事実を整える

Nathan(ねーさん) 法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。

「推しの子」エゴサーチ回以降の炎上理由と参考にされた恋愛リアリティーショー:自殺者遺族と映像作品

SNSユーザーが問われている

「推しの子」エゴサーチ回以降の炎上理由

赤坂アカ原作・横槍メンゴ作画の漫画「推しの子」のアニメが放送中ですが、恋愛リアリティーショーをテーマにした第6話の「エゴサーチ回」以降、炎上しています。

その理由は、現実の恋愛リアリティーショーである「テラスハウス」に出演していた木村花さんが2020年5月23日に番組に起因するSNS炎上の末に自死した事件との関係を指摘するアカウントを、彼女の母親である響子氏が認識したことから始まっています。

実際の事件と作品の異同や時系列については既に以下で書いていますが、恋愛リアリティーショーや自殺に関する映像作品について追加の情報を整理します。

「推しの子」は「今日好き」を参考にした?

今日好き」の愛称が用いられているAbemaの【今日、好きになりました】という番組があります。

これは現役高校生同士の恋愛リアリティーショーを扱っており、「推しの子」における恋愛リアリティーショーの年代設定と同じです。

2017年10月16日に第1弾の放送を開始し、メンバーが入れ替わりながら現在まで続いているものです。

「推しの子」もAbemaで配信されていることから、むしろこちらの方を第一に想起する者も居ました。

「推しの子」作品内での番組名も「今ガチ」=「今からガチ恋 始めます」であり、タイトルの意味合いも似ています。

原作者の赤坂アカ氏の認識とテラスハウス

原作者の赤坂アカ氏はテラスハウスを認識していたのでしょうか?

作画の横槍メンゴ氏が1月にテラスハウスを視聴して「資料収集」していたことからは、認識していたと考えられます。

では、「木村花さんの事件」についてはどうだったのでしょうか?

北米の大手アニメ情報サイトでは赤坂氏へのインタビュー記事が掲載されています。

How Accurate Is 【Oshi No Ko】 About the Japanese Entertainment Industry? An Interview With Aka Akasaka - Anime News Network

Aka Akasaka: For me, the plots of the first act and the final act were a set. Then I pondered what kind of events I wanted to add in between. I had the impression that Japanese entertainment manga in Japan often used dramas, movies, plays, variety shows, etc. as themes. Today, however, the entertainment industry has changed dramatically. Talents [entertainers who frequently appear on TV in Japan] can no longer ignore the internet, YouTube has become super popular, movies are watched with subtitles, plays are increasingly based on anime and manga, and there has been an instance of a suicide stemming from a reality show. Considering all those facts, I then decided to take a contemporary subject, something that is happening in the real world of Japanese entertainment today. That was the first concept.

序章と最終章のプロットはセットで予め決まっていたが、その間の物語にどんな種類のイベントを挟むのかについては、現実の日本のエンターテインメント界で発生している出来事を現代的なテーマとして取り上げることにしたとしています。

その際に、リアリティーショーがきっかけとなって自殺者が出てしまった例もあるという事を踏まえています。

赤坂アカ「あれは連載前から描くって決めていたネタ」

他方で、別のインタビュー記事では赤坂アカ氏が「あれは連載前から描くって決めていたネタ」と話しているものが見つかります。

大石昌良×赤坂アカ「音楽にも物語を」Vol.12 - 「タイトルは『推しの子』にするつもりじゃなかった」(KAI-YOU Premium)2021.09.09

大石昌良 恋愛描写の王道感もそうですけど、芸能界だとリアルでこういうことが繰り広げられているんだろうなって思えるほどのドキュメンタリー感がいいんですよね。

恋愛リアリティーショーの描写もそうですし、アイドルフェスでの合同楽屋の風景なんてもうどれだけリサーチしたんだろうってくらいにリアルに感じました。結局、現実に勝る、面白いドラマはないのかなとも思います。

加えてSNSでの誹謗中傷とか現代的なテーマを取り扱っていて、現実でも同じような事件が起きている中でもあったので、かなり攻めてるなと思ったんです。

赤坂アカ あれは連載前から描くって決めていたネタだったので、同じ時期に似たようなことが起きていたのは完全にアクシデントだったんです。

大石昌良 でもSNSの危険性や炎上した時のメンタルの保ち方ってしっかり考えないといけないことで、それをいち早く作品に描くことで警鐘を鳴らしていたのかと思うとやっぱりアンテナの張り方や発想が鋭いなって思うんですよね。

