事実を整える

Nathan(ねーさん) 法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。

フジ住宅裁判で原告側「日本人賞賛の大量流布は人種差別助長」主張の具体例

フジ住宅訴訟:日本人賞賛、日本は良かったと言ったら人種差別助長

フジ住宅裁判で原告側から「日本人賞賛の大量流布は人種差別助長」という主張がなされているという指摘があり、判決文の関連資料を調べたところ、本当にそういう主張をしていたということが分かりました。

フジ住宅裁判で原告側「日本人賞賛の大量流布は人種差別助長」

判決文の別紙には以下の記述が(原告側は判決文は掲載してるが別紙は非公開)。

別紙4 当事者の主張

1 本件配布<1>の違法性ないし職場環境配慮義務違反の有無

(1) 原告の主張

 エ ヘイトスピーチであると明白にはいえないが、人種差別や民族差別を助長する文書配布の違法性

 (ア)本件文書<1>の内容及び差別助長の効果

  d 日本人の優位性(国粋主義)の宣伝(別紙2の5)
  中国や韓国と比べて日本がすばらしく優れている、思いやりや人を敬う気持ちは日本人だから有しているといった内容の表現は、人種差別や民族差別を助長し下支えとなる。日本人を賞賛し又はその優位性を説くこと自体は差別的表現ではないとしても、他の人種・民族を非難する文脈で流布されたり、過剰に流布されたりすれば、人種差別助長表現となる。そして、多種多様なアイデンティティを有する従業員が集まる労働環境において、国粋主義的表現を広めることは、同化を求められてアイデンティティを否定されることになり差別助長となる。国家に対する批判であり国民に対する批判でなくとも、国家に出自をもつ人にとっては否定的効果となる。なお、風土や文化に対する愛着を表現するいわゆる郷土愛の言説とは性質が異なる。

「他の人種・民族を非難する文脈」でなくとも、日本人賞賛を説くことについて大量流布されれば人種差別助長表現(差別表現そのものではないが)、という主張。

このような主張がなされたというのは厳然たる事実です。

ここでは、そのような主張のレベルにおける妥当性は論じません。

より具体的に、原告側がどのような言説が人種差別助長表現であるとして証拠提出していったのか見ていきます。

原告が「日本人の優越性・国粋主義の宣伝を含む人種差別助長表現」とするもの

原告側からは、原告に対する人権侵害の「証拠」として、フジ住宅社内で配布された文書が示されており、別紙において書かれた内容の要約が為されています。

この別紙には配布日、記載内容、配布先、甲号証番号(頁)が記載されていますので、ここで引用します。

日本人の優越性・国粋主義の宣伝を含むとする人種差別助長表現を示す証拠は判決文においては「別紙2の5」としてまとめられています。

平成25年5月23日 

建設部設計監理課副部長の平成25年5月15日の業務日報。
本日の所感等欄において「『売国奴』でお話されている■■■氏、■■■氏、■■氏は日本人以上に日本人の良さを理解されている方々で見識の高い、日本への愛国心の高い、好感の持てる方々です」などと記載されている。

建築課(原告は含まれない)

22(727) 

売国奴』とは、売国奴新装版 なぜ中韓は反日を国是とするのか [ 黄文雄 ]を指しますが(新装版なのかは不明)、伏字の部分は共著者の黄文雄呉善花石平らを意味するものと考えられます。

「韓国人・中国人の方が日本人よりも日本の良さを理解されて好感が持てる」という内容が、原告に対する人権侵害を構成する、と主張しているのです。

平成27年8月4日

「日本人でよかったー、うれしい!と心から思いました。普通のことが普通でない国がある、そんな国柄があるというのが、不思議ですし、この日本を、自分たちの手で、本当に守りたいと感じました」などとの内容の、被告会社従業員から■■専務当充宛て、ccとして被告■■宛てのメール

全役職員

34の1(59)

こちらは特定の国名すら出していません。しかも、「普通のことが普通でない国がある」という内容は一般的で、日本人からして理解できない考えを持つ国というのは世界中にあるでしょう。

平成27年8月20日

■■■市の■■■市長は、育鵬社に対してご理解のある方で、また、国家「君が代」や国旗「日の丸」を敬われる、■■会長と同じく愛国心に溢れた方ですので」などと報告する、被告会社従業員による業務予定表内の所感。

全役職員

34の1(299)

おそらく「育鵬社」「君が代」「日の丸」が気に入らないためにこれも「証拠」に含めたんだろうとしか思えないものです。これが職場環境配慮義務違反を構成するという主張は、明らかにおかしいでしょう。日本人の従業員の存在が完全に無視されているようです。

平成27年8月27日

雑誌「日本の息吹」内の■■■■■氏による「印象操作国会の愚」との記事。安保法制について「野党や左派メディアは毎日、「米国が地球の裏で起こす戦争に巻き込まれる」「憲法違反」などと騒ぎたてている。「オオカミが来たぞ」と村人を脅かして喜んでいるオオカミ少年であるようだ」等の内容。

