事実を整える

Nathan(ねーさん) 法的観点を含む社会問題についても、事実に基づいて整理します。

安倍首相の街頭演説中のヤジを朝日新聞が擁護⇒民主党時代はプラカードだけで排除

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安倍総理の街頭演説中にヤジをした者が警察により引き離された事案。

朝日新聞が警察の対応を非難していますが、ちょっとどうかと思います。

安倍首相の街頭演説中のヤジについての朝日新聞の報道

ヤジの市民を道警が排除 安倍首相の街頭演説中 - 2019参議院選挙(参院選):朝日新聞デジタル 魚拓

15日に札幌市中央区であった安倍晋三首相の参院選の街頭演説の際、演説中にヤジを飛ばした市民を北海道警の警官が取り押さえ、演説現場から排除した。道警警備部は取材に対して「トラブル防止と、公職選挙法の『選挙の自由妨害』違反になるおそれがある事案について、警察官が声かけした」と説明。だが現場では、警察官は声かけすることなく市民を取り押さえていた

安倍首相はJR札幌駅前で同日午後4時40分ごろ、選挙カーに登壇。自民党公認候補の応援演説を始めた直後、道路を隔てて約20メートル離れた位置にいた聴衆の男性1人が「安倍やめろ、帰れ」などと連呼し始めた。これに対し、警備していた制服、私服の警官5、6人が男性を取り囲み、服や体をつかんで数十メートル後方へ移動させた。また年金問題にふれた首相に対して「増税反対」と叫んだ女性1人も、警官5、6人に取り囲まれ、腕をつかまれて後方へ移動させられた。いずれのヤジでも、演説が中断することはなかった。現場では、多くの報道陣が取材していた。

 公選法は「選挙の自由妨害」の一つとして「演説妨害」を挙げる。選挙の「演説妨害」について、1948年の最高裁判決は「聴衆がこれを聞き取ることを不可能または困難ならしめるような所為」としている。

 松宮孝明・立命館大法科大学院教授(刑法)は「判例上、演説妨害といえるのは、その場で暴れて注目を集めたり、街宣車で大音響を立てたりする行為で、雑踏のなかの誰かが肉声でヤジを飛ばす行為は含まれない」と話す。むしろ連れ去った警察官の行為について「刑法の特別公務員職権乱用罪にあたる可能性もある」と指摘。「警察の政治的中立を疑われても仕方がない」と話した。

男性が「安倍やめろ、帰れ」、女性が「増税反対」と言ったという2つの事件。

動画があります。

男性が「安倍やめろ、帰れ」、女性が「増税反対」

 

いずれも密集の中で大声で連呼行為をしています。

これは演説妨害なのでしょうか?

公職選挙法225条の演説妨害違反

公職選挙法(選挙の自由妨害罪)
第二百二十五条 選挙に関し、次の各号に掲げる行為をした者は、四年以下の懲役若しくは禁錮こ又は百万円以下の罰金に処する。
一 選挙人、公職の候補者、公職の候補者となろうとする者、選挙運動者又は当選人に対し暴行若しくは威力を加え又はこれをかどわかしたとき。
二 交通若しくは集会の便を妨げ、演説を妨害し、又は文書図画を毀き棄し、その他偽計詐術等不正の方法をもつて選挙の自由を妨害したとき。

1号は候補者等の本人らに対する暴行・威力・かどわかしが規定されています。

「やじ」が暴行・威力・かどわかしであることは無いので、それは2号の演説妨害の可能性があるということです。

「演説妨害」の定義とは

最高裁判所第3小法廷 昭和23年(れ)第117号  昭和23年6月29日

衆議院議員選擧法第百十五条第二号にいわゆる演説の妨害とは、その目的意図の如何を問わず、事実上演説することが不可能な状態に陥らしめることによつて成立するのであつて、判示山内泰藏の演説の継続が不可能になつたのは、被告人と山内との口論にその端を発したものであるとはいえ、結局は、被告人の山内に対する暴行によつて招来されたものであるから被告人として固よりその罪責を免かれることはできない。

公職選挙法上の「演説妨害」(当時は衆議院議員選挙法第115条第2号)の最初の判例はこの事件ですが、実は、「1948年の最高裁判例」はもう一つあります。

最高裁判所第3小法廷 昭和23年(れ)第1324号  昭和23年12月24日

しかし原判決がその挙示の証拠によつて認定したところによれば、被告人は、市長候補者の政見発表演説会の会場入口に於て、応援弁士林常治及び望月勘胤の演説に対し大声に反駁怒号し、弁士の論旨の徹底を妨げ、さらに被告人を制止しようとして出て來た応援弁士馬淵嘉六と口論の末、罵声を浴せ、同人を引倒し、手挙を以てその前額部を殴打し全聴衆の耳目を一時被告人に集中させたというのであるから、原判決がこれを以て、衆議院議員選擧法第一一五条第二号(原判決文に「第一号」とあるのは、「第二号」の誤記であることが明らかである)に規定する、選挙に関し演説を妨害したものに該当するものと判斷したのは相当であつて、所論のような誤りはない。仮に所論のように演説自体が継続せられたとしても、挙示の証拠によつて明かなように、聴衆がこれを聴取ることを不可能又は困難ならしめるような所爲があつた以上、これはやはり演説の妨害である。

