事実を整える

Nathan(ねーさん) 法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。

GIGAZINEの建造物損壊事件は司法のバグなのか?

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GIGAZINEが自己所有と主張する建物について、他人がショベルカーで破壊してきた際の顛末を書いた記事が波紋を呼んでいます。

この件は「司法のバグ」なのでしょうか?

民事上の権利関係について争いがある場合の公権力の介入はどこまで認められるのか?という観点から考えていきます。

GIGAZINEの建造物損壊事件

ある日突然自分の建物を他人がショベルカーで破壊しても「建造物損壊」にはならないのか? - GIGAZINE

パワーエステート株式会社

GIGAZINE側の主張をざっくりまとめると

  1. GIGAZINEが倉庫として利用していた建物の土地には地上権が設定され、建物にはGIGAZINE編集長の名義で建物についての登記があり、建物について保険がかかっているし、固定資産税も支払っているし地上権設定について当時の司法書士の証言がある
  2. 地主や業者から何等の連絡もなく突然ショベルカーによる取り壊しが始まった。
  3. 地主は「建物所有権は自分にある」と主張
  4. 不動産会社は登記簿で登記者を確認しているのにもかかわらず、連絡を取らずに家屋を破壊することとして業者に指示を出した
  5. 警察は当初、建造物損壊罪にはならないと説明したが、判例や証拠書類を持っていくと理解を示した
  6. ただ、法的に曖昧なため、現行犯逮捕ができない状況が続いている
  7. 建物を滅失させて滅失登記を申請してうまくいけば、真実の所有者でないものでも登記を書き換えることが可能になっている

GIGAZINE顧問弁護士も記事内で指摘していますが、土地上の権利関係に争いがある場合、一般的には相手方は民事訴訟で建物収去土地明渡請求をしなければなりません。

相手方が自分に所有権があると信じて取り壊しを強行することは、自力救済として許されず、刑事的には建造物損壊罪に当たり得るということになります。

ただ、この話はGIGAZINE側にもいろいろ問題があるのでは?と言われています。

GIGAZINEには借地権(建物所有目的の地上権or土地賃借権)があるのか?

GIGAZINE側は建物がある土地には「地上権」があると主張していますが、その根拠として表れているのは司法書士の証言のみです。

それ以外の「売買購入時の領収書」「売買契約書」「以前の持ち主の登記簿」は、建物の所有権についてのものであり、土地の利用権について証明するものではありません。

「固定資産税や保険の支払がある」とも言っていますが、それは建物についての話です。

仮に、土地についての権利がまったくないということであれば、たとえ建物の所有権がGIGAZINEにあったとしても、砂上の楼閣です。駐車場に勝手に他人が自己の自動車を停車しているのと同様の状況になります。

地主の言い分が記事に現れています。

地主のYさんは「この土地は自分の持ち物である」「この建物は自分の持ち物である」「弁護士にそう言われている」「お前のものではない」「一体何が目的だ、言え」「返してもらった」などと主張。
ー中略ー
「私はあの家を返してもらった」「もともとはおじいさん(=編集長の祖父)に貸したのであって、この人(=編集長)のことは一切知らない」と虚偽の主張をし始めました。

地主によると、土地と建物については賃貸借によってGIGAZINE祖父に貸していたが、返してもらったので権利は自分にある、と主張しているようです。

どちらの主張が正しいのでしょうか?

実はこの点についてはGIGAZINE父のブログに詳しく書かれていたようなのですが、現在はみることができなくなっています。5chなどでスクショがありますが、どうも土地の利用権について争いがあるようです。

もしかしたら使用貸借に過ぎなかったり期間経過した賃貸借だったのかもしれません。

登記には事実上の権利推定力がある

建物には確かにGIGAZINE編集長の名義での登記はあるようです。

日本では所有権登記があることが直ちに所有権があるということを意味しません。

ただ、登記には少なくとも事実上の権利推定力があります。

事実上の権利推定力とは、登記に対応する法律関係や事実関係が存在するであろうという事実上の推定力です。

よって、建物については一応はGIGAZINEの所有と扱い得ることになります。

ただし、どうやら土地については借地権の登記はしていないようです。

そこで問題は、『土地の利用権に争いがある状況であっても、土地上の建物の所有権が一応は推定される場合に、建物取り壊しに対して警察権力が介入すべきか?』ということになると思います。

民事紛争に警察が「介入」した事例

警察には「民事不介入」という原則があります。

ざっくり言えば民事上の権利関係の争いには警察は関与しませんよ、ということです。

ただし、権利関係が争われた事案でも起訴されて有罪判決が出た事案があります。

GIGAZINEも警察に示した最高裁昭和61年7月18日判決 昭和58年(あ)第1072号 です。

この事案は被告人の建物に根抵当権が設定され、実行されて競落されて第三者に所有権が移転してるが、被告人がその過程に詐欺があったとして取消しを主張してる中で被告人の側が建物を破壊した事案でした。

最高裁昭和61年7月18日判決 昭和58年(あ)第1072号

刑法二六〇条の「他人ノ」建造物というためには、他人の所有権が将来民事訴訟等において否定される可能性がないということまでは要しないものと解するのが相当であり、前記のような本件の事実関係にかんがみると、たとえ第一審判決が指摘するように詐欺が成立する可能性を否定し去ることができないとしても、本件建物は刑法二六〇条の「他人ノ」建造物に当たるというべきである。

刑法上の保護に値するか

上記最高裁判決の補足意見では以下の指摘があります。

民事法は、その物の所有権が誰に属するかを終局的に決することによつて財産関係の法秩序の安定を図ることを目的とするのに反し、刑法は、この場合、その物に対する現実の所有関係を保護することによつて既に存在している財産関係の法秩序の破壊を防止することを目的とすると考えられる