全役職員

34の1(455)

ついにはメディア批判の文章ですら、原告への人権侵害を構成するとする証拠として提出されてるのが分かります。

平成27年9月4日

「日本の新聞は、どうしても日本と中国・韓国との間に争いを生じさせなければ済まないからである」「どんな談話を出そうが、日本のマスコミが「関係改善」の足を引っ張るからである。それは、日本への憎悪と嫉妬を持つ両国に「怒り」を起こさせるべく、ひたすら報道するからだ」などと述べる■■■■氏の記事

全役職員

35の1(182)

メディアの側が日本と周辺国の間の軋轢を生むよう意図的に報道・番組編成をしているということは私も何度も指摘しています。

さて、「メディア」とは、どこの国でしょうか?

NHKや朝日新聞は日本の企業です。

そうであるならば、そうしたメディアへの批判は「日本企業のだらしなさ」の指摘でもあるため、「日本人の優越性・国粋主義の宣伝」となるわけがないのですが、いったいなぜ、原告はメディアの批判をすると「日本人の優越性・国粋主義の宣伝」という評価をするのでしょうか?理解に苦しみます。

「歴史修正主義」という政治的主張

歴史修正主義」という主張項目があり、こちらは「別紙2の3」としてまとめられています。

まず、「歴史修正主義」という名称からして、それ自体が特定の歴史観・政治的主張に基づいています。歴史的事実との齟齬を指摘するのではなく、単にその主張が原告を含む労働者に対する人種差別助長であるという主張です。この時点でおかしいでしょう。

(ア)本件文書<1>の内容及び差別助長の効果

 b 歴史修正主義(別紙2の3)
  本件文書<1>の内容のうち、従軍慰安婦や南京大虐殺の史実を否定したり、わが国のアジア侵略を正当化したり、日中韓における歴史認識問題について中韓の見解はねつ造であるとして国家、国籍保有者及び民族を同一視して非難したりすることを内容とする記載は、いわゆる歴史修正主義に基づく表現である。歴史修正主義とは、客観的な歴史学の成果を無視し、都合のよい過去を誇張、なつ造し、都合の悪い過去を過小評価、抹消して、自らのイデオロギーに従うように過去を修正しようとする考え方のことである。このような考え方に基づく表現は、それ自体直ちに違法との扱いを受けるものではない。しかしながら、労働者よりも優越的地位にある使用者が、職場において歴史修正主義を内容とする表現を流布させると、従業員の間でアジア蔑視、排外主義の職場環境が形成され、在日韓国人である原告に対する閉塞感、圧迫感、屈辱感を与えるとともに、原告が周囲から劣った存在であると社内で認識されることになる。また、従業員の中には使用者におもねって、原告に対する差別的言動に及ぶ者が現れる危険もある。したがって、歴史修正主義に基づく表現は、人種差別や民族差別を助長する効果を有する。 

相手の主張が事実に基づかないものであることを指摘する内容であっても、指摘の主体が日本国側であればそれは悪であり許されない

要するに、こういう見解を訴訟の場で、堂々と述べているわけです。

あまりに非対称であり、片務的であり、不公平でしょう。

以下、比較的中立的な内容に絞って取り上げますが、具体例は以下になります。

「歴史修正主義」の具体例

平成25年4月15日

被告会社の従業員による、被告■■ら宛ての、日本が、インドネシアにおいて、植民地支配ではなく人道的統治をしたとして、当該従業員が被告会社に入社していなかったら、「間違った歴史認識」を持ち続けていたであろうとする、経営理念感想文

特定できず

21(58~59)

インドネシアにおける歴史上の出来事に関する内容であり、インドネシア国家やインドネシア人に対する批判ですらありません。

この内容ですら、「原告の職場環境を害する」という主張の証拠とされているのです。

平成25年5月23日

「文科省の担当者が「■■事件はあった」と教科書に書かせる圧力を出版社にかけていたというのは・・信じられません。」「こういう人は公僕として失格」などとする、被告会社従業員から被告■■への業務報告内の所感。

設計監理課(原告は含まれない)

22(1115)

公務員の振る舞いとしてどうなのか、という指摘が「歴史修正主義」であると言われるということに寒気を覚えます。

平成25年5月23日

「■■議員が「NHKで自虐的な報道、反日的な番組を連発されますと日本国民の歴史認識までゆがんでくる。「国民の自尊心を築受ける番組を連発している」とおっしゃっている」などとする、被告■■への業務予定表内の所感。

設計監理課(原告は含まれない)

22(940) 

公共放送に対する、議員の発言の紹介で、しかも内容の特定がない、単に「自虐的」「反日的」と指摘するものが「歴史修正主義」として排外主義の職場環境が形成される「証拠」としている原告側は異常でしょう。

平成25年5月24日

■■氏と■■■■氏の対談文のうち、「朝日を筆頭に戦後の人道主義者とか平和主義者どもが暴いて傷口を開いて・・・彼女らは自らを欺くためにも、奴らのすすめるままに日本国家に責任を転嫁し」などと述べる■■氏の発言

全役職員

22(1237)

原告は朝日新聞の人間なのでしょうか?