『【推しの子】』のすごさはそういうところにちゃんと切り込めていることだと思います。ただの恋愛漫画や芸能漫画じゃない。

「あれ」の対象が「恋愛リアリティーショー」なのか「SNSでの誹謗中傷」なのか、「恋愛リアリティーショーをきっかけとした自殺事件」も含めているのかは判然としません。

ただ、次項で触れるように、日本語圏での恋愛リアリティーショーで既にSNS炎上・誹謗中傷が発生していた上、「恋愛リアリティーショーをきっかけとした自殺事件」については、当時すでに世界中で40名程度の犠牲者が出ており報道もされていました。

「今日好き」の度重なるSNS炎上事件と誹謗中傷サンプル

2020年5月13日に「今日好き」の出演者がカップル解消報告をしたところ炎上、翌14日に原因はコイツのせいじゃないか?と言われていた他の出演者がツイートを投稿しましたが、なおも炎上したという事件がありました。

しかも、これに先立つ4月中旬には別のカップルが妊娠報告してSNS炎上していました。

《所属事務所がコメント》17歳と16歳の高校生が妊娠・結婚 恋愛リアリティ番組「今日好き」の舞台ウラ | 文春オンライン

これだけの騒動があったため、【日本語圏における恋愛リアリティーショーに関するSNS炎上、誹謗中傷のサンプル】というものは、テラスハウスの事件以外にも存在していたと言えるのは間違いないでしょう。

ただ、それでも社会的な衝撃はテラスハウスの方が大きかったとは言えます。

※追記:Abema「いきなりマリッジ」出演者の濱崎麻莉亜も8月に死去

「必要なものは元気な遺伝子です」濱崎麻莉亜さんが自殺前に告白していた結婚への思い 「いきなりマリッジ」出演 | 文春オンライン

「8月26日午後、東京・港区にある一人暮らしのマンションで彼女の遺体が発見されました。連絡が取れなくなった関係者が自宅を訪れ、亡くなっている姿を発見しました。睡眠薬など複数の薬物の多量摂取による中毒死と見られ、現場の状況から自殺の可能性が高いのですが、遺書は残されていませんでした。自殺の原因については不明な点が多く、まだ捜査段階です」(捜査関係者)

AbemaTVで放送されていた「いきなりマリッジ」出演者の濱崎麻莉亜氏も同年8月に死去していました。

もっとも、当時は「自殺」と報道されていたものの、続報がありません。文春記事中でも「自殺の可能性が高いが遺書は残されていません」とあり、断定を避けているような書きぶりでした。

【お知らせ】「いきなりマリッジ」シーズン4につきまして | 株式会社AbemaTV

濱崎氏の場合、インスタグラムにて外出時の画像を投稿したところ、外出自粛要請中であったこと・画像ではマスクを着けていなかったことを指摘されてアカウント削除したことがあった程度で(その後、アカウントは復活)、SNS炎上の事実は無く、死去と関連があるのかは不明。

恋愛リアリティーショーとの関連についても触れられることもありませんでした。

ただ、番組内で誕生した「カップル」の「疑似結婚生活」の扱いが影響した可能性が指摘されています。

(2ページ目)「必要なものは元気な遺伝子です」濱崎麻莉亜さんが自殺前に告白していた結婚への思い 「いきなりマリッジ」出演 | 文春オンライン

「すでに撮影はほとんど終了していて、2人の“疑似結婚生活”は一旦終了していました。過去の出演者には結婚をしたいというよりも、『番組に出演して有名になりたい』という、売名目的の参加者が多かったのです。売り出し中のタレントやアイドルなどもたくさん出演していました。そんな中で、濱崎さんは真剣に結婚を考えていた。プライベートでも婚活に励んでいたそうで、『結婚に憧れがあって、早く結婚したいんです』と話していました。

「推しの子」でも、恋愛リアリティーショー収録後の「カップル」が、番組の印象を損なわないようにアリバイ的にカップルとして振る舞う様が描かれています。

ーーー追記終わりーーー

テラスハウスの木村花さんの事件と「推しの子」黒川あかねとの異同

アイドルシーンをめぐる問題の所在は──『推しの子』(赤坂アカ×横槍メンゴ)
生きづらさを乗り越える「大人のためのマンガ入門」 2021.10.19

実際に第三章の「恋愛リアリティーショー編」では、2020年に『テラスハウス』で発生した自殺事件を下敷きにストーリーが展開されていく。

これはテレビ朝日のURL下にあるライターによる書評の一節です。

下敷きに」という表現には「現実に生起した事実関係や設定をなぞった」かのようなニュアンスを感じるものです。

この単語レベルではそう捉えることができなくとも、現実の恋愛リアリティーショーが数多ある中でこの記事では「テラスハウス」だけを記述していることからは、そのような意味であるとしか受け取れません。