本件は福島県南会津郡田島町のホテル内において、衆議院議員選挙の候補者の応援演説が行われた際に、在日本朝鮮人連盟田島支部委員長たる被告人が、演説者が「日本は敗戦により朝鮮を失い台湾を失い」と言ったことに対して「朝鮮を失いとは何事だ。奪ったのではないか。」「如何なる根拠に基づき朝鮮を失ったと言うか。」と叫び、再三その取消し釈明を求めた、という事案です。

上告趣意書では「民族的感情を憤激させたため」であり、選挙妨害の意図は無い、演説者が直ちに其の取消、釈明に応じたなら不祥事は起らなかったから選挙妨害罪ではないと主張されましたがそれは考慮されませんでした。

聴衆が演説を聴取するのが不可能・困難になったか

聴衆がこれを聴取ることを不可能又は困難ならしめる

これが演説妨害の意義であり、「全聴衆の耳目を一時被告人に集中させた」ことが演説妨害と認定された事情の一つとされたことからは、暴れたり街宣車で大音響を立てることがなくともそのような行為があれば演説妨害になる可能性が読み取れます。

最高裁判例となった事件は暴行・傷害行為があったため、「このような事案しかない」とは言えますが、そこから「演説妨害はその場で暴れて注目を集めたり、街宣車で大音響を立てたりする行為で、雑踏のなかの誰かが肉声でヤジを飛ばす行為は含まれない」とは言い切ることはできません。あくまで一人の学者の説です(法学者は判例と異なる説を立法論的に主張することが良くある)。

選挙演説は、聴衆が内容を認識することができて初めて意味のある行為になります。

反対の声を瞬間的にあげることはともかく、人が密集している中で大声で継続して連呼することは、近くの聴衆が演説を聞く権利の侵害でしかありません。

野次を飛ばした行為がただちに犯罪にあたらなくとも、警察は犯罪の未然予防も職務なのですから、警察の対応は正当でしょう。

余談ですが、こちらは民主党政権時代の事案ですが、プラカードを掲げているだけで注意されているようです(最初に引き離しをしたのは民主党の運動員と思われる)。

これだけ人が集まっている中でプラカードを掲げる行為は少し危険なので、警察も安全な場所で掲げるように、壁側に追い込んでいるのだと思います。

さて、松宮教授は警察の特別公務員職権乱用罪の可能性もあると言っているのですが、そちらはどうでしょうか。

刑法の特別公務員職権乱用罪

刑法(特別公務員職権濫用)
第百九十四条 裁判、検察若しくは警察の職務を行う者又はこれらの職務を補助する者がその職権を濫用して、人を逮捕し、又は監禁したときは、六月以上十年以下の懲役又は禁錮に処する。

職権乱用かはともかく、「逮捕」とはどういう意味でしょうか。

刑法上の「逮捕」とは

大審院第二刑事部昭和7年2月29日判決 昭和6年(れ)第1706号 大審院刑事判例集11巻3号141頁 

案ずるに逮捕には多少の時間継続して自由を束縛するの観念を包含するものにして単なる一瞬時の拘束は暴行罪を構成することあるべきも逮捕罪の成立を見ることなし

として、この事案では一般人が被害者の両足を縄で5分間縛ったことが刑法220条1項の不当逮捕罪に当たるとしました。

必ずしも縄で縛る必要はありませんが、一般的に逮捕とは、はがい締めにするなどの直接的な強制によって移動の自由を奪うこと*1であり、上記判例のように多少の時間継続することを要します。

今回の警察の対応においてその後の事情は良くわかりませんが、聴衆から引き離した後にずっと身体を掴んでいた、などの事情は今の所ないので、そういう事情や他の特別な行為が無い場合には「逮捕」には当たらないんじゃないでしょうか。

まとめ

職権乱用かどうかについては、警察が声掛けをしたか否かについて警察と朝日新聞とで食い違いがありますが、仮に声掛けがなくとも、それは警察の違法を認定するための一つの事情にはなり得るものの、ただちに特別公務員職権乱用罪にはならないでしょう。

別の問題にするなら声掛けが無かった場合には不適切という話に成りえますが、少なくとも刑法上の問題にはならないと思います。

以上

*1:刑法各論第六版 西田典之