平成25年7月23日

「明治に入ってからの日清戦争は朝鮮を清国の覇権下から独立させるために行われたものだったし、日露戦争は朝鮮がロシアの勢力圏に落ちることを防ぐためだった。戦後の朝鮮戦争も朝鮮全域が共産化すれば、日本もドミノ倒しになる、という米国の危機感からだった。」との歴史教科書読み比べと題されたメール

全役職員

24(48) 

日清戦争・日露戦争・朝鮮戦争の目的に見解の争いがあっても良いと思いますが、 このような見方は十分あり得るものであって、なぜ一足飛びに「歴史修正主義」とされるのか理解に苦しみます。

平成25年7月30日

「帝国主義的な国際環境の中で、日清日露の戦争は日本にとって決して帝国主義的な戦争ではなかったということが分かるだろう。日本の領土を広げたり、賠償金を獲得するために闘ったのではない。外から押し寄せてくる帝国主義の攻勢をはねのけて日本の独立を守るために、明治維新後の近代化によってつけた力を振り絞って闘ったのが、日清日露戦争だったと言うことだ。…日清日露の戦争も日本にとって正に『セキュリティー』のための戦争だったのだ。」との「おじいちゃん日本のことを教えて」という本の抜粋

全役職員

24(119~120) 

おじいちゃん日本のことを教えて 孫娘からの質問状 というのは中条高徳氏著作の書籍です。帝国主義的要素がゼロだったか、領土拡張・賠償金獲得目的がゼロだったかはともかく、当時の国際情勢から見た標準的な歴史的評価を試みようとしている内容を「歴史修正」と表現したいというのは、いったいどういう思考なんでしょうか?

平成25年7月30日

「大東亜戦争で日本は負けた。負けたというその結果から大東亜戦争の全てを正しくなかった、間違いだったと否定してしまうことはできないし、否定してはならないということだ。」との「おじいちゃん日本のことを教えて」という本の抜粋

全役職員

24(118)

原告側は、相当この書籍の存在が気に入らないようです。「戦争をすること=悪」と考えること自体は自由ですが、それを「歴史修正主義」と他者を攻撃することに使ってはならないでしょう。

平成25年7月30日

「国際社会はこの百年間にこのように変化してきたのである。この現在という結果から百年前を見てあれこれ評価することは、「結果からその意図を逆算することは出来ない」という歴史の公準から踏み外すことになる。一言でいえば、帝国主義全盛。百年前とはそういう国際環境だったということを、しっかりと踏まえておかなければならないと言うことだ。」との「おじいちゃん日本のことを教えて」という本の抜粋

全役職員

24(119)

これはもはや当時の国際環境を概観していることと、歴史評価の一般的視点を述べているのみで、日本国や日本人にとっての歴史観とも切り離して考えることができる指摘であるのに、これすら「歴史修正主義」の「証拠」とされてるという厳然たる事実。

私はこの「証拠」を読んで、戦慄・おぞけを感じました。

フジ住宅における「思想教育」についての私見

私は、特定の思想に基づいて営業するいわゆる「傾向企業」ではないフジ住宅において、過度な思想教育をすることが労働契約上の義務違反=職場環境配慮義務違反となるとし、本件でそれを認定した裁判所の判断自体は妥当だと考えています。
※裁判所は「差別」や「差別助長」とは認定していないし、「歴史修正主義」や「国粋主義」に当たるなどとも言っていない。

ここで挙げた「証拠」はごく一部であり、証拠の多くに「中韓」その他の国に関する否定的評価文言が用いられているものが存在し、それが職場の至る場面において大量に目にすることとなっている状況では、そうした国にルーツを持つ人にとっては抑圧的な環境であったことは確かだと思います。

事業内容とは本来的に無関係な内容について、業務の一環としてそういった主張が為されている。そのこと自体は妨げられるべきではないでしょうが、実施に際しては相当の注意が必要だったと思います。

しかし、原告側の主張に紛れ込んでいる「証拠」の中には、明らかに原告の人権保護とは無関係な主張=原告側の政治的思想によるレッテル貼りが存在していると言わざるを得ません。

大阪地裁も個別にそのような証拠が原告の人権侵害を構成するとは書いていません。ただ、「本件配布<1>」として包括的に言及されているので、それらも含んで違法を構成するものと考える人が居ても仕方がない状況です。

フジ住宅は控訴するようですが、高裁ではこういった証拠に紛れている無関係な主張について違法性との関係を否定する一言が欲しいと思います。

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