「既に存在している財産関係」とは、裁判によって権利が確定していることまでは求められず、安廣文夫調査官の解説によれば「社会観念上刑法による保護を受けてしかるべきと思われる(一応尊重すべき)経済的利益を有するに至っているか」によって判断されるべきではないかと言われています。

このように、民事法上と刑事法上とで扱いを別にすることは、窃盗罪や詐欺罪等における「占有」の理解など、別の場面においても見られます。(調査官解説内では「独立説」と「従属説」と便宜上呼んでいる)

民法と刑法とで他人性を同一の扱いにすることの不都合

安廣文夫調査官によれば、刑法260条の「他人ノ」につき民法と同じ理解(従属説)を取ると、1:故意の認定、2:民事訴訟等による解決に影響されることの不都合、3:立証責任にかんする問題が指摘されています。

第一に、故意の点である。民法の誤解によって他人の物ではなく自己の物だと思っていたときは、それは法律的事実の錯誤で、やはり事実の錯誤として故意を阻却する、と解するのが通説であるが、自己の物だと思っているからこそ民事紛争が生じている場合が、大多数だと思われるので、従属説によるならば、客観的には他人の所有と認められる蓋然性が大きいときにも、無罪とせざるをえず、他人の保護に欠けることになろう ー中略ー これに対し、独立説では、おそらく、所有権を主張する他人に社会通念上一応尊重すべき経済的利益があることを基礎づける具体的事実(所有権移転登記の存在等)を認識していれば、故意があると解すべきことになるであろうから、右のような不都合は起こらない

たしかに民事上の権利に争いがある場合にだけ刑法上の故意の認定がブレるというのはよくないと思います。

今回の件も、地主側が「権利は自分にある」と信じきっているようですが、建物の登記名義がGIGAZINE側にあるのは明らかなのにそれで故意が無いというのはどうなんでしょう?

第二に、民事紛争の民事訴訟等による解決との関係である。そもそも、民事紛争にどのような解決がもたらされるかを、事前に予測することは、かなり困難なことである ー中略ー 従属説を徹底すれば、刑事裁判の最中に、被告人の損壊当時の所有権を認める内容の民事判決や和解等があれば無罪とすべきであり、有罪判決確定後にそのようなことがあれば、再審の問題となるというように、民事訴訟等の結果によって刑事裁判の帰趨が左右されることにもなりかねないであろう。

この指摘は名誉毀損など民事も刑事も同内容を扱う場面においても同様だと思います。

第三に、立証責任に関する問題である。前記のとおり「他人ノ」の点についても、検察官は合理的な疑いを入れない程度に立証すべき責任があるから、従属説によるならば、検察官は、起訴した以上、その他人の側に全面的に肩入れせざるをえなくなり、そのことが民事訴訟の勝敗等に影響を及ぼすことになろうし、民事訴訟における立証責任の分配も無視されてしまいかねない。これは公権力の民事紛争への過度の介入というべきであろうし、逆に、このような事態に陥ることを嫌い、捜査官が、民事紛争が付着している事案について、過度に不介入的になることも懸念されるであろう

今回は過度に不介入的になっているのではないかという点が問題視されていますね。

なお、調査官解説では最高裁の事案は「詐欺取消し」が問題でしたが、「無効」の場合も異ならないと指摘しています。

GIGAZINEの事案は警察が介入するべきなのか?

GIGAZINEの土地の権利がどうなのかは不明ですが、まったくの無権原であるならまだしも、少なくとも建物には登記があり、登記には権利推定力があるわけです。

なので、それは安廣文夫調査官の言うように、「社会観念上刑法による保護を受けてしかるべき(一応尊重すべき)経済的利益を有するに至っている」と言えるのではないでしょうか。

そもそも自力救済禁止の原則がありますから、今回の件でたとえGIGAZINEが無権原であっても地主側は裁判所を介した公権力による強制執行によらなければならないはずです。駐車場の違法駐車であっても撤去は違法となる可能性があることにつきこちらを参照

そして、今回は単に権利関係を争っているにとどまらず、既に建物が破壊されているのですから、警察が民事不介入という建前を持ち出して検挙しないのは怠慢ではないでしょうか?

警察の「建造物損壊罪にはならない」という説明について

なお、GIGAZINEの記事内において警察は以下のように説明していますが、この説明はおかしいです。

  1. 建造物損壊罪の「建造物損壊」とは「自動車でビルに突っ込んでくる」「建物を爆弾で爆破する」「壁面にスプレーで落書きする」ぐらいの「故意性(=わざとやっている)」が必要
  2. 自分の土地の上にある建物を「返してもらった」と地主は思い込んで破壊しているので「故意性」がない

警察官にこの件について法的に詳細な説明を求めるのは無理がありますが、少なくとも上記のような説明はおかしいでしょう。

「司法のバグ」なのか?

「司法」には法律の規定、法律の解釈、捜査機関や登記所などの司法界隈の運用の問題が含まれていると思います。

その中で、本件で問題視されるのは捜査機関側の運用の問題でしょう。

上記の最高裁判例の理解について警察内に周知されていれば、一応の権利関係を把握した上であれば建物の破壊をそれなりに防げたでしょう。

業者側は、全国において警察が出てこないと分かりきっているからこそ大胆にも2度にわたって破壊したのでしょう。

以上

※訂正:滅失登記について「形式審査」と書きましたが表示に関する登記のため実質的審査権が登記官にあります。関連記述を削除しました。