事実を整える

Nathan(ねーさん) 法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。

重機の海上輸送は早くできなかったのか?輸送艦「おおすみ」・第一輸送隊LCAC出動の時系列【能登半島地震】

ほぼ最速の配備だったのではないか

人命救助活動等に必要な重機の海上輸送

能登半島地震から1週間が経過し、被災からその時間が経過すると生存率が著しく下がるとされる「72時間の壁」までの政府の動きについて、検証が行われると思われます。

それに伴って、背景や時系列を無視した様々な政府批判が行われることが予想されます。これは大規模災害発生後の恒例行事のようなものにすらなっています。

本稿では人命救助活動に必要な大型重機の能登地域への海上輸送について、報道等はされていますが、一連の動きについて大枠をまとめます。

大型重機の能登への海上輸送は3日夜、搬入・救助開始は4日朝から

大型重機の能登への輸送は3日夜、搬入とそれによる救助開始は4日朝から行われましたが(陸路での救助も先行して行われていた)、政府は2日午前10時30分頃の総理記者会見時には海上輸送ルートの確立に向けて動いているとしていました。

令和6年1月2日 令和6年能登半島地震についての会見 | 総理の演説・記者会見など | 首相官邸ホームページ

家屋やビルの倒壊については、自衛隊や国土交通省のテックフォースなど、関係者が大型重機の搬入ルート確保に不眠不休で取り組んでいます。寸断された道路の啓開、すなわち、最低限の修整で道路を開くことに全力で取り組んでいるとともに、海路輸送ルート確立のための港湾の安全確認などを行っているところです。これについては、先ほど、午前10時に津波警報が解除されました。今後、本格的に、海路を通じた輸送ルートの確保を本格的に進めてまいります。

そこで、なぜ実際の大型重機の能登への上陸は4日朝からになったのか?もっと早くできなかったのか?このタイムラグは何なのか?という疑問が出てくるかもしれません。

ざっくりとした経緯は以下の投稿でまとめた通りで、次項から詳細に見ていきます。

「陸の孤島」の能登半島、自衛隊主要基地の不在、陸路遮断

能登半島地震1月2日時点の防衛省自衛隊の活動実績

https://www.mod.go.jp/j/approach/defense/saigai/pdf/haken_r060102a.pdf

まず、自衛隊の主要な基地が被災中心部の近くにはなく、金沢駐屯地から能登半島先端の珠洲市までは140km以上あります。空自の輪島分屯基地はレーダーサイトです。

そのため、救助に必要な人員・機械の陸上での輸送には一定の時間がかかることが一般的に見込まれることになります。ちなみに在日米軍基地も近くにはありません。

他方、直近の大地震で被害が大きかった熊本地震とよく比較されるので状況を整理すると、震央で震度7を記録した益城町の数キロ近くに陸上自衛隊健軍駐屯地があり、さらに、1万人超の隊員が常駐して南九州全体を管轄する陸上自衛隊第8師団の司令部=北熊本駐屯地が市部の被災地にあった、という事情があります。

能登半島の場合はさらに、そこに「陸の孤島」と言われる地形が影響しました。

険しい海岸線も多く、山地がほとんどを占め、小さな集落が山あいに点在、被害が激しい半島先端に向かうにつれて道路網が寸断されており、石川県によると6日午前6時現在で半島中央の七尾市から北部に向かう道路は1本しか確保されていない有り様でした。

対して、熊本の場合は被災地が平野部であり、陸上輸送ルートが複数あった、という事情が大きく異なります。

こうした状況のため、陸路での大型重機の輸送が滞り、道路の復旧待ちとなる場合が多くなることに。

道路がどれほど損壊或いは崖の崩落などによる封鎖がされていたかは場所によって異なりますが、孤立集落となった自治体が多かった輪島市とその沿岸の道路については以下の動画が参考になります。

夜の津波警報、海自基地最寄りは舞鶴、広範囲の海底隆起で接岸不能

海上自衛隊基地一覧

https://www.mod.go.jp/msdf/recruit/location/

海上自衛隊の勤務地一覧|海上自衛隊 〔JMSDF〕 オフィシャルサイト

では、海上輸送ルートでの重機の搬入には、どのような障害があったのでしょうか?

震災発生が1月1日の16時10分であり、直ぐに日没となったことから偵察機による状況把握も限定的だったと思われます。

加えて、当時はまだ大津波警報⇒津波警報の対象が続いており、むやみに近づくこともできません。津波警報が解除されたのは2日の午前10時です。

最寄りの海上自衛隊基地は舞鶴であり、輪島まで直線距離で250kmほどあります。

そして、今回の地震の最大の特徴が、広範囲に渡る海岸隆起の存在です*1*2*3

これにより、艦船の接岸が困難な地点が生じ、重機の輸送の障害となりました。

第一輸送隊LCACは呉基地、輸送艦「おおすみ」が舞鶴・能登へ輸送

エアクッション艇LCAC

出典:海上自衛隊ホームページ:https://www.mod.go.jp/msdf/equipment/ships/lcac/1-go/

そこで、いわゆるホバークラフトであるエアクッション艇(LCAC)が必要と判断されたのですが、LCACの運用ができる第1輸送隊は広島県の呉基地にあります。そのため、まずは呉から舞鶴にLCACを輸送する時間が必要となりました。

これが1月2日の夕方前になります。

呉から舞鶴までの航路は最低でも700kmほどあるとみられ*4、LCACを載せた輸送艦「おおすみ」の公称速度22ノット=41km/hで単純計算しても17時間かかるのがわかります。実際には常にこの速度で航行できるわけはないので、もっと時間がかかることになります。

舞鶴で他の輸送すべき重機・救援物資を載せるため停泊した後、3日の夜に能登方面へ出航し、4日朝から搬入が開始されています。

これ以上海上輸送を早くするには…LCAC運用部隊・海自基地の増設など

能登半島地震に関して「重機の海上輸送はもっと早くできなかったのか?」と思う人が出てくると仮定して、そのためにはどうすればよいのでしょうか?

  1. 陸路途絶・海上隆起を想定した計画作成
  2. 能登半島周辺にホバー運用・輸送可能な海上自衛隊基地を増やす
  3. 舞鶴基地の艦船やホバーの保有量を増やす

いくら事前計画をしてもボトルネックはエアクッション艇の稼働ということに。

その保有量を増やして配備する基地を複数にしたり、そもそも海上自衛隊基地を増やしてそこにエアクッション艇+それが輸送可能な艦船を配備する、ということになりそうですが。

それは要するに「防衛予算の増額」や「自衛隊の規模拡大」を意味するため、そういう観点からの批判がマスメディアから出てくることはないのではないかと思います。

その代わりに朝日新聞や立憲民主党などから「官邸の初動が遅い」「戦力の逐次投入」といったお気持ち論が展開されている、というような気がしています。

以上