このライターによる記述について、まるで原作者がそう言っていたかのように響子氏に対してリプライをした愉快犯アカウントがおり、響子氏がリツイートしていた、という事情があります。

この話は「参考にしていたかどうか?」ではなく、どのような描かれ方をしていたのか?で判断されるべきですが、実際はどうだったか?

「推しの子」のストーリーをベースにして言うと…

  1. 「推しの子」内の恋愛リアリティーショーの参加者の年代は高校生
  2. 「番組がヒールの役割を与えて騒動を起こさせようとした」ことは無く、黒川あかねが番組スタッフに相談した際に「彼氏を奪う悪女ムーブ」「これは指示じゃないがこういうのが出来る子が売れる」と仄めかしていただけ
  3. 炎上のきっかけとなる騒動は意図しない偶発的なものだった
  4. 自殺(未遂)に至る経過や手段などは異なっている

その上で「推しの子」では現実に対して超えてほしいモノを提示していると言えます。

現実の事件で確定された事実関係については以下で報告されています。

2020 年 7 月 31 日 株式会社フジテレビジョン「TERRACE HOUSE TOKYO 2019-2020」検証報告

2020年度 第76号 | BPO | 放送倫理・番組向上機構 |

番組が出演者に対して特定の方向付けを促すということは、世界中のリアリティーショーにおいて行われていると指摘されており、テラスハウス特有のものではありません。

参考:『テラスハウス』編集に悪意も わざとSNS炎上させ話題を稼ぐコンテンツの限界 (2020年5月29日) - エキサイトニュース

自殺者遺族に自殺(未遂)のシーンがある映像作品を見せるのは許されないのか?

「自殺者遺族に自殺(未遂)のシーンがある映像作品を見せるのは許されないから絶対に確認するよう言うな」と言っている者が散見されますが、そんなことはありません。

「自殺者遺族に自殺(未遂)シーンのある作品の視聴・鑑賞を無理強いするのはダメ」とは言えますが。

それは2020年にWHOが発出した自殺対策のガイドラインから導けます。

映画制作者と舞台・映像関係者の方へ|自殺対策|厚生労働省

自殺対策を推進するために 映画制作者と舞台・映像関係者にしってもらいたい基礎知識 World Health Organization (WHO) 訳 自殺総合対策推進センター

そこでは以下結論付けています。

 研究では、映像や舞台で自殺をセンセーショナルに描くと、その後の模倣自殺や自殺未遂につながる可能性があることが指摘されている。このことは、映画、舞台、映像作品の企画・制作に携わる者は自殺を描く際に、有害な影響を与えるリスクを低減するために注意を払わなければならないことを示している。その一方で、映像で自殺関連行動を描くことは鑑賞者に好ましい影響を与える場合もあるということも研究によって証明されている(自殺の危機の克服、助けを求める行動、心の健康状態の正確な描写、危機介入センターや電話相談サービスなど支援を提供する専門家の紹介、自殺した登場人物の死の描き方への配慮等の要素が作品に含まれている場合)。つまり、映像作品や舞台作品の制作は自殺対策に貢献し、人の命を救う可能性を持っているのである。

また、自殺者遺族への対応に関しては、「遺族に映画その他のメディアへの協力を依頼する場合は、家族の死から最低でも 12 カ月は空けて依頼するのが適切である」と書かれているように、自殺者遺族に自殺関連の創作作品に触れさせることについて完全に否定はしていません。

自殺報道と同じように、創作である映像作品等にも、視聴者に希死念慮を抱かせる効果があるという研究結果があり、現実に自殺シーンのあるドラマ放送後に自殺者が増えたケースがあります。

そのため、「フィクション作品だから無関係だ」とは言えない状況です。

また、自殺者遺族がその後に見舞われる身体症状等に関して慎重になるべきというのは論を待たないでしょう。

とはいえ、WHOも「自殺を取り上げた作品であっても、人の命を救う可能性がある」とも指摘しているように、絶対禁忌ではありません。

その作品にどのような力を持たせるか。

SNSを使う我々の行動が問われているのかもしれません。

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