授ら3人からヒアリングを実施。小沢隆一東京慈恵会医科大教授と松宮孝明立命館大院教授がオンラインで参加した。この後、内閣府と内閣法制局からもヒアリングを行った。
 この中で、2018年に日本学術会議法を所管する内閣府から内閣法制局に法解釈の問い合わせがあったことが判明。内閣府は今年9月上旬にも変更がないか再確認していた。ただ、法制局は法解釈に変更を加えたかどうか、明確な説明を避けた。

2018年には、法制局が運用を確認したと10月2日の野党合同ヒアリングで明らかになりました。

これは先述の通り、制度自体が変遷しており、昭和58年の答弁が平成16年改正後の現行法にも妥当するのかは判然としないため、「法解釈が変更された」と言うべきかは言葉のあやに過ぎません。

答え方としては「解釈変更をした」のほかに、加藤官房長官のように(その通りの発言ではないが趣旨としてはそう解される)「制度が変遷したため政府としては無関係なものとなったと認識している」というものがあり得るでしょう。

憲法72条「内閣総理大臣は…行政各部を指揮監督する」

日本国憲法
〔内閣総理大臣の職務権限〕

第七十二条 内閣総理大臣は、内閣を代表して議案を国会に提出し、一般国務及び外交関係について国会に報告し、並びに行政各部を指揮監督する。

昭和58年改正後、平成16年改正前までは、学協会(私的団体)からの推薦だったものが、行政機関たる日本学術会議からの推薦方式に変わったという点が大きいと思います。

私的団体たる学協会は行政機関でもなんでもないので、内閣総理大臣の指揮監督権限は及ぶ余地がありません。

対して、日本学術会議は内閣府の特別の機関で、委員は特別職国家公務員です。

「推薦の出どころ」が変わったことで、推薦人事に対する監督権が新たに発生したと考えれば、まさに「制度が変遷したため政府としては無関係なものとなった」ということでしょう。

これは行政法解釈にも影響します。

政府見解よりも行政法解釈

「政府答弁が過去のものと矛盾しているのではないか?」 

この問題提起は政治的な文脈においては意味があるもので、「説明責任」の話として論じれば良いと思いますが、今回の話に関しては些末な話です。

本質論は、日本学術会議法と関連法規による行政法解釈がどうなのか、つまり内閣総理大臣の任命に関する裁量がどの程度存在しているのか、という点です。

加えて、行政機関たる日本学術会議において、推薦過程を明らかにするよう「説明責任を果たせ」という指摘も重要です。京都大学の学長がそのように主張しました。

学問の自由だのなんだの騒いでいる者が多いですが、政権批判者も擁護者も、本来はここが主戦場だというスタートラインに立たないと有益な言論は生まれません。

以上